空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第6章 第66夜 事件

 
 わけがわからないまま呆然としていると、重々しくため息をついた部長が口を開いた。


「先日の入社式で、君は新入社員誘導係をやったろう?」

「はあ?」

「その時に、今年の新人の中に湯田常務、いや、専務のひとり娘がいたことは知っているだろう?」


 ――湯田専務?

 ん? 聞いたことがある名前……確か真奈美が就いている常務だった気がする。今回の辞令で専務に昇格したのか……ひとり娘?

 入社式の時のことを思い出そうとするけど、あまり記憶になかった。
 あの日はやたら忙しくて、新入社員を大ホールに誘導させる係を済ませてすぐに外回りに出て……。


「……すみません。よく覚えてません」

「っかあ! いたんだよ! 湯田晴花ゆだはるかさんって名前だ! 思い出せ!」


 ダン! と課長がテーブルを叩いて立ち上がった。
 それにビックリして少し身を引いてしまう。ん? 湯田晴花?




***




 先々週、雪乃が事故に遭う数日前の入社式――


 俺は営業回りに行く前、急に人事部から呼び出され、入社式の新人の誘導係を頼まれた。
 当日にだ! しかももう出先に行く準備完璧だったのにも拘らず、だ。

 どうもその係だった営業戦略部の誰かが急におたふくかぜに罹ったとか?(知るか!)

 しぶしぶ大ホールがある十七階に行くと、人事課長が手をすり合わせてエレベーターホールで俺が到着するのを待っていた。その姿はお得意さんを待つお偉いさん? のようでおかしかった。

 簡単に入社式の流れの説明を受け、しょうがなく引き受けることに。


 俺がするのは大ホールの入口で新入社員の名前を確認し、大体の席の場所を説明す受付係。
 普通受付は美人の女性社員だろ? と思ったのだが、その辺は抜かりない。
 もうひとり受付がいてそれは真奈美だった。
 やっぱり綺麗どころをってことか。でもなぜ俺が一緒に並ばされるのか?


「翔吾は説明してもわからなそうで迷ってる新人を直接席まで誘導してね。私はここから動かないから」


 ……そういうこと、か。

 メイン受付は真奈美、俺が誘導係ということだった。
 それなら激しく納得できる。
 

 確かにうちの社の大ホールは広くてひな壇になっている、わかりづらいといえばわかりづらい。
 しかも室内はなぜか薄暗い照明になっている。映画館でもないのになぜだろうか?

 だけど何列目の何番と説明すれば普通わかりそうなものだが、席を探せない輩はきっと映画館でも迷うタイプの人間としか言いようがない。


「すみません……場所、よくわからないんですけど」


 胸のうちで毒づいた途端、俺と真奈美が待機する受付席の前に立ったのは、淡い桃色のスーツを着て肩にかかる茶色い髪をゆるふわな感じにカールした新入社員だった。

 入社式にピンクのスーツ……ばっちり施されたアイメイク、つけまつ毛に唇はてっかてかに光っていた。
 まあ、美人の類なんだろうけど……ナチュラルメイクで美しさを際立たせる真奈美の足元にも及ばない。
 なんとなくそう思っていた。


 真奈美は別の新入社員の対応をしていて、こっちには見向きもしていない。必然的に俺がこのピーチ姫を担当することになった。

 桃色のスーツだから『ピーチ姫』と名づける。我ながらナイスネーミング。
 すでに受付を済ませてあったピーチ姫の胸元につけられているネームプレートを確認した。


  “湯田晴花” その名前を席の資料を見ながら探す。


 げっ! なんでこの子一番前の席なんだろう?
 去年の入社式は一番前の列は男性社員だけだったはず。かく言う俺も一番前の列で緊張したものだ。
 しかも今年はこの子だけ、女性社員で一番前の列。
 
 こんなにわかりやすい席なのに場所がわからない、だと?
 ニッコリ微笑むピーチ姫……。


 まさかエスコートしろってわけでもないだろうけど……しょうがない、誘導するしかないのか。




「足元暗くなってるので気をつけてください」


 俺が前を歩き、階段を下っていく。
 最前列だから一番下まで降らないといけない。道のりは遠い、そう思っていた……ら。


「はい……きゃっ!」


 案の定、つまづくピーチ姫。
 それをすかさず抱きとめる形になってしまった。

 すでに席についていた新入社員の注目を一手に集めてしまったのは言うまでもない。
 小さなどよめきが湧き上がるのも聞こえたが、何事もなかったようにピーチ姫の身体を離す。
 彼女の足元を見ると、かかとが高くて細いピンク色のヒールだった。そりゃ歩きづらいだろう。


「あ、ありがとうございます。口紅ついちゃってないかしら……」

「大丈夫ですよ。気をつけて」


 心配そうに俺の顔を覗き込むピーチ姫。
 その場ではちゃんと確認しなかったけど、後で見たら俺のスーツの胸元にピンク色のものが残っていた。しかも唇の形で。

 紺色のスーツだったし、目立たないからいいやと思い、その日のうちにクリーニングに出した。


 

***



 そのくらいの対応をした。
 あの子が湯田晴花、そうだ、思い出した。ピーチ姫だ。
 湯田常務、もとい専務のひとり娘だったのか……。



「思い出しました。席まで誘導した覚えがあります。最前列に」

「だろう? その湯田専務の愛娘、晴花嬢がだな……」


 部長がいきなり口ごもる。
 
 ちょいと待て、なぜ“さん”じゃなくて“嬢”なのか?
 その辺で特別扱いをアリアリと感じさせる。
 新入社員なのに、専務の娘だからっておかしい扱いだと思わないのだろうか。


「雨宮くん、君をたいそう気に入ったそうだ」

「……はあ?」

「で、湯田専務が直接この営業部に足を運ばれた。縁談話を勧めたいらしい」

「はあ、縁談……?」

「そしてこれを預かった。晴花嬢の釣書と写真だ」


 すっとテーブルの前に大きい茶色の封筒が差し出された。
 釣書と写真? ……縁談?

 さあっと血の気が引いていく感覚。


「は? 俺とってことっすか!?」

 
 立ち上がった途端、俺が座っていた椅子が後ろに大きな音を立てて倒れた。


「今までの話の流れを訊いていたらそれしかないだろう?」


 あくまでも冷静に話を勧めようとする部長。狼狽える俺。
 課長と新井係長も神妙な顔つきで俺を見てうなずいている……。


「いや、困ります。俺……」

「だから風間くんとは別れろ。わかったな」


 ずいっと見合い写真であろうその封筒が俺の前に差し出される。
 いやいや、受け取れないし!


「無理です!」

「だめだ、これは上司命令だ。きちんと受けてくれ」

「困りますって! 俺、今彼女と……風間さんと同棲中なんですから!」


 沈黙が、流れる。




「――――はあっ!?」



 上司三人の驚きの声が、第一会議室内に響き渡った。



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Date:2013/03/14
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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