空色なキモチ

□ 思い出のヘニョロロ □

思い出のヘニョロロ 4

第四話

思いがけない再会




 トイレの鏡の前で大きくため息をついた俺の顔は少しだけにやついているようにも見えたし、戸惑っているようにも見えた。
 
 今俺は大学時代の友人、上野義隆の結婚式に参列している。
 友人といってもさほど仲がいいわけでもない。
 同じ学部出身で時々講義が被っていたのと、たまたま入ったスキーサークルのメンバーだったくらいの関係。
 俺よりも俺の親友の拓海が義隆と仲がよく、挙式も人数合わせに頼むと頭を下げられて出席することになった。サークル内でもグループが分かれていて俺と義隆とはほとんど交流がなかった。

 大学時代の義隆は男から見ても、女性に誠実とは言い難かった。
 よくは知らないから適当なことは言えないけど、風の噂でいろんな情報は流れてくる。
 もちろんそれをすべて鵜呑みにしていたわけではないけど、隣に立つ女性がころころ変わるのを見かければあながち間違いではないのだろうとある程度の判断基準にはなる。
 それだけが理由ではないけど、義隆と親しくなりたいとは思えなかったんだ。
   
 だけど今、来てよかったと思うことと失敗したなと思うことが同時に起きた。

 教会式が終わり、披露宴会場に移動する前に新婦のブーケトスが行われることになった。
 もちろん未婚女性が新婦のブーケをキャッチできるようにこぞって前に出て行った。
 
「りるは先輩、もっと前に来てくださーい!」

 舌っ足らずの甘ったるい声で新婦が叫んだその名前に聞き覚えがあった。
 りるはなんて名前、かなり珍しい。
 新婦が手を振る方向を見ると、紺色のワンピースがよく映える色白の長い黒髪の女性を捉えていた。
 大きな瞳の左目尻に小さめの泣き黒子。俺の背筋から腰にかけてずぐんと衝撃が走った。

 ――間違いない。

 彼女がしぶしぶこっちに来て、未婚女性の集団の一番後ろに立った。
 俺の目の前に彼女がいる。
 それだけで胸が疼くのを止めることなんてできやしなかった。

 どうやって声をかけようか。
 彼女は俺を思い出してくれるだろうか。
 ああ、あの時のように楽しく話をしたい。それだけで頭がいっぱいだったんだ。

 きゃあ、と歓声が上がってブーケが放たれたことを知る。
 俺はずっと彼女の旋毛だけを見つめていた。
 ブーケなんて誰がキャッチしても同じだろう。全く興味がなかったのに、なぜかそれは俺の腕の中にぽすんと収まっていた。

「……」

 目の前の彼女の上半身がなぜか斜めになっている。
 まさか、飛んできたブーケを避けた……とか?
 未婚女性のブーイングの嵐と冷たい目線が俺に集中している。
 いや、俺だってほしくないしキャッチするつもりなんかなかった。そんなの誰が考えても一目瞭然だろう。

「おめでとーございまーす」

 ただひとり、目の前の彼女以外は。
 その作り笑顔と、おちゃらけたような口調が俺の心をさらに疼かせた。

 やられた、こんちくしょう。


***


 そして披露宴が始まる前の今、こうしてトイレにいるわけだけど。
 にやけたまま披露宴会場に入るのもいやだったので、一息つきにここにきたってわけだ。
 少しでも冷静さを取り戻すために軽く顔を洗い、ハンカチで丁寧に拭った。冷たい水が意識をクリアにさせる。
 彼女を見てから俺の心は完全に中学時代に戻っていた。
 とりあえず失態を犯さないよう気合いを入れるために両頬をピシピシと叩きトイレを出ようといざ一歩踏みだそうとした時、人が入ってくる気配を感じた。
 トイレで見知らぬ人と会うのって意外に気まずいんだよな。
 特に立位用の方は見えないとは言え、なるべく人の隣には立ちたくないタイプなんだ。
 なんとなくすれ違うのもイヤで、すでに用は済ませてあるのに洋式トイレに入って扉を閉めていた。
 まあ披露宴スタートまでまだ時間はあるだろうし、そんなに焦っていなかったからいいんだけど。用を足すフリをして蓋をしたままの便座に腰をかけた。

「上野と神戸さん、つきあってたんだろう? よく披露宴呼べたよな」
「いや、神戸さんは新婦側の招待客ですから」
「そうだけど……新婦と元カノが同じ部署っていうのが運の尽きだったよなあ」

 ――え?

 奇しくも今トイレに入って来た人達は義隆の会社の社員だったようだ。
 彼女と義隆がつきあっていた?

「でもなんであの子だったんだろう。確かに若くてかわいいかもしれないけどそれだけじゃん。絶対神戸さんの方がいいよな」
「あ、自分もそう思います。神戸さんあんなに美人なのに気取ってなくてさばさばしてるし仕事もできるし人気あるんですよね」
「だよな、もったいねえな」
「いや、先輩、ここだけの話なんですけど――」

 後輩らしき男が先輩らしき相手に話している内容は小声だったけどしっかりと俺の耳に届いていた。地獄耳でよかったと生まれて初めて思った。
 
「マジかよ?」
「上野本人からも聞いたし、新婦側の友人のほうからも得た情報なんでマジです」 
「うわぁ、修羅場だなー」
「修羅場なんてもんじゃないですよ。きっと地獄絵図ですよ」
「てかさ、神戸さん今フリーってことじゃん。狙っちゃおうかな……すっげえタイプなんだけど。あの泣きボクロめっちゃセクシーじゃね?」
「え、待ってくださいよ。自分も神戸さんいいなって思ってて」
「年功序列だろ」

 彼らの声が遠ざかっていく。
 後輩の方は納得いってないようで『ずるいっすよ』と小さく聞こえてきた。
 なんだかすげえもやもやする。
 傷心中であろう彼女につけ込もうとする輩になんて手出しされてたまるか。
 俺は固い決意をしてトイレから出た。
 
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Date:2015/09/18
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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