空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第5夜

 
 なんとか頼まれた資料を十五時までに終わらせて雨宮翔吾の机の横に台車ごと置いておく、と。


「風間さん、第三会議室にお茶三十個お願いします。全員緑茶で」

 
 その台車を押しながら雨宮翔吾は冷ややかにわたしに言った。
 ……わたし、この人の秘書でもなんでもないんだけどなー。いい加減他の人に頼めばいいのに。
 でも、断れない自分。


 給湯室でお茶を淹れつつ運びつつを繰り返す。
 緑茶指定とかめんどくさい。
 みんなコーヒーにしてくれれば自販機で紙コップのを買ってすぐにお出しできるのにな。
 緑茶だと湯飲みをあっためての作業から始まることをこの人は知らないのかしら?

 あー今日も自分の仕事が全然進まない。残業確定かな?

 はっきり大嫌いですと伝えた時のこの人の顔は初めて見るものだった。
 信じられないって表情でわたしを見据えた後、すぐに怒りの色が浮き出た。
 どれだけ自分に自信をお持ちですか? って言いたかったけどそこまで言ったらひどいかな? と思って言わずに飲み込んだ。
 
 これでもう仕事を頼まれなくなると思ったのに……。
 


 ようやくお茶出しを済ませて給湯室に戻る手前、その中から声が聞こえてきた。
 給湯室は扉がないから、中の声がよく聞こえてくるのだ。みんなそのことに気づいてないらしい。


「雨宮くんもよくやるよね? 風間さんいじめ?」

「あれっていじめなの?」

「だってそうとしか思えなくない? 彼女にばっかり雑用頼むじゃない?」


 ああ、やっぱりそうなのか。
 とことんいじめつくして退職まで追い込まれるパターンだったりして。嫌だなぁ。
 あまり酷いようなら上司に相談するのもありなのかな?


「今だって緑茶三十個とか頼まれてたでしょ? そろそろ戻ってくるだろうけど」

「あ、それは理由聞いたことある」


 男性社員の声が初めて聞こえた。
 理由? 他の女性社員が聞き返す。


「風間さんが淹れるお茶、評判いいんだって。湯飲みが暖かくて濃さもちょうどいいとか」

「はあ? そんなの誰が淹れても同じでしょう?」

「それは雨宮から聞いたことあるんだ。風間さんのお茶が飲みたいってクライアントさんの要望らしいよ」


 そんな理由だったんだ。
 だからいつもわたしにお茶を……。

 身体の中心がきゅっと掴まれたような感覚がした。
 はじめて人に認められたような気がして……少しうれしかったのかもしれない。
 たとえそれがお茶汲みでも。


「そんなにおいしいなら私達も淹れてもらう?」

「いいねぇ! あの子なら頼めば淹れてくれるよ」


 冗談じゃない。
 わたしはお盆を持ったまま給湯室に寄らずに自分の席に戻った。




 終業時間のチャイムが鳴る。
 でもわたしの仕事は終わっていなかった。
 今日中に先月の出荷伝票の総計をまとめておきたい。

 急に静かになったオフィスを見渡すと、席にはほとんど人がいなかった。

 自分の席を立ち、オフィスと繋がっている右端のPC室に入った。
 高性能のパソコンが四台横に並び、二列あるので計八台のパソコンがこのPC室に置かれている。
 残業時間は滅多に埋まらないが、仕事中は八台フル活動していることもざらにある。

 PC室に入って、左から一番、二番と番号が付けられている。人によって好みのパソコンがあるらしい。自分は特にこだわりはない。
 今日は誰も使っていないので、オフィスとPC室を隔てるガラスの壁隣の一番のパソコンを立ち上げた。

 このPC室のパソコンにだけ一台一台プリンターが搭載されているため、プリントアウトする場合はこっちに移るようにしている。
 デスクのパソコンのプリンターは周囲の人と共有なので順番待ちがある上にあまり調子がよくない。
 だけどPC室のプリンターは早いし、大きいものの印刷に優れているから好きなんだ。

 ここの小さな一角のスペースも結構好き。
 自分のペースで仕事できるし、ガラスでオフィスから丸見えとはいえ仕切りがあるから向こうと一線引けるみたいで。

 
 テンキーを打つ音だけがPC室に響き渡る。
 この感じも好き。基本ひとりが好きみたい。
 誰にも邪魔されず、こうしてひとりでいる方が気楽だし性にあってる。


 あまりに没頭しすぎて、わたしは全く気づいていなかった。
 
 背を向けた扉から人が入って来ていたのを……。



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Date:2013/01/18
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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