空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第3章 第43夜

 
「さて、どこから聞かせてもらおうかな?」


 後処理をして、わたしを低い棚の上に座らせたまま翔吾さんが詰め寄ってきた。

 身体はまだ火照っている。下半身もまだジンジンしているし胸も張っている気がする。
 その状態でそんな艶っぽい目で見られても……。


「その前に……手伝うことって……?」

「へ?」

「さっき秘書室の前で言ったじゃないですかあ……手伝ってもらおうかって……」


 疲労と羞恥で泣きべそをかきながら訴えると、ああ、と思い出したように翔吾さんがうなずく。

 そっと指の腹で下唇をなぞられ、思わず身体を引いてしまった。
 勝ち誇った笑みを向けられてぞくりとする――


「それはもう済み。俺の欲の処理だから」

「――――! さいっていっ!」


 この人わたしに性欲処理の手伝いをさせたっ! しかも会社で!
 わなわな震える唇を噛みしめて思いきり睨みつけるけど、なんとも思っていないようなしたり顔でわたしを見据えた。腹が立つっ!


「まず、あの鍵の件からかな? 真奈美がいじめたっていう……」

「あ……」

「その次は、昨日の“終わりにしたい”と三浦さんと何があったか……だな」


 ジリジリと精神的に追い詰めるような翔吾さんが少し楽しそうに見えるのは気のせいなのか? それとも……。
 わたしが招いたこととはいえ、なんて説明したらいいのだろうか。


「早く話したほうが身のためだぞ」


 俯いてうなってるとわたしの額の辺りで翔吾さんが囁いた。
 身のためって……うう……。







「……ってかさー、俺の言うことだけ信じろって言ったよな。そんなに俺が信用ならない?」

「……」


 明らかに怒りを殺した声だけど、言葉の端端に怒りが聞きとれる。
 なるべく簡潔にあったことを淡々と話したんだけど、やっぱり怒るのは無理ない……か。


「しかも真奈美は俺の子って言ってないのになんで俺のって思った?」


 胸の奥が、ずきりと疼く。
 それは……明らかな理由があるけど、言いたくなかった。
 
 妊娠三ヶ月、そのキーワードがわたしの心をかき乱して冷静さを失わせた。

 だけどそれを言ったら何もかも話さないといけなくなってしまう。それだけはいやだった。
 その過去だけは内緒にしておきたい……一生誰にも話したくない。

 自然に右の頭頂部のつむじに手がいってしまう。やっぱりぱっかり割れているそこを周りの髪を手繰り寄せて隠す。


「雪乃、理由は?」


 首を横に振って答えるのを拒絶する。
 だけどそんなことで翔吾さんが納得するとも思えない。
 

「……ごめんなさい」

「謝れって言ってない。理由はって訊いてるの。わかる? 俺、難しいこと言ってる?」


 もう一度首を振る。難しいことなんか言ってない。
 むしろ当たり前だよね。なんで疑われたか、知りたいはず。
 だけどわたしには言いたくない理由がある。どうしても知られたくない。

 ふーっと深い溜息が聞こえて、それがわたしの前髪をなびかせた。


「俺のこと、好き?」


 急な問いに驚いて頭を上げると少しだけ泣き出しそうな表情の翔吾さんが目尻を下げて微笑んでいた。
 素直にうなずくと、うなじに手をまわされ上半身を抱き寄せられる。
 自然にわたしは棚から降りて、翔吾さんの胸に顔をうずめる形になった。


「あいしてる、って言ってみて」

「へえっ?」

「そんな面白い反応はいらないから。ま、それもかわいいけどさ……あいしてる、翔吾って言ってみて」

「……っ!」


 翔吾さんのサドっ気の血が疼いているのだろうか?
 あんなふうに抱いておきながらさらにその言葉を望むの?
 言ったことのないその単語を口にさせるなんて……ある意味拷問だよぅ。


「まーだ?」

「……くぅ」


 ポンポンと後頭部を優しく撫でられる。
 ついでに右のつむじもそっと弄られている気がする。


「俺さ、雪乃の髪好きだよ?」

「嘘!」

「嘘って? なんで?」


 不意に顎を持ち上げられて目線を合わされる。
 話す時はその人の目を見て、を有言実行する人だ。


「だって……忘年会の時……わたしの話をしてたじゃない! 利用してるだの頭ボサボサだの!」

「――――ぶっ! あれ訊いてたの?」

「訊いてたんじゃない! 聞こえただけ!」

「頭ボサボサは雪乃のことじゃないよ。あの時、斉木さんが髪をぐちゃぐちゃにかき乱してたの」


 ……斉木さん?

 髪をぐちゃぐちゃにかき乱してた斉木さんの話? わたしの髪がボサボサって言ったんじゃなかったの?
 ホッとして急に力が抜けた。
 でも胸はぎゅーっと鷲掴みされたようになって少し苦しかった。


「もしかしてそれ訊いたから、髪を切って新年から俺に対する態度変わった?」

「……」

 
 しかも新年から態度変えた理由もバレてしまった。恥ずかしい。
 しょうがないから小さくうなずいておく。もうここまでバレたら隠しようがないもん。 
 

「あー……それで居酒屋行った時、俺が仕事を頼む理由を“利用”って言ったわけ、か。理解した。あれには理由があるんだけど……」


 理由? 利用してるって言ったことに理由があるなんて思えない!
 でも恥ずかしそうに口ごもる翔吾さんは嘘を言っているように見えなかった。
 なにその照れ顔? 意味不明だし?


「まあそれはいい、それよりさっきの続きは?」

「それよりって。利用の理由は?」

「だーめ、そっちが先でしょ?早く言ってよ」

「そんなー! 寸でで止めないでくださいよ!」


 くだらない言い争いを始めた、時。


 ――――就業のチャイム。


 昼休み終わっちゃった……。
 わたしと翔吾さん、自然に目を合わせる。


「あーっ! お昼食べてないのにっ」

「俺も! 腹減った」

「トイレも行きたいのに……って、そうだった」


 ハッと思い出して翔吾さんの腕を掴むと怪訝な顔で見下ろされた。
 

「来ないんです……」

「なにが?」

 
 サラッと聞き返される。察しろー! ばかーっ。
 女が“来ない”って言ったら……。


「結構順調なほうなんですけど……」

「生理?」

 
 わかってほしくてヒントを出すとようやく気づいてくれた。けどそんなにストレートに言わなくても……。
 翔吾さんの表情がぱあっと明るくなる。


「調べなきゃ! 今日帰りに検査薬買って帰ろう! 陽性反応出たら病院行かなきゃ! いや、もう直接病院行くか?」

「へ?」


 両肩を掴まれゆさゆさ揺すられる。
 頭がぐらんぐらんするぞ? そんなにすぐに病院って行くものなのかな?


「ああ! やべえ! 赤ちゃんいるのにあんなに乱暴にヤッちまった! なんでもっと早く言わないんだよ! ばか!」


 うわ、翔吾さんったら気が動転してる? まだいると限らないのに。
 しかもヤッたのは自分なのに? 乱暴にした自覚あるんだ! ヒドイ! しかもばかってなにっ?
 

「いやあ、まだ遅れてるだけかもしれないし……」

「いや、順調なほうなんだろ? とにかく今日帰りに病院へ行こう! 十八時までやってる病院検索しておくから、なっ! ここにいるんだな! パパでちゅよ」

「ひいっ!」


 おもむろにしゃがみ込んで翔吾さんがわたしの腹部に頬をすり寄せた。
 パパでちゅよってなにっ? 赤ちゃんプレイ?
 さわさわと微妙な力加減でお腹を撫でられ、くすぐったくて身をよじる。


「早く生まれて来いよー」

「気が……早いです、まだ……」

「いや! 早いってことはない。今日から走ったり無理するの厳禁だから。重いものも持つな。ヒールも履くなよ」


 いやー……どうしよう。
 こんなに喜ばれると思わなかった……。






 その後――

 すぐにトイレに行って生理が来てた。
 外回りに出かけた翔吾さんにメールで報告する。やっぱり遅れてただけだったんだ。
 そうじゃないかな? とは思っていたけど、あれだけぬか喜びさせてしまって申し訳ないな。
 さっき触れられて胸が張ったような気がしてたからもしかしてとは思ったけど……。


  『生理来た。えへ』

  『うわあああああああ! 病院見つけたのに! 駅から徒歩二分! シズールの隣!』


 と、いう返信メールが翔吾さんから届いたのは外回り中の十五時のことだった。



→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/02/08
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/48-2b45d9cf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)