空色なキモチ

□ 思い出のヘニョロロ □

思い出のヘニョロロ 11

第十一話

そして現在





「辛かったんだな」

 ぽんぽんと頭を撫でられ、続けざまによしよしと髪をわしゃわしゃされた。
 あんたなんかに何がわかるのよと喉元まで出かかっているのに言葉にならなくて、しょっぱいものがこみ上げてくる。
 やだ、やだ。泣きたくない。
 ふるふると小さく首を横に振る。そんな私の心情に気づいたのか、彼が私の頭を自分の胸に抱き寄せた。
 まるで「見ないから」と言われたような気がした。
 一定のリズムで背中をぽんぽんされる。優しく子どもを寝かしつけるような感じ。
 だけどなぜかそれはとっても心地がよくて、尖った神経がゆっくりとだけど落ちついてゆくようだった。

「俺も、辛かった」

 ふふっと笑う彼の息が私の髪を揺らす。
 そっか、親が離婚したって……

「でもまあ、今は幸せなんだけど」
「……よかったね」
「ああ、ようやく結婚できそう」

 ――なぬ?
 今、結婚って聞こえたような……気のせいか?
 いや、気のせいなんかじゃない。絶対に結婚って言ってた。

 一気に穏やかになりかけていたさざ波のような感情が荒波に変化してゆく。
 と、いうことはこの男は結婚したい相手がいるにも関わらず私とワンナイトラブ……は、古いか。メイクラブ……も、古いか。
 とにかく一夜のアバンチュール(もはや最古?)を楽しんだってコトなのかーっ!
 どくどくと怒りのマグマがこみ上げてくる。
 私の手は自然に拳を作り上げていた。しかもプルプル震えている。
 いや、私はいい。別に一夜限りの関係でもいいと思っていた。
 だけどこやつの思い人はどうなる。
 彼女のほうだって結婚を意識しているかもしれないのに、こんなふうに参列した結婚式の帰りに軽い気持ちで彼氏がどこの女かもわからない相手をつまみ食いして戻ってくるなんて。
 これじゃ義隆とやっていることは一緒じゃないか。

「……きさまぁ」
「え?」
「女の敵がぁ!」
「ごふっ!」
 
 ばーんと突き飛ばし、グーパンチを振り上げると彼の左頬にクリーンヒットした。
 だけど彼は後ろに倒れたりはせず、左頬を押さえつつ悶えるだけ。
 くっそ、ここでノックダウンできたらかっこよかったのに。なぜ倒れない。空気の読めない男め!

「っ……てえな」

 驚きと怒りの混じったような血走った目が私に向けられる。
 そんなことじゃ負けたりしない。だてに何度も修羅場を切り抜けては来ていないのだから。

「なにすんだよ……ったく」
「最悪な男。昔はかっこよかったのに」
「……は?」

 目を眇めて私を見据えるその瞳には怒りよりも理解不能の四文字がはっきりと浮かび上がっている。
 殴られた部分を指先で確認しつつわずかに表情を歪める憎い目の前の男を見て、いい気味としか思えなかった。

「相手に失礼だと思わないの?」
「なにが?」
「結婚相手がいるのにこんなことしてっ」

 よし、言ってやった。
 一夜を共にした相手として言える立場ではないのかもしれないけど、私やったよ。
 顔も知らないあなたのために戒めてやったよ。
 なんだかとってもスッキリ。こんな達成感ひさしぶりに味わったわ。
 いや、ひさしぶりでもないか……義隆も殴ったし。ああ、でもあの時はただの怒りと悲しみしかわかなかったから達成感はなかったなあ。

「なんだかよくわからないんだけど?」

 自分の頭をわしゃわしゃとかき乱しながら彼が首を傾げた。
 しかもとってもいやそうな顔をして。
 だけどそんな姿もいちいちかっこよく見えるのはとってもいけ好かない。不細工になれや。
 
「俺、酔ってるのかな? りるはの言いたいことがぜんぜん理解できない」
「はあっ?」
「それともりるはがまだ酔ってるの?」

 私を呼び捨てにしながら無表情の彼がずいっと一歩近づいてくる。
 あれ、怒ってるのかな?
 いやいや、怒りたいのはこっちのほうだ。女の敵め。しかも呼び捨ては卑怯だろう。無意味に緊張するというか息苦しいというか、とにかく居心地が悪い!

「理由はともあれ再試合を放棄したりるはに勝ち目はないんだよ。わかる?」
「へ?」
「だから君は俺の言うことを聞かないといけない、いわば弱い立場なわけ。そこんとこちゃんと理解してる?」

 意味が分かんない。
 首を横に振るとはあっと盛大なため息が落ちてきた。

「あの時セットカウント二を先取したで俺が勝ったの。だからりるはは俺の言うことを聞かないといけないの。そういう賭けだったでしょ?」
「……それは」

 もちろん忘れたとは言えない。
 
「あの時は俺が勝ったらつきあってって言った。覚えてるよね」
「……ほぼ強制的にね」
「あの頃は中学生らしく純粋なおつきあいでよかったんだけど……もういい年だし適齢期だよね」
「……ぐっ」

 痛いところつくなあ。もう。
 だいたいそっちはイケメンだし引く手あまただろう。しかも結婚する相手がいるんだし。
 どうせ結婚を意識していた相手にフラれましたよ。
 またイチからやり直しだよ。そんな気力も体力もありゃしないよ。
 あーあ、私一生結婚できないのかな。
 こんなふうに一夜限りの関係を繰り返して一生一人で暮らしていくのかもしれない。

「ということで、結婚を前提につきあってもらおうか」
「…………は?」
「はい決定」

 満面の笑みで両肩をぽんぽんされる。
 今、結婚を前提にって言われた気がしたんだけど?

「あの……意味が?」
「ん、言葉通りの意味ね」
「つきあうって……あなた結婚相手が」
「うん、話の流れを読むなら相手は間違いなく君だよね」
「ちょ、待って。理解不能。なんでそうなるの?」
「むしろなんでそう思うのかぜんぜん理解できない」

 話が微妙どころかぜんぜんかみ合ってない。
 なにこの宇宙人。日本語を理解できないのか。

「あ、あと事後は嘘だから。まだシてない」
「はっ、はあっ?」
「いやあ、いくら好きでも意識ないのにイタしちゃうほど鬼畜じゃないよ。信じてたの? ひっどいね」
「……」

 信じたのにそれかいっ。
 と、いうことは事前じゃん。思い切りセーフじゃん。
 
「風呂わかしてくるよ。化粧落としたりするでしょ? あ、洗顔とかないけど」
「……持ってる」
「へえ、準備いいね」
「べっ、別にこうなることを想定して持ってるワケじゃっ」
「そんなこと全く思ってないんだけど」

 墓穴掘ったーッ。
 ニヤッと意地悪そうな笑い方をして寝室を出ていくその背中をつい見入ってしまう。
 う、程良く筋肉ついてるし私好みなのがムカつく。バドミントンやってたからか上腕もがっちりしてるし。

「なあ、りるは」

 わわっ、急に振り返るな。
 背中にみとれていたのがバレてなければいいけど。

「もしりるはが勝っていたとして……」
「負けてないもん」
「まだ言うか」

 ふふっと眉を下げて笑われたから子供っぽくすねてしまったのが恥ずかしくなる。 
 まるであの時に戻ったかのようで、じんと胸が痛くなった。

「俺になにを指示するつもりだったの?」

 あ、また。
 胸の奥がちくんと疼く。

「べ、つにいいじゃん」
「隠すことないじゃん。それともなんにも考えてなかったとか?」
「そんな訳ないでしょ! いいから早くお風呂!」

 ちぇっと小さく不満を漏らしながらもこっちに満足げな笑顔を向けて寝室を出ていく。
 走馬燈じゃない、ぶわっと竜巻みたいに記憶が鮮明に戻ってきて頭の中がぐちゃぐちゃ。

 もちろんなにも考えてなかったわけない。
 考えてなかったら私が負けること前提でこの勝負を受けたことになるじゃない。
 もちろん試合を申し込まれた時は何も考えていなかった。そして試合中も。二セットを先取されて焦っていたのもある。
 だけど最終セットの再試合の約束をした時には明確なものが浮かび上がっていた。

 ああ、思い出さなくていいことまでがまた蘇ってくる。
     

→ NEXT 
→ BACK 
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2015/11/29
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/452-78f2861f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)