空色なキモチ

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ここなつ

Author:ここなつ
正式名『こなつ』時々『あげは』でR18サイトに投稿しています。
『ここなつ』は、日常ブログ
当(小説用)ブログの区別をつけるための苦肉の策なのです。
正確には『小こなつ』
(小を『こ』と読ませただけです)

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お知らせ


ご無沙汰しております。
なかなか更新できず、一か月以上更新していないため広告が出てしまっています。

大変心苦しいのですが小説を書く時間も気力もありません。
お越しいただいていたかたには心からお詫び申し上げます。

もし何かを書き上げることができたらまた更新していきたいと思っていますのでよろしくお願いします。

今回は広告対応としてこのお詫びをアップしました。
日常ブログにも同様に載せておきます。

こなつ

思い出のヘニョロロ 13(終)

第十三話

ヘニョロロじゃない思い出




 あれはいつのことだっけ。
 とてもうららかな春の光が差す暖かい日だったことはよく覚えている。

「この人は誰? どこのお方?」

 施設に入ってから私や母の記憶をすっかりなくした祖母が、部屋に飾った祖父の写真を見てそうつぶやいた。
 数日前、かろうじて父や祖父の記憶は残っていたはずなのに……。
 その場に父がいなかったことが救いだと思った。
 父は自分までも忘れられてしまったと知ったらひどく傷つくかもしれないから。
 写真の中の祖父は、長年暮らしていた家の庭の縁側に腰を掛けてお茶を片手に微笑んでいる。

「……」

 私は母と目を見合わせて、言葉を失っていた。
 母も同じだったし、ショックを受けていたと思う。とうとうこんな日が来てしまった。だけど。

「とっても素敵な人ね」

 祖母は他人と認識した私や母が面会に行くととても強張った表情をしていたのに、その時だけはとても優しい顔つきをして笑いかけてくれたんだ。

 胸が熱くなるって、きっとこういうことを言うのだろう。

 祖母が祖父に再び恋した瞬間。 
 人を好きになるってとっても素晴らしいこと。

 きっとこの思いは永遠。
 
 この時、私の頭の中には今目の前で眠る若かりし頃の彼がいた。
 そんなことはたぶん一生口にすることはないだろうけど、その時の気持ちが甦ってきて同じように胸が熱くなったんだ。

 その後、このふたりに恋が芽生えたのか……それはまた、別の話。


 【おわり】
 

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思い出のヘニョロロ 12

第十二話

りるはの本心





 十四年前。

 夏休みの宿題の自由研究で使いたい資料を借りに近くの図書館に行ったけどお目当ての本が見つからなかった。
 司書さんに検索してもらい、隣の区の図書館にならあると聞いて暑い中汗をかきつつ自転車を走らせていた。
 取り寄せてくれると言われたけど祖父の具合が悪くていつ呼び出しがかかるかわからず、そうなったら宿題を終わらせる時間もなくなると思って自分で借りに行くことにしたんだ。
 行ったことのない図書館だったけど、司書さんがわかりやすく教えてくれたから迷うことなくたどり着くことができた。
 場所の説明を聞いているうちに少し前に一週間通った方向だったからすぐにわかったから。
 図書館が七中の目の前にあるということは知らなかったんだけどね。

 学校の門の辺りをちらちら見ながら図書館に入った。
 Uの字型の階段を上った二階に図書館の入口がある。一階部分は児童館になっているようだ。
 踊り場部分の窓から七中の校庭がよく見える。
 走っている生徒がちらほら、バッドを素振りしている野球部員がたくさんいる。

「いない、よね……」

 バドミントン部は体育館のはずだし、ここで見ていても知っている顔を見つけることなんかできないだろう。もちろん探す気もないけど、と自分に言い聞かせるようにして。

「あら」

 図書館の透明の扉を引いた時、目の前に立っていたのはこっちに出てこようとする制服姿の尾田さんだった。
 知ってる顔に会うとは思わなかったしよりにもよってこの人だとは。
 なにを言っていいかわからず、軽く会釈をして先に出てもらおうと扉を押さえていた。

「なにしに来たの?」

 斜に構えた尾田さんが私をまじまじと見つめている。
 本を借りるだけで家を出たからその辺にある着古したTシャツにカーゴパンツで来てしまっていたのが悔やまれた。

「本を借りに」
「わざわざここまで? 六中のそばに大きな図書館もあるじゃない」
「そこになかったので」
「そうなの。大変ね。てっきりうちの藤原に会いに来たのかとばかり」

 くすくすと笑われる。
 なんとなく感じが悪くてムカッときたけどぐっと堪えた。

「そういうわけじゃないんですが……再試合の約束はしないといけないなって思ってます」 
「どうして?」

 ムッとした表情で尾田さんが詰め寄ってきた。
 とってもわかりやすい態度に思わずほくそ笑みそうになってしまう。

「最終セットを取らないとそちらの藤原部長さんとの賭けに負けちゃうんですよね。それは困るんで」
「賭け?」

 賭けのこと知らないんだ。
 てっきり知ってるものだとばかり思ってたのに。

「ええ、まあ。そんな感じで尾田さんから藤原部長へ約束取りつけてもらえません?」
「無理に決まってるでしょ。あいつ今、志望校の推薦枠取れるかどうかの瀬戸際でいっぱいいっぱいだから彼女だってほったらかしなんだから」
「――え?」

 彼女、いるんだ。
 ピシリ、と音がするんじゃないかと思うほど私の身体は強ばっていたと思う。
 たぶん顔もひきつっていた。
 彼女がいるくせに「勝ったらつきあって」なんて言える人だったと知って思いの外ショックだったのかもしれない。
 それに再試合を申し込んできたのもあっちなのに……もしかしてからかわれただけなのかな。

「わかると思うけどあいつモテるからあんまり真に受けないほうがいいわよ。いらぬお世話かもしれないけど、あなたに傷ついてほしくないから」
「……」
「じゃ急いでるから。うちの後輩と大会で会ったら仲良くしてやってね」

 練習の時は一本で結んでいたやや癖のある髪をなびかせて尾田さんが軽やかに階段を下りていく。
 なんとなくあいつの学校のそばにいたくなかった。
 もやもやした気持ちを残したまま中に入りたくなくて、そのまま本を借りずに帰ってしまったんだ。
 
 そしてその夜、祖父が他界した。


*** 
 

「風呂わいたけど一緒に入る?」
「入る訳ないでしょ。野田さんは元気?」

 私の質問に律は眼を丸くした。

「覚えてるんだ。元気だよ」
「ならいいけど」
「あいつと高校も一緒だったんだけど、中学の時から俺のこと好きだったとか言ってたくせに断ったらすぐに別の男とつきあいはじめてさ、すでに三人の子持ちだぜ」
「……」
「ひどくね?」

 もしかして、彼女がいるとか推薦枠とか担がれたの?
 尾田さんの策略にまんまとはまった?
 ううん、もしかしたら本当のことかもしれない。
 
「ねえ、律」
「おっ、いいね。名前呼び」
「あなた中学の時、彼女……」

 そこまで言いかけてやめた。
 それを今確認したところで今さらなにも変わらないもの。

「なに?」
「ううん、なんでもない」
「じゃ、合意の上ってことで一緒に風呂入るか」
「入らんわばーか。なんの合意だっての」
「え、結婚を前提にしたおつきあい?」
「当たり前でしょみたいな平然とした顔で言うのやめてほしいなあ。だいたい私はまだ……」
「上野のこと好きなの?」

 ――ぎくっ

「あ、あんな浮気男、す、好きじゃないし!」

 ついムキになってしまう。
 そんな私を見て、律の口角がぐっと持ち上がった。

「だったら決まり」
「決まりって、そんな簡単に言うけどあなただって私のことなんにも知らないでしょ。もちろん私だってぜんぜん知らないし。だいたい私たち中学の時たった二週間一緒に練習しただけの仲なんだよ?」
「袖振り合うも多生の縁って言うし、終わった恋を忘れるには新たな恋とも言うしね。昔はかっこよかったと思っていてくれてたみたいだし」

 ……あきれた。
 さらっと口走ってしまったことすら聞き流してもらえないなんて。
 それにそんなふうにうれしそうにされてもなあ。
 
 中学時代この男に惚れてたとか、一生の不覚だわ。


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思い出のヘニョロロ 11

第十一話

そして現在





「辛かったんだな」

 ぽんぽんと頭を撫でられ、続けざまによしよしと髪をわしゃわしゃされた。
 あんたなんかに何がわかるのよと喉元まで出かかっているのに言葉にならなくて、しょっぱいものがこみ上げてくる。
 やだ、やだ。泣きたくない。
 ふるふると小さく首を横に振る。そんな私の心情に気づいたのか、彼が私の頭を自分の胸に抱き寄せた。
 まるで「見ないから」と言われたような気がした。
 一定のリズムで背中をぽんぽんされる。優しく子どもを寝かしつけるような感じ。
 だけどなぜかそれはとっても心地がよくて、尖った神経がゆっくりとだけど落ちついてゆくようだった。

「俺も、辛かった」

 ふふっと笑う彼の息が私の髪を揺らす。
 そっか、親が離婚したって……

「でもまあ、今は幸せなんだけど」
「……よかったね」
「ああ、ようやく結婚できそう」

 ――なぬ?
 今、結婚って聞こえたような……気のせいか?
 いや、気のせいなんかじゃない。絶対に結婚って言ってた。

 一気に穏やかになりかけていたさざ波のような感情が荒波に変化してゆく。
 と、いうことはこの男は結婚したい相手がいるにも関わらず私とワンナイトラブ……は、古いか。メイクラブ……も、古いか。
 とにかく一夜のアバンチュール(もはや最古?)を楽しんだってコトなのかーっ!
 どくどくと怒りのマグマがこみ上げてくる。
 私の手は自然に拳を作り上げていた。しかもプルプル震えている。
 いや、私はいい。別に一夜限りの関係でもいいと思っていた。
 だけどこやつの思い人はどうなる。
 彼女のほうだって結婚を意識しているかもしれないのに、こんなふうに参列した結婚式の帰りに軽い気持ちで彼氏がどこの女かもわからない相手をつまみ食いして戻ってくるなんて。
 これじゃ義隆とやっていることは一緒じゃないか。

「……きさまぁ」
「え?」
「女の敵がぁ!」
「ごふっ!」
 
 ばーんと突き飛ばし、グーパンチを振り上げると彼の左頬にクリーンヒットした。
 だけど彼は後ろに倒れたりはせず、左頬を押さえつつ悶えるだけ。
 くっそ、ここでノックダウンできたらかっこよかったのに。なぜ倒れない。空気の読めない男め!

「っ……てえな」

 驚きと怒りの混じったような血走った目が私に向けられる。
 そんなことじゃ負けたりしない。だてに何度も修羅場を切り抜けては来ていないのだから。

「なにすんだよ……ったく」
「最悪な男。昔はかっこよかったのに」
「……は?」

 目を眇めて私を見据えるその瞳には怒りよりも理解不能の四文字がはっきりと浮かび上がっている。
 殴られた部分を指先で確認しつつわずかに表情を歪める憎い目の前の男を見て、いい気味としか思えなかった。

「相手に失礼だと思わないの?」
「なにが?」
「結婚相手がいるのにこんなことしてっ」

 よし、言ってやった。
 一夜を共にした相手として言える立場ではないのかもしれないけど、私やったよ。
 顔も知らないあなたのために戒めてやったよ。
 なんだかとってもスッキリ。こんな達成感ひさしぶりに味わったわ。
 いや、ひさしぶりでもないか……義隆も殴ったし。ああ、でもあの時はただの怒りと悲しみしかわかなかったから達成感はなかったなあ。

「なんだかよくわからないんだけど?」

 自分の頭をわしゃわしゃとかき乱しながら彼が首を傾げた。
 しかもとってもいやそうな顔をして。
 だけどそんな姿もいちいちかっこよく見えるのはとってもいけ好かない。不細工になれや。
 
「俺、酔ってるのかな? りるはの言いたいことがぜんぜん理解できない」
「はあっ?」
「それともりるはがまだ酔ってるの?」

 私を呼び捨てにしながら無表情の彼がずいっと一歩近づいてくる。
 あれ、怒ってるのかな?
 いやいや、怒りたいのはこっちのほうだ。女の敵め。しかも呼び捨ては卑怯だろう。無意味に緊張するというか息苦しいというか、とにかく居心地が悪い!

「理由はともあれ再試合を放棄したりるはに勝ち目はないんだよ。わかる?」
「へ?」
「だから君は俺の言うことを聞かないといけない、いわば弱い立場なわけ。そこんとこちゃんと理解してる?」

 意味が分かんない。
 首を横に振るとはあっと盛大なため息が落ちてきた。

「あの時セットカウント二を先取したで俺が勝ったの。だからりるはは俺の言うことを聞かないといけないの。そういう賭けだったでしょ?」
「……それは」

 もちろん忘れたとは言えない。
 
「あの時は俺が勝ったらつきあってって言った。覚えてるよね」
「……ほぼ強制的にね」
「あの頃は中学生らしく純粋なおつきあいでよかったんだけど……もういい年だし適齢期だよね」
「……ぐっ」

 痛いところつくなあ。もう。
 だいたいそっちはイケメンだし引く手あまただろう。しかも結婚する相手がいるんだし。
 どうせ結婚を意識していた相手にフラれましたよ。
 またイチからやり直しだよ。そんな気力も体力もありゃしないよ。
 あーあ、私一生結婚できないのかな。
 こんなふうに一夜限りの関係を繰り返して一生一人で暮らしていくのかもしれない。

「ということで、結婚を前提につきあってもらおうか」
「…………は?」
「はい決定」

 満面の笑みで両肩をぽんぽんされる。
 今、結婚を前提にって言われた気がしたんだけど?

「あの……意味が?」
「ん、言葉通りの意味ね」
「つきあうって……あなた結婚相手が」
「うん、話の流れを読むなら相手は間違いなく君だよね」
「ちょ、待って。理解不能。なんでそうなるの?」
「むしろなんでそう思うのかぜんぜん理解できない」

 話が微妙どころかぜんぜんかみ合ってない。
 なにこの宇宙人。日本語を理解できないのか。

「あ、あと事後は嘘だから。まだシてない」
「はっ、はあっ?」
「いやあ、いくら好きでも意識ないのにイタしちゃうほど鬼畜じゃないよ。信じてたの? ひっどいね」
「……」

 信じたのにそれかいっ。
 と、いうことは事前じゃん。思い切りセーフじゃん。
 
「風呂わかしてくるよ。化粧落としたりするでしょ? あ、洗顔とかないけど」
「……持ってる」
「へえ、準備いいね」
「べっ、別にこうなることを想定して持ってるワケじゃっ」
「そんなこと全く思ってないんだけど」

 墓穴掘ったーッ。
 ニヤッと意地悪そうな笑い方をして寝室を出ていくその背中をつい見入ってしまう。
 う、程良く筋肉ついてるし私好みなのがムカつく。バドミントンやってたからか上腕もがっちりしてるし。

「なあ、りるは」

 わわっ、急に振り返るな。
 背中にみとれていたのがバレてなければいいけど。

「もしりるはが勝っていたとして……」
「負けてないもん」
「まだ言うか」

 ふふっと眉を下げて笑われたから子供っぽくすねてしまったのが恥ずかしくなる。 
 まるであの時に戻ったかのようで、じんと胸が痛くなった。

「俺になにを指示するつもりだったの?」

 あ、また。
 胸の奥がちくんと疼く。

「べ、つにいいじゃん」
「隠すことないじゃん。それともなんにも考えてなかったとか?」
「そんな訳ないでしょ! いいから早くお風呂!」

 ちぇっと小さく不満を漏らしながらもこっちに満足げな笑顔を向けて寝室を出ていく。
 走馬燈じゃない、ぶわっと竜巻みたいに記憶が鮮明に戻ってきて頭の中がぐちゃぐちゃ。

 もちろんなにも考えてなかったわけない。
 考えてなかったら私が負けること前提でこの勝負を受けたことになるじゃない。
 もちろん試合を申し込まれた時は何も考えていなかった。そして試合中も。二セットを先取されて焦っていたのもある。
 だけど最終セットの再試合の約束をした時には明確なものが浮かび上がっていた。

 ああ、思い出さなくていいことまでがまた蘇ってくる。
     

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思い出のヘニョロロ 10

第十話

りるはの過去




 ――古い過去の記憶がぶわっと時空を駆けめぐるように戻ってゆく。

 それは封印した悲しみや喜び、楽しさや怒りもすべて含めて。
 ただ『懐かしい』だけでは終わらない感情に私の身体はぶるりと震えていた。

 目の前の細身なのにがっちりとした上半身裸体の男は何かを諦めたような苦笑いを浮かべてはいるものの、その瞳の奥に宿る光が見えたような気がした。
 その光が怒りなのかそれとも喜びなのか、私にはわからない。
 借りたTシャツの上から胸元を隠すように両手をクロスさせ、さらにタオルケットを引っ張る。
 まだベッドの上。しかもブラはつけていない。
 この部屋とっても涼しい設定にしてるから、その、浮き上がってしまってるのを見られたくない。
 
「俺は再試合を申し込みに君の学校に行った。だけど君はすでにその学校の生徒じゃなかった」

 薄い笑みが返ってきた。
 そんなこと、知らなかった。
 何度か校外でガンちゃんとは会っていた。中学を卒業した後も何度か。
 だけどそんな話は一度たりとも聞いたことがない。
 他校生が押し掛けてくるなんてこと滅多にないことなんだから記憶に残っていてもおかしくないはずなのに。

「嘘……」
「なんで嘘つく必要が?」
「それに、名字違うし」

 名詞に書かれていた名字は長谷部だった。
 私ははっきりとあの時の部長の名字を記憶している。間違いなく藤原だったはず。
 笑顔で自己紹介された記憶は鮮明に残っているもの。下の名前で呼ばれていることが多かったけど、逆に名字のほうばかりが鮮明に残っていた。

「ああ、親が離婚したから」
「……そう、なんだ」
「俺の名字覚えていてくれたんだ」

 意外、と言わんばかりに目を見開いてる。
 失礼な。そのくらいの記憶はあるわ。まあ、下の名前は覚えていなかったんだけど。

「それより、俺は君の話が聞きたいんだ」
「ああ……」

 あまり思い出したくない記憶だけれども。
 彼を納得させるためにはしょうがないことなのだろう。

「おじいちゃ……祖父が死んだの」
「は?」
「おばあちゃ、祖母がひとりになっちゃって……うちで祖母を引き取ろうと思ったけど、絶対に家から出たくないって言うから私たちが祖母の家に引っ越した。終わり」
「そう、だったんだ」

 彼がなぜか悲しそうな顔をして、視線を下に落とす。

「君のおばあちゃんの話はよく覚えているよ。さっきも話したけどうちの部員が熱中症になった時、君は自慢げにおばあちゃんの話をしただろう。本当に大好きなんだろうなって思ってさ」
「……ああ」
「だから昨日、バーでソルティドッグを頼んだんだけどね。君は思い出しもしなかったな」

 塩つながりってやつ?
 生憎だけど昨日はぐでんぐでんに酔っぱらっていて彼がなにを飲んでいたのかなんて気にかける余裕もなかったわ。
 遠い目をした彼を見て、思わず視線を逸らしていた。
 簡単に話を完結させたけど、実際はそんなものではなかったんだ。


 祖父の遺産相続で父の兄弟は揉めた。それはもう一族の離散を巻き起こすくらい。
 祖母は後妻だった。しかも息子(私の父)を連れての。
 思い出すだけでも反吐が出そうな言い争い、毎日かかってくる元妻側の長男次男からの嫌がらせ電話。押し掛けてくる伯父やその代理人。
 祖母を連れて祖父の家から出て行けと伯父たちに何度言われたことか。
 祖母はせめて自分の命が尽きるまで、祖父との思い出を大事にしたいからここに住まわせてくれと泣きながら伯父たちに頭を下げた。
 しぶしぶ納得したはずなのに伯父たちは嫌がらせのように何度も家に押し掛けては「早くボケちまえばいいのに」と祖母に言い放っていく。
 それのせいなのか祖父が死んだ悲しみだったのか今ではわからないけど祖母は認知症を煩い、私の母もノイローゼになった。

 大好きだった祖母は私を忘れてしまった。

 私を祖父の前妻だと思いこみ、祖父を返せと何度も殴られた。
 時には祖父の浮気相手だとも。違うと言っても信じてもらえず、何度も叩かれて家から追い出されたこともあった。 
 すでに自分のことで精一杯だった母は私を守ってはくれなかった。
 父は自分の仕事で精一杯で家のことはすべて母に任せっきりだった。

 ようやく父が事態を重く受け止めたのは、少し目を離した祖母が徘徊し出すようにようになってから。
 そして夜中に母とふたりでおむつを交換していた時「下着を脱がされた」と暴れて手を着けられなくなったのが決定打だった。
 あの時は母も私も孫の手で何度も殴られ、顔も身体も青あざだらけになった。
 最後まで面倒を見たい、と口では言っていたものの疲れ切った母と私を見て父はようやく祖母を施設に入れることを決意してくれた。

 そして、後から知った事実。
 祖母が施設に入り、私たち親子が祖父母の家を出るまで父は伯父たちに家賃を払っていたのだ。

「……りるは?」

 やだ、思い出したら涙が出てきてしまっていた。
 こんなことで泣くなんて私らしくない。
 もう忘れたことなのに、記憶の奥底に封印したんだから必要なことだけ取り出せればいいのに私の記憶の引き出しはすべて一緒に開いちゃうんだから。まるでコントに出てくる引き出しのようだわ。下を閉めたら上が開くみたいな。

「なんでも……って!」

 いきなり彼の顔が近づいてきて、私の目許に温かくて柔らかい舌が這わせた。
 ぬるりとした感触が背筋をぞくりとさせる。

 上目遣いで彼が私の瞳の奥を覗き込むその真剣な眼差しにどきっと胸が高鳴った。


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