空色なキモチ

□ 片隅の花 □

片隅の花 5 翔side

 
 俺はカラオケボックスの端の席で携帯をいじっていた。
 BGMには友達がガナり声で歌うどっかの歌手の歌。

 学校を終えて、友達とこうしてつるんでカラオケやゲーセンに行くのはいつもことだ。
 大体家に帰るのは夜。それも家族が食事を終えた頃。そのまま友達の家に泊まることもある。


「翔、随分うれしそうじゃん。何かいい事あった?」

「は?」

「顔、ニヤついてる」


 隣に座ったクラスの女子、悠里ゆうりが俺の顔を指差す。
 悠里とは一年の時から同じクラスで、ストレートの茶髪とつけまつ毛、濃いアイメイクがトレードマークみたいになっている。化粧しない方がいいんじゃないかと思うけど、何度言っても聞かない。放課後つるむ仲間としていつの間にか加わっていた。


「誰にメールしてんの? 女?」

「え? 翔に女? 聞いてねーぞ?」


 悠里の一言でわらわらと友人が俺に群がってくる。うぜーな。
 手の甲でしっしっと払うけど、興味津々な顔でさらに近寄ってくる。逆効果だった。


「メールなんてしてねーよ」

「だってすごいニヤついてたんだよ? いまだかつてないってくらい」

「飛鳥にならわかるけど、翔に近づいてくるのなんてどうせケバ目でスレた女ばっかりだろ?」

「……ひでぇ言われよう」


 携帯をブレザーの内ポケットにしまって誤魔化すように笑ってみせた。
 言われたことは間違っていない。だから誤魔化し半分、本気半分ってところだ。


「翔だって飛鳥みたいに振舞えばぜってー清楚なお嬢様だって寄って来るのに……」

「双子でもこうも違うともう双子じゃねーな」

「うっせーよ」


 テーブルの上に置いてあった誰のかわからないタバコに火をつけて吸う。
 それでも誰も咎めはしない。その辺にあるジュースを勝手に飲んでも問題なし。
 みんなそんな感じの適当に今を生きているだけの、友達。


 飛鳥と俺は双子だけど、昔から真逆だった。
 
 なんでも真面目にやりこなす飛鳥となんでも適当に済ます俺。
 習い始めたピアノだって飛鳥はいつも一生懸命だったけど、俺は適当にやっていた。

 いつでも褒められるのは飛鳥、叱られるのは俺。

 繊細な飛鳥、乱暴モノの俺。


 だけど外では区別がつかないようにずっと振舞っていた。

 それは見分けがつかないほどに。学校の先生だって気づかない。
 俺が飛鳥のフリをしても、飛鳥が俺のフリをしてもバレやしない。

 俺が「飛鳥だ」と言えばその時から俺は飛鳥になる。逆も然り。

 
 だけどいつからだろう。俺も飛鳥の、飛鳥も俺のフリをするのをやめたのは。

 そうだ……あいつが俺らの前からいなくなった時からだった。





「翔、これからどうする?」

 
 カラオケボックスを出た時にはすでに十八時をまわっていた。外は真っ暗になっている。
 これからといっても行くところは限られている。ゲーセンか親のうるさくない友人の家に転がり込むか。


大貴だいきんち行こうよ。どうせ予定ないんでしょ?」


 悠里が俺の左腕に絡みついてくる。
 大貴の家は広くて親も遅くまで留守にしているからたまりやすいし、居心地もいい。
 そこでやることって言ったってゲームだったりビデオを観たりみんな勝手に気ままなことをしている。


「翔、どうする? 来るなら来いよ」

「んー……どうしよっかな、ちょっと待って」


 携帯を取り出して画面を見る。着信もメールもなし。
 まあ、当たり前か。期待はしてないけど。

 先日登録したばかりのナンバーを呼び出してコールすると、すぐに通話になった。


『……はい』


 こっちの様子を探るようなオドオドした低い声は少し震えているようにも聞こえる。
 その消え入りそうな声は俺の支配欲を更にかき立てた。笑ってしまいそうになり、自分を押さえ込むのに必死だった。


「おう、今どこにいる?」

『……学校、出たところです』

「あれ? 部活?」

『……はい』

「んじゃ、今からこっち来いよ」

『えっ……こ……まります……家、帰らないと』


 思いきり怯えたような態度で出て来たな。
 そうなると余計いじめたくなるのに……バカな女。


「おまえさ、絶対服従の意味わかって言ってるの?」

「なになに? 誰と話してんの?」


 興味深々顔で悠里が携帯の画面を覗こうとしている。
 それを再び手の甲でしっしっと振り払うとむぅっと頬を膨らませた。
 通話口からははっきり返事をしないあいつの躊躇ったような小さな声が聞こえてくる。


『だって……だって……』

「いいから来い。そんな遠くないから。駅前のカラオケボックスの前」

『……はぃ……ぐすっ……』


 まーた泣かしちゃった。
 かわいそうかなと思いつつもあいつが泣くとなんだかゾクゾクする。
 もっと泣かせたくなる……俺おかしいのかな?


「わりぃ、これから待ち合わせだからここで」

「えーっ! 何よぅ! 絶対服従とかさ! 女でしょ? 大貴んち行こうよ、待ってるから!」

「翔の女? 見たい」

「ばか、女じゃねーよ。あ、来るのは女だけど……おまえらいるとあいつマジびびっちゃうからもう行けって」

「じゃ、陰で隠れて見てるから。それならいいだろ?」


 腕を引かれながらも納得しない悠里を持て余した大貴が妥協案を提示してきた。
 まあ、そのくらいならあいつも怖がらないか。


 
 十五分くらいして、俯きながらとぼとぼとこっちに向かって歩いてくるあいつの姿が見えた。
 明らかにイヤイヤ来ましたって態度に俺の苛立ちは募ってゆく。


「おっせーよ」


 まだかなり離れた状態だけど、声をかけるとビクッと身体を強張らせて足を止めてしまった。
 これ以上近づいてこないつもりらしい。
 さらに俺は苛立ち、大股でそっちに近づいてゆく。すると桃花は再び身をすくめてさらに頭を俯けた。
 そんな態度にさらに苛々する。だけど同時に嗜虐心がフツフツと湧き上がるのを感じていた。


「学校からここまで普通に歩けば五分もかかんねーだろ?」

「ごめっ……なさっ……」


 さらに俯いて俺に頭を下げる。
 飛鳥のワイシャツに顔をうずめて「すき」とほざいたあの女と同一人物とは思えない。
 なんであんな大胆な行動に出たのか?

 ふと、胸元に抱いたスケッチブックの存在が気になった。


「なんだこれ?」

「あっ! だめっ!」


 簡単に取り上げると慌てて取り返そうとする桃花。
 そんなに見られたくないものなのか?
 嫌がられると余計やりたくなる。なんでこいつにはそんな感情が芽生えるのか不思議だ。

 チビの桃花の手が届かないよう頭の上に持ち上げると、ジャンプして取り返そうとしてる。
 こいつのチビはかわらないな……何しても届かないのに。
 
 スケッチブックの紐を解いて中を見る……と。

 そこには誰が見てもわかるくらい上手な、鉛筆でデッサンされた飛鳥の絵があった。


「やめてください! 見ないで!」

「へえ、うまいじゃん」

 
 ページを捲るとどれも飛鳥の絵ばかりだった。
 制服姿、ジャージ姿……どれもこれも俺に似ているけど俺じゃない。
 右の目尻の小さなほくろが物語っている。こいつ、こんなところで俺と飛鳥を見分けてやがったのか。

 ジリジリしたようなわけのわからないものが胸の奥から押し寄せてくる。
 ささくれ立った感情に自身が支配されそうだった。なんでこんなに腹が立つのだろうか。


「返してぇ……」


 急に取り返すのをやめて泣き出してしまう。
 ようやく見れた桃花の泣き顔に俺は満足してスケッチブックの紐を結ばないまま戻してやった。


「そんなにすきなんだ。あいつのこと」


 俺の問いに答えずにスケッチブックの紐を結んで胸に抱く桃花にまた苛立ちが湧き出てくる。
 どうやっていじめてやろうか妄想が膨らんでいく。
 こいつの最もいやがることをしてやろうか……そんな下種な考えすら頭をかすめてゆく。


「来いよ」


 桃花の左肩を強引に抱き寄せると身体を強張らせて縮み上がった。
 そんなの構わず駅の方向へ押し歩く。

 軽く後ろを振り返ってあいつらが見ているのを確認し、片手で追い払った。
 これ以上は見るな、と視線で訴えるとしぶしぶ去って行く。

 俺の腕の中で首を振りながら俯いて涙する桃花のわずかな抵抗が俺の神経を逆なでする。
 小さく「いや」と漏らすその悲しげな声もなにもかも。
 もっともっと困らせて、泣かせてみたくなる。
 
 俺が優位な立場だってもっとわからせてやりたい。
 明らかな拒絶の態度に苛立つこの感情を酷く持て余していた。

 それなのになんで桃花こいつといたいと思うのだろうか――


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Date:2013/02/26
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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