空色なキモチ

□ 思い出のヘニョロロ □

思い出のヘニョロロ 8

第八話

過去編・切ない




「スイマセーン、部長サン、まーたシャトルが上にあがっちゃったんですけどぉー?」
「……チッ」

 他校の体育館のギャラリー部分にシャトルが乗ってしまった場合、自分では取りに行かずに責任をもってその学校の生徒が取りに行くという決まり事があった。
 頼むのは誰にでもいいんだけど、俺はわざと君にばかり頼んだ。
 六中の女子部員は俺に友好的でスマッシュやサーブの打ち方のコツを聞きに来たりしていたのに君だけは俺に目もくれない。
 そんな態度がまたきゅんと来ていじめたくなってしまったりして。嗜虐心とでもいうのだろうか。
 なんて意地悪なんだろうと思っていたけどそうやって少しでも接点を持てるのが本当はうれしかったんだ。もちろん悪いとは思っていたよ。ああ、だけどもう時効だよね。

「りるは、私行くよ」
「いいっ」

 舌打ちしながらも君はダッシュトレーニングのように階段をのぼって何度もシャトルを取りに行ってくれた。そして敵意むき出しに俺に向かって思い切りそれを投げる。
 だけどそんなの想定内で、ラケットで掬うようにそれを受け取ると「きゃーっ」と黄色い声があがる。そんなのも俺を有頂天にさせた。
 君は俺にシャトルを当てられなかったのが悔しかったようで大きな舌打ちをしながらその場で地団駄を踏んでいたよね。いらいらしながら降りてくるのもかわいかったな。

 君がうちの部員だったらどんなにいいか、何度もそう思っていたんだ。


***


 一週間がたち、今度はうちの中学での合同練習になった。
 仲間と一緒に自転車で来る君のセーラー服姿は誰よりもかわいかったんだ。少しだけ短い紺のプリーツスカートから伸びるすらっとした足は本当に綺麗だったし、白いハイソックスなぜか白い足に映えて見えるくらいまぶしかった。
 俺、間違いなく神戸りるはに恋をしている。
 そう自覚するしかなくて、君の姿を見るたびにどきどき加速してゆく鼓動を感じていた。


「部長サーン、シャトルがギャラリーにあがっちゃったんですけどー」

 今度は君がやり返す。
 ちゃんと見てたよ。わざとギャラリーに向かって勢いよくシャトルを打ち込んでいたのを。

「くっそー」

 だけどそんなの見なかった振りしてダッシュでシャトルを拾いに行く。
 勝ち誇った笑みを浮かべた君がふんっと鼻を鳴らしながら時々俺を見ていたのも気づいていたよ。
 上からシャトルを落としてやると、こんっと君の頭に命中したりしておかしかった。避けないのかよって心の中で激しいツッコミプラス大笑いをしてしまうほど。

「りるは鈍ーい」
「うるさいっ」

 仲間に冷やかされながらも照れ笑いする君がかわいくて。
 ギャラリーの上から腹を抱えて笑っていると、下で君は歯をむき出しにして「イーッ」としてきた。
 駆け寄って、茶化しながらポニーテールの髪をグシャグシャってしたくなった。
 なんだか異様に胸がドキドキしておさまらない。もちろんダッシュで階段駆け上がったからなんかじゃない。練習で疲れていたわけでもない。
 
「ちょっと、律……じゃなくて、うちの部長に余計なことさせないでくれない?」

 小走りで君に近づいた女子部部長の尾田が、喧嘩腰でそう詰め寄ったのは予想外の展開だった。
 慌てて梯子形の階段を下り、そっちに向かうと君と尾田の一騎打ちのような状況になっていた。
 たぶん一番焦っていたのは俺。

「あなたがわざと上にシャトルを打ち込んだの見てたんだから。律の気を引きたいからってやることが子どもっぽくない?」
「……違います」
「部長自らそれじゃ下級生に示しがつかないわよ」

 やばい状況になってきたってのは見てすぐわかった。
 体育館にいる生徒全員が君と尾田の様子を遠巻きに窺っていたから。どっちについても話はこじれそうな気がして俺は頭を抱えた。

「お言葉ですけど、うちで練習してた時にそちらの部長さんに同じコトをされたので仕返……じゃなかった、お返ししたまでです」

 にっこりと満面の笑みを浮かべた君。
 敵ながらあっぱれだと思った。
 尾田はあんぐりと口を開けて君を見ながら何度も瞬きを繰り返している。
 しかも俺がわざとギャラリーにシャトルを打ち込んでたのはばれていたのか。
 背後に俺の気配を感じた尾田が驚きの表情で振り返り、言葉にはしないが彼女が言ったことは本当なのかと鋭い視線を向けてくる。
 認めてうなずくと、これでもかってくらいの大きなため息を吐かれてしまった。
 あーあ、部長としての威厳が、ってもう少しで引退だからいいんだけどね。実際に最初仕掛けたのは俺のほうだし。

「まあ、そちらの部長サンはわたしのフットワークを鍛えようとしてくださっていたのだと思いますが。もちろん自分もその意図があってやったことですし」

 まさかの助け船?
 俺の方を向いている尾田には見えないとふんだ君が、べーっと赤い舌を出していたのに笑いそうになってしまった。

「も、もちろんそうだよ」
「まあ、わたしのほうが若いですし体力もあるので鍛えていただくまでもないんですけどねぇ」

 あっ、と君が小さく声をあげたのと尾田がむっとした顔でそっちを見たのはほぼ同時だった。
 失言失言、と笑いながら去っていこうとする君。その君を追おうとしている尾田。その尾田の肩を押さえる俺。
 まるでコントだと思いながら笑いを必死で堪えていたコトなんて君は気づいてなかっただろうね。
 だけどこうやってからかい、からかわれるのが本当に楽しかったんだ。


 そんな時、事件が起きた。
 たまたまと言っていいくらいのタイミングだった。
 
 両顧問が体育館にいない時、うちの学校の一年女子が頭痛を訴えた。
 顔は真っ赤で汗を大量にかき、身体はふらついていて手がしびれると言う。
 尾田に一年女子を抱き上げる力はない。
 俺が抱き上げて、体育館の中でも一番風通しのよい入口付近に運び込んだ。本当なら保健室なんだろうけど。

「おい、ポカリ持ってこい」
「今、一年が作りに行ってます」
「えっ、男子のでもいいから」
「男子のも今ないですよー」

 どういうことだ?
 指示を出してもそれじゃ全く意味がない。どう考えても脱水としか思えなくて、もしかしたら熱中症かもしれない。

「六中から分けてもらうっ」

 尾田が青い顔をして走り出す。
 ウォータージャグの中身はカラにするなと何度も言ってるはずなのに。
 だけど今日はここ数日で一番暑い。みんな喉が渇いて一気になくなってしまったのもしょうがない。
 入口で人だかりができていたからか六中の女子もちらほらと集まってきて心配そうな顔でのぞき込んでいる。
 女子部の一年生がタオルを濡らして持ってきたので首元を冷やそうとした時。

「ちょっとどいて! 誰か水持ってきて!」

 心配そうにこっちを見ているだけの生徒をかき分けて俺の目の前に姿を現したのは君だった。
 俺の顔なんか視界に入ってないようで、真っ先に体調の悪い一年女子に駆け寄る。
 水じゃだめだ、余計脱水を助長させてしまう。
 そう言おうとしたけど、君の力のこもった強い視線が俺の言葉を遮ったように思えたんだ。

「意識あるよね」
「ああ」
「ねえ、これちょっと舐めようか?」

 君が横たわった一年女子の上半身を少しだけ持ち上げるのを見て、俺も手を貸した。
 俺の腕にその子の背中をもたれかけさせると、君は持っていた白い粉の入った小瓶におもむろに指をつっこんで荒い息づかいの一年女子の舌にそれを舐めさせたんだ。

「しょ、ぱ……ぃ」
「これ飲めるよね?」

 ――塩だ。
 顔をゆがめた一年女子に君がペットボトルの水を近づけて含ませる。

「もう少し飲める?」

 君の声に力なくうなずいた一年女子が、その水を求めて唇を寄せた。
 水を飲ませ、再びほんの少しだけ塩を舐めさせる。
 その度一年女子は顔をわずかにゆがめたけど、少しずつその険しい表情がなくなった。そして歩けるようになってから尾田につれられて保健室に移動して行ったんだ。


「りるは、よく塩なんか持ってたね」
「へへっ。おばあちゃんに持たされてるんだ。夏に具合悪くなった時は少しだけ舐めて水を飲みなさいって。魔除けにもなるらしいよ」

 自慢げに笑う君はさっと立ち上がって戻っていってしまう。
 お礼を言いたかったのに、声をかけるきっかけを失った俺はその背中をただ見つめていたんだ。

 君はそんな俺の視線になんかまったく気づいていなかった。
 この時、生まれて初めて切ないという気持ちを理解したような気がしたんだ。 



 【注】熱中症の時に塩と水を含ませることに関して。
    この方法を推奨するものではありません。あくまでも物語上の設定です。ご了承ください。
    OS1や清涼飲料水のほうが推奨されていると思われます。

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Date:2015/11/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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