空色なキモチ

□ 続)重ねた嘘、募る思い □

続)重ねた嘘、募る思い 2

第二話

近づく距離




 夏休みは夏期講習に行かず、醍醐くんと待ち合わせの図書館まで自転車で通うのが日課になった。
 汗をたくさんかいて醍醐くんに会うのがイヤだったからデオドラントシートとスプレーが必需品。ひどい時はトイレで着替えをしたりもしてた。
 図書館内はいつも涼しくて快適だったから勉強もはかどった。
 醍醐くんの教え方はとっても上手で正直先生よりもわかりやすい。
 教科書もノートも見やすく線引きされたりポイントマークだったり後から書き込めるスペース等工夫されていて、醍醐くんが勉強できるのは一目瞭然だった。

 私服姿の醍醐くんは制服の時とは違い、新鮮な感じがした。
 胸にワンポイントのあるポロシャツとデニムがデフォ。時々Tシャツに半袖の襟付きシャツといった感じでおしゃれではないけれど中学生らしい服装だった。

 勉強をしつつ話しかけるとあからさまに迷惑そうな感じで窘められた。
 なにしにここに来ているの、と。
 勉強はちゃんとしているし、息抜きだと言うとしょうがないなと言わんばかりの諦めモードで私の話を聞いてくれた。

 花音のどこを好きになったのか、何を知りたいのかいろいろ尋ねても明確には教えてくれなかったけれど、真っ赤な顔をして話を逸らすから好きだという気持ちがダダ漏れすぎて新鮮だった。

 そんな醍醐くんを見て、私はうらやましいと感じていた。
 醍醐くんだけじゃない、花音もうらやましかった。
 私は好きな人がいなかった。こんな風に誰かを思って赤くなったりしたことがなかったから、それだけで自分より優れているように思えた。
 花音もそう。私なんかよりずっと立派な人間だと思うし、優しいし大好き。
 私と違って花音は繊細で目立つのを嫌う。それを守るのは自分の役目だと思っていた。小さい頃からずっと。

 その花音を好きになった人。
 今、目の前にいて私に勉強を教えながらその頭には花音が住み着いている醍醐くん。
 そう思ったらなんだか少しだけ息苦しい感覚がした。

 花音を醍醐くんに取られるような気がしたのかもしれない。
 ふたりの間を取り持つとか言っておきながら何もしない自分にその気持ちを疑っていないわけじゃなかった。

 醍醐くんはなんで私に勉強を教え続けてくれるのだろう。
 花音のことを教えるわけでもなく、質問責めにばかりしているのに。
 そう思った時、私はすぐに気づいた。

 これは私が花音へ余計なことを告げないための口止めだということに。
 だから私が花音の話を振っても余計なことを答えないのだろう、と。

 醍醐くんの心情に気づいた時、なんだか胸に風穴が開いたかのように寒々しくなった。


**


 花音のことを聞いても何も話さない醍醐くんだったけど『なぜ産婦人科医になりたいのか』という質問した時は未だかつてないくらい雄弁だった。
 父親が産婦人科医なのもあるけど、生命の誕生を手伝うことができる唯一の職業であること。命を自身に宿せる女性を尊敬していると言っていた。醍醐くん自身も女性に産まれたかったとまで教えてくれた。

「女の人苦手なんだけど……」

 恥ずかしそうにそう話す醍醐くんがきらきらして見えたのは気のせいなのかもしれない。
 だけど醍醐くんが信念を持って産婦人科医師を目指していること、周りからからかわれてもどうってことないと力説しながらわずかに口元に笑みを浮かべる姿がかっこよく見えてしまった。
 夢があっていいな、新しい命を生み出すお手伝いをできるなんてすごい、頑張ってと伝えると照れくさそうにうなずいてくれたのが本当にうれしかったんだ。

 時折眼鏡のブリッジを指でくいっとあげてズレを直す仕草も、図書館からの帰り道によく会う首輪のついた猫を無表情で撫でる姿もなぜか妙に印象に残った。

 風に吹かれる柳の木ふうな歩き方は特徴的で、後ろ姿で醍醐くんだとすぐにわかるようになってしまっていた。


**


 そんな時、事件が起きた。

 いつものようにとなり町の図書館で醍醐くんと向かい合わせで勉強していていると、机に誰かが手をついた。
 ふいに顔を上げるとそこにいたのは同じクラスの大里創一くん。
 大里くんは運動神経抜群のイケメンで体育の授業や体育祭に活躍するタイプのいわば脳筋だった。
 だけど見た目がいいからちやほやされていて人気がある。
 常に女子にも男子にも囲まれているような目立つグループの頭で、私は結構クラス内では仲良く話している方だった。

「ふたりっきりで何してるの?」

 意味深な笑みを浮かべて私達を見つめている大里くんを後目に、醍醐くんが迷惑そうにため息をついていたのを私は見逃さなかった。
 聞けば大里くんは祖母の家に泊まりに来ていて、図書館の本を返却してきてほしいと頼まれてしぶしぶここに来たのだと話す。普段本なんか読まないし図書館の雰囲気も好きじゃないけれど漫画でも読んで暇をつぶそうかと思って中に入ったら偶然にも私達と居合わせたと。

「なんで醍醐と一緒なの?」
「え、勉強教えてもらってるから」
「真麻勉強できるし。中学最後の貴重な夏休みを醍醐と一緒にいて楽しい?」

 余計なお世話。
 喉元寸前までこみ上げてきた言葉をぐっと飲み込んで押さえ込むと、なぜか私の前に大里くんが座った。

「ははあ、大方弱味でも握られてるんだろ?」

 脳筋のはずの大里くんは意外にも勘ぐるのは得意なようで、醍醐くんの肩が小さく跳ねた。
 それを見た大里くんがしめたとばかりにほくそ笑む。

「ふーん。ここでふたりを見たこと黙っててやるよ。その代わり俺の願いも聞いてくれるよね、真麻」

 え、なんで私が大里くんの願いを聞くの?
 そう思ったけど言葉にならずに首を傾げていると、大里くんが机に肘をついて手背に顎を乗せ、にまあっと不敵な笑みを浮かべた。
 黙っていればかっこいいと思うけど、言うことはいちいち幼稚だと思う。

「口止め料として俺とつきあって」
「はあっ?」

 裏返った私の声が響く。 
 いくら会話をしていい席でもさすがに大きな声は図書館では厳禁だろう。周りの視線が痛くて手で口を塞いで何度も頭を下げた。
 私に大声を出させた大里くんはどこ吹く風でひょうひょうとしている。
 なんで私が口止め料を払う必要があるのかさっぱりわからないし、男子とつきあう気なんて全くないからいつも通り断ろうとした時、はっとした。

 もしかして大里くんは私が醍醐くんに弱味を握られていて、渋々一緒にいると勘違いしているのかもしれない。
 だから一緒にいるのを黙っていてほしいと私が思っていると思いこんでいるのでは。

「――あのねぇ」

 呆れてそうじゃないと言おうとした時、醍醐くんの冷めた目が私を見据えているのに気がついた。
 心底迷惑そうな表情が私の胸を抉るように突き刺さり、背筋に汗が伝う。一瞬覚えた恐怖にも似た感情は私の思考を一気にクリアに導いた。
 もしかして……と、いやな予感しか浮かばなかった。

 こうしてわざわざ地元から離れた図書館を利用したのは私と一緒にいるところを知り合いに見られたくなかったから。

 醍醐くんがこの図書館を指定した理由がわかった時、喉元がぎゅっと詰まったかのような息苦しさを覚えた。

「いいよ、つきあう」

 なんの感情も含まない私の声。
 まるで自分が言ったんじゃないような感覚にさえ陥る。
 了承すると明日からは自分と会うように約束を取り付けて大里くんは帰って行った。

 残された私と醍醐くんの間に気まずい沈黙が流れたのは言うまでもない。
 このまま黙っていてもどうにもならないと思い、醍醐くんに声をかけようとした、その時。

「軽い……」

 軽蔑の眼差しが私に向けられていた。

「じゃ、今日で終わりということで」

 開かれた教科書やノートをてきぱきと片づけていく醍醐くんの動きを視線だけで追うことしかできない。
 軽いってどういうことだろうか。
 私がしたことは間違っていたのかな。なぜか醍醐くんがすごく怒りを湛えているようにしか見えなかった。
 ほんの少し前まで和やかに話をしていたのにそれが嘘だったみたいに思えて、慌ただしく図書館を出て行く醍醐くんを追いかけた。

「待ってよ!」

 引き留める私を無視し、自転車に乗った醍醐くんは颯爽と坂道を下っていってあっという間に見えなくなってしまっていた。
 

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Date:2015/03/24
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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