空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第4章 第56夜 翔吾side

 
 雪乃と距離を置き始めて一週間は経ったと思う。

 俺が席に戻るとさっと立ち上がってどこかへ行ってしまう。
 どうもPC室へこもっているようだった。
 
 自分の席にいづらい思いをさせているようで申し訳ない気がする。今も移動させてしまった。
 なるべく急いで席を外そうと思っていた時、三浦さんが驚愕の表情で俺を休憩室に引っ張った。
 あまりの慌てぶりに、こっちが動揺してしまうくらいで。

 休憩室に押し込められた途端、いきなり間合いを詰められた。
 三浦さんのその表情は強張っていて、思わず息を飲む。
 すぐに囁くような小さな声で問われた。


「風間ちゃんが異動願いを出してるって耳にしたぞ。おまえ何も言わなかったじゃないか」

「えっ!? どこで?」

「えってなんだよ? 課長と南雲係長が話してるのがちょっと聞こえた……ってか、おまえまさか知らなかったとか言うんじゃないだろうな……って」


 俺の顔を見て三浦さんは自分が言った言葉が当たっていたことを悟ったようだ。
 さあっと顔が青ざめていく。きっと今の俺もそうなんだろう。


「なに? おまえら何かあったのかよ?」

「……いえ」

「おかしいだろう? おまえに何も言わずに異動願いだなんて」


 肩を掴まれ、身体を揺さぶられる。
 なんて説明していいのかわからなかった。
 雪乃と俺の因果関係をすべて話すわけにはいかなかった。それには雪乃の許可が要る。


「すみません、俺から話せることは何もないです。異動のことは直接彼女に訊いてください」


 情けないけどそれしか言えず、俺は休憩室をあとにした。
 
 雪乃が異動願いを出していた。俺と同じオフィスにいるのは息苦しいのかもしれない。
 だけどそんな逃げるように……なるべく俺が席に近づかないようにしてもダメなのだろうか?
 今の俺にはそんなことを尋ねる勇気すらない。そしてそう持ちかけるきっかけもないんだ。

 だって雪乃は俺にひと言も告げず、この部署から立ち去ろうとしているのだから。

 俺のせいだ。
 雪乃が異動する必要はない。俺が追いかけてきただけなのだから、俺が異動するべきなんだろう。
 
 どうすればいいのか本当にわからず、ただ廊下の壁にもたれて目を閉じることしかできなかった。





 その日、夜に姉がみゅうとその下の弟の悠斗を連れて来た。
 義兄が出張で留守らしい。
 姉は昔からひとりでいるのをあまり好まない。子どもが居てもそれは変わらないのだろう。


 ソファに悠斗を寝かせてその隣に姉が座り、その向かいの席に俺とみゅうが座る。
 みゅうは俺の膝に乗りたがってぐずるので、座らせてやるとすぐに寝てしまった。
 弟がいるからあまり姉に甘えられず俺に甘えてるのか、それともいつも義兄の膝の上にいるのか……。


「雪乃さん、どうしているの? 元気?」


 コーヒーを飲みながら今思い出したかのように姉が訊いてきたので、なんとなく嫌な予感がした。
 わざとらしいその素振りに少し苛立ちを覚えたし、別に答える必要もないことだろうけど……。


「普通だよ。なんで? 彼女に何か用でもあるわけ? そうとも思えないけど?」


 俺は義兄の略奪を知ってから姉を昔のように慕えないでいる。
 姉もそのことにはうすうす感づいているようだが、それでも俺のところに来るのはやめない。


「用って言うか……あなた達、本当に結婚するつもりなの?」

「姉貴に関係ないと思うけど……」

「……そう言われると何も言えないけど。でも気になるのよ。あの人だって……」

「あの人って……旦那に言ったの? 俺と彼女のこと」


 俺は義兄が両親に挨拶に来た時からあの人を『義兄さん』とは呼べなくなっていた。
 あの人、もしくは旦那と呼称している。それを姉はあまり快く思っていないのか顔をしかめた。


「……ええ、だってあの人だって雪乃さんのことは心配しているはず……」

「彼女と母親をほったらかして女と逃げた男がか?」

「翔吾!」


 姉の声で悠斗が泣き出し、みゅうがビックリして目を覚ました。
 

「しょーくん……?」

「ビックリしたな。みゅう、大丈夫だよ」


 少し撫でてやるとみゅうは再び眠りに落ちたが悠斗はそうはいかない。
 抱き上げて目の前で授乳しだす姉を複雑な気持ちで眺めていた。


「そんなふうに言わないで……お願いよ」


 悠斗を見つめながら姉が涙を零していたのを見て見ぬフリをした。
 辛いのは姉と義兄じゃない。他ならぬ雪乃とその母のはずだから。


「じゃあ、あの人に余計なこと言わないでくれ。俺が駆使して調べた情報をなんであの人に渡さないといけないんだ」

「翔吾が調べたの? 雪乃さんのことを? どうして?」


 涙をためた目で驚きを露わにする姉を見て、まるで自分が咎められている気がした。
 なにが悪いんだ? 姉の夫の娘を調べただけで、なんでそんな目で見られないといけないのか。


「興味があったから、それだけ」

「それでわざわざ同じ会社に入って……接触を持ったと言うの? それで好きになって結婚すると言うの?」

「……あれは嘘だ。ただの同僚」

「嘘! ただの同僚を家に連れてくるはず……」

「声大きい。またみゅうが起きるだろ? 悠斗だってまた泣くぞ」


 口惜しそうに姉が口ごもる。
 ただの同僚……言ってて俺が一番辛かった。そんなふうに言いたくないのに、今はそうとしか表現できないのが歯がゆかった。
 

「翔吾は雪乃さんをどう思っているの?」

「……それ言う必要あるの?」

「好きなの?」

「そうだって言ったらどうする? 旦那と共に全力で阻止する? どうせあの人も反対するだろう?」


 キッと睨むような目で俺を見据える姉。
 それを嘲笑してやるとさらに怒ったような表情を見せた。


「私は何も言う権利はない……けど、結婚だなんて向こうのお母さんだっていい気はしないでしょう」

「向こうのお母さんじゃなくて、姉貴とあの人が、だろ?」

「……翔吾」

「もうやめよう。こんな話、無意味だ」


 こんな不毛な話、どうでもいい。
 今はもう雪乃は俺の元にはいないんだから。

 自分達のしてきたことを棚に上げ、結婚だなんてと言われたことに少しだけ胸が痛かった。

 祝福されることはないとわかっていた。
 きっと深い意味はないんだと思う。言葉のあやと言ってもいいのかもしれない。
 だけど今はそんな些細なことかもしれない言葉の端々に過敏になってしまう。トゲが刺さったように鈍い痛みを感じてしまうんだ。それを今は軽く流したりできない。

 気持ちよさそうに眠るみゅうの頬にかかった髪を軽く指で除けると、姉が小さくため息をついた。


「雪乃さんとあの人を逢わせてあげたいの」

「はあ?」


 耳を疑って思わず変な声が出てしまった。
 あの人と雪乃を? ばかな?
 だけど姉の表情は真剣で、一瞬面食らってしまった。


「雪乃さんに頼んでもらえないかしら……」

「なにを今さら?」

「あの人の……定期入れに雪乃さんの写真が入ってる。きっと逢いたいと思ってるのよ」


 姉が悠斗のタオルハンカチでそっと目許を拭う。
 義兄の定期入れに雪乃の写真? それを姉が見つけたのだろう。
 ただそれだけのことで義兄が雪乃に逢いたいと思っているかどうかなんて定かではない。


「断る。第一、逢いたいのなら自分で行くだろう? そこまで姉貴や俺がするべきことではない」

「あの人にそれができると思う? それができないから――」

「じゃ、諦めるんだな。俺の知ったことではない」


 冷酷な判断なのかもしれない。だけど本心だった。
 姉は口ごもって俯いてしまった。そっと胸に抱いている悠斗の頬を愛おしそうに何度も撫でている。

 雪乃とその母親から奪った義兄もので得た子どもはそんなにかわいいか。
 二人の犠牲から成り立ったしあわせはそんなに尊いか。

 義兄が雪乃に逢いたがっている? そんなのはただの偽善でしかない。
 そんなふうに思う姉に対しての苛立ちがふつふつと湧き上がる。
 
 そして、何もできない自分……無性に腹立たしかった。

 好きな女ひとりしあわせにしてやれず、逆に苦しめて……最低だな、俺。



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Date:2013/02/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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