空色なキモチ

□ ○○の日 □

2月14日 バレンタイン当日

2月14日 バレンタイン当日

I want to know the truth

《幼馴染・中学生》




 今年のバレンタインは土曜日だったから午前中授業で学校はあった。

 その日わたしは直樹の動向を気にかけていた。
 同じクラスの女子だけじゃなく、ほかのクラスの女子からも声をかけられているふうではあったけどいつも以上にそっけなく対応しているように見える。
 別にチョコを渡したい訳じゃないんだからと言われている姿も目にしたけど、その女子の背後に回された手に紙袋がぶら下がっているのをわたしは見逃さなかった。直樹は見逃していたかもだけど。

「それならいいんだけど、じゃあ何の用? こんなところで話すような内容なの?」

 呼び出されたのは裏庭で、わたしはこっそりその後をつけてきていた。
 まるで自分がストーカーにでもなったような心境で愕然とした。
 こんなことまでして直樹が本当にチョコを受け取らないか確認するなんて最低だって自分でも思う。だけど気になってどうにもならなかった。
 ぐっと息を詰めたほかのクラスの女子が苦し紛れに言い訳をし始めたのを見て、わたしはこれ以上それを聞いてはいけないと思って踵を返した。

「美百合のチョコも受け取らないの?」

 その言葉に自然にわたしの足は止まってしまう。
 直樹は昨日、ほかの女子からのチョコは受け取らないと約束してくれた。その代わりにわたしのチョコがほしいって。
 これ以上ここにこうしているのも、直樹の動向を気にかけるのも信じていないという気持ちの表れのようでいやだったから、ばれないよう静かにその場を離れた。

 美百合ちゃんとは休み時間に不自然なくらい何度も目が合った。
 いつもの美百合ちゃんならにっこり笑いかけてくれるのに、今日は違う。
 少しだけ悲しげな表情を浮かべた後、瞼を伏せるようにしてすっと視線を逸らされた。

 直樹はチョコを受け取らない理由を美百合ちゃんに言ったのかもしれない。ううん、言ったんだ。
 だってそうじゃなかったら美百合ちゃんがわたしへの態度をこんなにも変えるなんておかしいもの。
 正確には直樹がどう切り出したのかも、美百合ちゃんがどう答えを返したのかもわからない。ただの推測にすぎないけど。

 だからとても悪いことをしてしまったんだと思って申し訳なかった……けど、すごくほっとしている自分もいる。

 まるで降り積もってから少し経った雪を何度も踏み散らかした後のように、心の中がどろどろのぐちゃぐちゃだった。
 

**

 
 学校では渡さず、夕方直樹の家に直接チョコを持って行くと出てきたのはヒロくんとハルくんだった。

「瑠璃ちゃん、毎年ありがとうね」

 口をそろえて手を差し出され、ふたりの手に用意したチョコをのせる。
 ヒロくんとハルくんにはトリュフとハート型のミルクとホワイトチョコ三点セット。おじさんも同じものを用意している。今日はおばさんとふたりで買い物に出かけているとのことでふたりに預けておいた。
 もうひとつわたしの手に握られている紙袋をふたりがニマニマと見ていることにはなんとなく気づいていた。

「……直樹は?」
「部活から帰って来てすぐに電話が来てたみたいでめんどくさそうに出て行ったんだよ、ねー」
「こんな日だから、ねー」

 最初からその質問をされるとわかっていたのか口裏を合わせたような返事。
 このふたりの揶揄するような意味深な返しと楽しそうな表情を見て、相手は女の子だと悟った。きっと学校でチョコを渡せなくて呼び出したんだろうな。

「そうそう、ちょっとあがっていってよ。瑠璃ちゃんに聞きたいことあったんだよね」
「そのうち直樹も帰ってくるしね」
「え、えっ?」

 腕を引かれ、あれよあれよという間に階段をあがらされて招かれたのはヒロくんの部屋だった。
 造りは直樹の部屋とほぼ同じだけど大きめのクローゼットがあって、ここはよくかくれんぼする時にお世話になった。
 部屋の真ん中に置かれた透明のテーブルの上座に座らされ、その左右にふたりが座る。まるで逃がしませんよって言われてるみたい。
 
「瑠璃ちゃん」
「はい」
「直樹とさ、なにか約束してない?」
「約束?」
「たとえば……瑠璃ちゃん以外からチョコを受け取らない、とか?」

 ふたりの目がぎらりと光ったように見えて無意識に全身をびくつかせてしまっていた。

「やっぱりな、そうだと思った」
「まあ、直樹が口を噤んでたところで明確だったんだけどね、瑠璃ちゃんに確認するまでもなく」

 ぎゃははとふたりが笑い転げる。
 じゃあなんで確認したのって聞きたかったけどふたりの笑いが思いの外長くて聞くタイミングがわからない。

「はー、ごめんね」

 絶対にからかわれているとしか思えなくてふくれっ面をしてみせると、ひとしきり笑ったふたりが急に我に返ってひーひー言いながら崩れた姿勢を正す。

「実はさ、昨日母さんから一日早いバレンタインって男衆四人ガトーメリスのチョコをもらったんだよ」
「えっ、すごい!」

 ガトーメリスって長年フランスで修行した有名なショコラティエの人が経営しているお店で、最近近所に支店ができたばかりの超高級チョコ専門店。一粒千円近いチョコがたくさんあるって聞いてショーウィンドーを覗きに行ったことがある。それは宝石みたいにきらきら輝いて見えた。
 店員さんが試食でくれたチョコは夢のように甘く、ふんわりとした食感ですぐに口の中で溶けてしまった。まあもの自体すごく小さかったんだけど。

「でもさあ、直樹だけ受け取らなかったんだ。母さんも一応女だって言ってさ、その一言で母さんに殴られてたけどね、一応ってなんだってさ」

 またもふたりが笑い出す。
 ガトーメリスのチョコならわたしもほしいくらいなのに、チョコ好きの直樹が受け取らないなんて。

「それでさ、結局母さん含む直樹以外の四人で食べたんだけどすごく恨めしそうな顔でこっち見ててさ、笑っちゃうよね」
「は……はは」

 乾いた笑いしか出てこない。
 わたしとの約束をこんなにも忠実に守ってくれているとは思わなかったから。しかもおばさんからのチョコまでほかの女の括りに入れてしまうなんて。 

「それで、ほかの女からのチョコは受け取らないって瑠璃ちゃんと約束したのかなーって。直樹に聞いても『関係ない』の一点張りでさ」
「そーそー、かなり意地張ってたね。ガトーメリスのチョコなんて今後食べられるかどうかもわからないって母さんに言われて涙目になってたかも」

 ……うぅ、直樹に悪いことしちゃったかもしれない。
 おばさんのは受け取っていいって言っておけばあの夢のようにおいしいガトーメリスのチョコを食べることができたはずなのに。
 
「でさ、ちょっとひと芝居打ちたいわけよ」
「ひと芝居?」
「そう、今からその説明をしたいんだけど、きっとそろそろ直樹帰ってくるだろうから」
「ただいま」

 ヒロくんの説明がはじまりそうなまさにその時、直樹が帰ってきた。
 その声のトーンは低く、機嫌悪そうなものに聞こえる。ガトーメリスのチョコを食べられなかったせいもあるのかもしれない。

「やっば、思ったより早い。瑠璃ちゃんこっち!」
「えっ?」

 いきなり腕を引かれ、がらっと大きく音を立てて開かれたクローゼットへ入るよう指示された。
 そこには人ひとり分がようやく入れるようなスペースしか残ってない。昔のわたしなら全然余裕だったんだろうけど、どうやら少しは成長しているのかもしれない。いいことなんだろうけど今はよくない。なんとか身体を縮こまらせてその中に体育座りで入り込んだ。

「声出しちゃだめだよ、しーっ、ね」

 口元に人差し指を当てたハルくんが静かにクローゼットの扉を閉めた。
 なんでこんなことになったんだろう。チョコを渡しに来ただけなのに。
 真っ暗になったクローゼットでそわそわしていると、直樹がこの部屋に入ってきたようだ。

「あれ、なにその紙袋」
「あ、これ? ちょっと前に瑠璃ちゃんが持ってきてくれたんだよね。直樹のも預かってるよ。ほら」

 そうだ! 直樹のチョコ座った場所に起きっぱなしにしちゃってた。
 それをふたりに渡されてしまったようだ。 
 あーあ、ちゃんと手渡しすらできないなんて。でもなんて言って渡したらいいかわからなかったからかえってよかったのかも。

「あいつ、置いてったんだ」

 小さく舌を鳴らす音が聞こえる。
 直樹はこのクローゼットのそばに立っているようでそれがよく聞こえてきた。

「顔がにやけてるぞ、直樹」
「そんなことない」
「またまた、強がらなくっていいって。それにオレらがもらったのに比べて明らかに直樹の大きくない?」
「だよな、そう思った」
「別にいいだろ?」

 ハルくんとヒロくんがはやし立てるのが恥ずかしかったのか直樹が大きな声を上げて抗議してる。
 確かに兄ふたりとおじさんより直樹のチョコを多めにしたのは事実だけど……。
 
「やっぱり瑠璃ちゃんの中でオレら一般市民と直樹は別の扱いだってことなんだろうな」
「なんだ一般市民って?」
「あれなんじゃねえの、ほら、本命ってやつ」

 ――なっ。
 一般市民ってのもよくわからないけど、なんで本人がここにいるのにそんなことを言うのか。思いっきり動揺して身を乗り出してしまい、クローゼットの扉に軽く頭をぶつけた。

「なんか今、音がした」
「気のせいだろ?」
「? まあいいけど」
「待て、直樹。まだ話は終わってないぞ」

 この部屋を出ていこうとしていたのか、すかさず直樹が引き留められている。なんだよ、とややめんどくさそうな直樹の小さな声が聞こえた。

「瑠璃ちゃんのそのチョコほしい?」
「は? なに言ってんの?」
「オレらがプレゼントするかもしれないシューズと瑠璃ちゃんのその手作りチョコ、選ぶならどっち?」
「なんだそれ?」

 直樹の素っ頓狂な声があがってわたしもびっくりしてしまった。
 ヒロくんとハルくんがなにを考えているのかわからないけど、まさになんだそれって感じだよね。わたしだってそうとしか思えない。

「さあ、選んでもらおうか」
「あっ、返せよ!」
「だーめ。どっちがほしいか選ぶまでは渡さない」

 どたばたと足音が聞こえてくる。
 どうやら直樹が受け取ったわたしのチョコをヒロくんかハルくんが取り上げたらしい。それを取り返そうと躍起になってるのかも。

「どっちってなんだよ! ずりぃぞ!」
「別にずるくないよ。直樹がこっちがいいって言うのならすぐに渡すって。でもシューズの方がいいならこのチョコはオレらのものになるだけ」
「賭けはテストの点で瑠璃のチョコは関係ないだろ! 約束破るのかよ! 武士に二言はないって言ったくせに!」
「考えてみたらオレら武士でもなんでもないし。ただの一般市民だしな」
「なー、所詮モブ扱いよ」

 けらけらと笑い声をあげるふたりに直樹が小さくうなり声をあげた。
 モブ扱いってのがなんだかよくわからないけど、ふたりは直樹をからかって遊んでいるだけのようにしか思えなかった。
 でも、直樹は絶対シューズを選ぶ。だってあんなにうれしそうな顔でわたしに大嫌いな数学を習いに来たんだから。
 直樹にチョコ食べてもらえないのは残念だけど、また来年渡せばいいのかな。

「チョコ返せよ!」

 本気で怒ったような少しドスの利いた直樹の低い声に、はっと息を呑んだ。
 あんな声を出せるなんて知らなかったわたしはそれだけでなんだかドキドキしてしまう。
 
「それは選んだ上で言ってるのかな?」
「そうだよ!」

 相変わらずからかうような口調の兄ふたりの問いに即答する直樹。
 その時、わたしはぼーっとしていたのか直樹がどの選択をしたのかさっぱりわかっていなかった。

「シューズいらないんだ」
「小遣いためて自分で買うからいい! ちくしょう!」

 信じられなくて、声が出そうになった自分の口を手で必死に抑える。
 直樹があんなにほしがっていたシューズよりわたしのチョコを選ぶなんて思いもしなかったから。
 胸の辺りが苦しくなって、そこに手を当てるとどくどくと早い拍動が伝わってくる。  

「後悔しない?」
「しない!」
「ほんと? でもどうしてそんなにきっぱりと断言できるの?」

 わたしもそれ気になる。
 まるでわたしの気持ちが伝わっているんじゃないかと思ってしまうくらいその問いは的を得ていた。

「……シューズは、金を……貯めれば、買えるけど……これは買えないから」

 直樹の答えに頭の中が真っ白になった。
 躊躇うような途切れ途切れの小さな声なのに、わたしの耳にはちゃんと届いていた。
 
「へえ、かっこいいじゃん直樹」
「おまえ本当に瑠璃ちゃんのことになると……」
「うるせえ!」

 その続きを聞きたかったのに再び冷やかされると思ったのか、直樹がふたりの言葉を遮って大声をせり上げた。
 バタンと部屋の扉が閉まる音が聞こえたのを確認してから詰めていた息を大きく吐きだす。

「るーりちゃん、直樹の気持ちわかった?」

 勢いよく開けられたクローゼットの扉の向こうにヒロくんとハルくんがにこにこして立っていた。
 そのふたりを見上げてからわずかに視線を泳がせつつも軽くうなずいてみせる。

 直樹、もしかしてわたしのこと――
 

 【おわり】


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Date:2015/03/11
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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