空色なキモチ

□ ○○の日 □

4月14日 オレンジデー

4月14日 オレンジデー

すれ違う思い

《幼馴染・中学生》




 翌日。
 いつもより早く目覚めてしまい、カーテンの隙間から覗く日差しでもう夜が明けたことに気づいた。
 布団を出ても寒さを感じないようになったなと思いながらカーテンを開けると、家の前でジャージ姿の直樹がストレッチをしているのが見えた。
 これからジョギングか。あ、もしかして話すチャンス?
 思い立ったらいてもたってもいられなくて、パジャマにカーディガンを羽織って部屋を飛び出していた。

 だけど、玄関の扉を開けた頃にはそこに直樹の姿はなかった。

 わたしの吐く息がわずかに白く、すぐに消えてゆく。
 外の風はまだ冷たくてなんとなく不安な気持ちを煽られたようだった。
 なんとなくこのタイミングで間違いを正せなかったことがまずいことなんじゃないかという漠然とした心許なさを感じずにいられなかったんだ。


**


 学校で会えば話ができると思っていたけどそうでもなかった。
 休み時間はお互いの友達と話しているし、そういう時に近づいたら他の男子にはやし立てられる気がする。美百合ちゃんの視線も気になるし。
 もともと学校でむやみやたらに接触するのを避けていたところもあるから家に帰ったらでいいか、と思っていた。

 四時間目の終わりのチャイムが鳴った。
 今日は土曜で午前中授業。今週はこれで終わりだとみんな浮き足だってあわただしく教科書とノートを鞄にしまっている。もちろんわたしもだ。

「英語係ふたりでこのテキスト運んでくれ。誰だっけ?」

 教卓の上にでんと積まれたテキストの山の一番上を先生がばんばんと叩いて示す。結構な量だ。
 一瞬しんと静まり、すっと手を挙げたのは美百合ちゃん。
 
「岡田と……男子は?」
「今日は休みです」

 美百合ちゃんが申し訳なさそうな小声で告げると、先生が「困ったな」とぼそっとこぼす。美百合ちゃんはなにも悪くないのに。
 
「男子誰かひとり手伝ってやってくれ」
「はい」

 意外にもすっと立ち上がったのは直樹だった。
 少しだけ教室内がざわめき、小さな声ではやし立てるようなのも聞こえる。わたしの胸もわずかにざわめいていた。

「お、助かるよ。帰りのホームルーム後でいいから頼むな」

 ひらひらと手を振りながら先生が教室を出ていった後、ざわっと教室内が騒がしくなった。
 一週間の授業が終わった喜びもあるし、直樹が美百合ちゃんの手伝いを買って出たこともあるはず。
 とりあえず担任が来る前にと教卓の上のテキストを先生用のサブテーブルに移そうとする美百合ちゃん。それを見た直樹がすぐに近づいて手伝いはじめた。

「ありがとう、直樹くん。部活いいの?」
「部活の前にメシ食うから平気」
「ご飯の時間なくなっちゃわない?」

 一見心配そうな美百合ちゃん、だけどとってもうれしそうな顔をしている。
 まさか直樹が名乗り出るとは思っていなかったんだろう。わたしもそう思ってたもん。
 直樹は美百合ちゃんのアプローチに気づいていたんじゃなかったのかな。だから美百合ちゃんが言い寄っても素っ気ない態度で接してたのかと思っていた。

 それは、直樹が美百合ちゃんのことを恋愛感情で見ていないから。

 つい最近ようやくそう思えるようになっていた。
 それはバレンタインの日、ハルくんとヒロくんが仕組んだサプライズがあったから。
 だけど今日の直樹を見ると一気に不安な気持ちがわたしの心をトゲトゲのパッケージで包み込んだ。
 胸の辺りがちくちくして痛い。
 なんでこんな気持ちにならないといけないんだろう……不安になることなんかないはずなのに。

 わたしが直樹のことを気になっているように、直樹だってわたしのことを少なからず考えてくれている。それはバレンタインの日にわかったじゃない。

 自分にそう言い聞かせる。それはもう必死で。
 だけど直樹が美百合ちゃんへ向ける表情が今までと違う優しいものに見えて、不安というよりも恐れに近いものになっていた。 

 ホームルームが終わると同時にみんな教室を出ていく。
 教卓の前でどのくらいずつテキストを持つか話し合っている直樹と美百合ちゃんに向かって大声で「頑張れよ」と声をかけていく男子。その声すら煩わしく感じてしまう。彼らはなにも悪くないのに。
 同じバレー部のメンバーは「先に飯食ってるぞ」と直樹に声をかけてから教室を出ていった。
 土曜日は午前中授業だから部活のある生徒はみんな弁当を持参していてどこかで一緒に食べているんだろう。

「直樹くん、ごめんね」
「別に謝ることじゃないし」
「そっか、そうだよね。ありがとう」

 満面の笑みの美百合ちゃん。
 その横顔がとってもきれいで、はっきり自覚した。
 
 わたし、美百合ちゃんに嫉妬してるんだって。

 並んで歩くふたりの距離が少し近いような気がする。
 今日は直樹と話す時間はなさそう。
 その背中を横目で見送りながらわたしはゆっくりと教室を出た。


**


 春の風が心地よくて部屋の窓を少しだけ開けていた。
 昼食を食べ終え、ベッドに寝っ転がって本を読もうとしていたのにうとうとしちゃったみたいで外で誰かが話をしている声で目が覚めた。

「大丈夫?」
「大したことない」

 聞き覚えのある心配そうな女の子声と、聞き間違いようのない直樹の声。
 がばっと起きあがって窓から外を覗く。

「――なんで?」

 ここに美百合ちゃんがいるの?
 しかも直樹に寄り添うようにして歩いてる。その手には直樹の鞄まで。
 
「おかえり、やっぱり迎えに行けばよかったな」

 玄関からヒロくんが出てきて白い門を開けると、美百合ちゃんがぺこっと頭を下げる。

「大したことないって。ひとりで帰れるって言ったのに」
「だって心配で……ごめんなさい」

 ここからだとなんとか会話が拾える程度だ。
 門の中に入ろうとする直樹が軽く右足を引きずっているように見える。もしかして捻挫でもしたのかも。
 ヒロくんが美百合ちゃんから鞄を受け取ってお礼を言っているようだ。
 美百合ちゃんが首を横に振っている……あ、直樹の家の中に入って行っちゃった。
 ヒロくんが中でお茶でもとか言ったのかもしれない。よく聞こえなかった。
 時計を見るとまだ十三時半。
 部活をしてきたとは思えない早い帰宅、それに美百合ちゃんがいるのはもしかしてあの後すぐに怪我をしたってことなのかもしれない。

 直樹の家の閉まった扉をぼんやりと見つめたままわたしはしばらく動くことができなかった。


** 


 夕方庭の水をまいていた直樹のお母さんから事情を聞いた。
 教務室にノートを運ぶ途中、階段を踏み外した美百合ちゃんを庇った直樹が軽く足首を捻挫をしたと。

「あの子もなかなかすみに置けないわよね」

 おばさんはなんだかうれしそうに笑っていた。
 わたしは合わせるようにへらへらと作り物の笑みを張り付けて「そうだね」としか返せなかった。
 直樹が美百合ちゃんを庇った。
 もし美百合ちゃんがわたしだったとしても直樹は同じように助けてくれたかな。助けてくれるよね。


 夕食を終え、ぼんやりとリビングでテレビを見ていたらお母さんが隣に座ってきた。

「明日はオレンジデーかあ」
「オレンジデー?」
「あら、今のニュース見てなかったの?」

 流しっぱなしになっていた夕方のニュースの画面をお母さんが指さす。

「二月十四日のバレンタインデーに愛の告白をし、三月十四日のホワイトデーにお返しをもらった一月後の明日、四月十四日は二人の愛情を確かなものにする日です……」

 はきはきとした笑顔のアナウンサーがオレンジデーの説明をしていた。
 オレンジ色のプレゼントを持って相手を訪問するのがしきたりになっているようだけどバレンタインやホワイトデーのように誰もが知っているようなメジャーな日ではないようだ。

「――お母さん、オレンジのフェルトあったよね」
「?」

 縫い物は正直得意じゃない。
 だけど気持ちがこもってれば絶対届くよね。
 直樹からもらったシュシュで髪を結び、裁縫道具を持ってリビングへ慌てて戻った。


 その翌日。
 寝不足の頭をふりふりしながら早起きした。
 足を捻挫しているって言ってたし、今日はジョギングに行かないとは思ったけどもしかして習慣で早起きをしてるかもしれない。
 走れなくても軽いストレッチくらいはするかもなと思って山を張ったのが正解で、眠そうにあくびをしながらジャージ姿の直樹が玄関から出てくる。
 部屋の窓からそれを見ていたわたしはなるべく物音をたてないようにして階段を下りた。

 手の中にはオレンジのTシャツの形をしたお守り。
 家の中学のバレー部は紺色のユニホームにオレンジ色の背番号がついているんだけど、あえてそれを逆にして作ってみた。オレンジデーだからそっちをメインにしないとね。
 いきなり思いついたものだったけどオレンジ色のTシャツに紺色で直樹の背番号『10』を縫いつけてみたら結構マッチしていた。本当のユニホームには学校名しか入っていないけど、あえて『NAOKI』と背番号の上に入れちゃったりして。
 練習でも怪我をしないようにと祈りを込めて縫った。
 我ながらうまくできたと思うし、直樹だって喜んでくれるはずだよね。

「なお――」
「昨日はごめんね。これ、ポストの中に入れて帰ろうと思ってたんだけど……」

 玄関を開けて目に入ったのは、直樹と美百合ちゃんの姿。
 直樹の家の前で向かい合ったふたりは恥ずかしそうに俯きあっている。
 美百合ちゃんは直樹に何かを手渡していて、それを受け取って開けるのをわたしは扉に隠れたまま見つめていた。

「わ、かっこいい」
「昨日手首も痛めてたでしょ? よかったら使ってほしいなって思って。あと湿布も」

 直樹の手首にはオレンジ色に紺色の線が入ったブランドもののリストバンド。

「これバレー部のユニホームの色に似てるなって思って」
「うん、そうだな」
「直樹くんが気に入ってくれてよかった」

 照れくさそうに笑いあうふたりが朝日に包まれてより一層輝いて見えた。
 お似合い以外の言葉が見つからない。
 美百合ちゃんもオレンジデーを意識してそれを選んだのかもしれない。
 そう思ったらわたしの即席で作ったお守りなんてゴミ以下だ。

 透明のラッピング袋で包んだ不要のお守りをぎゅっと握りしめて音を立てないよう静かに扉を閉めた。

 
 【おわり】




オレンジデー

愛媛県の柑橘類生産農家が1994年に制定。
2月14日の「バレンタインデー」で愛を告白し、3月14日の「ホワイトデー」でその返礼をした後で、その二人の愛情を確かなものとする日。オレンジ(またはオレンジ色のプレゼント)を持って相手を訪問する。
欧米では、オレンジが多産であることから繁栄のシンボルとされ、花嫁がオレンジの花を飾る風習があり、オレンジは結婚と関係の深いものとなっている。(今日は何の日~毎日が記念日~より一部抜粋)


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Date:2015/07/07
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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