空色なキモチ

□ 掌の鼓動 □

掌の鼓動 27

第二十七話

現在 18




 クリスマスイブ当日。
 目覚まし代わりの携帯を見ると、メールが一件届いていた。
 着信はバイブレーターになっていたものの普段ならそれでも気づくはずなのに目が覚めなかった。
 
   『今日の夜、うちに来てほしい』

 たった一言だけ、圭理からだった。
 きっとクリスマスイブだからケーキを用意してくれたのだろう。毎年天道家はそうやってささやかなパーティーをしている。もちろん急遽分娩が入ることもあるので理平が抜けたり圭理が抜けたりもしているが朋美が毎年ケーキを焼いてくれるのがありがたかった。

 バイトが終わったら行くとだけ返信し、家を出ると昨日以上に寒かった。
 昨日どうやって圭理と拓弥の二人と別れたのかわからないから余計に会いづらい気持ちになっている。だけど拓弥へはクリスマスプレゼントのお返しをしないといけない。
 圭理には数ヶ月前からマフラーを編んでいた。紺と白のストライプで簡単なものだけど初めて編み物をする有紗には難儀だった。編み目が飛んでしまい何度かほどいたけど朋美が根気よく教えてくれたから納得のいくものに仕上がった。 
 毎年天道家ではプレゼントを渡し合ったりはしない。招待されている立場の有紗が気を遣ってプレゼントを考えようとした時、無駄な金を使わないようにと理平に強く言われた。
 だけど今回だけは特別だった。圭理に多大な迷惑と心配をかけているお詫びとお礼がしたかった。手作りならそんなに金額がかかるわけでもないから理平の見ていない時にこっそり渡すつもりだった。

 書店に向かう有紗の手には小さな紙袋がぶら下がっている。
 その中には紺一色のマフラーが入っていた。圭理のマフラーを作るのに買った毛糸が余った分で作ったもの。
 本当は余りじゃなくてあらかじめ多めに買った。その思いを打ち消すように有紗は頭を振る。
 部屋の扉のノブにかけておけば自分からだということは気づかれないはず。
 渡さないことも考えたけど、せっかく作ったものを無駄にするのもなんとなくいやだった。迷惑なら捨ててもらっても構わない。それを自身の手でしたくないだけ。
 何度も心の中で言い訳をしながらその紙袋を持ってバイトに向かった。


 拓弥へのクリスマスプレゼントはなかなか思い浮かばず、どうしたらいいか悩んだ。図書カードにしようと思ったけど、金銭で返すみたいで芸がないと思いとどまる。
 バイトまでの時間、駅ビルを闊歩しいろいろ探してみたがこれといってピンとくるものが見つからない。
 今まで話したことや一緒にいた時間を振り返り、家まで送ってもらった道のりで拓弥がよく空を見上げていたことを思い出した。星の名前を教えてくれるその顔はとても楽しそうだった。

「これにしよう」

 私服のままバイト先の書店の天文学コーナーに置かれた写真集を手にする。
 前々から気になっていたもので夜のきれいな星空の写真がたくさん掲載されている。自分でもほしいくらいだった。
 その本を購入し、バイトの制服に着替えながら有紗は大きなため息をついた。クリスマスプレゼントのお返しを買ったはいいけどどうやって拓弥に渡そうか悩んでいた。
 正直、拓弥と顔を合わせるのが気まずかった。
 拓弥はいつから郁弥と有紗がセフレだということを知っていたのだろうか。郁弥が言ったのだろうか。考えれば考えるほど会いにくくなるのはわかっているのに思考は止まってはくれなかった。

 同じ理由で圭理にもしばらくは会いたくない。
 だけど今日は圭理の家でパーティーがある。何もなかったように振る舞える自信がない。たぶん圭理も同じ気持ちだとは思う。それでも今日誘ってくれたのには圭理の優しさだろう。

 圭理にだけはセフレだった事実を知られたくなかった。

 もうなにもかもが遅い。
 知った圭理はどう思っただろうか。軽蔑したに違いない。
 セフレとの行為の失敗を尻拭いさせられていたんだから当然だ。

 重い気持ちのまま仕事をしていたのが祟ったのか、書架の上の方の書籍を取ろうとして有紗は脚立から落ちてしまった。
 幸いそばに誰もいなかったのと本を傷つけないよう咄嗟に抱えて無事だったけど、右の足首が少しだけ痛んだ。それも忙しく仕事をしているうちに忘れていた。

 休憩時間、更衣室に戻って水を飲みながら何気なく携帯を手にするとメールが二件届いていた。

「え?」

 画面に表示されている名前の一件は郁弥からのもので、声が出てしまった。
 同じように休憩をしているバイト仲間が怪訝な表情で有紗を見ているのがわかり、苦笑いをして返す。

 メールを開くと数分前に受信しているものだった。
 内容はいつものようにあっさりで『連絡がほしい』の一言のみ。
 もう一件は圭理からで、急な分娩が入りそうだということと夜の約束は遅くなるかもしれないから一度病院へ寄ってから圭理のマンションで待っていてほしいという内容だった。
 お先、と出て行ったバイト仲間を見送り、誰もいなくなった更衣室で郁弥に電話をかけてみた。
 胸がドキドキするのはきっとひさしぶりだから、そう言い聞かせるようにして。

『ひさしぶり。今、少し話せるか?』

 いつもと変わらないトーンの郁弥の声が耳にくすぐったい。
 この声も好きだったんだ、と思ったら自然に涙が潤んで目の前が霞むようになる。

「うん」
『今日って時間ある? 何時でもいいんだけど』

 郁弥がこうして有紗の都合を聞いてくるのは珍しい。むしろ初めてかもしれない。それだけでうれしくなってしまうのはなぜだろうか。 

「今バイトで、その後少しだけなら……」
『そっか、よかった。今日の今日で悪い。どうしても話したいことがあって』

 どうしても――
 その言葉に身体が硬直する。唇すら思うように動かない。なんとか「そうなんだ」と伝えることができたくらいだった。
 バイトの終了時間の確認をされ、有紗のほうからすぐに通話を終わらせてしまっていた。
 
 怖かった。
 きっと別れを告げられるのだろう。わかっていた。郁弥が自分に話したいことなんてそれしかない。
 別れるもなにもつきあってなんかいなかったんだから考えてみればおかしいたとえなのだけど、それでもやっぱり悲しさは隠せずにいた。

 有紗は少し前からずっと考えていた。
 郁弥が別れを切り出すために自分ができることを。
 きっと郁弥に罪悪感はないとは思う。それでいい。だけど少しでもそう感じることがあるのなら、自分から離れることを告げた方がいいのではないかと。
 そうすることで郁弥が振られたみたいな形になって有紗を憎むかもしれない。むしろその方がいい。憎まれてもいい、それでも郁弥の記憶に高邑有紗という存在をわずかにでも刻み込むことができるのであれば、それは本望だと。
 有紗を恨むことで、郁弥の莉彩に対する思いを少しでも軽減できるのなら――
 
 携帯をバッグにしまおうとして、今日は拓弥からメールが来ていないことに気がついた。いつもならこの時間までに一件は来ているはず。
 やはり気まずいのかもしれない。有紗もそうだったからある意味ありがたいけどこのプレゼントは早く渡したかった。郁弥に頼むのも違う気がして、どうしたらいいのか途方に暮れてしまう。

 
 バイトを終えて携帯を確認すると、留守電が入っていた。
 圭理からのもので予想通り分娩が入って今晩は帰れそうにないこと、有紗の予定がつくのであればパーティーは明日にしてほしいことが慌てた口調で録音されていた。
 帰ってもひとりなんだと思うと寂しくなる。しかもこれから郁弥の話を聞かされたらもっと気分が落ち込むはず。だけどしかたがないこともわかっている。
 重い足取りで職員用の通用口から書店を出ると、冷たい空気が耳や頬を刺すような刺激を与えた。
 昔から使っている赤の古くて色のすすけたマフラーを耳を隠すように巻き直して小さく身を竦める。
 郁弥は食事のことに関して何も言ってなかった。作る必要もないのだろう。話だけ終えたらすぐに帰るべきだと思っていた。そもそも有紗が少ししか時間がないと言ったのだから当たり前のこと。

「あ……」

 書店の前に拓弥が立っているのに気づいて小さく声を漏らしてしまった。それに気づいた拓弥がこっちを見て寂しそうな笑顔を向ける。

「お疲れさま」
「どうして」
「いつものことでしょう?」

 まるで驚いている有紗の方が不思議と言わんばかりに拓弥がおかしそうに笑みを浮かべる。
 いつものこと、拓弥はそう言うが今までとは全く違う。
 拓弥から向けられる視線も雰囲気も醸し出す空気までもが有紗を慈しむようなものに感じられらた。
 拓弥からの愛情が一直線に向けられているようで喉元がぎゅっと締めつけられたみたいに少しだけ息苦しさを感じる。
 今までの関係がよかった、それを望んでいた有紗は心苦しい思いでいっぱいだった。

「そんな顔しないで」

 ごめん、と小さく続けた拓弥の表情が悲しみを纏ったものに変化する。 
 それを見た有紗は息を詰めて首を横に振った。
 自分がどんな顔をしていたのかわからない。だけど表情ひとつで感情を読みとらせてしまったことを申し訳なく思っていた。

「ち、違うんです。ちょっと疲れちゃって……今日時間長かったから」

 うまい言葉が見つからずなんとか弁解をすると、「そうなんだ」と目を細めた拓弥が「お疲れさま」と続けた。

「そ、そうだ。これ」

 持っていた書店の袋を拓弥に差し出すと、きょとんとした目でそれを見て首を傾げた。

「クリスマスプレゼント、です」
「僕に?」

 驚いた表情を向ける拓弥にうなずくとうれしそうに顔を綻ばせてそれを受け取ってくれた。

「ありがとう。すごくうれしい」
「たいしたものではないんですけど……自分が気に入ったもので」

 和やかになった雰囲気に自然に二人とも笑みを浮かべていた。
 書店の袋を拓弥が大事そうに抱えるのを見て、渡せてよかったと心から思った。
 その時、向かい合わせに立つ有紗と拓弥に近づいてくる人の気配を感じた。

「お疲れさま」

 そう声をかけられて、視線を向けるとそこに立っていたのは冷ややかな目で二人を見つめている郁弥だった。
 気だるそうに両手をジーンズのポケットにつっこみ、少しだけ怒ったような表情で拓弥を睨みつけているように見える。

「なんでおまえがここにいるわけ?」
「あっ、拓弥さんはっ……お客さんでっ、今偶然会っただけっ」

 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気を察した有紗は咄嗟に嘘をついてしまっていた。
 なぜこんなにも郁弥から怒りの感情が醸し出されているのかわからないけれど、なんとなく本当のことを言えなかった。有紗が渡した書籍を拓弥の買い物だと思ってくれることを期待した。

「まあいい、行くぞ」
「おまえこそ、今更なんなの?」

 そんな有紗の思いを覆したのは意外にも拓弥だった。 
 このまま事を荒立てることなく終わりそうだった。それなのになぜという思いで拓弥を見ると、郁弥以上の怒りの感情を向けているのに気づいた。

「今まで彼女を放置して、こんな日に」
「こんな日?」
「これ以上有紗ちゃんを惑わすのはやめろ」

 止められる雰囲気ではなく、有紗はただオロオロしてしまう。
 どちらを止めていいのかわからなくなっていた。

「惑わす? 意味が分かんねえ」
「そのままの意味だ」
「ったく、埒が明かない。行くぞ」

 いきなり郁弥に手首を掴まれ、少し強く引かれた。
 さっき痛めた右足に重心がかかり、小さく声を上げると郁弥が大きく振り返った。

「どうした?」
「ううん。大丈夫」
「足を痛めてるんじゃないのか?」

 拓弥が有紗の足下にかがもうとするのを慌てて制した。
 仕事中に少しひねったことを話し、ゆっくり歩けば大丈夫だと繰り返すと二人とも心配そうな顔を有紗に向けた。
 持っていた手提げと紙袋に郁弥が手を伸ばす。

「俺の腰に掴まれ」

 自然に伸ばされた左手が有紗の肩に回される。
 吸い寄せられるように郁弥に近づいた身体が急に熱くなるのを感じた。

「あ、ありがとう」
「こんなところにいつまでもいたら冷えちまう。行こう」

 ゆっくりと歩き出す郁弥の腰に手を回し、歩き出そうとした時。

「僕は有紗ちゃんが好きだ」

 拓弥の声が郁弥と有紗の歩みを止めた。
 ピッと郁弥の身体が一瞬強ばるのが有紗には伝わっていた。

「もう告白もしている。あとは返事待ちだ」

 何を言い出すの?
 有紗の頭は真っ白になっていた。
 見上げて郁弥の様子を窺うと、真っ正面を見たまま顔色ひとつ変えていない。
 有紗が拓弥に告白されても郁弥にとっては無関係のはず。だから今の郁弥の反応は当然だと思う反面、切なさのあまり少しだけ胸が疼いた。

「だから邪魔しないでほしいとでも言いたいのか?」
「そうだ」
「ははっ」

 急に高い声で郁弥が笑い、抱かれた有紗の左肩に力が込められる。

「行くぞ」

 郁弥に押し出されるようにして自然と足が前に出た。
 なんの笑いだったのかわからないまま、その場に拓弥を置き去りにして歩き出すしかなかった。振り返ろうとしても郁弥がそうはさせなかった。

 郁弥はなにも話そうとはせず、ゆっくりとした足取りで有紗を庇うように歩みを進めた。
 

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Date:2014/10/31
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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