空色なキモチ

□ 片隅の花 □

片隅の花 6

「お願い……許して……許してください……」

「なんだよ? 何もしてねーだろ?」


 苛立ちを露わにする翔くんが怖かった。
 抱かれた左肩が重くて、逃げられなくて……押されるまま歩かなければならない状況に怯えていた。


「離れて……ください」

「何? 飛鳥だと思ってればいいんじゃね?」

「ち……がうもん……」


 飛鳥くんと翔くんじゃ全然ちがう。
 飛鳥くんは優しい、こんな乱暴なことしたり強引な行動は絶対にしない。
 飛鳥くんはわたしを助けてくれるもん。慰めてくれるもん。いつだって飛鳥くんは――

 涙がポロポロ流れて視界が悪い。

 あんなことしなければよかった。
 飛鳥くんの……沙羅ちゃんの彼氏のワイシャツに顔をうずめるなんてそんなことしたからバチが当たったんだ。


「飛鳥、女いるじゃん。それなのにあいつがいいわけ? あいつの女、結構美人だぞ」

「……」

「あれ? あいつの女とおまえが一緒にいるの見たことある気がするけど? もしかして知り合い?」


 知っててわざと言ってる……一緒にいたのを見てるなら知り合いなの当たり前じゃない。意地悪だ。
 酷い! 酷い! 翔くんなんか大っ嫌いだ。
 昔、少しでもいい人だなんて思ったわたしがバカだった。


「へえ……知り合いの男のシャツにあんな……」


 平気で人の心に土足で上がりこんできてずたずたにする。
 引っ越しの時、手を振ってくれたのは優しさだと思っていたのに。
 こんなことされるなら最初から知り合いじゃない方がよかった!

 怒りと悔しさと情けなさでおかしくなりそうなわたしの左肩を翔くんが力任せに引き寄せた。


「こっちおいで」


 急に細道に押し込められ、ビックリして翔くんを見ると目頭に力をこめたような真剣な表情をしていた。
 さっきまでわたしを卑下するような目で見ていたのに……なんで?

 どこかのビルの裏口の扉に背中を押しつけられる。
 薄暗い細道で翔くんとふたりきりの状況が怖くて、さらに身体が硬直してしまった。
 綺麗な顔を近づけられた後、舐めるようにじっと見つめられて背筋がゾクリとした。

 男の子なのにこんなに綺麗なのずるい。そんな思いが急に浮かび上がる。
 それは翔くんのせいじゃないのに……。


「目、閉じて」

「え?」

「いいから、ほら」


 言われたとおり、俯いてぎゅっと目を閉じる。
 だって言われたとおりにしないと怖いもん……翔くん怖い。


「絶対目、開けるな」


 こくこく、と目を閉じたまま二回うなずくと、すっと顔の辺りを何かがかすめる感覚がした。
 翔くんの暖かい手がわたしの顎を持ち上げているみたい。 
 上を向かされて恥ずかしい……でも目を開けるなって……。


「僕も、君が好きだよ」


 急に耳元で発せられた告白の言葉。
 飛鳥くんと同じ声で台詞を聞かされているみたいなのに、なぜかドキッとしてしまう。でも――

 ……妙な違和感。

 翔くんが『僕』って、変。いつも俺って言ってるのに……。
 僕って言うのは飛鳥くん……どういうこと?

 もしかして、飛鳥くんのフリをしてくれているって言うの? わたしのために?


 ちがう。これは飛鳥くんじゃない! 翔くんだ!
 わかってる! 騙されたりなんかしない。目の前にいるのは意地悪な翔くん。

 だけど、わたしの頬を撫でる手が優しい。こんなの翔くんじゃない。

 球技大会の日、わたしを自分のペット宣言して、顎を強引に持ち上げた翔くんがこんなにも優しく穏やかな声で……。


「――――!!」


 唇に柔らかいものが、触れた。
 わたしの全身が跳ね上がる。だけど、それは離れない。
 それどころか吸いつくように、何度も離れては触れ、離れては触れを繰り返している。


「んっ……」


 喉の奥でくぐもった声が出てしまう。
 これって……キス、されてるの? 初めての感触に頭の中まで痺れてしまいそうだった。


「くち、あけて。僕に見せて?」


 そっと指で唇を撫でられ、目を閉じたまま言われた通りにしてしまう。
 唇は離れているのに、すぐ傍に顔があるのがわかる。すごく頬が熱い。
 今のわたしは相当マヌケな顔をしていると思う。でも、なぜか従ってしまった。
 
 

 もう一度重ねられた唇の間から舌がそっとわたしの口腔内に入ってくる。
 柔らかいものがゆっくりと動き回る。舌先がわたしの口の中のいろいろな部分を探るように触れる。

 心臓のドキドキが止まらない。身体が震えてるのがわかるの。でも止まらない。
 それだけじゃなくて、なぜか身体がびくっと反応してしまう。なんでこんなふうに痙攣みたいになるの?

 くちゅりと音が聞こえる。
 すごくいやらしい音に聞こえて……いやだけど、身体がゾクゾクするの。
 甘い疼きが唇から伝わって、全身の力が抜けてしまいそうだ。

 ――気持ちが、いい。

 そう思った瞬間、わたしの唇が解放された。
 なぜだか少し寂しさを感じてしまった自分が信じられなくて、どういう顔をしたらいいのかわからない。
 
 だって相手は飛鳥くんじゃなくて、翔くんなのに――


「もう、目開けていい」

「……」

「エロい顔してるぞ、おまえ」


 そんなふうに言われて顔から火が出るかと思った。あつい……あつい……。
 表情も、口調も意地悪な翔くんに戻ってる。

 揶揄するような目でわたしを見ている。蔑んでいる。
 
 わたしが好きなのは飛鳥くんで、翔くんのことなんか嫌いだって思ってたのに。
 初めてのキスだったのに、翔くんに奪われた。

 でもそれは想像以上に心地よくて、ドキドキして身体中の神経が掻きたてられるようになった。
 そして、お腹の奥がぎゅっとなって――
 だけどなんで? 翔くんがわたしに? 

 わけがわからなくて、でも真相が知りたくて……怖いのを我慢して聞いてみた。
 

「どういう……つもりですか? からかうなら……」

「あ、やっぱりわかっちゃった? だってかわいそうだったからつい、ね」


 ――――やっぱり。

 そうじゃないって言ってほしかったのかも、しれない。
 そんなのわたしの勝手な思いで、翔くんが悪いわけじゃない。
 この人がわたしをからかっていたのは聞くまでもなかった。そうじゃなかったらわたしになんかキスしない。わたしのマヌケな反応を見て楽しんでいるだけ。

 それなのに……悔しくて、悲しくて、心が張り裂けそうで。


 気づいたら持っていたスケッチブックを振り上げて、翔くんを殴っていた。


 何度も何度も繰り返し、自分の力を全てこめて叩き続ける。
 翔くんは右腕だけで自分の顔にそれが当たらないように避けていた。

 スケッチブックが曲がってゆく。
 まるでわたしの心の中と同じ。わたしの思いのようにどんどん歪んでいく。

 散々叩いてわたしは息切れがしていた。
 それなのに、翔くんはわたしをとめようともせず黙って叩かれ続けた。

 
「言えばいい! 飛鳥くんに本当のこと! 言えばいい! あんたなんかだいっきらいなんだから!」


 最後はスケッチブックを翔くんに投げつけていた。
 バシンと大きな音を立てて、翔くんの右頬にヒットする。


「ってえ……」


 翔くんの絞り出すような声を聞いて我に返った。
 
 わたし、なにやって……。
 キッと翔くんのヘーゼルの目がわたしを刺すように睨みつけていた。
 
 怖い……あの目、怒ってる。当たり前だ。
 顔を殴られて怒らない人なんていない。しかもわたしなんかに殴られて。


 わたしは必死でその場を逃げ出した。


 捕まったら殴られる! 絶対に怒られる! 怖い! 怖い!
 ただそれだけの気持ちで走り続けた。

 まるで戦闘ゲームのモンスターから逃げるかのように必死で前だけ向いて走る。捕まったら……死。

 大げさなのかもしれないけど、本気でそんなふうにしか思えなかった。
 怖くて涙が迸り、よだれが流れる。
 恥ずかしいだなんて思わなかった。今は逃げることだけしか考えていなかった。


 だけど、翔くんが追いかけてくる気配は全くなかった。
 

 でもゲームのように、油断したら横から襲い掛かられるかもしれない。
 そんな恐怖が頭から離れず、駅に着いても走り続けて閉まるドアすれすれの電車に乗り込んだ。


 背後ですぐに扉が閉まる。それに寄りかかり息を整えた。
 心臓が壊れそうなくらいドクドクいっている。息苦しい……胸が痛い……左の腰辺りが痛い。
 苦しくて思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

 天を仰いで喘ぐような呼吸する。整えるのにかなり時間がかかる。その間電車に乗ってる人が変な目でわたしを見ていた。


 スケッチブック……置いてきちゃった。


 ようやく呼吸が落ち着いて、ポケットからハンカチを出そうとすると携帯が手に触れた。
 着信を示す表示が光っている。
 
 心臓がドクンと強く打って胸が痛い。

 恐る恐る取り出して画面を見ると、母からだった。


「はあ……」


 思わず安堵のため息と声を漏らしてしまう。
 
 もういやだ。もう学校行きたくない……消えたい……いなくなってしまいたい……。


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Date:2013/02/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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