空色なキモチ

□ 重圧な愛 □

重圧な愛 2

 
 あの事件が起きたのは、わたし達が中学三年生の時だった。


 受験シーズンが近い、バレンタインデーの一ヶ月前。

 放課後にクラスの女子だけ集まって、バレンタインデーに男子全員にチョコと手作りの御守りをプレゼントしようということになったのだ。
 うちの中学は一学年二クラスしかなくて、三年間クラス替えがない。妙にクラスの団結力が高かったのだ。もちろんそんな提案をしたのはクラスでも目立つ方の女子、美晴とその取り巻き。


「御守りは手作りがいいけど、裁縫が苦手な子もいるだろうから学業守りを買ってもいい。でもチョコは手作りね!」


 それはすでに決定事項になっていて、胸を張って美晴が教卓の前で発表する。
 なんとなくだけど見てるほうが気恥ずかしかった。
 でもクラスの女子が意外に乗り気だったからその空気を壊す必要はないと思い、傍観している自分がいた。本当に冷めてる。ううん、冷めてるというよりそのイベントに興味がないのだ。

 だってこんなこと決められてするもんじゃないと思ったから……。
 男子にしてはありがたいことかもしれないし、わたしひとりの意見で覆るわけでもない。

 全員に渡るようにしたいから男子の割り振りをしようと美晴が言い出す。
 もちろんこの企画とは別に、自分の担当以外の男子にチョコを渡すのはOK! と当たり前だろうと思うようなことも付け足して。


 誰に渡したいか希望を取る、となったらクラスの女子が目の色を変え出した。
 自分の意中の男子にあげたいに決まっているだろう。チョコはイベント以外で本命に個別に渡すとしても、やっぱり御守りは手作りだろうが購入だろうが好きな子に渡したいはず。


麻衣まいは航平に渡したんじゃないの? 幼馴染だしぃ」


 そうわたしに突っかかってきたのは美晴だった。
 目を眇めてわたしの様子を伺いながら教卓の上から見下ろされる。

 一気にクラス中の女子の視線がわたしに集まる。航平とわたしが幼馴染なのはみんな知っているが、わたしが航平を好きな気持ちはばれていないはずなのに。
 美晴だってわたしが航平を思っている気持ちを知っているわけではないと思う。ただそう煽っただけ。
 クラスでも目立たないわたしが、女子全員を前にして『航平を好き』って認めさせようとしているのだろうか? ふとそう思った。それならかなり意地悪だな……とも。


「別に……」


 そう言って美晴を見上げると、口元がクッとあがってうれしそうな表情に変化した。


「じゃ、航平の権利ゲットしていいかな?」

「……どうぞ」


 勝ち誇ったような表情で美晴が問うから、わたしはうなずくしかなかった。
 その時――


「わっ! 押すなって! うわあああ!」


 教室の後ろの扉が勢いよく開いた。
 絶叫とともに男子が転がるように教室に入って来て、騒然となる。


「男子盗み聞きしてたの? ひどーい! 全員教室入って来て謝罪して!」


 女子の黄色い声が教室中に響き渡った。
 慌てて黒板に書かれた『バレンタイン企画。クラスの男子に愛のプレゼント』と書かれた文字を誰かが消していた。

 入ってきた男子の中に冷ややかな表情の航平の姿を見たのは、きっと気のせいだと思う。
 航平のあの顔は、怒りを表している。普段感情を露わにしたりしない航平だからこそわかるんだ。
 これは幼馴染の特権なのかもしれない。
 
 薄い唇をきゅっと引き締めて、ほんの少しだけ目頭に力がこもる。
 みんなはわかっていないだろうわずかな変化。

 でも、なんで怒っているの? 理由はわからない。

 結局その後、女子は男子全員の謝罪を受け、バレンタインデーの企画の話の続きはなかった。






 その日の夜。

 コンビニに消しゴムを買いに行こうとしたら、家の前で亮平くんに会った。
 すでに大学生になっていた亮平くんは、ますますカッコよくなったような気がした。航平もこんな風に成長するのかな? そんなことをつい考えてしまう。

 どこに行くのか聞かれ、コンビニと言ったら亮平くんも『じゃ、俺も』と着いて来た。
 ひさしぶりにひとりの亮平くんに会った気がする。いつも女の子をはべらせているイメージしかないから……。

 志望校の話とか勉強ははかどっているのかとか色々聞かれた。
 わたしは曖昧に答えて、コンビニの中に入る。すると雑誌コーナーのところで航平が立ち読みしていた。


「あれ、航平じゃん。まさか受験のストレス発散にエロ雑誌見てるわけじゃ……」


 あとから遅れて入って来た亮平くんがニヤニヤして小声でわたしの耳元で囁いた。
 その吐息が耳をくすぐり、びくんと身体をすくめると、亮平くんがニッと口角をつり上げる。
 そういう行為は好きな女の子だけにやってほしい、そう思いながらコンビニの中に足を進めた。

 航平は雑誌を元に戻し、ジュースのコーナーを通り過ぎて、お菓子のほうへ進んで行った。その行動が妙に落ち着きなくキョロキョロしているように見えた。
 その割にわたしと亮平くんの存在には気づいてない。


「あいつ、何やって……?」


 亮平くんがこっそりと航平の後を追う。わたしもその後をついて行った。
 航平はチョコレートの棚をしゃがんでじっと見つめていた。わたし達はその通路の棚からこっそり航平の様子を伺っている。

 ――――すると。

 目の前の小さなチョコレートを手にした航平が、自分の着ている紺のダッフルコートのポケットの中にそれを忍び込ませたのだ。


「――――っ!」


 わたしは思わず息を飲んだ。
 隣にいた亮平くんは少し目を丸くしていたけど、そんなに驚いた表情をしていない……なぜ?

 航平はその隣のガムを手にしてじっと見つめていた。それも盗る気?


「航平のやつ……」

「亮平くん、止めて……このままじゃ捕まっちゃう! お願い」


 小声で亮平くんにすがると、真剣な表情でわたしに向かってうなずいた。
 

「その代わり、麻衣がオレの言うこと聞いてくれる?」

「え……?」

「麻衣がオレの言うこと聞くって言うなら、航平を止めてやる。どうする?」


 亮平くんの言ってることの意味がわからなかった。そしてなんだかうれしそうな表情のそれにも理解ができなかった。
 だけどわたしが航平を止めることなんてできない。それができるのは亮平くんだけ。
 そうとしか思えなくて、何度もうなずいて亮平くんを促した。


「わかったから! 早く! 隠れてるからっ……わたしが見てたのも内緒に……」

「了解」


 軽く手をあげて、亮平くんが航平の元に近づいていった。
 わたしは航平に気づかれないよう、こっそりコンビニを後にして家に戻る道を足早に進む。

 消しゴムを買い忘れたけど、あのコンビニに戻る勇気はない。

 しばらくの間、胸のドキドキがおさまらなかった。
 





 その翌日。
 わたしは亮平くんの部屋にいた。


 すぐにベッドに押し倒されて、服を脱がされる。
 いやだって言った。必死で抵抗した。でも、亮平くんは容赦なかった。


「約束は守れよ」


 そう一喝した亮平くんの表情に淀みはなかったから。
 痛くて怖くて悲しくて……わけがわからないまま、目を瞑って涙を流しながら耐えるしかなかった。

 ……そのままわたしは亮平くんの思うがままに抱かれた。


 ファーストキスも、ヴァージンもすべて亮平くんに捧げた。


 わたしが好きなのは航平なのに……なんでこんなことになったんだろう?
 亮平くんはわたしのことなんか好きじゃない。ただの性欲の捌け口。それだけの存在。



 亮平くんは一度では許してくれなかった。
 家に航平がいない時間を狙って、何度も呼び出された。

 クラスのなんとも思っていない男子に御守りを用意したり、勉強をしたり、もうすぐ来るバレンタインのチョコをどう作るかとか色々考えないといけないのに亮平くんの呼び出しには応じるしかなかった。

 
「万引き未遂を麻衣が見ていたこと、航平に教えちゃうよ?」 


 何度もそう言われて、逆らう勇気なんかない。
 航平は志望校ギリギリのラインで、もしかしたら本当に受験ノイローゼになっていたのかもしれない。だから万引きなんてしようとして……。
 それだけじゃなく、その場面をわたしが見ていたなんて知ったら、航平のプライドはズタズタになる。

 航平は頭がいい。勉強ができる。県で一番の進学校を狙っていた。
 頑張って受かってほしい。わたしが航平の足を引っ張るのは、いや。


 何度も何度も亮平くんに抱かれ、わたしの身体は男の人を受け入れることを拒まなくなっていた。





 バレンタインデーには、美晴が航平にチョコと御守りを渡していた。
 わたしはなんとも思っていない男子に前日の夜作ったトリュフと御守りを渡した。

 そのトリュフ、味見をしたらすごくおいしかったの。
 だから残りは誰にもあげないで全部自分のお腹におさめた。

 なんでだかわからないけど涙が止まらなかった。






 県立の受験日数日前。

 亮平くんの部屋に呼び出された。


 部屋に入った途端、見知らぬ二人の男の人に服を脱がされた。
 その中に亮平くんの姿はなく、ベッドの上で上半身と下半身を押さえつけられて身動きの取れない状況にさせられたのだ。

 口を塞がれて、乱暴な力で開脚させられる。恐怖と羞恥と嫌悪が入り交じった感覚がした。
 見たこともない男の欲情した四つの瞳。
 嘲るような笑い声と、嬌声が耳に響いてうるさいくらいだった。

 涙でよく見えない。声すらあげられない。このままこの人達に強姦されてしまう――

 全身を弄くり、舐め回された上に押さえ込まれて抵抗する力すらなくなったわたしは静かに目を閉じた。
 見知らぬ男の人の硬くなった性器が自分に押し当てられる。一瞬吐き気を覚えた。

 ふと、あのバレンタインイベントの話し合いの時に見た航平の冷ややかな顔を思い出す。
 あの時なんで怒っていたの? どうして? そんな思いだけが浮かんできた。
 
 その時――
 
 めきょっと変な音が聞こえた。


 目を開けてみると、わたしに入ろうとしていた男の人の姿が消えていた。
 同時に押さえ込まれていた上半身の力も緩む。


「なに、やってる?」


 航平が軽蔑するような眼差しでわたしを見下ろしていた。

 それはあの時の目と同じで、冷ややかなその声もえぐるようにわたしの胸を突き刺す。
 航平の真っ赤に充血した目に裸の姿を晒していることに気づき、慌てて両腕で胸元を覆う。

 その目がすごく怖かった。
 だけど視線を逸らすことはできず、ただただ航平を見つめることしかできなかったんだ。

 わたしを押さえ込んでいた男の人がベッドから降りて、立ち去っていく背中が見えた。
 ベッドの下には、わたしに入ろうとした男の人が顔を押さえてうずくまっている。その手の隙間から血が見えたような気がした。


「おまえ、サイテー」


 低く、お腹に響くような声で航平がボソッとそう漏らしたのをわたしは聞き逃さなかった。
 前髪で隠されたその表情は伺い知ることはできなかったけど、口調と声のトーンから明らかな嫌悪と憎悪と憤怒が含まれているような気がした。

 そのまま航平は裸のわたしを置いて、亮平くんの部屋を出て行った。



 殴られたのは亮平くんの大学の友達で、鼻の骨が折れていたそうだ。

 だけど相手がやっていたことは強姦未遂だったから、大事おおごとにはならなかった。
 
 相手のほうから「穏便に事を済まそう」と言ってきたとのことだった。それはそうだろう。このことが公になったら捕まるのは相手側のほうだ。

 航平はわたしを助けた。加害者扱いをされず、それだけは本当によかったと思った。  
 誰と誰の話し合いでそう決まったのかとかは全くわからない。航平の両親がその話を知っているのかもわたしにはわかりえない。その事実を亮平くんから聞いただけだから。


「オレのダチが悪かったな。まさかあんなことするとは思わなかった」


 そうひと言だけ、亮平くんに謝罪された。
 あの後、航平と亮平くんがどんな話をしたかは知らない。




 航平は志望校に落ちた。
 
 その後に行われた二次募集でわたしと同じ三流高校に入学することになった。
 わたしのせい。あんなシーンを見せられたから、航平はきっと……。



 そして――


「兄貴やあんな見ず知らずの男とヤれるなら、俺ともできるよな? ヤリマンのクソビッチが」


 高校入学と同時に、わたしは亮平くんから航平の性の捌け口にシフトチェンジさせられたのだった。
 そんな関係がすでに二年、続いている。


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Date:2013/04/15
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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