空色なキモチ

□ 掌の鼓動 □

掌の鼓動 34

第三十四話

現在 25




「っ、なんで出ねえんだよ!」

 園田家のリビングに繋がる廊下の真ん中辺りで大きな舌打ちをした郁弥が着ていた紺色のパーカーのポケットに携帯をねじ込んだ。

「どうしたの? お兄ちゃん」
「なんでもない」
「なんでもないって言うわりに顔が怖いよ」

 リビングから揶揄するような笑みを浮かべた音葉が覗き込む。 

「なんでもねえって」

 苛立ちのあまり口調が強くなるけど、音葉は事もなげに首を傾げる。
 深く追及されるのを避け、郁弥はリビングには入らずにその先の浴室へ向かった。

「ご飯食べないのー?」

 音葉の声が聞こえたけど無視してやや乱暴に浴室の扉を閉めていた。

 
 桜もすでに散り、新緑の季節になった五月の初旬。
 ようやくゴールデンウイークに休みをもらえた郁弥は有紗に会いに行こうと思って電話をかけた。しかしそこから聞こえてきたのは有紗の声ではなく『現在使われておりません』という冷たい音声ガイダンスだった。出ないだけなら留守電を残すなり後でかけ直すなりの手段があるけれど、使われていないとなると話は別だった。
 繋がりもしない番号に何度もかけることの無意味さは莉彩の時にも味わっていた。だけどそれをやめるすべを知らない。ただ苛立ちと焦りだけが荒波のように押し寄せてくる。

「どういうことだよ……」
 
 もう一度携帯を取り出してリダイヤルしてみるも何もかわらなかった。
 メールも未送信、LINEも接続不可能。持っていた携帯を振り上げ、床に叩きつけようとして思いとどまる。そんなことをしても有紗に繋がるわけじゃない。だけどいきり立つ焦燥感をどうすることもできずに、はあっと深いため息を吐き出し、歯を食いしばった。


「明日、前の家の近くへ行ってくる」
「ああ、いきなりどうした?」
「お兄ちゃん、彼女と連絡取れないんじゃないの?」

 浴室から出てきていきなりそう告げた郁弥が音葉の指摘に何も言えず唇を噛みしめたのを見た郁人は顔をしかめた。
 まさか言い当ててしまったとは思わず音葉が気まずそうに手で口を覆って郁人と目を合わせる。
 眉間に皺を寄せた郁人が目配せし、音葉にうなずきかけて席を外すよう指示した。それに気づいた音葉が静かにリビングを後にする。

「本当なのか? 郁弥」
「……ああ」
「おい、それまずいんじゃないのか。だっておまえ、その子と」
「そうだよ!」

 こみ上げる苛立ちをどうにもできず、怒鳴り声をあげてしまっていた。
 郁人が悪いのではない。だけど理屈じゃどうにもならない感情が溢れ出し、泣き出しそうになってしまう。それを見た郁人がソファから立ち上がり、慰めるように郁弥の肩を優しく叩いた。

「しっかりしろ。協力できることはするから。家は知ってるんだろう」
「……知らない」
「は? マジか? 恋人だろう」
「今までは俺の部屋に来てくれてたから……」
「そういう問題じゃないだろう」

 あきれ口調の郁人が大きく吐息を漏らす。
 そんなことは痛いくらいわかっている。
 自分が今までどれだけ有紗を大事にしてきていなかったか身につまされていた。
 もし、有紗が自分に嫌気をさして連絡を絶ったのなら――
 そう考えるだけで身震いがした。

「やっぱり今から行く」
 
 いても立ってもいられなくなった郁弥は止める声も聞かず、園田家を飛び出していた。
 時間はすでに二十二時を回っている。
 今日の仕事の終わりは二十一時を過ぎていて、片づけなどを済ませていたらすぐに三十分くらいは過ぎてしまい、それから何度かけても繋がらない電話をかけ続けた。
 頭を冷やすために風呂には入らずシャワーだけさっと済ませた。疲れを取るために湯船に浸かるように散々郁人には言われていたものの、今の郁弥にはそんな余裕などあるわけがない。
 このままでは埒が明かない。だけどこのままじっとしていることなんかできなかった。

 郁弥は現在運転免許を取りに教習所へ通っていた。
 休みの日はほぼそれだけで終わってしまう。身体をゆっくり休める時間などほぼない。
 早く免許を取得し、郁人の車を借りて有紗に会いに行く日を楽しみにしていた。有紗を驚かせたくて内緒で教習所通いも決めた。それなのに肝心の有紗が消えてしまった。

 自分に愛想を尽かしてしまったのだろうか。
 もしそうだったとしても責めることなんかできない。それだけの思いをさせてきた。
 だけどようやく有紗への想いを自覚したのに、このまま終わりなんてどうしてもいやだった。
 焦りをどうにもできないまま駅に向かい、来たばかりの急行に乗り込んで受信メールを確認したが未読のものはなかった。

 為すすべもなく、無意味に電話帳をスクロールさせる。
 有紗の名前を見つけると針で胸を刺されたかのようにちくりと痛んだ。
 卒業式の日、一緒に撮った画像は送ることができた。それから連絡はしていなかった。
 ひとりにしないと約束したのに一か月も連絡しなかったからなのだろうか。いや、それでも有紗は待っていてくれるはずだと思い込んでいた。侮ってたわけではない。信じていた。
 小さなきっかけでもいい。なにか手がかりはないかと祈るような気持ちでスクロールを続けると拓弥の名前が出てきた。

 ――そうだ、拓弥なら

 拓弥が有紗と陰で親しくしていたことを思い出す。
 もしかして有紗の居場所を知っているかもしれない。

 若槻家の最寄り駅で降り、拓弥に電話するとすぐに着信になった。
 
『郁弥? 珍しい。どうしたんだ』
「あ、ああ」
『元気だったか? 帰国したらいなかったから気になってた』

 拓弥とはクリスマスのあの時からまともに話をしていなかった。
 大学へ進学の決まった拓弥は年が明けてまもなく学校の友人達と二ヶ月ほど渡米し、慌ただしく若槻家を出た郁弥とは入れ違いに帰国していた。
 
「まあ」
『それならよかった。土産買って来てたんだけど渡すきっかけがなくてちょうどよかった』

 拓弥の声は以前となにもかわらない。
 こっちに気を遣うような様子もない。あのクリスマスイブの告白は嘘だったのかと思うくらい自然で。

『有紗ちゃんにも渡したいんだけど、連絡が取れないから郁弥から渡してくれないか?』

 ――どくん
 胸の辺りの強い脈動を感じた。

『郁弥?』

 携帯の向こうで様子を窺うような拓弥の小さな声が聞こえてくる。
 拓弥も、有紗の行方を知らない。
 そのことを知った郁弥は絶望の淵に立たされ、しばらく言葉を発することができなかった。
 

**


 急に来た郁弥からの連絡、そして有紗の失踪を知った拓弥も自室で呆然としていた。
 有紗への土産を握りしめる手が震えていることに気づき、それをベッドの上に放り投げる。
 名目上は短期留学だったが、拓弥にとっては失恋の痛手を癒すため、有紗を諦めるための旅行のようなものだった。だけどやっぱり頭から有紗が離れることはなく、会いたい気持ちは募る一方だった。

 帰国後、真っ先に有紗にメールをした。
 諦めるつもりではいる。だけど会いたくてどうにもならなかった。
 もちろん無理強いするつもりもないし、彼女の気持ちを尊重したい。だけど友達としてでいいから時々会って今までみたいに接してほしいと願い出るつもりだった。

 しかし、有紗の携帯は繋がらなかった。
 メールを送信しても戻ってきてしまう。

 有紗が自分を拒絶していると思った。
 郁弥だけを想っている。有紗の意志の強さの現れだろうと。

 潔く引くしかない、そう思っていた。

 それなのに、郁弥も連絡を取れないと言う。

 いったい有紗はどこへ行ったのだろうか。
 何のために郁弥からも離れたというのか。
 二人の幸せのために想いを封印するつもりでいたのにその理由すら失ったようで、拓弥は行き場のない憤りと喪失感を覚えていた。


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Date:2014/11/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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