空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第6章 第67夜 事件

 
 困った話になってしまった……。

 
 結局強引に見合い写真と釣書を手渡された。
 本人の許可なしにこんな大切なものを預かるなんてどういうことですか? と告げたにも拘らず。


『湯田専務からの申し出を断る理由はないだろう? 雨宮くん、わが社に骨を埋める気があるなら受けるべきだ! そしてわが営業部のためにも――』


 そこまで言って部長は口をつぐんだ。
 もしかしたら部長は湯田専務に何か言われているのか?
 営業部にメリットがあるような交換条件を提示されているとか……だからこんなに一生懸命勧めてくる。



 もちろん断ることしか考えていない。
 そのためには直接湯田専務のところへ行くべきなのだろう。



 話を終えて、オフィスに戻ると雪乃は仕事をしていた。
 いつもと同じような雪乃の姿にホッとしてしまう。やっぱり雪乃は俺の癒しだと再確認した。




 話が終わる前、部長に言われたことを思い返す。


『風間くんの記憶に関することは係長クラスまでで口止めしている。仕事を覚えているのであれば特に問題はないだろうから公にはしないでおこう。だからこの話を前向きに検討してくれ』


 そう条件付けまでされたが、前向きに考えるつもりなんて毛頭ない。
 さっき雪乃は南雲係長と話しをしていたはず。
 そこで仕事のことに関しての記憶があることなど話したのだろう。
 

「大丈夫?」

 
 席に戻って小声で左の雪乃に声をかけると、うんと一度うなずいて微笑んだ。
 大丈夫そうだ……よかった。
 

「無理しちゃダメだ。もし気分が悪くなったり気持ちが落ち着かなくなったらすぐに電話するんだよ」

「はい、大丈夫です」

 
 小さな声ではっきり返事をする雪乃。
 全くいつも通りに仕事を進めている。仕事の記憶が残っていたことは本当によかった。
 俺たち一期下の社員の名前と顔はわからないかもしれないけど、さして問題はないだろう。
 そんなに関わるようなことはしないだろうし、南雲係長もフォローに入ってくれるはずだ。


「南雲係長、よろしくお願いします」


 雪乃の左隣に座っている南雲係長の背後から声をかけると、振り返って大きくうなずいてくれた。
 

「任せておけ。大丈夫だ。安心して外回り行って来い」


 その言葉に感謝して俺は安心して外回りに出かけた。
 だけど憂鬱な気持ちはどうしても拭いきれない。

 あのピーチ姫との縁談話をどう断るか、そればかりが頭の中を巡っていた。



**



 昼頃、外出先から真奈美にメールを送る。
 もちろん湯田専務のことだ。
 もし今日の午後の予定に少しでも空きがあるようならアポを取ってもらおうと思ったのだ。


  『今日は午後から会議の予定がびっしりよ。とても時間なんて空かないって。どうして?』


 すぐにその返事が来る。
 湯田専務がダメなら直接ピーチ姫に交渉するのもありなのかもしれない。
 俺は湯田専務がどんな人なのかもよくわかっていないのだ。
 
 それこそ入社式や社内報で数回見たくらいの記憶しかない。
 厳つい顔に無表情なイメージしかないな。

 ……ところで、ピーチ姫はどこに配属されたのだろうか?

 そうか、まだ研修期間か?
 営業部にもまだ新人配属されていないし、困ったな。
 新人がどこで研修を受けているのかも知らないし、接触を持つのは不可能だろう。


 ピーチ姫のことを考えることを放棄したくなった。現実逃避ってやつか。
 無意識に癒しを求めようとしたのか、雪乃にもメールを送っていた。


  『今日は帰りメシ食って帰ろう。更衣室の休憩場所で待ってて。ひとりで外には出ないこと』


 すぐに“はい”とひと言メッセージが届く。
 これだけで十分俺の心は和んだ。 

 たったひと言の返事をもらえるだけで幸せを感じられる相手がいるのになんでこんな見合い話に振り回されるのか。

 その憤りだけがふつふつと苛立ちを増強させていた。



**




 約束通り雪乃は俺の帰りを待っていてくれた。
 いつもすっぽかされっぱなしだったから、こうして社内で待っていてくれたのはすごくうれしい。
 よろこびの閾値が低すぎるような気もしないでもないが……。

 記憶がある時は社内での待ち合わせを嫌い、専ら社から離れたシズールか駅前で合流だった。

 メールで知らせ合わせて通用門の前で待ち合わせをする。
 俺が先に通用門を出た後、雪乃が少し遅れて出てきた。

 こうやって一緒に会社から帰るのが夢だった。

 こんなささやかな夢でさえ雪乃はつき合おうともしてくれなかった。
 人の目を異様に気にして、駅にいても少しでも距離を置こうと離れてゆく。
 電車に乗って家に近づいていくとようやく雪乃も俺のほうに少しずつ歩み寄ってくる、そんな感じだった。


 こうして並んで社から帰れるだけで幸せでウキウキしてしまう。
 俺はどれだけ雪乃に惚れたら気がすむのか?


「手、繋いでいい?」

「ダメです」


 やっぱり雪乃は冷たい。即答だなんて酷すぎる。
 だけど俺だってめげない。


「少しだけ、いいでしょ?」

「ダメ」

 
 俺切ねえ、超切ねえ。
 
 引っ越しを終えた昨日の朝、俺の腕の中で目覚めた雪乃はかわいかったのにな……。
 真っ赤な顔で絶叫して暴れ出して……多少痛かったけど可愛い寝顔たくさん見れたし満足だったのに。
 あの後から警戒されっぱなしなんだよなー……。



***



『ソファで寝てたから風邪引かないようベッドに寝かせて……』

『部屋に運んでくださいよ! なんで翔吾さんのベッド……』

『あのね、横抱きって下ろす時結構大変なのよ? 高さがないとさ、しゃがんで床に敷いた布団に下ろすとなると俺の腰への負担がハンパないわけよ。だから高さのあるベッドに移したほうがね、楽なの。わかる?』

『……だからって腕枕じゃなくても……』


 唇を噛みしめてふるふると震える雪乃。
 
 もっともらしいことをずらずら述べると何も言えなくなってしまった。
 かわいいなーもう、本当に食べちゃいたいくらいかわいい。



***



 あの時のことを思い出すとニマニマしてしまう。
 あの後、妙に俺を避け出した。よっぽど恥ずかしかったのかな?



「いらっしゃーい、およ?」


 クマさんの驚いたような声が俺たちを招き入れた。
 ニッコリ微笑むクマさんの笑顔に俺の心も癒される。


「今日個室空いてないんだ、昼間から予約入っちゃってて」

「ああ。カウンターでいいっすよ。いいよね? 雪乃」


 雪乃がうんうんとうなずいて、一番左端の奥の席に座らせた。
 俺もその右隣に座って雪乃にメニューを渡す。

 この店のカウンターも和紙のちょうちんのライトでモダンな雰囲気がある。
 この照明の色が食べ物をおいしく見せるポイントだと前にクマさんが説明してくれた。食べ物は味覚も視角も嗅覚も大事だと。


「あ、食べ物いつものお願い。あと生と……雪乃は?」

「烏龍茶」


 クマさんがニコニコしてうなずく。なんだか妙に今日は愛想がいいな。
 いや、いつもいいのだけどいつも以上になんだかうれしそうなクマさん。

 なぜか雪乃をじっと見つめている。


「え? クマさん、どうしたの?」

「雪乃ちゃん、事故に遭ったんだろ? 心配してたんだよ。元気そうでよかった」


 びくんっと雪乃の身体が強張る。
 少しオドオドしたような目でクマさんに視線を移す雪乃にニッコリ微笑みかけていた。


「三浦さんから訊いた?」

「ああ、雨ちゃん達の職場の前の大通りで交通事故が遭ったことは知ってて、三ちゃんに訊いたら、被害者は雪乃ちゃんだって言うから心配で心配で」

「そう、だったんだ……運がよくて骨折もなくてさ、打撲はあったけど……よかったよな」


 宥めるように雪乃の顔を覗き込んでやると、はにかむように苦笑いでうなずく。
 よかった。事故のこと思い出したらパニック起こすかもと不安で今までそこには触れないようにしていたけど思ったより大丈夫そうだ。
 



 クマさんを交えて話しながら食事を進めていると、俺の携帯電話が鳴った。
 見ると……部長から?
 ちらっと雪乃を見ると、心配そうな表情でこっちを見ている。


「ちょっと仕事の電話。席外すけど大丈夫?」

「……うん」

「そっか、じゃあここで待ってて。クマさん、すんません。少し長くなるかもなんで雪乃を見ててもらっていいです?」

「あいよ、大丈夫。絡まれないよう見張ってるから」


 そのひと言で安心し、クマさんに軽く会釈して俺は店の外に出た。


→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/03/15
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/84-eaec2286
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)