空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第3章 第40夜

『行かないで! 行かないで!』


 白い半袖のワイシャツ、その広い背中を追うわたしの姿。
 つんのめりそうになりながら、よく履けていないサンダルで走る。
 でもわたしの言葉なんて……届かない。


『――――お父さん!!』









「……きの……ゆきの!」


 急に大きな声で名を呼ばれ、正気に戻った。

 わたしの顔を翔吾さんが覗き込んでいる。
 その顔は驚愕を表し、かなり蒼白しているように見えた。目の前が白っぽい膜で覆われたようになっていてよく見えないけど……。


「あ……」

「大丈夫か?」


 知らぬうちに身体が横にされていたことに気づく。
 喉がからからで痛い。声が上手く発せられない。


「お……みず……」


 ガラガラ声でようやくその単語を口にすると、すっとミネラルウォーターのペットボトルが差し出された。
 硬い表情でわたしを見下ろしているのは三浦さんだった。


「あ……りがと……ござ……」

「早く起こして飲ませてやれよ、雨宮」


 それに手を伸ばそうとしたら、翔吾さんがわたしの上半身を起こしあげてくれた。
 少しだけ頭がくらっとしたけど、背中を支えられているから大丈夫だった。

 与えられた水を口に含むと冷たくて、一気にたくさん飲んだら身体が少し冷えてしまった。
 ようやく少し落ち着いて深いため息をつき、少し目を閉じた。

 
 いやな夢……二度と思い出したくなかったのに。
 もうトラウマになっているのだろうか? 早く忘れたいのに……あんな人のこと。

 無意識に右の頭頂部のつむじの辺りに手がいってしまう。
 そこはやっぱりぱっかりと開いていて、周りの髪の毛を寄せても隠れそうもなかった。
 それはまるでわたしの古い傷、捨てたい過去と同じようだと思った。


「俺が雪乃を追い詰めたの?」

「違う、そうじゃないです」

「じゃ、どうして? 急に意識なくしたから……」

「過去を思い出しただけです。心配をおかけしてすみませんでした」


 ソファで足を伸ばした体勢のまま頭を下げる。
 本当はこんな体勢で頭を下げるとかなんてマナー違反なんだって思うけど……。


「家に帰ってちゃんと話をしよう。ごめん、もう大声出さないから」

「……はい」


 翔吾さんの提案に従う。
 心配そうな顔で三浦さんがわたしを見ていた。それに気づいて小さく微笑み、うなずく。




 タクシーに乗せられて、わたしのアパートへ向かう。

 翔吾さんはずっとわたしを抱きしめて離さなかった。
 タクシーの運転手さんがミラー越しに後ろの様子を伺っているのがわかって恥ずかしかったから、少し離してって頼んだのに却下された。

 それどころかキスまでしてきそうな勢いだったから慌てて止める。
 少しだけビールの匂いがした。家でも飲んでたのかもしれない。


 その胸に凭れながら少しだけ微唾んでしまう。

 それはとても暖かくてふわふわしていて心地がいい、まるで夢の世界。
 ずっとこんな時が続けばいいのにって祈るけど、続かないことはわかっている。

 今までずっとそんな生き方をしてきたから、わかるの。

 だから最初から、求めない。
 求めたのは、あの時と中学校の卒業式の時だけ。


 あいつなら、わたしを受け止めてくれるんじゃないかって思ってた。
 だから告白した。
 あんなに仲良くてお互い悩みを相談しあったりしてたのに。

 髪がきれいな子が好きだ? ふざけるな!

 こんな髪! わたしだって大っキライなのに!


「雪乃、着いたよ」

「ん……あぁ」


 思ったよりしっかり眠っていたようで、またいやな夢を見た。

 優しい顔で翔吾さんがわたしの様子を伺っている。
 きっとタクシーの運転手さんはわたし達を不思議に思っただろうな。イケメンと地味な女がベタベタしてるって。




 部屋に入ると、翔吾さんがホットミルクを作ってくれた。

 ちゃんと鍋で作るのが上手いんだってこだわりがあるようで、めんどくさいだろうけどやってくれた。それをこたつで飲む。
 いつもなら向かいに座るのに、わたしが座った右斜め前の寝室のふすま側を選んで翔吾さんが座っている。
 何気なくテーブルの上に置いていた手を握りしめられているのは少し居心地が悪い。

 翔吾さんは逆の手でテーブルに頬杖をつき、目を細めてわたしを見ている。
 だけど、わたしはそれに応えてあげられない。


「翔吾さん……あの」

「別れないよ」

「まだ何も言ってない」

「言いそうだったから先に言っておいた。卑怯かもしれないけどそれだけは譲れない。ちゃんと話をしたいけど、今日はまともに話せそうにないから、明日落ち着いて話をしよう、な」


 本当に、卑怯だ。ずるい。
 だけどこんなずるい人をわたしは愛している。

 子どもができていればもう翔吾さんはわたしのものだって思ってた。でもその子どもは他のところにできていて……。

 急にハッ、と頭の中にひとつの事実が浮かび上がった。


 ――今月、生理来てない。

 
 壁にかけられたカレンダーに視線を移す。
 もう予定日より二週間近く遅れている……結構順調な方なのに。

 まさか……もしかしたら……。


「どうしたの? 雪乃?」


 怪訝な顔で翔吾さんがわたしを見据えた。その目は少し疲れているようにも見える。
 どうしよう……もしかしてわたしも……。


「ううん……なんでもないです」


 こんなこと言えない。わたしは口を閉ざす。
 
 とにかく、海原さんと話をしないといけない。そう思った。
 明日秘書課に行って、話す時間を作ってもらおう。急がないといけない。 



 ホットミルクを飲みきって一息ついてから、入浴を済ませて寝室に入る。

 すでに翔吾さんはベッドに横になっていた。
 押入れから布団を出して敷こうとすると、いきなり起き上がって止められる。

 もう寝ていると思っていたからビックリしてひっくり返りそうになった。


「一緒にベッドで寝よう」

「いえ、狭いから」

「いつも狭いけどそれで寝てるじゃないか」


 強引に腕を引かれてベッドに引きずり込まれた。

 一緒の布団は困る! 今はそういうことしたくない、ううん今だけじゃなく今後ももうダメなんだ。
 そう考えたら自然に身体が強張ってしまう。
 翔吾さんの腕枕は大好きでずっとそうしてもらいたい、けど……。


「おやすみ、雪乃」

 
 額に優しく口づけされて、翔吾さんが目を閉じた。
 ……やだ、変なこと考えてたのわたしだけ? ばかみたい。


 目を閉じた翔吾さんの顔をじっと見つめる。
 今日だけ……今日だけはこうして寝てもいいよね。
 これが最後にするから……。



 窓際のカーテンの隙間から月が見えた。
 丸くて大きいきれいな満月だった。

 その月の光が目にしみて、涙が出そうだった。



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Date:2013/02/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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