空色なキモチ

□ 掌の鼓動 □

掌の鼓動 28

第二十八話

現在 19




 郁弥の家に着いてすぐに目に入ったのは有紗の身長くらいの高さのクリスマスツリーだった。
 暗い部屋でも電飾がピカピカと輝いているのがとても美しい。
 幼い頃、圭理の家でのクリスマスパーティーにはいつもツリーが飾られていたことを思い出す。
 ここ何年かはツリーを出すことはなくなっていたけど、小さい頃は飾りつけを手伝わせてもらえてうれしかった記憶が蘇る。
 
 郁弥に促され、キッチンテーブルに座らされると、すぐに目の前にチキンと大きいデコレーションケーキが並べられた。シャンパングラスを二つ片手に持った郁弥がニコニコしていてなんだかうれしそうだ。

「チキンもケーキも買ってきたものだけど、まあ許せ」
「どうして……」
「クリスマスパーティーしたくってさ」

 とくとくと音を立ててわずかに色のついたシャンパンが注がれる。しゅわしゅわと炭酸がはじける音が耳に心地いい。
 
「メリークリスマス」

 驚いたまま呆然とする有紗のグラスに郁弥が自分のグラスを静かに当てた。
 慌ててそのグラスを手にする有紗を見て、郁弥がくすっと笑う。
 なんだか今までとは違う柔らかい雰囲気を醸し出す郁弥に気づいて有紗は少しだけ戸惑っていた。

「あ、そうだ。サラダもあるんだ。ケーキのろうそくに火をつけたら電気を消して……でー」

 手順を口にしながら郁弥が動き出す。
 手伝おうと立ち上がる有紗に首を振り、座ってるように告げた郁弥は生き生きしているように見えた。こんな郁弥を見たのは初めてだった。

 部屋を暗くするとケーキのろうそくとツリーの電飾だけが輝く。
 あまりのきれいさに携帯を取りだし、画像を収めようとする有紗を見て郁弥も同じようにし始めた。暗闇の中、視線があった二人は自然に笑い合っていた。
 ふたりでろうそくの火を吹き消すと、ツリーの電飾だけが部屋を照らし出す。

「俺さ、進路決めたから」
「え?」
「大学には行かない。高校を卒業したら庭師の見習いになる」

 テーブルに頬杖をつき、そこに顎を乗せた郁弥がじっと有紗を見つめていた。
 部屋の電気をつけた郁弥がチキンをとりわけ、ケーキを切ってくれる。いつも有紗がするようなことを率先して郁弥がしてくれていることにただ驚きを隠せずにいた。
 急に聞かされた郁弥の決意、それを話すために有紗をここへ呼んだ。
 別れ話だとばかり思っていた有紗は混乱していた。だけど郁弥の進路が決まり、心からうれしく思う。

 食事をしながら郁弥はどういういきさつでその決意をしたのか話してくれた。
 幼い頃に育ててくれた父との再会、その家族とのふれあいを嬉々として語る。
 そして今は揺るぎない決意を胸に社会に旅立とうとしている。そんな郁弥がとても大人に感じてまぶしいくらいだった。胸がいっぱいで涙が出そうになるくらい。
 郁弥のことを大事に思ってくれている家族がいてくれたことが本当にうれしかった。
 ケーキはとても甘くてチキンは柔らかくおいしかった。シャンパンはアルコールの含まれてない甘いサイダーのようで飲みやすい。

「よかったね、郁くん」

 涙を堪えながらようやくそう伝えると、郁弥の笑顔が向けられた。

「ずっと連絡しなくてごめんな」
「ううん、そんなこと」
「これからはちゃんとおまえのこと考えていくつもりだから」

 すっと伸ばされた手がテーブルの上に置かれた有紗の手を握りしめる。
 その暖かさに胸の奥が疼いた。

「俺達、ちゃんとつきあおう」

 目を見開く有紗を見て郁弥が困ったような顔で笑ってみせた。
 有紗の全身が震え、言葉を発することができない。潤んでいた瞳から涙が零れ、頬を伝ってゆく。
 信じられない気持ちでいっぱいだった。絶対に終わりを告げられると思っていたのに、郁弥の話は真逆のものだったから。

「郁くん……」
「これからは『郁弥』って呼んでほしい」
 
 郁くん――
 その呼び方は莉彩が郁弥を呼ぶものだったと拓弥から聞かされた時は正直辛かった。だけどその呼び方を変えろと郁弥が言った。
 席から立ち上がった郁弥がゆっくりと有紗の方へ近づいてくる。それはまるでスローモーションのように見えた。

「ふみ……や」

 有紗の声が震えながらその名を紡ぐ。
 きゅっと目を細めた郁弥の顔が近づいてくるのを感じ、涙を流しながら瞼を閉じるとそっと唇を重ねられた。一度触れて離れ、再び重ね合わされる。有紗の唇の隙間を塞ぐように郁弥の唇がそっと吸いつくとびくんと身体を強ばらせた。

「驚きすぎ」
「だっ……だって、わ、たし……わた、しで、い、いいの?」
「どうして?」

 怪訝な表情の郁弥が有紗の顔を覗き込む。

「あ、わ……わた、し」
「うん」
「も、いらないって……言われっ、言わ……」
「ゆっくりでいいから、全部言って」

 ポンポンと背中を優しく叩かれしゃくりあげながら有紗が呼吸を必死に整えようとする。
 それを見た郁弥が困惑顔のまま笑みを浮かべて、有紗の頭をそっと自身の胸に抱き寄せた。
 有紗が落ち着くまでしばらく時間がかかったけど郁弥はじっと待っていた。頭や背中を撫でながら今まで待たせたことを考えたら申し訳なくていくらでも待つ覚悟だった。

「ほん、とは、ずっと、ものわかりのいい振りしてた」
「うん」
「わたし、だけを見てほしかったの……でも、そんなのは無理って、思ってて……だから、今日、もうお別れなら……なにもかも、言っちゃおう……って」
「うん、言って」

 何度か郁弥に頭を撫でられたことはあったけど、こんなにも暖かく感じることはなかった。
 その温みに強張りついていた有紗の心の鎖がゆっくりとほどけていく。

「本気、ですか?」
「え?」
「本当に、わたしで……も、ひとりはいや……」

 有紗の顔のそばでうなずきながら笑う郁弥の吐息がかかる。
 額を合わせるようにされた後、郁弥の手が有紗の後頭部を包み込むようにして激しく唇を奪われた。初めての口づけにどうしていいか分からず目を見開き小さく身を震わせるけど郁弥はやめなかった。
 まるで今までの会えなかった空白の時間を全て埋め尽くすような情熱的なキスだった。
 郁弥の唇からケーキの甘みが伝わってきて、歓びと羞恥に押しつぶされそうになる。

「んっ、」

 変な声を上げてしまっていることもわかっていたけどどうにも止められず、郁弥の舌が有紗の口の中に入ってきてゆっくりと上顎を舐めたりするのをゾクゾクしながら必死に堪えていた。
 初めてのことでなかなか思うように郁弥に応えることができず、もどかしくて申し訳ない気持ちになる。
 なぜか下半身の辺りが熱くぎゅっと締めつけられるような感覚がして、自分が悦楽に溺れているんだということに気づかされた。
 恥ずかしい、という思いはとうに失われて、もっととねだるような気持ちで郁弥のシャツを握りしめる。

「ごめん、時間ないんだよな」

 唇が少しだけ離れ、瞼を開くと上目遣いで有紗を見つめている郁弥が残念そうにつぶやいた。
 優しく両手で頬を撫でてくれる郁弥の瞳に有紗が映し出され、喜びのあまりその首に縋るようにして抱きつく。

「時間、ある」
「え、ほんと?」
「うん……あるの。だから、わたし」

 椅子から少しだけ立ち上がった有紗が郁弥の胸に抱き寄せられ、お互いの温もりを確かめるかのように頬をすり寄せあった。
 

 一緒にシャワーを浴びた二人はきつく抱きしめ合い、なだれ込むようにベッドに身体を沈めた。
 有紗の首筋や胸元に散らされる赤い花びらのような痕が生々しく、郁弥の嗜虐心を煽り立てる。
 自分でつけたものなのにな、と小さな声でつぶやいた郁弥がそこをべろりと舐め上げるたび、有紗の身体はかすかに震え縮み上がった。

「そんな目、すんなよ」
「え、そんな?」

 どんな? と聞こうとすると、すぐに郁弥の唇に塞がれた。

 ――ごめんな。今まで優しくできなかった
 ――ううん、そんなことない
 ――これからは今までの分、全部……全部返すから
 ――返す?
 ――そう、全部。絶対にひとりになんて、しない

 最初はひんやりとしていた部屋もベッドシーツもいつの間にか二人の上昇した体温と熱気、そして汗で湿り気を帯びていた。
 郁弥の低音ボイスで囁かれる名前は自分のもの。誰の身代わりでもない。こんなにも幸せで満たされる抱擁は初めてだった。

 全身で郁弥の気持ちを受け止め、愛を感じた有紗はいつの間にかどろどろになって意識を手放していた。
 

→ NEXT
→ BACK
    web拍手 by FC2
*    *    *

Information

Date:2014/11/01
Trackback:0
Comment:2
Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

Comment

* 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/11/01 【】  # 

* むつはるさま


こんばんはー!ご訪問&コメントありがとうございました。
そうなんですー。ようやくお互い気持ちを伝えあうことができました。
随分遠回りしたように思えますが…ほっとしております(*´∀`*)

幼い頃からいろいろあった二人ですが、郁弥のほうが落ち着いてきて彼の心にも余裕ができてきたのかもしれませんね。
有紗のほうもいつか親と和解できたらいいのですが…。

そしてそして!圭理と拓弥も魅力的とおっしゃっていただけてうれしいです(*´v`*)
ずっとそう思っていただけたらいいのですが…今後の展開でどうなるかちょっと不安です。
更新を楽しみにしていただいてありがとうございます。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。

2014/11/02 【こなつ】 URL #- 

コメントの投稿








 ブログ管理者以外には秘密にする

Trackback

TrackbackUrl:http://ageha572.blog.fc2.com/tb.php/404-fde035a8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)