空色なキモチ

□ 片隅の花 □

片隅の花 8

 
 最終日の上映であり、レディースデーだったから映画館は結構混んでいた。
 上映時間間際に滑り込むように入ったわたし達は四人並んで座れそうになかった。


「映画終わったら、出口で待ち合わせね」


 沙羅ちゃんと飛鳥くんはふたつ並んで空いていた席ににさっと座ってキープしてる。
 鞄を置いて、暗くならないうちにとポップコーンとジュースを買いに行くとふたりでいそいそ出て行った。

 唖然と立ち尽くすしかないわたし。

 そうだよね、チケット渡して映画館に入っちゃえばもう一緒にいなくたっていいもんね。
 だったらチケットだけ学校で受け取って、ひとりできても全く問題なかったってことだ。
 仮にこの映画館が空いていたとしても、四人で並んでなんて座らなかっただろう。それこそただのお邪魔虫だ。

 なんでそこまで頭が回らなかったんだろうか。
 指定席でもなんでもないんだから個人行動でいいのに、わざわざ気まずい思いして翔くんと接することも沙羅ちゃんと飛鳥くんの姿を見て胸を痛める必要も――

 あれ? 胸、あまり痛んでない気が……する。気のせい?

 そんなことより、どこでもいいから空いてる席に座ってしまおう。
 幸い目がいいから一番後ろでも構わないんだよな。
 

「桃花、こっち」


 呼ばれて振り返ると、すでに翔くんが隣同士の席をキープしていた。
 そこには翔くんの鞄とブレザーが置かれている。
 しかもあのふたりより結構後ろだけど、端っこすぎず真ん中すぎずいい席ってどういうこと?


「いや、わたしひとりで……」

「いいから奥側の席に座ってろ。俺もなんか食いもん買ってくるから。何がいい?」

「いえ……いいです」


 俯いて答えると、それ以上何も聞かれずに翔くんは階段を昇っていった。
 なんでこうなるのかさっぱりわからなかった。すごくいやな気持ちになった。
 だけど逆らってこれ以上翔くんの機嫌を損ねるのはもっといやだ。

 言われたとおり、翔くんのブレザーが置いてあった席に静かに座ると、わたしに背を向けた左隣の女の人と一緒にいる女の人がヒソヒソ話をしていた。その内容が偶然耳に入ってくる。


「ね、右隣の席キープしてた男の子すごいかっこよかったよね。見た?」

「見たけどあんた声大きい。隣、女の子座ってる」

「えっ! やばっ」


 ちらりと振り返られて、慌てて俯く。顔を見られたくなかった。
 翔くんと一緒にいるのがわたしなんかじゃきっと幻滅されちゃうもの。
 その後も左隣の女の人たちはひそひそ話していたけど、その内容までは聞き取れなかった。

 きっと不釣合いとか言われているんだと思ったら早くここからいなくなりたかった。
 わたしだって好きでここにいるんじゃない。ただの幼馴染だし、あ! 幼馴染とも言いがたいただの顔見知りだし誤解しないでって言いたいくらいだった。

 相手は見ず知らずの人なのに……ばかみたい。
 何を一生懸命弁解しようとしているんだろう。やっぱりひとりのほうが気楽だったのに。


「ほい、おまたせ」


 急に目の前にストローのつきの透明カップが差し出されて、見上げると翔くんだった。
 「ん?」と首を傾げてわたしを見ている。右の口元が痛々しく変色しているのはわたしのせい。


「いらないです」

「早く受け取れよ。両手ふさがってるんだから」


 確かに翔くんの両手はジュースでふさがっていて、左手首にはビニール袋に入れられたポップコーンがぶら下がっていた。
 しぶしぶ受け取ると、中身はオレンジジュースだった。よかった、コーラだったら飲めないから。
 翔くんが持っているほうはコーラのようだった。
 もしかしてわたしがコーラ飲めないの知ってた、とか? まさかね。


「お金……」

「いいよ、もうはじまる」


 そう言って翔くんが座った途端、暗くなった。
 翔くんの右隣は男の人だった。もしかしたらそれも気を遣ってわたしを女の人の隣の席にしたとか?
 
 まさかそこまで考えているわけがない。いいほうへ考えすぎ。
 この人はわたしをからかって貶めるいやな人なんだから。そんないい解釈するべきじゃない。
 
 ずいっとキャラメルの匂いのポップコーンが向けられる。
 そのまま放置しているとさらにずいっと向けられてポップコーンの入れ物を左右に振られた。
 取れと言わんばかりのその態度……なんなんだろう? これじゃまるで恋人同士みたいじゃない。

 ちらっと翔くんを見ると、横目でわたしを見ていた。

 その角度だと、飛鳥くんと同じ……相違点見つけられない。
 右の目尻の小さなほくろ、見ないと翔くんは飛鳥くんに、なる。


 ――――まさか、それを狙ってわたしを左側にした?


 ここからは右の目許も痛々しい口角の痣も見えない。
 またわたしをからかうつもりだ! 飛鳥くんのフリしてわたしがそれによろこぶとでも思ってるんだ。
 そのマヌケな顔を見てあざ笑うつもりだ。最低だ。


 怒りがフツフツとこみ上げてくる。
 だから来たくなかったのに。翔くんとふたりなんて絶対にいやだった。


「なに怒ってるの?」


 右の耳元に翔くんの顔が近づいてきて、小声で囁かれた。
 キッと睨み返すときょとんとした顔をして小さく首を傾げる翔くんのその表情は、おどけているようにも見えた。

 悪びれる様子もない……むしろこっちはあわせてやってるんだって感じ。


 せっかく沙羅ちゃんがくれたチケットを無駄にしないためにも映画はちゃんと観よう。
 なるべく右は見ない。真正面だけ向いて映画に集中すれば隣に翔くんがいることなんて忘れるはず。
 
 そう、今日はひとりで映画を観に来たの。そう頭に叩き込む。


 そう思っていたのに、いきなりわたしの膝の上にポップコーンがのせられた。
 そしてそれに伸びてくる翔くんの左手。
 

 自分はひとりだってマインドコントロールをしようとしているのに、にゅっにゅっと忙しなく伸びてくる翔くんの手のせいで邪念が。


 ポップコーンの入れ物を持って、翔くんの膝の上に置き直す。
 それなのにすぐに元に戻される。いらないって言ってるのにしつこい!


 何度もそれを繰り返しているうちに、もういやになった。
 早く食べ終えてなくしてしまえばこの伸びてくる手もおさまる。
 そう思ってわたしはポップコーンに手を突っ込んで、すごい勢いで食べ始めた。

 いつの間にか翔くんの手は伸びてこなくなっていて、気づいたらひとりでほとんど食してしまっていた。


 かみ殺すような翔くんの小さな笑い声。 
 まさかこれを狙っていた? なにもかも翔くんの思い通りってこと?

 わたしは翔くんの掌の上で転がされてるんだ……悔しい!


 いたたまれまくて俯くと、膝の上のポップコーンの入れ物が取り除かれる。
 それをすっと足元に置いた翔くんの左手がこっちに伸びてきた。
 もうポップコーンはないのに……と不思議に思っていたら、その手が徐にわたしの右手を握りしめた。


「!!」


 思わず喉元でひきつった吸気音を立て、身を引いてしまう。
 握られた手も引こうと思ったのに、翔くんの力が強くてさらにぎゅっときつく握られた。
 なんとか振り払おうとするけど、翔くんは画面を見たままわたしの手を離さず、しまいには指と指を絡める繋ぎ方にされてしまい、離れなくなった。

 なんでこんなことするの?

 擬似デートとでも言いたいの?
 わたしが舞い上がるのを見て笑うつもりなんでしょ。もう騙されない。

 手の力を抜いていつでも離してもらえるようにした。
 こっちからは絶対に握り返したりはしない。今は右手の存在は忘れよう。
 そう、今わたしの右手はギプスに固められて自由に動かない状態なの。だから――


 静かにその手を膝に置いたまま映画を観続けた。
 
 でも、右手に意識が集中しちゃって、汗ばんできそう……離してほしい。
 少し上下に振ってみるけどそれに合わせて揺れるだけの翔くんの手。
 ごつごつしてる節。指、長いんだ。この手でピアノ弾いてたんだよね。

 優しく握り返される指に、そして暖かい手に、わたしの感情が少しだけ疼いた気がした。


「えいが、みてな」


 翔くんが近づいてきて耳元で囁いた。飛鳥くんの優しい口調を真似て。
 いちいち近づかないでほしいのに。そのたびにドキドキするのはいや。

 舞い上がりたくないのに……こんなにも、胸が張り裂けそうなくらい苦しいの。

 翔くんの思う壺ってわかってるのに、それなのになんでこんなに胸が熱いのかわからない。
 こんな暖かくて優しい手、いらない。






 結局映画の内容はほとんど覚えていなかった。
 原作は漫画で読んでたから、まあいいか。これも全て翔くんのせい。


 少し距離を置いて翔くんの背中をついて行きながら映画館の外に出ると、飛鳥くんと沙羅ちゃんが手を繋いで立っていた。こんなに人ごみなのに、美男美女だから目立つ。

 まわりから視線を浴びてるのも気づいてないくらい、ふたりの世界に入ってる感じ。
 その姿を見つめていると、沙羅ちゃんがわたし達の存在に気がついて、大きく手を振った。
 右手は繋いだまま……思わずそっちに目が行ってしまう。だけどふたりは手を離したりしない。

 わたしと翔くんが繋いでいた手とは違う。
 あれはただの翔くんのおふざけ。沙羅ちゃんと飛鳥くんは心も繋がっている。

 愛のある手繋ぎ。

 きっと飛鳥くんの手は優しいに違いない。
 だけど、翔くんの手も……ううん、思い違い。優しくなんかない。
 暖かかったけど、翔くんに愛はない。ただの擬似飛鳥くんだもん。
 

「桃花! こっちこっち。おもしろかったね! これからどうします? 翔先輩」


 沙羅ちゃんは翔くんにも声かけを忘れない。
 気配り上手だよね。こういうところもいろんな人に好かれる理由なんだと思う。
 同性から見たって素敵な女性だもん。それなのに、わたしは沙羅ちゃんの彼氏のワイシャツに……最低だ。


「あー今ちょっと前にダチから連絡あってカラオケ誘われたから合流するわ」


 ニッと得意げに翔くんが笑う。
 いつの間に連絡来てたんだろう。なんにせよここで別れられるのはよかった。

 ……と、思っていたのに。

 ほっとしたはずなのに、なぜか少し寂しいような気がした。


「あーそうなんですか? 残念。翔先輩とももっと話してみたかったのに」

「俺も沙羅ちゃんと話してみたいけどまたの機会に、ね」


 うわ、いい顔してる。美人にはやっぱり対応が違う。
 わたしに対する態度と真逆。いつもの人を寄せつけないような怖い翔くんの姿はどこにもない。
 しかもあんなに優しい表情で。わたしには意地悪で上から目線なのに。

 あれ? だったら綺麗な女の人は翔くんに寄ってきてもおかしくないよね。
 これだけの美形に優しく対応されたら、翔くんになびいても不思議じゃないのに。
 それなのになんで飛鳥くんばかり女の子にモテるの?

 もしかして他ならぬ飛鳥くんの恋人だから特別に優しく接してる、とか?


「んじゃ、またね。沙羅ちゃん」


 手をヒラヒラさせて沙羅ちゃんだけに愛想を振りまく翔くん。
 そりゃそうだよね……わたしなんか眼中にないもん。ただのおもちゃ扱いだし。
 だけど挨拶くらいしてくれたって……。

 あれ? なんでわたし残念がってるんだろう? おかしいじゃない! 挨拶もいらない。
 むしろわたし、奢ってもらってお礼も言ってないし!


「ほら、行くぞ」


 いつどこでお礼を言えばいいかあたふたしてたら、急に翔くんがわたしの右手首を引いた。
 えっ? と思ったのもつかの間、引かれるままに翔くんの背中を追う羽目になってしまっていたのだ。
 
 
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Date:2013/03/01
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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