空色なキモチ

□ 思い出のヘニョロロ □

思い出のヘニョロロ 6

第六話

理性と戦う





 タクシーを駆使してなんとか俺の家まで彼女をおぶった。
 タイトなスカートじゃなくてふわっと広がるタイプのワンピースを着ていてくれて本当に助かった。いや大げさでなく。
 ワンピースと同色のウエスト辺りに結ばれた大きなリボンがとてもかわいらしかったけど俺がおぶったせいでつぶれてしまっているかも。そしてそれが背中に圧迫されて少し痛い。
 
 ベッドの端に座らせるよう彼女を下ろす。
 枕の方へ身体が倒れるようなんとか調整しながら腕の力を緩めると、思い通りに上半身だけがパタンと横に倒れてくれた。
 まるでぐにゃぐにゃの人形じゃねーか。
 すうすうと寝息が聞こえ、心地良さそうな寝顔を見たらこのままにしておいてやろうと思った。俺は基本優しい男なんだ。
 着ていた半袖のボレロを脱がし、ハンガーに掛ける。ワンピースが皺になるのはあきらめてもらおう。勝手に脱がせるのは紳士ではない。

「おやすみ」

 せめて夢の中では幸せであってほしくて頬に軽くキスを落とすと、彼女はぎゅっと顔の中心にしわを寄せる。
 寝起きでぐずった赤ん坊のように見えて、声をかみ殺して笑った……が。

「よ、したか……」

 ぼろぼろと泣き出す彼女。
 寝ているはずなのに切なげな声で上野の名前を呼ぶ。
 堪えようのない苛立ちがこみ上げ、無意識に強く手を握りしめていた。
 そんなにあの男が好きかよ。
 寝言で泣きながら求めるくらい未練があるのかよ。
 今はこのまま寝かせ、起きたら昔のことを含めて話をしようと思っていた。俺の中にそのくらいの余裕があったはずだったのに。

 晴らしようのないどす黒い嫉妬心。
 それに囚われた俺は彼女の細くて頼りない肩をぐわしっと掴んで揺り起こしはじめていた。
 
「おーい、起きろよ。服が皺になるぞ」
「ん……」

 本当はそんなことどうだってよかった。
 皺になったらなったらなったで適当に服を貸してやればいいし、その間にクリーニングに出せばいい。それがいやならどこかで服を買ってやってもいい。
 だけど俺にだってプライドがあった。
 こんなふうに怒りを隠していることをあからさまにしたくない。
 そんな態度を取ったら彼女に気づかれるかもしれない、その結果どん引かれるかも。そんな結果だけにはしたくない。

 ようやく彼女を見つけることができたんだから。

「もぅ……飲めないよぅ……」

 飲ますか!
 心の中で盛大なツッコミをしながら横向きで小さく丸まる彼女のワンピースの背中のジッパーをゆっくりと下ろした。 
 意識を取り戻すか違和感で抵抗してくれればこれ以上はなにもするつもりはない。
 きっちりと身体にフィットしたワンピースを緩めてやるだけだと言い聞かせるように自分に弁解し続ける。

 ……がっ!
 そんな俺の願いもむなしく、すーすーと小さな寝息が聞こえてくるではないか。
 この状況で……おい、心臓に毛が生えてるとしか思えない。
 相手が相手ならすぐに食われていてもおかしくないし文句を言える立場じゃねーぞ。忍耐強い俺だからこそこうして理性を保っているんだ。こんちくしょう! 

「おい」
「……むにゃ」

 寝言の反応だけどもういい。
 俺は我が道を行く。後悔しても知らないからな。

 神戸りるは、二度とおまえを逃がしてなんかやらないから。
 
 彼女のむき出しになったノースリーブの肩に指を這わせ、そっと撫でながら耳元にふっと息をかけてやるとびくっとおもしろいくらい身体を縮こまらせた。
 自分ができる精一杯の甘い声で吐息を吹きかけながら耳元で囁いた。

「俺と賭けをしないか?」
「――ふへ?」
「俺が勝ったらつきあってほしい」
「……」

 お、ノーリアクション。
 だけど目はかろうじて開いているし、トロンとしてはいるけどちゃんと聞いていたと思って間違いないだろう。
 ちらっと俺の方に視線を向け、薄く開いた瞼を数回瞬かせた彼女は「ふっ」と鼻で笑う。
 ちょっとムカッときたけど、まあこの後の反応次第で許してやろうと思いきや。

「すーすー」

 寝てんのかいっ!
 半目で寝るのはやめろ、怖いだろうが!
 思い切りずっこけてみせても誰も見られていないし、正直自分自身が寒い。
 ああ、もうこの女には駆け引きとか無理なんだ。
 わかった、もう直球勝負で行くぜ。

「りるは、おい。起きろよ」

 肩をゆさゆさ揺する。
 うーんとうなり声をあげながらも目を開けようとしない。
 
「りるは」
「っさいなあ……」
「なあ、思い出してくれよ」

 うっすらと瞼を開いてくれた。
 よし、ここから一気に――

「あの時も約束破りやがってどういうつもりだよ、なあ」
「……あの、時ぃ?」

 上半身を起こし上げて両肩を優しく振り続けると、まるで船に揺られているかのごとく身を任せる彼女がトロ目で首を傾げる。
 すると彼女は思いも寄らない行動に出た。
 いきなり自分の背中に手を回し、ワンピースのチャックを全開にして前をがばっと引っ張ったのだ。
 
「わわっ、なにしてっ……」

 肩紐のない黒のレースのセクシーブラがいきなり俺の目の前にさらけ出され、思ったよりも谷間の深い白い二つの柔らかそうな膨らみに鼻血がでそうになった。
 無意識に手で鼻を覆いながらも視線はロックオン。
 着やせするタイプとかマジ勘弁! 想像以上の美乳にどうしたらいいか完全にパニくっていた。
 据わった目で俺を見据えている彼女。
 ごくんっと俺が唾を飲み込む音が脳内に響く。

「好きにすりゃーいいじゃん」
「ちょっ、まっ」

 彼女は一度決めたら突っ走るタイプなのか、がばーっとワンピースを脱ぎ捨ててブラのホックに手をかけた。
 ちょーっ、待って待って待って!
  
「俺が勝ったらつきあってくれるって言ったろ!」

 ああ、かっこわりぃ。
 わたわたしながらこんなこと叫ぶなんて、俺ってば超情けない。
 だけどなんとかして彼女の暴走を止めたかった。
 こんな酔った勢いでモノにしたって全くうれしくないから。
 抵抗むなしくブラのホックははずしてしまったものの、かろうじて彼女の腕の中でそれは保たれたまま動きを止めていた。あれ、俺が抵抗してどうするんだっての。

「……いつ?」

 眉間にくっきりと深い皺を寄せて、彼女が思いきり首を傾げる。
 覚えて、ないとか?

「バドミントンの試合しただろ!」

 俺の声に、彼女のふっくらしたつやつやの唇が動く。

 ――バ・ド・ミ・ン・ト・ン

 その単語が彼女の過去を呼び起こしたのかもしれない。
 大きく見開かれた瞳が潤んでいるように見えた。これはもう思い出しているだろう。
 彼女の反応を待ちたい、だけど待ち遠しすぎてその様子を窺うように顔を覗き込んでみる、と。

 半目で落ちてる――

 するりと胸を覆っていた手の力が抜け、肩紐のないブラはただの布切れと化して彼女の胸から離れ落ちていった。

「ちょ――おい、りるは! 思い出せ!」

 あわててその肩を前から支えると、俺の胸めがけて倒れ込んできた。

「ヘニョロロ……」
「おい! 起きろ! りるは! りるはっ!」

 すでに力も意識も手放した彼女は俺の胸の中でぐーぐー眠っていた。
 それも幸せそうな寝顔で、しかも上半身素っ裸で。
 
「おまえヘニョロロじゃねーだろうよ……」

 俺のムスコが完全に元気になっちまってるってーの。
 なにこの据え膳プレイ(実は寝顔を見ている時から完全オッキ状態だったことは内緒だけど)
 しかも、すげえいい匂いがする。
 なんだろう、香水ではなくてどちらかというと石鹸の香りのような。おぶっている時は一生懸命すぎて匂いまで楽しむ余裕すらなかったのかも。

「……」

 彼女の裸の背中にそっと手を回して、支えながらその首筋に顔を埋めるとふんわりと優しいシャンプーの香りが俺の鼻孔をくすぐった。
 ……このくらい、罰当たらないよな。
 顎のラインに唇をそっと這わせ、ちゅっと小さなリップ音を立ててキスを落とした。

「……ん」
「!」

 やべえ、すごい反応いい。
 寝てるのにちょっと触れただけでそんな甘い吐息漏らすんじゃねえ、俺の理性がぶっ飛ぶだろうが。
 ……もう一回だけ。
 今度は大胆にも耳朶に舌を這わせ、唇で食むようにしてみた。

「んんっ……はぁ」

 どきーん!(俺の胸の音)
 なんだその鼻に抜けるような艶っぽい喘ぎ声は!
 善良の俺が「これ以上はだめだ」とブレーキをかけたものの邪悪な俺が「大丈夫大丈夫、ここでやめたら男じゃねえ」と煽りだす。

「……くっそ」

 たまらなくなって彼女の耳の中ににゅるりと舌を伸ばしてしまっていた。

「あ……あぁっ! ん……っ」
「りるは……」

 やべえ、すごいかわいい。
 耳弱いのは変わらないなと思いながらその様子を窺うと、今にも泣き出しそうなのに目はしっかりと閉じて快感を逃そうとしている。
 あの時、耳に少し触れただけだったのに真っ赤になってかわいかったんだよなー。

「あ」

 ノスタルジックな気持ちになった途端、急に罪悪感がずぅぅんと音がしそうなくらい押し寄せてきた。
 やっぱだめだよな。こんなことしちゃ。
 ようやく善良の俺が完全勝利してくれたようだ。
 彼女の背に回していた腕を抜くようにして横たえると、少しだけ彼女の息が上がっている。
 ごめん、と心の中で一度だけ謝って、なるべく見ないように裸の上半身にタオルケットをかけた。
 正直言えばもう少しだけ見たかったけど、また次の機会まで我慢することにしよう。

 とりあえずこの元気な息子さんを宥める作業に取りかかるべく、のろのろと浴室へ向かったのだった。


**


 そして――
 今にも逃げ出しそうな上半身裸の彼女が必死にタオルケットを引っ張って俺を睨みつけている。
 まるで怪我を負った捨て猫みたいに今にもふーふーと威嚇のうなり声が聞こえてきそうで笑いが堪えられない。
 肩を上下する荒い息遣いもぐちゃぐちゃになった黒い髪も泣きすぎて落ちてしまった黒いマスカラも。それによってパンダのようになってしまっている目許もすべて愛おしいとしか思えなかった。

 ――さて、種明かしといきましょうかね。 
 
→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2015/10/24
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/447-56b7446a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)