空色なキモチ

□ 思い出のヘニョロロ □

思い出のヘニョロロ 12

第十二話

りるはの本心





 十四年前。

 夏休みの宿題の自由研究で使いたい資料を借りに近くの図書館に行ったけどお目当ての本が見つからなかった。
 司書さんに検索してもらい、隣の区の図書館にならあると聞いて暑い中汗をかきつつ自転車を走らせていた。
 取り寄せてくれると言われたけど祖父の具合が悪くていつ呼び出しがかかるかわからず、そうなったら宿題を終わらせる時間もなくなると思って自分で借りに行くことにしたんだ。
 行ったことのない図書館だったけど、司書さんがわかりやすく教えてくれたから迷うことなくたどり着くことができた。
 場所の説明を聞いているうちに少し前に一週間通った方向だったからすぐにわかったから。
 図書館が七中の目の前にあるということは知らなかったんだけどね。

 学校の門の辺りをちらちら見ながら図書館に入った。
 Uの字型の階段を上った二階に図書館の入口がある。一階部分は児童館になっているようだ。
 踊り場部分の窓から七中の校庭がよく見える。
 走っている生徒がちらほら、バッドを素振りしている野球部員がたくさんいる。

「いない、よね……」

 バドミントン部は体育館のはずだし、ここで見ていても知っている顔を見つけることなんかできないだろう。もちろん探す気もないけど、と自分に言い聞かせるようにして。

「あら」

 図書館の透明の扉を引いた時、目の前に立っていたのはこっちに出てこようとする制服姿の尾田さんだった。
 知ってる顔に会うとは思わなかったしよりにもよってこの人だとは。
 なにを言っていいかわからず、軽く会釈をして先に出てもらおうと扉を押さえていた。

「なにしに来たの?」

 斜に構えた尾田さんが私をまじまじと見つめている。
 本を借りるだけで家を出たからその辺にある着古したTシャツにカーゴパンツで来てしまっていたのが悔やまれた。

「本を借りに」
「わざわざここまで? 六中のそばに大きな図書館もあるじゃない」
「そこになかったので」
「そうなの。大変ね。てっきりうちの藤原に会いに来たのかとばかり」

 くすくすと笑われる。
 なんとなく感じが悪くてムカッときたけどぐっと堪えた。

「そういうわけじゃないんですが……再試合の約束はしないといけないなって思ってます」 
「どうして?」

 ムッとした表情で尾田さんが詰め寄ってきた。
 とってもわかりやすい態度に思わずほくそ笑みそうになってしまう。

「最終セットを取らないとそちらの藤原部長さんとの賭けに負けちゃうんですよね。それは困るんで」
「賭け?」

 賭けのこと知らないんだ。
 てっきり知ってるものだとばかり思ってたのに。

「ええ、まあ。そんな感じで尾田さんから藤原部長へ約束取りつけてもらえません?」
「無理に決まってるでしょ。あいつ今、志望校の推薦枠取れるかどうかの瀬戸際でいっぱいいっぱいだから彼女だってほったらかしなんだから」
「――え?」

 彼女、いるんだ。
 ピシリ、と音がするんじゃないかと思うほど私の身体は強ばっていたと思う。
 たぶん顔もひきつっていた。
 彼女がいるくせに「勝ったらつきあって」なんて言える人だったと知って思いの外ショックだったのかもしれない。
 それに再試合を申し込んできたのもあっちなのに……もしかしてからかわれただけなのかな。

「わかると思うけどあいつモテるからあんまり真に受けないほうがいいわよ。いらぬお世話かもしれないけど、あなたに傷ついてほしくないから」
「……」
「じゃ急いでるから。うちの後輩と大会で会ったら仲良くしてやってね」

 練習の時は一本で結んでいたやや癖のある髪をなびかせて尾田さんが軽やかに階段を下りていく。
 なんとなくあいつの学校のそばにいたくなかった。
 もやもやした気持ちを残したまま中に入りたくなくて、そのまま本を借りずに帰ってしまったんだ。
 
 そしてその夜、祖父が他界した。


*** 
 

「風呂わいたけど一緒に入る?」
「入る訳ないでしょ。野田さんは元気?」

 私の質問に律は眼を丸くした。

「覚えてるんだ。元気だよ」
「ならいいけど」
「あいつと高校も一緒だったんだけど、中学の時から俺のこと好きだったとか言ってたくせに断ったらすぐに別の男とつきあいはじめてさ、すでに三人の子持ちだぜ」
「……」
「ひどくね?」

 もしかして、彼女がいるとか推薦枠とか担がれたの?
 尾田さんの策略にまんまとはまった?
 ううん、もしかしたら本当のことかもしれない。
 
「ねえ、律」
「おっ、いいね。名前呼び」
「あなた中学の時、彼女……」

 そこまで言いかけてやめた。
 それを今確認したところで今さらなにも変わらないもの。

「なに?」
「ううん、なんでもない」
「じゃ、合意の上ってことで一緒に風呂入るか」
「入らんわばーか。なんの合意だっての」
「え、結婚を前提にしたおつきあい?」
「当たり前でしょみたいな平然とした顔で言うのやめてほしいなあ。だいたい私はまだ……」
「上野のこと好きなの?」

 ――ぎくっ

「あ、あんな浮気男、す、好きじゃないし!」

 ついムキになってしまう。
 そんな私を見て、律の口角がぐっと持ち上がった。

「だったら決まり」
「決まりって、そんな簡単に言うけどあなただって私のことなんにも知らないでしょ。もちろん私だってぜんぜん知らないし。だいたい私たち中学の時たった二週間一緒に練習しただけの仲なんだよ?」
「袖振り合うも多生の縁って言うし、終わった恋を忘れるには新たな恋とも言うしね。昔はかっこよかったと思っていてくれてたみたいだし」

 ……あきれた。
 さらっと口走ってしまったことすら聞き流してもらえないなんて。
 それにそんなふうにうれしそうにされてもなあ。
 
 中学時代この男に惚れてたとか、一生の不覚だわ。


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Date:2015/12/20
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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