空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第4章 第51夜

 
 そのまま抱えられるようにしてベッドへ押し倒される。
 
 
 いやだった。
 こんな気持ちで翔吾さんに抱かれるのは苦痛でしかない。
 身をよじってその囲われた腕から脱出しようとするけど、その力は強く、上から圧し掛かられてびくともしなかった。翔吾さんはすでに欲情した悩ましげな瞳でわたしをじっと見下ろしてる。


 目を逸らそうと顔を背けると、すかさずその形のいい唇がわたしの首筋を捉えた。その感触にわたしの身体はびくりと跳ね上がる。
 それは這うように何度もリップ音を立てて首筋から鎖骨へ移動していった。


「……ぃや」


 わたしの口から出たのは小さな抗う声。
 手で翔吾さんの堅い胸を押しやるけど、それにも力は入らなかった。


「……っ」 


 室内用の前開きのシャツをたくし上げられ、その手がブラ越しにわたしの胸を弄ぶ。
 性急に下着をたくし上げられ、すでに硬化した尖りを指で捏ねるように刺激されると下半身が切なくなり、自然に腰が揺れてしまう。
 

 もう……好きにすればいい。


 もう何も考えるのはいや。
 目を閉じて、少しの間耐えればすむこと。
 

 もう、諦めの気持ちしかなかった。



 翔吾さんの手が優しく何度もわたしを愛撫する。
 身体は悦んでいても、心が伴わない。
 早く終わって。それしか思えなかった。




 避妊もされないまま行われた行為。
 昨日、結婚してから子どもを……のようなことを言ってたからしてくれると思ってた。

 だけど、今はしていなかった。



 ベッドの中で心地良さそうにわたしを抱きしめたまま眠る翔吾さんを少しだけ恨みがましい目で見つめることしかできなかった。


 熟睡しているのを確認して、しばらくしてから翔吾さんの腕からするりと抜け出す。
 ベッドサイドに立ち尽くしてその寝顔をしばらく見つめた後、わたしは寝室を後にした。


  “今日は帰ります。ひとりで考えたい”


 リビングのキッチンテーブルに置き手紙を残して、翔吾さんの家を出た。




 考えることなんてない。
 とにかくひとりになりたかった。翔吾さんの傍にいたくなかった。


 その日、急にいなくなったわたしの気持ちを汲んでくれたのか、翔吾さんからの連絡はなかった。







 翌日、月曜の朝。


 会社に午前中の半休の連絡をした。
 電話に出たのが三浦さんで、具合が悪いのかと酷く心配された。
 少し風邪気味なので、病院によってから行くことと熱はないのでマスクしていけますと伝えた。

 ――――嘘をついてしまった。

 近所のレディースクリニックへ行くための半休。

 幸い当日の午前中の予約が取れたため、診察をしてもらった上で緊急用ピルと念のため通常時用の低用量のピルも処方してもらった。

 飲み方の説明を受け、帰宅する。

 家に着いてすぐに緊急用のピルを内服、その十二時間後もう一錠飲めばとりあえずは終わり。
 安心して会社へ向かった。


 

 オフィスに着いたのは昼休み中で、翔吾さんが自身のデスクでパンをかじっていた。
 心配そうな表情でわたしを見る翔吾さんの目の下にはくまがはっているように見えた。


「大丈夫? 風邪だって?」


 仮病だけどマスクの上から口元を押さえてうんうんとうなずいておく。
 そのまま自分のデスクに座って、わたしも持ってきたおにぎりを食べた。
 無言のまま食事を済ませ、あっという間に昼休みは終わってしまった。



 午後外回りに行った翔吾さんからメールが来たのは十六時近かった。
 いつもなら十五時なのに、仕事が忙しかったのか送信するのを躊躇っていたのかわからない。


  『今日、家においで。雪乃の好きなハンバーグ作るから』


 わたしは子どもか? と心の中で自嘲するけど本当はうれしかった。
 だけど、心の底から……手放しで喜ぶことはできなかった。
 気持ちがかわった、そういえば正しいのかもしれない。

 風邪気味だから家に帰ると返信すると、すぐに翔吾さんから返信が来る。


  『この前の熱の時もうつらなかったし大丈夫、家に来てもらったほうが俺も安心だから』


 いや、うつるうつらないの問題じゃないんだ。うつらないのが望ましいけど……ってそうじゃない。
 引いてもいない風邪がうつるわけがない。
 ただの断る言い訳と本心を言えるはずもなく……。


  『家でゆっくりしたいから』


 そんなひと言で終わらせてしまった。
 それで引き下がる翔吾さんじゃないってことはうすうすわかっていた。


  『じゃ、俺が雪乃の家に行く。それならいいだろう?』


 そうじゃないんだ。もう。
 なんて言えばわかってくれるのかわからなかった。もうちゃんと言わなきゃいけないと思った。
 
 だからわたしは直球を投げた。


  『しばらくひとりで考えたいから』


 その後、翔吾さんからの返信はなかった。






 それから一週間、わたしは仕事を終えたら自分の家に帰った。
 翔吾さんも一応毎日声をかけてはくれる。

 十五時の休憩前に必ず携帯にメールが届く。


  『今日は? 来れる?』


 そんな翔吾さんの優しさに胸が痛むし、負けそうになる自分が情けないけどなんとか断り続けた。
 それ以上翔吾さんは無理を言わない。
 そっか、とすぐに諦めてくれる。正直助かっていた。



 金曜日の仕事終わり。
 更衣室のロッカーで咲子に引き止められた。


「今日、雪乃の家行ってもいい?」


 咲子が家に来たいと言ったのは実に一年近くぶりだ。
 まわりの先輩の目が怖くて、社内でわたしに声をかけることもなかった咲子がそう言ってきた。

 もちろんいいよと答えて、ふたりで家に向かった。


 咲子に声をかけてもらえるのは、すごくうれしかった。







 家で簡単に食事を済ませる。
 その時は、会社の他愛ない話をした。
 先輩達がまだあたしをよく思っていないことや、高畑さんの失敗話とかを聞かせてくれた。
 咲子も本当は今でも高畑さんが苦手なのだとわかった。

 ひさしぶりに咲子とたくさん話ができて楽しかった。


 その後お互い入浴を済ませ、一時頃わたしのセミダブルベッドでふたりで横になった。


 部屋の電気を消した後、咲子が口を開く。


「最近雨宮さんと上手くいってないの?」


 右隣に寝そべる咲子の方をチラッと見ると、仰向けのままじっと天井の方を見つめていた。
 
 もしかして翔吾さんに何かを言われた?
 喉元までその質問が出たけど、声にすることはできなかった。


「……どうして?」

「うーん、最近よそよそしい感じがする?」


 やっぱり何か言われたんだとすぐわかった。
 だって職場でわたしと翔吾さんがよそよそしいのはいつものことだから。


「別に、なにもないよ……ただ」

「ただ?」


 咲子が少しだけ顔をこっちへ向けた。
 わたしもそっちに顔を向けて小さく笑ってみせる。


「ちょっと疲れちゃって……やっぱりわたしには恋愛は向いていないみたい。ひとりが気楽なの」

「雪乃……」

「ずっとひとりだったから、誰かがずっと傍にいるのは落ち着かないんだよね。こうしてたまに泊まりに来てもらえるのはすごくうれしいんだよ。でもそれがずっととなると話は別なんだよね」


 目を閉じて仰向けになる。
 すると、咲子の身体が少し動いた。布団が少し捲れあがったことでわかる。


「雨宮さんのこと、もう好きじゃないの?」


 この質問の答えは、きっと翔吾さんに伝わるような気がする。直感でそう思った。
 

「わからない……そうかも。もう、好きじゃないのかもしれない」



 ――――嘘。

 好きに決まっている。でももう心から好きなんて言えない。
 


 翔吾さんを好きでも、父を取り巻く人達に二度と関わりたくないから。



 だからもう、いらない。



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Date:2013/02/21
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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