言うなれば『光』と『影』
最初は同じように思っていたのにいつのまにかそうなってた。
わたしは光に憧れ、影を疎んだ。
そしていつしかその思いは逆になる。
影の真実を知ったから――
花には光が必要だと思い込んでいたのに、片隅に咲く花には影が伴う。
いつしかその影と共に生きていこうとさえ思うようになる。
***
家の近所にはすごく美形の双子の兄弟がいた。
学年はわたしのひとつ上。
一条飛鳥と
翔という名の双子で、ふたり合わせて「飛翔」兄弟と呼ばれていた。
飛鳥くんがお兄さんで、翔くんが弟。
親でも間違えるくらいよく似ていると評判のそれは美しい兄弟だった。
キリッとした眉に少し目尻の下がったクリッとした瞳はブラウンよりもやや明るめ。
ライトブラウンのようなヘーゼルのような色をしていた。
髪の色もふたりともやや明るい茶色で、地毛だという。父親がハーフだそうだ。
彼らは何をやらせても上手にこなし、運動神経もよく頭もよくてピアノも上手だった。
だけどキレイすぎて自分が近づくには恐れ多い、そんな双子だったのだ。
うちの小学校は集団登下校を推奨していて、同じ地区だった飛翔兄弟と一緒に登下校をしていた。
集合住宅地だったため、同じ小学校に通う生徒が多かった。
飛翔兄弟の家はその集合住宅地の近くに立つ大きな一軒家。庭が広くてそこだけ異国の空気を漂わせているようなオシャレな家。
色とりどりなお花が咲いていて、キレイにお手入れされている。家の前を通るといつもお菓子のような甘いいい香りがしたんだ。
誰もが憧れる家、そこに住む飛翔兄弟。そして美しい両親。
飛翔兄弟は人気があって男女問わずいつも回りに友達がいた。
特に同じ学年の男女が飛翔兄弟の周囲を固め、わたしのような下の学年の子はその後を遅れてついて行くだけ。
そしてなぜか飛翔兄弟と同学年の生徒とその上の学年の子が多かったのだ。
飛翔兄弟より上の学年の子は彼らより少し後ろを歩いていたけど、明らかにふたりを意識しているように見えた。
わたしはひとり遅れてついて行く。
おいていかれないよう必死で歩いてついて行くけど、なぜかその背中には近づけなかった。
いつも何メートルか距離があいていて、急げど間に合わない。そんな感じ。
とある日、いつものように必死について行こうとして小走りになると急に前にいた子の背中が近づいたように思えた。
目の前の集団の歩幅が狭まったのか? 歩みを緩めたのか……よくわからないけど、わたしはスムーズについて行けるようになった。
相変わらずひとりで歩く日々だったけど、急がなくてよくなったことは少しだけわたしの気を楽にしていた。
わたしは目立たない子どもだった。
母の趣味で長く伸ばされた髪を毎日ツインテールに結んでもらい、かわいくしてもらっていたが見た目は地味。
垂れた眉に少しだけつった目尻。背は低くてやたらドンくさかった。
荷物をたくさん持てば必ず一度はばら撒くし、少しの段差でも躓きやすく、いつも笑いものにされていた。
両親はどこかの神経がうまく機能していないんじゃないか? と本気で心配して、小さい頃に大学病院で検査までされたことがある。しかし結果は異常なしだった。
登校だけでなく下校も集団だったので、帰りも全員が集まるまで校庭や体育館で各自遊んでいた。
わたしは運動が苦手だったので見ていることが多かったけど、他の子たちはドッジボールやサッカーなど楽しそうだった。
学校から帰った後はみんな一度は家に戻り、その後公園や空き地で各々遊んでいた。
わたしは同学年の子がいなかったからほとんど家にこもりっきり。
他の子たちはやっぱり飛翔兄弟を取り囲んで時にサッカーやバスケ、時にカードゲームなどをやっているところを見かけた。女の子達もサッカーやカードゲームに加わっていたから不思議な感じがした。
なんで性別問わずあんなに仲良くできるんだろう。
わたしのクラスでは男子は男子で、女子は女子で遊ぶことが多いのに。
それも飛翔兄弟の魅力のせいなのかと思っていた。
彼らはいつも輪の中心にいた。
だけどそれを鼻にかけるでもなく、普通に振舞っている。
それを誰もやっかんだりしない。どこかで誰かが喧嘩をしていても飛翔兄弟が止めるとすぐにおさまった。
誰もがみんな飛翔兄弟を神のように崇めていた、そんな気さえしていた。
そんな宗教団体のような集まりを、わたしは遠巻きに見ているだけの子どもだった。
***
あれは、わたしが小学校三年生になったばかりの時のことだった。
母に買い物を頼まれ、家を出た。
十七時を少し過ぎていて、夕焼けがやけに明るいなと思ったのを憶えている。
いつもは騒がしい公園の前を通る時、違和感を覚えた。
――なんで今日はこんなに静かなの?
不思議な気がして、公園の中を覗いてみた。
「――――!!」
驚いて声が出なかった。いや、出せなかったのだ。
ジャングルジムの下に、男の子が倒れているのを見つけてしまったから。
わたしは目だけはよかった。
だから距離は離れていたけど、それが男の子だってことはすぐにわかった。
駆け寄って近づくと、それは飛翔兄弟の片割れだった。でも、どっちだかはわからなかった。
目を閉じた男の子は砂まみれになり、右肘の辺りから血を流していた。
「だい……じょう……ぶ?」
恐る恐る声をかけてみる。丸二年間一緒に学校に通っていたのに、初めて声をかけた瞬間だった。
一緒に通っていたといったら語弊があるかもしれない。ただついて行っていただけの金魚のフンのわたしが言うのもおこがましいくらいだ。
「そう……見えるかよ?」
ゆっくり開いた目は充血していて、顔は苦痛に歪み、声は掠れて途切れ途切れだった。
少し動くだけでも苦悶表情になり、かろうじて意識がある状態のようでわたしは怖くて泣き出した。
「泣くな……
桃花……」
弱々しくわたしのほうに左手が差し伸べられ、掠れた声で名を呼ばれた。
わたしの名前……知ってたんだ。
初めて呼ばれる名前。知っていてくれてうれしい気持ちと逆に慰められてどうしたらいいかわからなくなった。
――でも! 今動けるのはわたしだけ。
こんな時でも、自分は痛いのにわたしを元気づけようとしてくれている。
その優しい気持ちに触れたら自分が頑張らないといけない! と思ったの。
「い! ま! お母さん呼んで来るから!」
慌てて家に向かって走り出したけど、すぐに転んだ。も泣いてなんていられない。すぐに立ち上がる。
早くしないと死んでしまう! そんな思いだけがわたしを夢中で走らせていた。
途中二度ほど転んだ。でもすぐに起き上がって走り出す。
買い物を頼まれたものは卵で、かごの中でぐしゃぐしゃになっていた。でも構わなかった。
母がすぐに救急車を呼び、飛翔兄弟の親に連絡をしてくれた。
全てが終わってホッとしたら涙が出てきて母の胸で泣いた。
卵割っちゃってごめんなさい。そんなふうに詫びながら、ただひたすら泣いた。
母はそんなことは気にしなくていい。よく頑張ったね、とわたしを抱きしめてくれた。
苦しそうな彼の顔が頭から離れなかった。
その数日後。
右腕に包帯を巻いた飛翔兄弟の片割れとその母が家に挨拶に来た。
「うちの子を助けてくれてありがとうね」
飛翔兄弟の母はこの辺じゃ美人で有名な人だった。
ミス日本候補に選ばれたこともあるという噂もあるくらいの美貌で、近所のおじさんたちはメロメロだった。
そんな美しい人がわたしに向かって微笑むのは不思議な感覚がした。
テレビに出ているような美人なお母さん……わたしは母の後ろに隠れてうなずいた。
男の子は少し照れくさそうに俯いている。
美人のお母さんと美しい彼……まるで絵本の国から飛び出してきたような、そんな光景だった。
その日の夜、両親とわたしは一条親子が持ってきたふわふわのマドレーヌを食べた。
それは初めて食べるおいしさで、ほっぺたが落ちるかと思った。飛翔兄弟は毎日こんなにおいしいものを食べているのかなと思ったらすごくうらやましくなった。
そういえば……怪我をしたのは飛鳥くんだったのか翔くんだったのか……訊かなかった。
「ママ、今日来たのって飛鳥くん? 翔くん?」
「んーどうだろう? 見分けつかないのよね、あのふたり。まあ無事だったからよかったけどお母さんも名前言ってなかったしね」
そっか……無事だったからどっちでもいいか。
その時はそう思っていたんだ。
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