空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第3章 第37夜

 
 コートのポケットがベンチに当たっていて振動が伝わる。


「風間ちゃん、電話」


 三浦さんに促され、ポケットから携帯を取り出して画面を見ると、翔吾さんからの着信だった。
 どうしよう……出たくない。


「雨宮?」


 画面を覗かれて慌てて隠すけど、もう遅い。
 名前を口に出されていることですでにバレているのだから。


「出なくていいの?」


 震え続ける電話を握りしめてどうしようか迷っていると、止まった。
 留守番電話サービスへ転送されたのだろう。


「さっき、会議室で雨宮と斉木と三人で打ち合わせしてたら雨宮の奴、部長に呼び出されてさ。結局そこで話し合い中断」

「え? そうなんですか?」

「うん。急用だって言われて、部長との話が終わったのかも。で、風間ちゃんは雨宮をスルーするの?」


 再び震える携帯。
 出るにしても三浦さんの前で出づらい。

 この前の朝、翔吾さんと入った牛丼屋で三浦さんに“朝帰り?”って訊かれたから関係はバレているのかもしれないけど……。
 
 右側の方を向いて電話に出た。


「……はい」

『雪乃? 今どこ? シズールについたんだけどいないから』


 いつもとかわらない翔吾さんの声。
 なんでそんな普通でいられるのかわからない。

 そっか……海原さん、まだ妊娠のこと話してないって言ってた……母子手帳もらってから話すとか。
 あんな状況でも意外ときっちり聞いていた自分。


「ん、ちょっと急用が……ごめんなさい」

『そうなの? 雪乃の家で待ってていい?』

「今日帰らないかも……」


 嘘、口からでまかせ。
 来てほしくない。顔をあわせたくないから。


『え? 帰らないって……ひとり? 誰かと一緒なの?』

「ん、ちょっと……急ぐから、じゃ」

『待って! ゆき――』


 通話をオフにしてしまった。
 でも電源を切ってないからまたかかってくるかもしれない。鞄に携帯を入れてしまおう。


「避ける理由があるんだ?」


 ぼそっと三浦さんがつぶやいた言葉に小さくうなずいてみせたけど、理由は言えなかった。
 三浦さんは“ふうん”と小さく声をあげてコーヒーを飲む。


 また沈黙が走る。


 こんなところで長居させてしまったら三浦さんが風邪をひいてしまう。そんな申し訳ないことできない。
 なんとか早く開放しないと……。
 ギュッと少しぬるくなってきたカフェオレを握りしめる、と。


「風間ちゃん、オレにご褒美くれない?」

「……?」


 俯いたわたしの顔を覗き込んで三浦さんが笑う。
 ご褒美? 何かあったかな? 鞄の中をあさってみるけど……。


「違う違う、物じゃない」

「え? でも――」

「今日、帰らないかも? なんだろ? オレにつき合ってよ」

「――――は?」









「いらっしゃーい! あれ?」


 連れてこられたのは、この前翔吾さんと来た和食居酒屋さんだった。
 店長さんがわたしを見て驚きの声をあげた。


「この前、雨ちゃんと来た子だ。今日は三ちゃんと?」


 サンちゃん?
 首を傾げると、三浦さんが自分を指差した。
 みうらの三の字からサンちゃんか……なるほど。


「クマさん、奥いい? それともし雨宮が来てもオレ達がいること内緒にして」

「あーいよ、了解。一番奥の部屋空いてる」

 
 翔吾さんが来てもって口止めしてくれたのは助かった。
 三浦さんがわたしの背中を押す。
 この前の席より奥の部屋へ誘導された。造りはあまり変わりない。


「雨宮、風間ちゃんをここに連れて来たんだ。オレがあいつにこの店教えたんだけどな」


 腑に落ちないって感じで唇を尖らせる三浦さんはいつものイメージと違う。
 普段はこんなには砕けていないのに。仕事じゃないと気が抜けるのかな?
 相手は気を遣わなくていいわたしだしね。そのほうがわたしも気楽だった。


 三浦さんが頼んだ食べ物は翔吾さんが頼むものとほとんど同じだった。
 どれも美味しかったからうれしい。

 今日は自分からウーロンハイを注文した。少し酔いたい気分だったから。
 だけどあの時ほどハイペースには飲まない。
 せっかくおいしいものを食べて戻すのはとってももったいないし、帰れなくなったら困るから。


 三浦さんはわたしに何も訊かないで、職場の楽しい話をたくさん聞かせてくれた。

 高畑さんと三浦さんは同期なんだけどなんとなく苦手であまり話しかけられないとか、課長の家はかかあ殿下で尻に敷かれてるとか。

 翔吾さんと海原さんのことを深く考えずに過ごすことができた。
 だけど、完璧にわたしの中からふたりの存在が消えたりはしなくて……心から笑えなかった。


 しばらくして、三浦さんがトイレに離席した。

 ウーロンハイを飲みながらボーっとしていたら静かにふすまが開くのに気づいた。
 今出ていったばかりの三浦さんが戻ってきたのかと思ったら、店長さんが髭の口元に人差し指を当てて静かに入ってきた。


「雪乃ちゃん、ちょっといい?」

「え?」


 あれ? 名前教えた覚えないんだけど、なんで知ってるんだろう。
 でも、この店長さんに名前で呼ばれるのはなんだかいやな気がしない。なんでだろう。

 お兄さんに呼ばれているような安心感みたいなものを感じてうなずくと、三浦さんの席に膝をついた店長さんがニッコリ笑って揚げ出し豆腐のお皿を置いた。


「え……さっき頼んだ分は来ましたけど?」

「いいの、これはボクの奢り。気まぐれだから気にしないで。あ、ボク笹本ささもとっていうんだ。よろしくね」


 店長さんの髭の口元がニッと動く。
 クマみたいなのに笹……パンダのご飯って思ったら少しおかしくなった。


「あ……はあ、ありがとうございます?」

「雨ちゃん、ちょっと前に帰ったよ」


 思わず声が出そうになって慌てて手で口を押さえた。

 翔吾さん、ここに来てたんだ……わたしがすっぽかしたから……。
 少し俯いてうなずくと、ふふっと笑う声がした。


「雨ちゃん、雪乃ちゃんに本気で惚れてる。おかしいくらいにね」

「……」


 翔吾さんがきっとわたしの話を店長さんにしたんだなってすぐにわかった。
 何を話したかはわからないけど、そんなふうに思わせることを言ったんだって恥ずかしい反面うれしかった。

 でも……それをよろこんではいけないんだ。
 どこかでセーブをかけないと、これ以上好きになってはダメなんだから。
 忘れられなくて苦しむのは自分だってわかってるから。


「あれ? クマさん、どうしたの?」

「ん? ああ、差し入れ持ってきた。食べて」


 戻って来た三浦さんが揚げ出し豆腐のお皿を見てうれしそうに笑った。
 翔吾さんも揚げ出し豆腐を見た時、ああやってうれしそうな顔してたなって急に思い出して胸の奥がチクリとした。






「んー、そろそろ行こうか?」


 顔を少し赤くした三浦さんが腕時計をちらっと見る。
 わたしも自分の腕時計を見ると、二十二時半を過ぎていた。随分長居してしまったんだ。
 少しだけ酔っている気もしたけど、この前ほどフラフラもしない。
 身体は少しフワフワするけど、普通に電車に乗って帰れる範囲内だ。セーブして飲めば大丈夫なことを知った。そして気持ち悪くもない。



 帰り際、会計をする時、少しもめた。

 お金を払うと言ったのに三浦さんが一銭も払わせてくれなかったから。
 翔吾さんと来た時は、すでにわたしがぐでんぐでんでそんな話にもならなかったのを今思い出した。


「またおいで。三ちゃんとでも雨ちゃんとでもいいから」


 店長のクマさん? が豪快に笑って送り出してくれた。
 わたしは苦笑いを返すことしかできず……。

 暖簾をくぐってお店を出た後もその攻防は続いた。


「三浦さん、ダメですって。お金持ってますから……」

「いいんだって。今日はオレにつき合わせたんだから風間ちゃんはなーんも心配しないで」


 つき合わせただなんて違うのに……。
 三浦さんがわたしをほっとけなくてつき合ってくれた、それなのにお金まで払わせたら割が合わない。


「んじゃ、もうちょっとつき合って」

「えっ?」

「だって今日は帰らないかも、なんだよね。今家に帰ったら待ち構えてるかもよ?」


 鞄から携帯を出してみると、着信履歴が一件とメールも一件入っていた。
 どちらも翔吾さんからのものだった。
 鞄に入れていたから携帯が震えてるの気づかなかった。


  『急用って電話にも出られないくらいなの? とにかく用が終わったら連絡して。雪乃の家で待ってる』


 合鍵を渡したのは間違いだったと今さら後悔した。
 しかも家には何着か翔吾さんのスーツが置いてある。泊まっても何の問題もないのだ。

 困ったな……嘘も方便と言うけど帰るに帰れなくなってしまった。


「家、来る? ここから近いけど」

「ええっ?」


 あまりにもさらりと三浦さんに言われて驚きの声をあげると、すぐに気まずそうな顔をされた。
 変なこと考えてるわけじゃないけど、さすがにその発言に動揺を隠せなかった。


「あー別に何かしようって魂胆じゃないんだけど、家の方が落ち着くかなと思って……ごめん、軽率だった」


 わたしが狼狽するのを見て、三浦さんが頭を掻きながら詫びた。
 
 詫びないといけないのはこっちだ……。
 仕事を終え、お腹もいっぱいになってほろ酔い状態なら家でゴロリと休みたいのも無理はないもの。自分だってそうだ。
 
 今まで独身男性の家に行くなんて考えたこともなかった。
 もちろん翔吾さんの家に行く時もそうだった。
 でもわたしは翔吾さんの家に着いて行ってしまった。あの日わたしはその胸に抱かれた。

 三浦さんがわたしに興味があるとも思わないし、何かされるだなんて全く思っていない。

 だけどここですぐに家に行くなんて言ったら、ふしだらな女と思われないだろうか?
 結局そういうことを期待しているんじゃないのって思われるのもいやだ……。


「風間ちゃん?」


 心配そうな表情で三浦さんがわたしを見る。
 わたしは三浦さんに自分の思いを伝えた。

 きっと酔っていたから饒舌になっていたんだと思う。
 普段のわたしだったら自分の思いを伝えるなんてこと、できない。
 根暗で臆病でいつもウジウジしている自分なんて大嫌い。

 
 すると、三浦さんが苦笑いを見せた。


「そんなこと思わない。風間ちゃんがそんな女性だなんて思ったことないよ。ここでひとり帰すより、家に来てくれたほうがオレが安心なんだ」


 

 ――そして三浦さんのマンションへ行くことに、なる。
 
 

→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2013/02/08
Trackback:0
Comment:0
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/42-6dd15536
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)