空色なキモチ

□ ○○の日 □

3月14日 ホワイトデー

3月14日 ホワイトデー

Longing for spring

《幼馴染・中学生》



 直樹にチョコを渡してからと言うものほぼ一ヶ月まともに口を利いていない。
 顔をあわせづらくて、通学中にチョコのお礼を言われた時も素っ気なく返しちゃった。
 直樹もなんとなくぶっきらぼうに「ありがとな」しか返してくれなかったし、チョコの味に関してはなにも言ってなかった。
 あんなにほしいって言ってたくせに「おいしい」も「まずい」もないなんてちょっとなあって思った。
 本音を言えば「まずい」はいやだけどなにかしら感想ほしかったかも。まあわたしも「うん」しか返さなかったし、感想言いにくかったのかもしれないけど。
 
 学校では美百合ちゃんともあまり話さなくなった。
 直樹とはいつも通り話してるところを見かけるけど、わたしには声をかけてくれなくなった。
 もともと仲のいいグループは別で、美百合ちゃんは口は開かなくても人が寄ってくるようなクラスのマドンナ的存在だし住む世界が違うんだけど、鈴花には話しかけてるのにわたしには笑顔すら見せてくれない。だからといって無視されているとかではないけれど……やっぱりこれって避けられているって感じなのかな。

 
**


「瑠璃!」

 学校帰りに家の前で呼び止められた。
 振り返らなくても声で直樹だってことはわかったし、別に急いで帰ってきたふうでもない。まさか直樹が後ろを歩いていたなんて全く気づかなかった。そうか、今日は木曜日だから部活のない日なんだ。
 
「な、なに?」
「土曜日暇か?」

 なんとなく上目遣いで睨みつけられているような気がする。
 直樹の方がわたしよりずっと背が高いのに変な感じだけど……それに土曜日ってホワイトデーだ。

「な、なんで?」
「いや、暇ならちょっとって思ったんだけど、無理なら――」
「べっ、別に無理なんて言ってない!」

 しまった、と思った時はもう遅い。
 なぜかムキになって声を荒らげたことが恥ずかしくて顔がかっと熱くなる。直樹はきょとんとしてわたしを見ているし。

「あ、そう。じゃあ昼食べたらちょっとつきあって」
「つっ!」

 つきあう!?
 と、思わず聞き返しそうになって慌てて口を押さえた。
 つきあうってそっちの意味じゃないってわかっているはずなのになんでわたしこんなに過剰反応しちゃうんだろう。なんだか胸の辺りがドキドキしてるし変な感じ。

「? そんなに時間とらせないから」
「部活は?」
「今週の土曜は体育館の整備があるから使えないってホームルームで言ってたじゃん。聞いてなかったの?」
「あ、そうだっけ」
「なんか最近ちょっとおかしくない?」
「そ、そんなことないよ!」

 またムキになって否定しちゃった。
 だって直樹が様子を窺うようにわたしの顔を覗き込むもんだから、見られてるのが恥ずかしくって。
 そんな反応すらおかしいと感じたのか、腑に落ちないって顔で直樹が眉間に皺を寄せて首を傾げている。まずい、これはなにか突っ込まれるパターンか?

「ん、ならいいけど。じゃ、土曜な」

 だけど何事もなかったかのようにあっけらかんと自分の家の方に向かっていく直樹。
 なにか聞かれるかもしれないって身構えていたわたしは拍子抜けでがくっとなってしまった。
 家に入っていく直樹の背中がまた大きくなったような気がする。
 どんどんわたしをおいて大きくなっていってしまうのかな。

 わたしだけ、何も変わらないままでいいのかな……


**

 
 土曜日の午後。
 その日はまだかなり寒かった。
 最近少し暖かくなってきたからお気に入りのピンクのダウンコートはクリーニングに出しても平気かなって思っていたけどまだ行かなくて正解だった。
 フードの部分に白のファーがついていて真冬用なんだけど今日くらいの冷え込みなら変じゃないと思ってそれにした。中はカーキのハイネックと下はデニム。本当は赤のミニスカートをはきたかったんだけど寒いからやめなさいとお母さんに言われて断念した。

 家を出ると、うちの前に直樹が立っていた。
 その服装を見て絶句してしまう。直樹もグレーのダウンで下はデニムだったから。またも偶然の一致とでも言うのか。

「行くぞ」
「あ、うん」

 似たような服装なのに直樹は気にせずに先に歩いていく。
 その足下はどう見てもおろしたてだとわかってしまうくらい新品のシルバーグレーのシューズ。

「その靴……」
「あ、これ? 兄貴達との賭けのテストで九十点以上取ったから買ってもらったんだ。いいだろ」
「えっ、だって――」

 わたしのチョコと引き替えだったはずなのに。
 だけど直樹に聞くことはできない。だってわたしはそのことを知らないことになってるんだから。

「何?」
「ううん、なんでもない」
「なんでもないって顔してないぞ」
「なんでもないって。それよりよかったね。ほしかったんでしょ?」
「まあね。俺がすごくほしがってるの知ってるのに兄貴達約束を破ろうとしたんだぜ。ひどくないか?」

 唇を尖らせて不満げに言った直樹の表情が一瞬にしてはっとしたものに変化した。つい口を衝いて出てしまったっていう感じの気まずげな表情を浮かべている。

「な、んで?」
「いや、でもっ、ほらっ、結局買ってもらえたからいいんだけどさっ。あん時は瑠璃にも世話になったし、ありがとな!」

 慌てて話を逸らそうとしている感ありあり。
 あの後直樹とハルくんとヒロくんの間にどんな会話が交わされて買ってくれることになったのかはわからないけどよかった。
 わたしのチョコのせいで直樹がほしかったシューズを買ってもらえないのは申し訳ないと思っていた。
 それに数学苦手な直樹が九十点以上を取るなんて奇跡に近いし、相当頑張ったはずだから。

 ひさしぶりに普通に話をしながら直樹が連れてきたのは駅ビルの中のファンシーショップ。
 何の用があるのかと思いきや、入ろうとしながらも何度も躊躇って入り口でもじもじしている直樹がおかしくて笑ってしまった。
 
「笑うなよ」

 ちょっとむっとしてぷいっと顔を逸らす。
 中にはわたし達と同じくらいの年齢の女子やもう少し上のお姉さんしかいないから入りづらいよね。気持ちはわかるんだけど。店員さんも若い女性だし。

「何かほしいものがあるの?」
「え?」
「教えてくれればわたしが買ってこようか?」

 大きく目を見開いたと思ったら急に瞼を数回瞬かせて首を振った直樹がわたしを置いて中に入っていく。
 なんとなく怒っているように見えるんだけど……気のせいかな?
 とりあえず直樹の背中を追いながら商品をちら見する。可愛いレターセットほしかったんだ。そんなに手紙を出す相手はいないんだけどちょっと使いたかったりするんだよね。
 店内は結構広くて、入ってすぐの文房具コーナーの奥に装飾品のコーナーがあった。
 おしゃれでカラフルな髪留めやリボン、シュシュが並んでいる。こういうのほしいけど学校にはしていっちゃいけないからあまり需要がないんだよね。
 そう思い、通り過ぎようとしたのに直樹の足がここで止まった。
 そして置かれているシュシュを食い入るように見つめている。あ、手に取った。なんで?

「これって髪結わくやつだよな」
「うん、そうだよ?」
「どれがかわいいと思う?」

 思わず「は?」と言いかけて慌てて堪える。
 なぜ直樹がそんな質問をしたのかわからなかったけどとりあえず物色してみることにした。
 だっておしゃれやかわいい装飾品に興味がないわけじゃないし、見るだけはタダだもん。
 時間をかけてひとつずつ品定めする。どれもみんなかわいいと思うけど、一番目に付いたやや奥に置かれているローズピンクのサテンパールのシュシュを手にした。

「これかわいい」

 一目惚れだった。
 高校生になったらこういうのして学校に行ってもいいのかな。手触りもいいし軽くて手首につけていてもおしゃれっぽい。
 これ買っちゃおうかなと思って値段を見ると、三千円近い値札がついていた。
 やっぱり中学生が気軽に手を出せる金額じゃないことにがっくりして元に戻す。確か手持ちは千円弱だったはずだから。
 このままここで見ててもほしくなってしまいそうな気がするから立ち去りたかったのに、直樹はまだじっくりとシュシュのコーナーを見つめている。

「ねえ、レターセット見てきていい?」
「あ、うん」

 シュシュから目を逸らさずに直樹が答える。
 心ここにあらずって感じ。
 なんとなく後ろ髪引かれる思いで直樹をそこに残して文房具コーナーの方に戻った。

 でもなんでシュシュなんだろう。
 直樹がつけるわけでもないだろうしなあ。まあ、直樹がつけてもかわいいとは思、わない!
 あんな大きい図体をしてシュシュをするなんて。あ、でもドラマや雑誌とかで男子が前髪をちょんまげみたいに結ってるのとかカチューシャであげてるのはかわいいとは思う。直樹もどっちかっていうとかっこいいよりかわいいタイプだからなあ。


 シュシュのかわいいのはインスピレーションでぱっと選べたのに、レターセットはなかなか決めることができなかった。
 小鳥のイラスト入りのもかわいいし、有名なキャラクターのついたのもいいんだけど書き込めるスペースが少ないとかいろいろ吟味して結構時間が経ってしまっていた。
 気がついたら三十分くらいそこにいたらしく、直樹の姿を探すと店の外のホール状のスペースに置かれたベンチに座って携帯をいじっていた。

「ごめんごめん」

 結局小鳥のイラスト入りレターセットを買って直樹の元に戻ると何も言わずにすくっと立ち上がる。

「クレープでも食う?」
「ごめん。もうお金ないんだ」

 レターセットを買って初めて気づいたんだけど、わたしの持ち金は七百円しかなかった。
 二十日のおこづかいまで残り二百円で過ごさないといけないし、クレープを買うにも足りない。

「いいよ、おごってやる。食いながら帰ろう」
「え、でも」
「臨時収入あったから」

 直樹がすたすたとクレープ屋の方へ向かって歩いて行く。
 クレープ食べたかったのかな。わたしも好きだけどお母さんやお父さんと出かけた時じゃないと買ってもらえない。自分のお小遣いで買うには高価だもん。
 だけどこうして直樹とふたりでいる時にクレープが食べられるなんてなんだかちょっとうきうきした。
 夏に行った遊園地もなんとなく大人に近づいたような気持ちになってうれしかったけど、今日もそんな感じ。
 クレープ屋の前に置かれた看板を見て、どれにしようか悩んでしまう。みんなおいしそうだし甘いのもいいけどツナが入ってるのは食べたことないからちょっと興味ある。

「んーでも、やっぱり」
「バナナキャラメルナッツだろ」
「えっ、なんでわかるの?」
「俺もそれだから」

 当たり前だろ、とニッと笑う直樹を見て胸がどくんと高鳴る。
 そんなこと気づきもせずに直樹は店員さんのいるカウンターの方へ歩いて行ってしまった。
 どくんどくんって胸の奥が波打つように動いてるみたい。なんとなくちょっとだけ息苦しい。
 わたしの心臓どうしちゃったんだろう。病気じゃないよね。痛くはないけどなんだか少し怖かった。

「ほら」

 目の前に出されたクレープは生地から生クリームがはみ出すくらいいっぱい盛られていて、細かいナッツとキャラメルソースがいい感じにかかっている。おいしそうでうれしいのになんだか恥ずかしいような気持ちでいっぱいだった。

「あ、りがと」
「あれ、いつもならもっと大喜びするのに。あー、別のにして半分ずつにすればよかったかな」

 しまったーと小さな舌打ちをする直樹にまたわたしの胸の奥が大きく拍動した。
 半分ずつって! だめ、そんなことできないっ。
 夏祭りの時に焼きそばとかフランクフルトを半分ずつにして食べたのも今思い返したらめっちゃいけないことしたような気がするもん。平常心でいられなくなっちゃう。今すでに平常心じゃないけど。

「ま、いいか」
「うん、そうだよ」
「いただきまーす」

 がぶりと豪快にクレープにかじり付く直樹を見て、わたしも同じように食べた。
 うん、甘くてふわふわでおいしい。
 自然に笑みがこぼれ、直樹がこっちを見ているのに気づく。

「ん、何?」
「うまそうに食うよな」
「だっておいしいもん」

 クリームの甘みが口の中いっぱいに広がって幸せな気持ちになる。
 さっきまでのどきどきが少しずつ落ち着いてきてよかったなと思った時、目の前に水色に白のドット柄の紙袋が差し出された。

「ん?」
「……やる」
「え?」
「あっ、これは俺の小遣いで買ったから! 臨時収入とは別だかんな」
「???」

 紙袋の右上に小さな赤いリボン、その真ん中にピンクのハートの形のシール。
 そこには小さく『for you』と書かれている。
 ずいっと再度差し出され、ついあいている左手で受け取ってしまった。

「バレンタインのお返し。あと数学教えてくれたから」
「あ、ああ。そっか、ありがと……これ、さっきのお店で買ったの?」

 少し前を歩く直樹がこくこくと二度うなずく。
 なんだか耳まで赤く見えるんだけど、もしかして照れてる?

「ちょっとこれ持ってて」

 食べかけのクレープを直樹に渡して紙袋を開けてみると、中にはさっきわたしが選んだシュシュが入っていた。
 あまりにもびっくりして、まるで恋焦がれた人に再会したかのような感動が一気に押し寄せてくる。
 うん、そういう気持ちになったことはないんだけどきっとこんな感じなんだと思う。ぶわあって全身の毛穴が開いたような感じがしたもん。
 本当にほしかったからとってもうれしいのに、この喜びをどう表現していいかわからなかった。

「これ高いのにいいの?」
「それがよかったんだろ?」
「うん……でも」
「ちょっと出かける時につければいいじゃん」

 そう言いながら直樹がわたしのクレープをばくばくと食べ始めていた。
 
「ちょっ、それわたしの!」
「あ、ごめんごめん。つい」

 間接キスだよ、もう!
 そう思ったけど、なんとなく楽しそうな直樹の顔を見てなにも言えなくなっちゃった。
 紙袋からシュシュを出して簡単に髪を後ろに結んでみせると直樹がせわしなく視線をあちこちに移す。

「似合う?」
「……いいんじゃね?」

 全く違う方を向いてぼそっと言うもんだからおかしくて笑ってしまった。
 
 春になったらポニーテールにしてこれをつけよう。
 みんなに見せびらかしたいけど、とりあえず帰ったらお母さんに自慢しよう。直樹にもらったんだよって。

「ありがとう、直樹」
「お、おう」

 ぶっきらぼうに答える直樹の頬がほんのりと赤く染まっている。
 きっとわたしの頬も同じようになっているに違いない。

 少し先の春がとっても待ち遠しく感じていた。


 【おわり】


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Date:2015/04/20
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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