空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第3章 第41夜

 
 翌日の昼休み。
 わたしは気合を入れて秘書課へ向かった。
 オフィスを出る時、翔吾さんは係長と話しているようだった。


 対応してくれた秘書さんも美人でビックリしてしまう……同じ人間とは思えない。
 スタイルもよくて、同じ制服を着ているのに全く別物に見えてしまう。
 わたしみたいな寸胴が着るのと訳が違う、ウエストの括れやヒップの締まり具合が……わたしはエロ親父か!


「風間さん? どうしたの?」


 秘書課の扉を開けて驚いた表情の海原さんが出てきた。
 前はヒールのあるサンダルを履いていたが、今日は低めのローファーになっていた。妊婦の自覚出てきたんだって少しだけ安心した。


 秘書課の廊下つなぎの休憩室にふたりで入る。

 秘書課は十五階にあって、このフロアは重役室しかないから休憩室なんてほぼ使われていない。
 使うのは秘書課の秘書さんだけだそうだ。

 造りはうちのオフィスのものと同じで、扉に小さなガラス窓がついている。防音効果も同じで、あまりないようだった。言うなれば“ほぼ駄々漏れ”

 小声で話せない人は、この休憩室での内緒話はできないと思ったほうがいい。


 “内部会話厳禁!”と張り紙がはってあるのが少しおかしかった。
 

「休み時間のプライベート会話はいくらでも許可されてるの。重役は気さくな方が多いのよ」

 
 それを見てわたしが小さく笑ったから海原さんが教えてくれた。

 誰かがお茶を買いに来るかもしれないということで、休憩室の扉は開けておくことになった。
 秘書課の人は昼休みはほとんど秘書室から出ないという。秘密の花園みたいだなって少し思ってしまった。入ることはないから未知の世界だ……。


 休憩室の真ん中のソファに向かい合わせに座る。

 飲み物を奢るつもりでいたんだけど(一応先輩だから)丁重に断られた。
 海原さんは持参の水筒をテーブルの上に置いた。


「これ? ホットレモン。おいしいの。飲んでみる?」

「いえ……」


 つわりがあるのかもしれない。だから酸っぱいものがほしいとか。
 顔色はそう悪くないように見える。秘書だし見た目にも気を遣わないといけないだろうから辛いだろう。
 わたしは自販機で紅茶を買い、同じくテーブルに置いた。


「で、話って何かしら? わざわざここまで来るってことは急ぎの用?」


 テーブルに肘をついて指を組み、その甲の上に顎を乗せてわたしの様子を伺うように見つめられた。
 口元は弧を描いていて、今日は目も笑っていた。
 勝利の笑み……なのかもしれない。


「なあに? 私まだご飯食べていないの。早めにお願いしてもいい?」

「あ、ごめんなさい」

 
 つい謝ってしまったけど、わたしも食べていないのは同じ。
 だけど海原さんは確実に妊娠しているんだろうからわたし以上に栄養は必要だろう。
 でももしかしたらわたしも……。

 そういう気持ちがあったからここまで来たんだ。
 

「お願いがあって来たんです」

「お願い?」


 眉をひそめる海原さんの目の色が変わったように見えた。
 それはとても鋭くて怖い、無言の威圧感があった。

 だけどここで怯むわけにいかない。

 テーブルの下で手をぐっと握りしめて気合を入れる。


「一刻も早く、事実を伝えてほしいんです」


 海原さんの表情が強張る。
 小さく首を傾げてわたしを見つめ、ふっと笑い出した。


「誰に? 何を?」


 この期に及んで惚けようとでもしているのだろうか?
 せせら笑うような表情をわたしに向ける海原さんに本気で腹が立った。


「妊娠の事実を雨宮さんに伝えてください! そうじゃないとわたし――」

「どういうことだ?」


 背後で響いたのは聞き覚えのある大好きな、低いバリトンの声――


「あ!」


 振り返ると、翔吾さんが休憩室の扉口に驚愕の表情で立ち尽くしていた。




 なんでここにいるの? さっき係長と話していたじゃない。
 まさか後を追ってきたの?

 そんな疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。今はそんなことが問題なんじゃない。


 一瞬の間があって、怖い形相でわたし達を見つめている翔吾さんがこっちに向かって歩いてきた。
 コツ、コツと足音がどんどん大きくなってゆく。


 ――――どうしよう! わたしの口からバラしてしまった!


 ついエキサイトしてしまって、いつもの声以上に大きな声で言ってしまった自分を本気で呪った。
 
 いつもの声だったら聞こえていなかったかもしれないのに……。
 なんてことをしてしまったんだろう。取り返しのつかないことをしてしまった。


 その罪悪感からテーブルに額がくっつく程、俯くしかできなかった。
 
 海原さんに対する謝罪の意味もあった。
 こんな大事なこと、第三者から伝えられるなんて……申し訳なくて顔が上げられなかった。


「どういうことだ! 真奈美?」

「どうもこうもないわよ」


 わたしが座っているソファの後ろでいきなり翔吾さんが怒鳴ったから、それに全身で驚いてしまった。
 だけど海原さんは冷静に対応していた。


「妊娠ってなんだ? 俺に伝えるってどういうことだ!」


 声を荒らげて海原さんを質問攻めにしている。過度のストレスは胎教に悪いはず。
 それなのにわたしのせいで海原さんが怒られてる。どうしよう。


「知らないわよ、風間さんがひとりで勘違いしてるだけ」



 ――――え?

 くすくすとおかしそうに笑う海原さんの高い声が休憩室に響く。
 揶揄るようなその返答。なんでそんなことを言うのかわけがわからない。


 わたしがひとりで勘違い、してる?

 顔を上げて海原さんを見ると、口角をつり上げてにっこりと笑っている。
 どういう、こと?


「私、妊娠してるって言ったけど、相手が翔吾だなんてひと言も言ってないわよ?」


 目の前でさっきと同じように指を組んでその甲に顎を乗せた海原さんが、再び得意満面の笑顔を見せた。




「――――ええええっ!?」


 立ち上がった途端、わたしの座っていたひとり掛けのソファが後ろに傾いた。
 それを翔吾さんがキャッチしてくれている。


「だって! だって! そんっな……」

「勘違いも甚だしいわね。なんで私が翔吾に怒られないといけないのよ」


 確かに、あの時海原さんはひと言も翔吾さんの名前を出していなかった……かも。
 改めて思い出すと、うん。言ってなかった。

 じゃ、お腹の赤ちゃんのお父さんは……翔吾さんじゃ、ない?


「でもーっ!!」

「どういうことだ? 雪乃?」


 怒りの矛先が完全にこっちを向いた。
 恐る恐る振り返ると、鬼の形相で翔吾さんがわたしを見下ろしている。


「……あぅ……あのですね……」

「真奈美、怒鳴ったりしてすまない。悪かった」


 わたしのとなりに並んだ翔吾さんが海原さんに深々と頭を下げた。
 同時にわたしの後頭部がグイッと押され、同じように頭を下げる体勢に。


「別にいいけど……私も意地悪しちゃったし。あ、そうだ。これ返しておく」


 テーブルの上に銀色の鍵。
 それを見た翔吾さんが“えっ?”と小さな声をあげた。


「翔吾の家の鍵、まだ持ってたんだ。それでこの前、風間さんをちょーっといじめちゃったから、チャラにしてあげる」

「どういう……ことだ? いじめって?」

「それは風間さんの口から聞いて。翔吾を取られたくなかったのは事実だから悪いことしたとは思ってない」


 すうっと海原さんがソファから立ち上がる。
 それはまるで風のように自然に滑らかな動きできれいだった。


「風間さんに答えだけ教えてあげる。あの日なぜ翔吾の家にあなたしかいないことを私が知っていたのか」

「え……」


 ニンマリ得意げに笑う海原さんがずいっとわたしに顔を近づけた。
 そう言えばそうだ……ただの偶然かと思っていたけど。


「あの日の昼間、翔吾と休憩室でいちゃついてたでしょ? あれ、壁越し筒抜けだったのよ」

「いっ!」

「幸いあの場には私しかいなかったけど……鍵を渡されたのも、キスを迫られているのも丸聞こえ」

「は? なにを……」


 翔吾さんが真っ赤な顔をして狼狽たえている。
 海原さんが意気揚々とした表情で翔吾さんを見上げた。


「声のトーン、もう少し落としたほうがいいわよ。これは最後の忠告。もう翔吾を解放してあげるから、じゃあね」


 後ろ手を振りながらモデルウォーク? で海原さんが休憩室を去って行ってしまった。
 まるで嵐が去った後のように、爽やかな余韻だけを残して……。

 残されたのはわたしと翔吾さん、そしてひとつの鍵。
 そして、気まずい雰囲気――


「詳しく話を聞かせてもらおうじゃないか」


 冷ややかな声が頭の上で聞こえた。
 まずい……怒ってる……怖くて顔見れないよ。


「その前に、手伝ってもらおうかな?」

「……え?」


 ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべて翔吾さんがわたしの腕を引いた。



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Date:2013/02/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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