空色なキモチ

□ 思い出のヘニョロロ □

思い出のヘニョロロ 10

第十話

りるはの過去




 ――古い過去の記憶がぶわっと時空を駆けめぐるように戻ってゆく。

 それは封印した悲しみや喜び、楽しさや怒りもすべて含めて。
 ただ『懐かしい』だけでは終わらない感情に私の身体はぶるりと震えていた。

 目の前の細身なのにがっちりとした上半身裸体の男は何かを諦めたような苦笑いを浮かべてはいるものの、その瞳の奥に宿る光が見えたような気がした。
 その光が怒りなのかそれとも喜びなのか、私にはわからない。
 借りたTシャツの上から胸元を隠すように両手をクロスさせ、さらにタオルケットを引っ張る。
 まだベッドの上。しかもブラはつけていない。
 この部屋とっても涼しい設定にしてるから、その、浮き上がってしまってるのを見られたくない。
 
「俺は再試合を申し込みに君の学校に行った。だけど君はすでにその学校の生徒じゃなかった」

 薄い笑みが返ってきた。
 そんなこと、知らなかった。
 何度か校外でガンちゃんとは会っていた。中学を卒業した後も何度か。
 だけどそんな話は一度たりとも聞いたことがない。
 他校生が押し掛けてくるなんてこと滅多にないことなんだから記憶に残っていてもおかしくないはずなのに。

「嘘……」
「なんで嘘つく必要が?」
「それに、名字違うし」

 名詞に書かれていた名字は長谷部だった。
 私ははっきりとあの時の部長の名字を記憶している。間違いなく藤原だったはず。
 笑顔で自己紹介された記憶は鮮明に残っているもの。下の名前で呼ばれていることが多かったけど、逆に名字のほうばかりが鮮明に残っていた。

「ああ、親が離婚したから」
「……そう、なんだ」
「俺の名字覚えていてくれたんだ」

 意外、と言わんばかりに目を見開いてる。
 失礼な。そのくらいの記憶はあるわ。まあ、下の名前は覚えていなかったんだけど。

「それより、俺は君の話が聞きたいんだ」
「ああ……」

 あまり思い出したくない記憶だけれども。
 彼を納得させるためにはしょうがないことなのだろう。

「おじいちゃ……祖父が死んだの」
「は?」
「おばあちゃ、祖母がひとりになっちゃって……うちで祖母を引き取ろうと思ったけど、絶対に家から出たくないって言うから私たちが祖母の家に引っ越した。終わり」
「そう、だったんだ」

 彼がなぜか悲しそうな顔をして、視線を下に落とす。

「君のおばあちゃんの話はよく覚えているよ。さっきも話したけどうちの部員が熱中症になった時、君は自慢げにおばあちゃんの話をしただろう。本当に大好きなんだろうなって思ってさ」
「……ああ」
「だから昨日、バーでソルティドッグを頼んだんだけどね。君は思い出しもしなかったな」

 塩つながりってやつ?
 生憎だけど昨日はぐでんぐでんに酔っぱらっていて彼がなにを飲んでいたのかなんて気にかける余裕もなかったわ。
 遠い目をした彼を見て、思わず視線を逸らしていた。
 簡単に話を完結させたけど、実際はそんなものではなかったんだ。


 祖父の遺産相続で父の兄弟は揉めた。それはもう一族の離散を巻き起こすくらい。
 祖母は後妻だった。しかも息子(私の父)を連れての。
 思い出すだけでも反吐が出そうな言い争い、毎日かかってくる元妻側の長男次男からの嫌がらせ電話。押し掛けてくる伯父やその代理人。
 祖母を連れて祖父の家から出て行けと伯父たちに何度言われたことか。
 祖母はせめて自分の命が尽きるまで、祖父との思い出を大事にしたいからここに住まわせてくれと泣きながら伯父たちに頭を下げた。
 しぶしぶ納得したはずなのに伯父たちは嫌がらせのように何度も家に押し掛けては「早くボケちまえばいいのに」と祖母に言い放っていく。
 それのせいなのか祖父が死んだ悲しみだったのか今ではわからないけど祖母は認知症を煩い、私の母もノイローゼになった。

 大好きだった祖母は私を忘れてしまった。

 私を祖父の前妻だと思いこみ、祖父を返せと何度も殴られた。
 時には祖父の浮気相手だとも。違うと言っても信じてもらえず、何度も叩かれて家から追い出されたこともあった。 
 すでに自分のことで精一杯だった母は私を守ってはくれなかった。
 父は自分の仕事で精一杯で家のことはすべて母に任せっきりだった。

 ようやく父が事態を重く受け止めたのは、少し目を離した祖母が徘徊し出すようにようになってから。
 そして夜中に母とふたりでおむつを交換していた時「下着を脱がされた」と暴れて手を着けられなくなったのが決定打だった。
 あの時は母も私も孫の手で何度も殴られ、顔も身体も青あざだらけになった。
 最後まで面倒を見たい、と口では言っていたものの疲れ切った母と私を見て父はようやく祖母を施設に入れることを決意してくれた。

 そして、後から知った事実。
 祖母が施設に入り、私たち親子が祖父母の家を出るまで父は伯父たちに家賃を払っていたのだ。

「……りるは?」

 やだ、思い出したら涙が出てきてしまっていた。
 こんなことで泣くなんて私らしくない。
 もう忘れたことなのに、記憶の奥底に封印したんだから必要なことだけ取り出せればいいのに私の記憶の引き出しはすべて一緒に開いちゃうんだから。まるでコントに出てくる引き出しのようだわ。下を閉めたら上が開くみたいな。

「なんでも……って!」

 いきなり彼の顔が近づいてきて、私の目許に温かくて柔らかい舌が這わせた。
 ぬるりとした感触が背筋をぞくりとさせる。

 上目遣いで彼が私の瞳の奥を覗き込むその真剣な眼差しにどきっと胸が高鳴った。


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Date:2015/11/16
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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