空色なキモチ

□ ○○の日 □

4月10日 嫉妬の日

4月10日 嫉妬の日

嫉妬したのは誰?

《幼馴染・中学生》




 新学期が始まり、中学二年生になった。
 クラス替えはなく、教室の場所と担任の先生だけが替わっただけ。周りは同じ顔ぶれだし一年の延長って感じ。
 だけど新入生を見るとわたしも先輩になったんだなって思う。
 制服が大きくて着せられている感のある一年生が緊張した面もちで校門から入ってくる姿を見るとなんとなくほっこりした気持ちになる。一年前の自分もそうだったのかな。

「瑠璃、今日の学校終わった後時間ある?」

 自分の席で頬杖をついて外をぼんやり眺めていたら鈴花に声をかけられた。

「うん、あるよ」
「よかった。急な話なんだけどクラスの親睦を深めるためにお茶会をしないって誘われたの。瑠璃も行けたらなって」
「お茶会?」
「うん。着替えて十五時に駅前集合だって。ちなみに女子だけの会。よろしくね」

 話している途中でチャイムが鳴って、慌てて鈴花が席に戻って行った。 
 クラスの親睦って一年の時とメンツは替わらないのに変な感じだけど、今までそんなに話していなかった子と仲良くするチャンスかもしれないし女子だけだから気楽に参加できそう。
 そうだ、ホワイトデーに直樹からもらったシュシュをつけて行こう。
 直樹からもらったって言わなければいいし、つけるきっかけがなかったからちょうどいい。今日はあったかいし、ポニーテールにしてあのシュシュをつけようっと。 
 そう決めたらなんだか放課後の約束がもっと楽しみになっていた。


 帰り、いつもより急ぎ気味に下駄箱で靴を履きかえていると体操服に着替えた直樹が通りがかった。

「急いで転ぶなよ」
「うん、部活がんばってね」
「ランニングたりいんだよな」

 首の後ろをかったるそうにさすってる。
 朝も走って部活でも走ってる。文句を言いながらも直樹はいつも一生懸命だ。

「今日なんかあるのか?」
「あ、うん。女子だけで親睦会っていうか、お茶しに行くの」
「へえ、楽しそうじゃん」

 校庭で直樹を呼ぶ声が聞こえ、「やべっ」と小さくつぶやいて飛び出して行く。
 その背中が逆光のせいなのかやけに大きく見えた。
 

**


 家に帰って早速出かける準備をする。
 いつも学校に行く時は髪を下ろしてるから結わいていたらびっくりされるかなとかいろいろ考えてたらひとりでわくわくしちゃってる。
 紺のパーカーワンピに赤のソックスと黒のスニーカーと直樹からもらったパールピンクのシュシュ。
 鞄は直樹のおじさんとハルくんヒロくんがホワイトデーにくれたピンクに白のドットのリュックにすることにした。
 三人でお金を出しあって買ってくれたというリュックは『ショッキングピーチ』というピンク色を主体とした人気ブランドのもの。クラスの女子がショッキングピーチの筆箱を持っていてみんなでうらやましがっていた。そのブランドが出しているリュックだったからもらった時は驚きと喜びが同時に押し寄せた。

「直樹も一緒に買うか聞いたんだけどあいつすぐに断ったんだよね」
「個別に渡したかったんだろ?」

 リュックを渡しに来てくれたハルくんとヒロくんが口々にそう言うものだから、わたしの顔は瞬間湯沸かし器のようにすぐに熱くなった。
 ショッキングピーチのリュック、かわいくて本当にうれしい。
 でも直樹からもらったシュシュが手の中にあるだけで顔がにやけちゃうから、やっぱりわたしの中ではこれが一番大事なものになっているんだ。


**


「おまたせ」

 駅に着くと券売機の横の柱のところに見知った顔がたくさんあった。
 やっぱりあんまり話したことのない子も何人かいる。今日はたくさんお話しようとうきうきしてきた。

「瑠璃かわいい。それショッキングピーチの新作でしょ?」

 一番はじめに気づいてくれたのが鈴花だった。
 うん、とうなずくと他の女子達も「見せて見せて」とわたしを囲いだす。 
 照れくさいけどうらやましがられているのは正直うれしかった。
 みんなに見えるよう背中を向けると口々に「いいな」とか「かわいい」と言われてテンション上がっちゃう。

「あ、そのシュシュもかわいい」

 鈴花にそう言われ、気づいてもらえたと胸が弾んだ。
 一番見てもらいたかったしその言葉がほしかったからうれしくて満面の笑顔で振り返った時。

「ごめんなさい、おまたせ」

 少し遅れてきた美百合ちゃんにみんなの視線が向けられる。
 わたしもその姿を見た瞬間、ひゅっと音を立てるくらい勢いよく息を呑んでしまっていた。
 美百合ちゃんの長い髪は右サイドにまとめられ、わたしと同じパールピンクのシュシュで結ばれていたから。

「瑠璃ちゃんとお揃いだ」

 ニコッと花が咲くようなふんわりとした優しげな笑みを見せる美百合ちゃん。
 自分の髪を飾るシュシュを愛おしげに触れるその仕草はいつも以上に大人っぽく見えた。
 美百合ちゃんはわたしとお揃いなことに少しだけ驚いていたけど、なんだかとてもうれしそうだ。

「これ、バレンタインのお返しにもらったの。一番似合うって言われて」
「うん、美百合によく似合ってるよ」
「でしょ? ありがとう。瑠璃ちゃんも似合ってるよね」

 みんなが話している会話がフィルターを通しているかのように遠くのものに聞こえてくる。
 美百合ちゃんもバレンタインのお返しでもらったって……そんな偶然ってあるの?

「誰にもらったの?」
「それは秘密」

 ふいに誰かに問われ、艶やかな唇に人差し指を当ててにっこりと微笑む美百合ちゃんを見て、なぜか『負けた』と思った。
 なんの勝負なのかなんてわからない。
 だけど確実にわたしよりも美百合ちゃんのほうが似合っている。そう思ったらなんだか胸がざわめいて落ち着かない。このシュシュをつけてこなければよかったと後悔までしていた。
 みんなに見せたかったのにっていう気持ちは空気の抜けた風船みたいに一気にしぼんだし、自慢げにつけてきたから罰が当たったのかもしれない。
 美百合ちゃんはお揃いでもうれしそうにしてくれているのにわたしだけこんな嫌な気持ちになってるなんて……すごくみっともなくて心が狭い人間だと思った。
 

**


 みんなで飲んだお茶の味なんて全然わからなかった。
 なんとなく会話に入り、適当に相づちを打っていて話の内容がさっぱり頭に入ってこなかった。
 みんなと別れた後も、わたしの心の中はさっきの美百合ちゃんへの質問の答えを必死で探していた。

 そのシュシュ、誰にもらったの?

 考えてもわかるわけないのに、なぜか頭から離れてくれなくて。
 全く同じシュシュなんてあのお店で買ったとしか思えないし、わたしの思考は悪い方にしか進まなかった。
 もしかして、直樹にもらったの?
 そんなはずはない。だって直樹は美百合ちゃんのチョコを断っていた。
 わたしの目の前で電話していたんだから間違いはない。疑いようがない。それなのにわたしは完全にその思いを消し去ることができずにいた。
 
 ぐるぐるぐるぐる。
 まとまらない思考が同じ結論を突きつけてくる。 
 
 本当は美百合ちゃんにチョコをもらったのかもしれない。 
 お礼のシュシュはどんなのがいいかわからなかったからわたしに選ばせたのかも。
 直樹が本当に好きなのは――

 そこまで来ると脳が否定して『もういい』の判断を下す。
 それ以上考えたくない、考えなくてもいい。
 直樹が誰を好きかより、直樹を信じきれない自分が一番許せなくて涙が溢れ出す。
 こんなに嫉妬にまみれたわたしはとってもひどい人間だ。

 後ろから照らされた夕日でわたしの影が地面に長く映し出される。
 細長く伸びるその影が潤んだ視界で白っぽく見え、ゆらりと揺れた。

 この影とわたしの心は同じくらい黒い。

「――瑠璃ちゃん?」

 名前を呼ばれたのと同時に一つの影が重なって二つになった。
 わたしの前から近づいてくるその影は少し大きなもので、声も男の子のもの。わたしをちゃんづけで呼んだのは……

「雄吾、くん?」
「どうしたの?」

 顔を上げるとわたしを見た雄吾くんがぎょっとした表情になった。
 慌てて手で顔を隠しながら涙を拭って「なんでもない」と繰り返しながら笑ってみせる。

「驚かしちゃってごめんね」

 涙がすっかり止まった頃、そう謝ると雄吾くんはううんと首を横に振ってくれた。
 だけどその顔は未だに驚きを隠せないといった感じ。
 雄吾くんが「送っていく」と言ってくれて一度はいいと断ったもののなぜかわたしの横を並んで歩いてくれているのでそれ以上固辞はしなかった。
 涙の理由を聞かず、本屋の帰り道だったとか、新しい担任は少し気むずかしそうだし若い女の先生がよかったとか楽しい話題を振って笑わせてくれる雄吾くんには心から感謝だ。
 
「それ……」
 
 雄吾くんが思い出したかのようにわたしの頭を指差す。
 それってシュシュのことだろうか。首を傾げて雄吾くんを見ると、目だけで上を見るようにして何かを考えている。

「ははぁ、そういうことか」

 うんうんとうなずきながら雄吾くんが苦笑いを浮かべた。

「それさ、直樹にもらったんでしょ?」
「な、なんで?」
「直樹がそれを買ってるの見たから」

 え、どういうこと? 
 だってあの日、わたしも近くにいたのに雄吾くんの姿を見なかった。
 確かに直樹がこのシュシュを買っている時にそばにはいなかったけど。

「瑠璃ちゃんがなんで泣いてたのかもわかっちゃった。結構勘が鋭いほうなんだよね、おれ」

 わたしがぐっと息を詰める音が脳に大きく響いた。
 もしかして聞こえてしまったかもしれないけど、雄吾くんは悠然として前を向きながら歩き出す。

「みゆが同じものつけてたから」
「なっ、」
「みゆが直樹からもらったんじゃないかって疑っちゃったんでしょ」
 
 振り返ってニコッと笑う雄吾くんを見て、かっと顔が熱くなった。
 わたしってそんなにわかりやすいのかな。でもなんですぐにわかっちゃったんだろう。
 くつくつと笑う雄吾くん。それにちょっとだけ腹が立って唇を尖らせてみせるとさらに笑われた。

「瑠璃ちゃんが心配することなんにもないよ。だってあれはおれがみゆに買ったものだから」
「――え?」

 ますます訳が分からなくてプチパニック寸前になってしまう。
 なんで? 直樹がこのシュシュを買ったのを見たって言うし、ただの偶然とは思えないよ。

「あの日、直樹がそのシュシュを選んでいるのを見てたんだけど直樹は選ぶのに夢中でおれら……おれとみゆの存在に気づいてなかった」

 美百合ちゃんもあの場所にいたの?
 入り口付近の文房具コーナーにいたわたしが全く気づかないんだから直樹が気づかないのも無理ないかもしれない。あの店は広いし混んでいたから。

「みゆにバレンタインのお返しを買いに来たんだけどまさか直樹がいるとは思わなかったよ。で、直樹がレジに持って行ったシュシュと同じものをみゆが手にして『これがいい』って、わけ。おかげで先月の小遣いスッカラカン」

 そこまで奮発するつもりなかったとやや恨めしそうな表情をして雄吾くんがわたしのシュシュを指差す。それがおかしくて笑ってしまった。
 そういうことだったんだ。
 やっぱり直樹はわたしにしかこのシュシュを渡していなかった。
 わたしの真っ黒な気持ちはいつの間にかどこかに消え去って、心の中がふわっと軽くなっていた。
 虫がいいのかもしれないけどしょうがないよね。だって正直にうれしかったしほっとしたんだもん。
 

「でもまあ、瑠璃ちゃんの方が似合ってると思う」

 いつの間にか到着していた家の前で、雄吾くんがわたしの頭を優しく撫でた。
 びっくりして雄吾くんに視線を向けると、柔らかな笑みでわたしを見つめている。

「ちょっぴり妬けちゃうけど」
「?」
「ううん、こっちのこと。じゃあ、また明日ね」
「ありがとう、雄吾くん!」

 来た道を戻って行こうとする雄吾くんにお礼の言葉を告げる。
 なんだかすっきりして恥ずかしげもなく大きく声を張り上げちゃった。
 その時気づいた。
 直樹が曲がり角のこっちでわたしと雄吾くんを見ていたことを。
 
 やっぱり直樹はわたしのチョコしか受け取っていなかった。
 その事実がうれしくて、雄吾くんをその場に置いたまま直樹に近づいて行こうとした、その時。

「人んちの前でいちゃついてんなよ」
「――え?」

 冷ややかな口調の直樹が思いもしなかった言葉を発した。
 静かに怒りを込めた視線はわたしと雄吾くんに向けられている。
 初めてかもしれないというくらい怖い表情の直樹にわたしの身体は硬直して動かなくなっていた。

 いちゃついているってどういうこと?
 そう言い返したかったのに、言葉になってくれない。
 はくはくとわずかに唇を揺らめかせるので精一杯で、どうしたらいいのか頭は真っ白になっていた。
 そうしているうちに直樹はさっさと自分の家の門を開けて入っていってしまう。

「――直樹!」

 引きとめたくて名前を呼ぶけれど、直樹は振り返りもせず大きな音を立てて扉を閉めてしまった。
 あんな怖い顔、初めてだ。
 まるで切り離されたような、そんな心境になって泣きそうになる。
 キスした時とか抱きしめられた時、シュシュを買ってもらってうれしかった時とはまるで別の心臓の音がどくどくと早さを増してゆく。

「なんだあれ?」

 意味が分からないといった感じで雄吾くんがぼそりとつぶやいた後、「ああ」となにかに気づいたような小さな声をあげた。
 くすっと小さな笑い声が聞こえて驚きのあまり雄吾くんを見ると、揶揄するような表情を覗かせている。
 なにがおかしいの?
 苛立ちを隠しきれず眉間にしわを寄せてみると、雄吾くんはさらに笑みを深くした。

「直樹は嫉妬してるだけだよ」
「しっ、と?」
「そう、おれらがこうして一緒にいたから勘違いしたんだろ。大方デートの帰りとでも思ったんじゃない?」
「ええっ!」

 違う! 違うのに!
 首をぶんぶん振って否定するけど、直樹は見ていないしなんの意味もないのにそれを止めることができなかった。
 わたしの不安なんて微塵も感じてない雄吾くんはケラケラと笑い声をあげる。

「大丈夫だって、そのうち誤解だってわかるよ」
「そのうちって!」
「説明すればわかるだろ。気にしなくて平気だよ」

 雄吾くんにぽんっと背中を叩かれた。
 そうだよね、説明すればわかってもらえるはず。
 だってデートしてたわけじゃないし、たまたま会ったから送ってもらっただけだもん。

 そう思ってはいたけど、わたしの心の中は雄吾くんと別れてからもそわそわといつまでも落ち着きを取り戻してくれずにいた。

 そしてこの胸のざわめきがが悪い方向へ進んでいく予言だったということにこの時のわたしは気づいていなかった。


 【おわり】




 嫉妬の日
「4(しっ)10(と)」の語呂合せ。
記念日サイトには銘打って載ってはいませんでしたが実際にあるそうです。


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Date:2015/06/07
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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