空色なキモチ

□ 思い出のヘニョロロ □

思い出のヘニョロロ 1

第一話

そんなのアリ?




 後輩が結婚することになった。
 二度言おう、後輩が結婚することになった。

 私の席の斜め前、パソコンのモニター越しに隣の男……もとい男性社員と仲睦まじそうに話すふわふわの茶色の髪の子。
 そいつ、もといその男性社員があなたの相手じゃないだろうとツッコミたくなるくらい寄り添って小声でひそひそ話す様はそちらのメンズ……もとい男性社員に気を持たせる行為に値するんじゃないかと思うのだけどキィィィ。


「りるはせんぱぁい。ワタシ、結婚することになったんですぅ」

 舌っ足らずの甘ったるい声でそう告げられたのはほんの数日前のこと。
 ろくに仕事もできない後輩が片っ端から味見よろしくいろんな男を渡り歩いているのは噂に聞いていた。それでも結婚できるってすごいことだなオイと心の中でひとりノリツッコミ。
 後輩は二十四歳、今年で入社三年目でうちの課では一番の若手。まさか先を越されようとは。
 まあ私にだって結婚を考えてる彼氏はいるんだけどっ。
 いきなりの報告にかなり痛めのジャブを食らったと思いきや、その後まさかノックアウトされることになろうとは思いもしなかった。

「で、相手は?」
「えーっ、今聞いちゃいますぅ?」

 口元に両手をグーの状態にしてくねくねする後輩。
 昔で言うぶりっこポーズってやつなんだろうけど。
 聞いてほしいんだろとつっこめば余計喜ばすに違いないのであえてしなかった。めんどくさいことこの上ない。
 背の低い後輩がそそっと私に寄り添って、わざとらしく背伸びをしながら『小さいワタシってカワイイ』アピールをしつつ耳打ちしてきた。

「営業三課の、上野義隆さんでーす」

 ……?
 あれ、それって現在進行形で私の彼氏の名前なんだけど?
 あれ、うちの社に同姓同名なんていたか?
 入社してから人事部に配属されて早六年。本社の社員の名前ならほぼ把握しているであろう私にぬかりがあったのだろうか。
 頭の中で社員名簿をぱらぱらめくるけど、同姓同名の社員なんて影も形も、ない。
 
 ニッコニコと音がしそうな満面の笑みを向ける後輩を見て、私は一瞬目の前が真っ暗になった。


**


 リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン……

 教会の鐘の音が延髄に直接刺激を与えてるんじゃないかと思うくらい響く。
 そんな私を置き去りにし、最高の笑みを浮かべた後輩とやや硬い表情の男が教会から登場してきていた。
 
「りるは、顔死んでるよ」
「あ、そう」
「笑顔でなんて無理な話だな」

 ぽんぽんと肩を叩いたのは明らかな同情を浮かべる同期の千鶴子。
 一緒に人事課に所属され、それなりにつきあいも長い。
 プライベートでも親しくしてくれている心強い味方なんだけど、すでに人妻である。キィィ。

「たまたまヤったらデキちゃいましたってさぁ……そりゃないよね」
「そりゃないよ」
「何度も言うようだけど美奈の確信犯なんじゃないの?」

 美奈、というのがふわふわ髪の今日の主役の神父、じゃなく新婦で元後輩の名前。今日は自慢のその髪をアップにさせていてふわふわしてないけど。
 もちろん隣に立っているのは私の元彼で、結婚を考えていた上野義隆。
 問い詰めはしたけど妊娠させてしまっているのだから私に勝ち目はない。だけど今までつきあっていた丸三年を返せと言いたい。いや言った。そしてグーで殴ってやった。
 二十八の適齢期にまさか男に捨てられるとは思ってもみなかった。
 訴えてやろうかと思ったけど、私と義隆の間に現実的な結婚の話が持ち上がっていたかと言えばそんなことはなかった。
 つきあいはじめの時「いつかできたらいいね」といった口約束的なものはあった(と思う)けど、明確な証拠はない。
 そういう時は一筆書かせておくべきなんだと口々に言われ、しかもそれだけでは終わらなかった。
 K大卒の高身長でがっしりタイプのイケメン。こんな有料物件なかなかいないんだからほかの女が寄ってこない訳ない。さっさと結婚しろと忠告していただろうと傷口に粗塩を塗られまくる始末。
 
 一番痛手を被っているのは私のはずなのに……みーんなみんな優しくない。
 だってさぁ、そんなの書かせたら結婚迫ってるみたいじゃん。そんなのいやじゃん。って、もうなにもかも後の祭りなんだけどさぁ……。

「なんつーのかね? りるはと美奈ってサオキョウダイっていうことになんの? それともアナシマイ?」
「……一生の不覚、生涯の汚点ンンンンッ!」
「遠く離れた見知らぬ女ならまだしも同じ部署の斜め前の席のしかも後輩は、ナイわ~」
「りるは先輩、もっと前に来てくださーい!」

 後輩美奈の甘い声で我に返ると、どうやらブーケトスの時間らしい。
 私と千鶴子がこんな会話を繰り広げてるとも知らずに脳天気な元凶は自分が一番幸せですよって笑顔を大っぴらに振りまいている。
 気づけば独身女性がここぞとばかりに前に出て幸せのおこぼれをゲットしようと血眼で躍起になっているようだ。ここは戦場なのか?
 いや確かに独身ではあるけど美奈のブーケをほしいとも思わない。
 その隣の新郎は堅い表情のままわかりやすーく目を泳がせる。
 そりゃ迷惑でしょうね。元カノが自分の結婚式に参列して居心地悪かろうに。私だって出たくなかったわ。だけどしょうがないじゃん、皆がしつこく誘うんだもん。
 断ったって周りの社員(特に男性な)に「美奈ちゃん、泣きながら頼んでるじゃないですか」なんて言われたら行くしかないじゃん。
 早くしろよと言わんばかりの参列者の視線。特に独身女性からのものはかなり痛い。
 いらねーよとも言えずすごすご前に出る。とりあえず独身女性の輪の一番後ろにポジション取りしてみた。心の中で軽く舌打ちしながらね。

『次はりるは先輩の番ですよっ。ワタシ先輩に向かってブーケ投げますからっ』

 確か美奈が退職する直前にそんなことを言われた気がする。
 ありがた迷惑この上ないんだけど、ひきつった笑いしか浮かべられなかった自分が情けない。
 本当かどうか定かじゃないけど、美奈は私と義隆がつきあっていることを知らなかったのだ。そして今現在も知らない。言ってない。今更そんなことを知って母胎に悪影響を与えても困るし。
 
「それでは新婦のブーケトスです」

 こっちに背中を向けた美奈が大きくブーケを投げたのと同時にわあっと大きな歓声が巻き起こる。
 綺麗な空の青の中に逆光で黒く見えるブーケが一直線にこっちに向かってくるよ。やだよやめてよ。
 心の中でわたわたしながらも私はとっさにすっと上半身だけ右にずらしていた。
 私の後ろでぽすっと音がして、同時に「はあっ?」と驚きの低い声。
 ちらっと振り返るとあれま、高身長の素敵な男性の胸元にそれはすっぽりと収まっている。なんだかとっても似合うじゃないの。
 えーっと独身女性から大きなブーイングが起こっているけど、素知らぬ顔で「おめでとうございまーす」と残してそそくさと千鶴子の元へ戻ったのだった。

 ひきつった表情のあの男の人、結構かっこ良さそうだったなあ。あんまりガン見したら悪いからさらっとしか見なかったけど。
 

 披露宴では初っぱなから飲みまくりましたよ、ええ。
 シャンパンとワインを交互交互に。頼めばいくらでも出してくれるからありがたい。ちゃんぽんしまくって味なんか覚えてませんけどなにか?
 ケーキカットの時には新郎新婦の近くに集まって写真を撮ろうとする女性もたくさんいたけどもちろん一歩も立ったりしない。それは隣の千鶴子も一緒でうちらは親戚のおじさんばりにけたけた笑いながら酒を酌み交わしていた。
 もちろんキャンドルサービスの時はさすがにスルーする事もできなくて火の先端だけを見て拍手くらいはしてやった。千鶴子は一応おつきあいでスマホで写真を納めていたけど。
 運悪く私と千鶴子の間が新郎新婦の立ち位置だった。
 しかも私の方に義隆が立つ。澄ました顔して腹が立ったから、思い切り足を踏んづけてやろうかと思ったけどやめておいた。さすがにプライドが許さなかった。

「――あ」

 去り際にふわりと、嗅ぎ慣れた義隆の匂い。
 それだけで自然に掠れた声を上げ、涙が浮かびそうになる。
 慌ててグラスを手にとって、シャンパンを一気に口の中に流し込んだ。
 

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Date:2015/08/07
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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