空色なキモチ

□ 再会は満月の光に照らされて □

再会は満月の光に照らされて 前篇


 大学帰りにほぼ毎日寄るカフェ。
 いつも頼むのはカフェオレ。夏はアイスで秋から春にかけてはホット。常連だから店員さんも覚えてくれていてわたしが並ぶとオーダーする前に「カフェオレですね」と笑顔で言ってくれる。
 このカフェには素敵な店員さんが多くて、女性はみんな若くて美人だし男性も雑誌に出てきそうなかっこいい人ばかり。まるでモデルじゃないかって思うような店員さんが地味なわたしにカフェオレを淹れてくれるなんて未だに夢のような話。

 元々ど田舎出身のわたし。
 高校までは全校生徒百人をわずかに越える程度の学校に通っていた。しかもうちから自転車で緩やかな山をひとつ越えた場所。
 雨の日は雨合羽を着て鞄はゴミ袋に包む。じゃばじゃば雨を顔に受けながら必死に通ってたし完全に女なんて捨ててた。
 だけどさすがにこんなど田舎に大学なんてない。
 特別何かを学びたいって夢はなかったけど、大学に通いながらやりたいことを見つければいいじゃないとお母さんに背中を押されて大学に進学することを選んだ。
 母子家庭だし無駄なお金があるわけじゃない。
 国立大学限定、もしだめならこっちで専門学校を探すという約束でダメもと受験。結果の通知が来ることすら失念してお母さんと共に畑に出てほうれん草の収穫に勤しんでいたくらい。
 泥だらけの手でそれを開いて『合格』の二文字を見た時はお母さんと抱き合って喜んだ。

 そんなわたしが大都会東京に出てきて早一年。
 めでたく二年に進級、なんと恋人までできちゃいました。
 お相手はテニスサークルのひとつ年上の多村先輩。
 学部が違うしあんまり構内で会うことはないけど、さらさらの茶色い髪がきれいでここの店員さんに近いくらいかっこいい。
 サークルに入った時、優しく指導してくれたのがうれしくてすぐに好きになっちゃったんだけどなかなか積極的になれなくて、休憩時間にタオルを渡したりドリンクを差し入れするくらいしかできなかった。
 多村先輩は人気があるし、狙っている人も多かったから目立たないようこっそりするしかなかったんだけど。
 わたしみたいな地味子が多村先輩に近づこうものならそれこそ突き飛ばされそうな勢いだし睨まれるのも目を付けられるのも怖い!
 
 その努力が報われたのか、告白したらあっさりOKをもらえたの。
 まさかと思ったよ。もちろんダメもと告白。
 そう考えてみるとわたしの人生ってダメもとチャレンジばかりだなって思うけどまさにそうなのだ。もしかしたら天国のお父さんがわたしの味方をしてくれているのかもしれないなって本当に思う。

 お父さんは山に山菜摘みをしに行った帰りに天候が崩れて帰らぬ人となった。わたしがまだ五歳くらいの頃のこと。
 
 そのお父さんの口癖。
 ダメもとでもいいからなんでもチャレンジしなさい。そういう努力が必ず実を結ぶって。

 その時のことを思い出すと悲しくなるからあまり考えないようにしている。
 今のわたしは幸せの絶頂。これからもどんどんダメもとチャレンジに成功して、もっともっと幸せになるんだ。

 ――そう思っていたのに。


「終わりにしよう」

 わたしの手からマグカップがソーサーの上に滑り落ちた。
 がちゃんと音を立てて中身が少しだけこぼれ出す。ほとんど飲みきっていてよかった。ああ、そんなことを考える余裕があったなんて自分すごいなんてことまで考えられちゃっている。
 その反面手はテーブルの上でかたかたと震えている。
 目の前に座っている多村先輩が微動だにせず、わたしを冷めた目で見ていた。

「オレに合わせようと頑張ってくれてるのは気づいてたけどさあ、そのだっさい三つ編みは変わんないし誘っても全然うちにこないし……はっきり言えばヤらせてくれない」
「っ!?」
「新入生かわいい子たくさん入って来たし」

 すくっと席を立った多村先輩が「じゃあ」と足早に去って行く。
 多村先輩が飲み物を注文しなかったのはすぐに立ち去るためだったのかって今頃わかったのがさらに悲しくて悔しい。
 壁を向いて座っていてよかった。
 ついでにここが二人掛けの席でよかった。
 泣いているのを誰に見られることもないし、四人席に二人で座っていたとしても今は一人だし、用は済んだのだから早く空けなければ悪いと焦っていたことだろう。
 ちらっと左側の窓に視線を向けると多村先輩と今年入ってきたばかりの一番かわいいと言われている女の子が歩いている姿。
 ああ、もう新しい子が……
 そりゃそうだよね。わたしなんて先輩の言うとおりオシャレ頑張っても所詮この程度(ワンピースにカーディガン)だし、他の女子大生に比べたらあか抜けていないにもほどがある。三つ編み以外この癖毛をどうにかする髪型なんて思いつかないし、少しだけヒールのある慣れないサンダルを履いてもすぐにぐきってなって転びそうになるし。
 身の丈を知らないってこういうことを言うんだよね。
 ダメもとチャレンジ、成功したけどすぐにダメになっちゃったよ。
 告白したのが進級する間際のことだから、一ヶ月……もってない、とか。

 ヤらせてくれないって、エッチのことだよね。
 だってまだつきあって一ヶ月も経ってない。もちろんわたしは経験もない。そういうのって時間をかけてするものじゃないの?
 簡単にさせたら軽い女だと思われるって中学の時に図書室で読んだ恋愛小説に書いてあった。
 ある程度じらしてからじゃないと男はつけあがるって……あ、でもそれを言ったのは恋愛達人の子だったかもしれない。 
 恋愛初心者の主人公はその忠告を守って……あれ、どうなったんだっけ?

 どのくらいぼーっとしてたんだろう。
 少しざわついていた程度の店内がさらに賑やかになり、窓から照らされる光がオレンジに変わった。
 店内はいつの間にか明かりが灯り、話し声が少なくなっていく。
 人の気配も足音も感じなくなって、だけどわたしは立ち上がることさえできなくなっていた。

「すみません、そろそろ閉店なんですけど……」

 躊躇いがちの申し訳なさそうな女の人の声が背後から聞こえた。
 閉店……閉店? 今何時?
 油の切れたねじ巻き人形のようにぎこちない動きでようやく腕時計を見ると零時間近を差している。

「ご、ごめんなさい」

 急いで出なきゃと思っているんだけど同一体位で長いこといたからか身体がなかなかスムーズに動いてくれない。
 テーブルの足に脛をごちんとぶつけてしまい、痛かったけどこれ以上迷惑をかけたくなくて慌ててテーブルの上のカップを持つ。

「いいですよ、こちらで片づけますから」
「で、でも」

 かわいらしい女性店員がわたしのカップを受け取ろうと手を伸ばしてくれた。困ったような笑顔を向けられて余計惨めになる。

「代わるからこれお願い」

 さらに背後から男の人の低い声。
 心地いいその声はするっとわたしの耳から入って浸透するように消えていった。

「それかたづけたらあがっていいから」
「わかりました。お疲れさまです、店長」

 ――店長?
 それを聞いて血の気がさあっと引いた。
 ここのお店の店長ってことは美山さんじゃないっ。
 なぜわたしがその名前を知っているかというと、このお店で一番美しい店員さんだから。
 初めて目を奪われるという経験をした相手でもある。
 やや丸みのあるアーモンドの形の少しつり上がった瞳の色は琥珀色で毛先を遊ばせた髪も褐色に近い。薄めの唇の形も血色もいい。異国人に間違われるけどれっきとした日本人だと話しているのを聞いたことがある。店長目当てのお客さんも絶対にいると思う。かっこいいというより美しいと形容したい。

 もしかしてもしかしたら……。
 混んでいるのにずっと席を空けないで挙げ句の果てに閉店まで居座ったから出入り禁止にされるのかもしれない。
 どうしよう、ここはわたしの心のオアシスだったのに。
 素敵な店員さんを横目で見ながら優雅にお茶を飲んで(傍目から見たら全然優雅じゃないかもだけど)一息ついて帰るのがわたしの至福の時間だったのに。

「あっ、あっ、わたしっ、ごめんなさいっ! こんなに居座るつもりじゃなかったのにっ、気づいたらこんな時間でっ」
「いえいえ、よかったら」

 テーブルの上に新しいカフェオレが置かれているのに気づいてぶんぶんと首を横に振るとわたしの三つ編みが頬をばしばしと叩いた。い、痛い。

「いえっ、これ以上迷惑をっ――」

 ぽんぽんと頭に優しい感触がして、小さい頃お父さんがよくそうしてくれたのを思い出す。
 お母さんは横に撫でるような感じで、頭を撫でるにしても違いがあるんだなって思ってた。それでもどちらからも同じ愛情を感じることができた。そして、今も。

「――ぅっ」

 こらえていた涙が一気に溢れ出す。
 なんでただの客なだけのわたしにこんなに優しくしてくれるんだろう。常連だから? わからないけど美山さんの心地いい声と暖かな手が余計に涙を誘う。

「ごめんね。もっと早く声をかければよかった」
「うっ、うっ……いえっ」
「辛かったね」

 シャーッと窓際のブラインドが一気に降りる音がした。
 振られたところを見られていた恥ずかしさよりも煩わせてしまったことが申し訳なくて素早く鞄を持って立ち去ろうとしたのにそれが見あたらない。
 わたしと美山さんしかお店の中にいない状況に胸の辺りがぎゅっと苦しくなる。

「探してるのはこれ?」

 わたしの大きいだけのショルダーバッグを手に持ち、美山さんがにこっと微笑む。
 こくこくとうなずいてみせ、それを手渡してくれることを望んで手を伸ばすとさっと高い位置に掲げられた。あれ、なんで?
 背の高い美山さんと正反対のわたしには到底手の届く位置じゃない。

「僕の仕事終わるまで待ってて」
「え?」
「カフェオレ冷めちゃうよ」

 再び頭を撫でられる。
 そして笑いながらわたしの鞄を持った美山さんはカウンターの方へ戻って行ってしまった。


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Date:2015/05/09
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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