空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第3章 第39夜


「――――あ」

 
 気がついたら三浦さんの家のリビングのソファで横になっていた。
 身体には毛布がかけられて……。

 向かい合わせに置かれたソファに三浦さんも眠っている。
 テーブルの上にはビールの缶とわたしが飲んだチューハイの缶が乱雑に置いてあった。
 部屋の電気は落されていて、部屋の隅に置かれたオシャレな黒のライトだけつけられている。


 そっか、あれから三浦さんの家に来て飲んで……それから記憶がない。

 服の乱れはない。よかった……記憶がないから何をしていても不思議じゃない。
 自分が見境なく絡んでそういうことになっていてもおかしくない。
 もちろん三浦さんがわたしに何かをするだなんてことはこれっぽっちも思っていない。


 壁にかけられた時計を見ると、一時になろうとしていた。
 ああ、もう日が変わってしまった……どうしよう。
 家に帰っても翔吾さんがいる。かといってずっと逃げ続けるわけにもいかないこともわかっている。

 いつかはちゃんと話さないといけないんだ。

 海原さんとのこと、そして別れ――


 考えたら自然に涙が出てきた。
 ずっと我慢してたのに、こんなにすぐに出ちゃうなんて……。
 
 三浦さんといる間、ずっと考えないようにしていた。翔吾さんとのこと。
 でも改めて考えるとこんなに辛いなんて。
 最初からほっといてくれればこんなに好きにならずにすんだのに……。
 ぼたぼたと流れ落ちる涙を両手の甲で拭うけど拭いきれない。


「風間ちゃん……泣いてるの?」


 気がつくと三浦さんが少しだけ上半身を起こしてこっちを見ていた。
 慌てて涙を拭って首を振る。


「いえ、泣いてないですよ。すみません、起こしちゃいました?」

「雨宮のことで泣いてるの?」

「え? 違いますよー泣いてなんてないです」


 俯いて顔を見せないよう笑ってみせる。
 今のわたしにはそれがせいいっぱい。眠いフリして目許を擦ってごまかす。


「雨宮なんてやめてさ、オレにしない?」


 暗めの部屋に、三浦さんの声が妙に反響して聞こえた。






「……え?」

 
 意味がわからなくて訊き返す。訊き間違いだったら恥ずかしい。
 翔吾さんをやめて三浦さんにしないって聞こえたから。幻聴かもしれない。


「オレなら風間ちゃんをそんなふうに泣かせたりしない。今すぐ返事がほしいなんて言わないから、真剣に考えてみて」


 ――幻聴じゃ、なかった。
 三浦さんの表情は至って真面目で、わたしを真剣な眼差しで見つめていた。

 嘘……なんで……? わからない。三浦さんがわたしを?

 フッと三浦さんの表情が緩む。
 

「そんな困った顔しないで」

「あ……だって」

「風間ちゃんはオレの気持ち気づいてないと思ってたけど、本当に全然気づいていなかったって改めてわかった。少しショックかも」


 くくっと声を殺して三浦さんが笑う。

 ショックかも? と言いつつ楽しげに笑っているのはなぜ?
 それよりもなんでわたしなの? 営業部にはもっといい人がたくさんいるのに!


「あ……電話」


 急に三浦さんがソファの隙間から携帯を取り出して出た。
 こんな時間に電話? もう真夜中なのに……。


「あー……来たの? わざわざ来なくても……ああ、わかったよ。開けるから怒鳴んなって」


 めんどくさそうな顔をして三浦さんが頭をかき乱している。
 来たの? 誰かがここに? しかも怒鳴るって……?


「雨宮が来た」

「――!!」


 なんで翔吾さんがここに? わたしと三浦さんが一緒にいることを知ってるの?
 ああ、頭がぼんやりしていて回らない。
 逃げたい、けどこのまま逃げ続けられるわけないんだ……ちゃんと話し合わないといけないから。






 強張った表情で翔吾さんが三浦さんの部屋に上がりこんできた。

 ソファから立ち上がって少し俯くと、翔吾さんがすごい勢いでこっちに歩み寄ってくる。
 わたしの目の前に立ちはだかって止まった。


「なんで三浦さんと一緒なの?」


 頭の上からいつもよりさらに低いバリトンボイスが聞こえてきた。
 怒ってる――すぐにわかった。


「おい、雨宮」

「なんで三浦さんと一緒なのか訊いてるんだ!」


 翔吾さんの怒鳴り声。初めて聞いた。
 ベランダの窓がびりりと震えたのがわかるくらい。


「急用ってこれ? これが急用なの? 俺を見ろよ」


 グッと両肩を掴まれて揺すられる。
 翔吾さんは怒りを押さえようとしてるようだった。
 けど、その掠れた声がわたしの恐怖心を助長させているのに彼は気づいていない。

 頭がぐらぐらする、そんなふうにされたら言い訳するにも考えがまとまらない。
 やめて……やめて……もうこれ以上……。


「やめろって! 雨宮!」

「三浦さんは黙っててください! 今……」

「いい加減にしろ! 風間ちゃんを責めるな!」


 急に部屋がシンと静まる。

 三浦さんが止めてくれたおかげで翔吾さんの動きがぴたりと止んだ。
 だけどわたしの両肩を強く掴む手は少しも緩まらない。


「オレが無理に誘ったんだって。風間ちゃんは何も悪くないんだから責めるならオレだろ?」

「違……」

「帰ろう」


 冷えた翔吾さんの大きな手がわたしの右手を握る。
 夜の寒い中、わたしを迎えに来たからこんなにも冷たくなって……。


「待て、こんな状態でおまえと風間ちゃんをふたりになんかできない」


 三浦さんがわたしと翔吾さんの前に立ちはだかる。
 いつも三浦さんに対して絶対服従の意思を示している翔吾さんが鋭い目つきで睨み返していた。


「これは俺と彼女の問題ですから」

「そんなに怯えてる彼女を、はいそうですかって渡せるか、バカ」


 怖い表情で翔吾さんがわたしの方を振り返った。
 “えっ?”と驚いた目をしてわたしの顔をまじまじと見つめる。

 
「泣いたの? どうして?」


 ふわりと両手で頬を包まれる。冷たい指先がひんやりとわたしの火照った頬と目許を冷やしてくれる。
 心地いい、不謹慎にもそう思ってしまった。


「なんでひとりで泣く? 泣くなら俺の前でだろ?」


 ぎゅうっと抱き寄せられて身体が強張る。
 胸の奥がざわざわして、苦しいくらいに鼓動が早まっていく。


「しょ……ごさ……」

「うん?」

「終わりに……したい、の」


 ビクリ、と翔吾さんの身体が反応した。

 抱きしめられる腕の力が強まったと同時に、わたしの右の頭の上辺りで翔吾さんの顔が揺れるのがわかる。
 首を、振っている? 柔らかい翔吾さんの前髪がわたしの顔をくすぐった。


「いやだ……っ」


 掠れた声とともに身体の震えが伝わってくる。

 身体を引き剥がそうとしてもさらに強い力で抱きこまれてしまう。
 苦しくて手を翔吾さんの背にまわし、タップするけど無意味だった。
 さらにその力が強まるだけ。


「い……たい……力抜いて……」

「絶対別れない……」

「翔吾さん……痛い」

「じゃあ撤回しろ。今の言葉全部……そうじゃなきゃ……」


 そうじゃなきゃ、何?
 わたしだって……いやなのに……それなのに……。






『今、妊娠三ヶ月なの』
 
 
 海原さんのうれしそうな声、そして表情。


『妊娠三ヶ月なんです』


 ふすまの向こうで聞こえた、あの人の泣き声……。
 ふたつがわたしの頭の中でリフレインし続ける。


 ぐるぐるぐるぐるまわってる。

 あの時の感情、暑いのに冷えた手と汗。
 からからの喉、母の泣き声。割れる湯飲み……そして――






「いやああああああああ!!」


 我知らず大声で叫んで、いた。



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Date:2013/02/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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