空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第4章 第52夜

 
 翌週の月曜日。


 相変わらず翔吾さんは『今日は? 来れる?』のメールを十五時に送ってくれる。
 もうテンプレートになっているんだと思う。
 翔吾さんも、もうわたしがそれに応えることはないってわかっているはず。
 それなのに送り続けてくれているのは、そういう義務感みたいなものがあるからじゃないかと思う。

 
 それをわかっていて自分もテンプレで『ひとりでいたい』と返す。


 生理は先週の土曜日に来た。
 これからは低用量ピルを飲み続けることになる。
 もう必要ないのかもしれないけど、とりあえずきちんとした形で翔吾さんと終わりにするまでは飲むつもりでいる。

 そろそろ潮時なのかもしれない。

 明日辺り、ちゃんと話す時間を作ってもらおうか。
 そう思ってた時、事件が起きた。





 終業時間を過ぎた十七時半。
 翔吾さんはまだ外回りから戻って来ていなかった。

 通用門を出ると、もう外は暗い。
 

「――雪乃さん」


 会社前の車道側のほうから声をかけられる。聞き覚えのない女性の声。
 そっちを見ると、社前の大きな街路樹の下に翔吾さんのお姉さんが立っていたのだ。
 思わず二度見してしまったくらい驚いた。

 気まずそうなその表情からは躊躇いが見える。
 だったら声をかけなければいいのに……なぜそんなことをするんだろう。考えてることも目的もがさっぱりわからない。

 
 黒いトレンチコートの裾からグレーの暖かそうなタイトスカートの裾が覗いている。
 足元は黒のロングブーツ、長い髪を下ろして耳元まで覆うような黒いファーの帽子を被っていた。

 あからさまに“迷惑”の二文字を表したような態度で、大きくため息をついてから声をかけた。

 
「どちらさま?」

「あ……あの……」

 
 口ごもるお姉さんを一瞥して、わたしは再び前を向いて歩き始めた。


「待って……」


 追いかけてくるのがわかる。だけどわたしは自分のペースで歩き続けた。
 走って逃げているわけじゃないから、じきにに追いついてわたしの右横を並んで歩き出す。


「話があるの。少し時間をもらえないかしら?」

「無理です」


 前を向いたまま感情を含まない冷たい声で答える。


「お願い……少しだけ……翔吾に内緒で話がしたいの」

「無理です」

「お願い……」

「無理です」


 わたしはそれしか言わなかった。
 自然に涙が出そうだった。もう関わらないでほしかった。
 翔吾さんに内緒でとか意味がわからない。

 少しずつお姉さんの歩調が遅まってゆく。
 そのまま放置してわたしは駅に向かった。



 駅前の信号待ち。
 立ち止まっていると、隣に人が立った。

 翔吾さんのお姉さんだった。


「これだけ……もし気が向いたら連絡ほしいの……いつまでも待ってるから!」


 ぎゅっと手に封筒を握らされる。
 すると、すぐに人ごみの中を掻き分けるように翔吾さんのお姉さんが消えていった。
 その姿を見送った後、封筒を開いてみた。

 ――メールアドレス?

 姉弟すること同じって思ったらおかしくて、自然に皮肉めいた薄ら笑いを浮かべてしまう。
 

「……ばかみたい」


 小さくつぶやいて、その紙に手をかける。
 引き裂こうとして、一瞬躊躇した。

 その紙は二枚重ねられていた。
 もう一枚を見ると、明らかに子どもが書いたであろう絵とは言いがたい模様のようなものだった。
 下のほうに小さく文字が書いてある。


  “みゅうが雪お姉ちゃんを書きました”
 

 
 みゅうちゃんの顔が、脳裏に浮かぶ。
 これ……わたし? 丸だか三角だかよくわからないクレヨンで描かれたこれが?


『ゆきおねーちゃん♪』


 わたしをそう呼ぶみゅうちゃんの高くて澄んだ声を思い出す。
 屈託のないあの笑顔には何の曇りもない。
 何も知らないみゅうちゃん。あの子はなにも悪くない。

 あの子はわたしが自分の姉だとも知らず教えてくれた。
 ママの首に花が咲いていること。その意味もわからずに……。

 そして、翔吾さんが言ってた。
 下の子の突発性発疹……もうひとり子どもができていた。
 本妻の母とはひとりしか子どもを作らなかったのに……。

 わたしと血の繋がりのあるみゅうちゃん、そして下の子。


 あの人は父に愛されている。今でも、そしてこれからも。


 なんでこんな気持ちになるのかわからなかった。

 受け取った封筒ごとコートのポケットに捻じ込んで駅に向かう。
 こんなやり方はずるいと思う。みゅうちゃんをダシに使われてるみたいでさらに憎しみがわいた。







 翌日。

 十五時に翔吾さんからのメールを受信した。
 でもいつもとは違う内容だった。


  『そろそろ話がしたいから家に来てほしい』


 わたしも同じことを思っていた。
 お姉さん、翔吾さんに内緒で話がしたいって言っていたけど会社の前にいたことを言おうと思っていた。
 迷惑だからやめてほしいと伝えてもらおうと思った。

 了解、とだけ返信しておく。



 駅前で待ち合わせした翔吾さんがニコニコしていた。
 最近では笑顔なんか見てなかったから不思議な感じだ。

 いつもなら繋ぎたがる手を差し出そうとして、躊躇っているように見えた。
 一応気を遣ってくれているんだってわかる。
 申し訳なくて、わたしはコートのポケットの中からずっと手を出さないでいた。






 翔吾さんの家の玄関に入るなり抱き寄せられる。
 ぽすっとその腕にはまるようにわたしの身体は翔吾さんの身体にピッタリフィットした。


「ずっと我慢してたんだ。俺、頑張ったろ?」

「……そう、なんですか」

「そうだよ。ずっとこうしたかったんだ。でも、雪乃の意見を尊重したかったから」


 背中を抱きしめられる腕の力が強まった。
 しばらくその場でじっとそのまま抱きしめられていた。

  
「雪乃」


 顎を軽く持ち上げられ、翔吾さんの顔が近づいてくる。
 なんとなく完全に目を閉じず、瞼を軽く伏せた状態でその状況を見ていた。
 翔吾さんの瞼が閉じて、唇を重ねられる。長いまつ毛がきれいだなと思った。


「いい?」

「無理です。生理だから」

「……そう、なんだ。残念」


 その言葉を聞いて、ついわたしは攻撃の刃をむき出しにしてしまった。


「呼んだのはセックスしたいからだけですか?」


 翔吾さんの顔が青ざめていく。
 信じられないといった表情でわたしをじっと見据えた。


「違うよ……生理きたんだって意味で……」

「え?」

「子どもできてなかったんだ、残念って意味」

「そうですか。それは失礼しました」


 翔吾さんから少し離れて頭を下げる。
 少し怒ったような感じで小さい舌打ちみたいなのが聞こえた。
 その後を続くように小さなため息が聞こえる。


「やめよ、ここで押し問答するの。ひさしぶりだし、たくさん話したいから」


 大きな足音を立てて翔吾さんが廊下を歩いて行く。
 わたしはなんとなくあがりづらくて、玄関に立ち尽くしていた。
 ついて来ないわたしに気づいたのか翔吾さんが怪訝な顔で振り返る。


「ずっとそこにいるつもり?」


 そう言われてようやくあがっていいような気がした。少しだけ感じる翔吾さんの苛立ち。
 少しずつ気持ちがそれていっている実感。





 たくさん話をしたいと言った翔吾さんは食事時ほとんど話さなかった。
 もちろんわたしも話さないから無言の時間が過ぎる。
 ソファに向かい合って座り、テレビを観るくらいしかない。

 先に翔吾さんが入浴を済ませ、その間わたしは携帯でネット小説を読んでいた。
 先週はずっとひとりだったからたくさん読めた。そして新たに読みたいものも増えた。
 最近連載が開始された“ハッピーエンド”のキーワードがついたものは大体読み始めている。

 本当にこんなにうまくいけばいいのにな――

 


 翔吾さんの後に入浴を済ませ、上がってくるとソファの上のローテーブルにビールの空き缶が潰して置いてあった。しかも、すでに手の中にも飲みかけの缶が握られていた。

 今飲んでいるので三本目? すでに一リットル近く飲んでいることになる。
 わたし、生理で長湯できないからせいぜい浴室にいたのは三十分くらいなのに……。

 少しトロンとした目の翔吾さんがわたしの方を見てニヤリと微笑んだ。


「なあ、雪乃。おまえ、何考えているの?」
 


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Date:2013/02/22
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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