空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第3夜

 
 そして、現在に至る。


 年明けから一ヶ月、二月になろうとしていた。


 利用してる、だの髪ボサボサだの言われたあの忘年会の後からわたしは雨宮翔吾に仕事を頼まれても軽く頷くだけになった。

 以前みたいに“はい”だなんて返事もしない。
 もちろん照れ隠しに俯いたりもしない。


 本当は、わたしの仕事を見て頼んでくれているのかもって少しだけ期待していた部分があったのかもしれない。
 だからあんなふうに“利用”なんて言葉を本人の口から聞いて――

 悔しい。その言葉が一番適していると思った。



「その髪型、似合ってる」

 
 この人は思っていないことも普通に口に出す人なんだ。
 今そのことを知った。ボサボサ頭だって思ってるくせに。
 パシリにしか思っていない地味な女のご機嫌取りをするほど暇人ではないはず。


 追いかけてくるのがわかる。
 うっとおしい。やめてほしい。
 
 
 髪を切ったって何もかわらないことはわかっている。
 

 早くこの場を立ち去りたい。
 仕事を終えて真っ直ぐに家に帰ってお風呂に入って大好きなネット小説を読みたい。
 読みふけって現実を逃避しながら眠りにつきたい――



「これから外回りだから、十七時半に正門前で待ってる」

「――は?」

「これ、俺のメアド。渡しておくから」


 いきなり肩を掴まれて振り返らされたと思ったら、右手に小さなメモを握らされた。
 メアド? なんで?
 
 そんなわたしの思いをよそに、雨宮翔吾はさっさと資料室を去って行った。



 雨宮翔吾がメアドを教えないっていうのは営業部での噂になっていた。

 もちろん仕事を一緒にする男性社員や上司は知っているはず。
 でも直接仕事に関係のない女性社員には教えないと有名だった。


 それなのに……なぜ?


 手中に握らされたメモには確かに携帯の番号とメールアドレスらしき英数小文字の羅列があった。
 その文字は男の人にしてはきれいなもので、とっても見やすかった。


 ――――必要、ない。


 そのメモ用紙を小さく破って資料室のゴミ箱に捨てた。




 就業時間は十七時まで。

 いつもはデスクを拭いたりコピー機の紙をセットしたりして退出するのは大体十七時半を超える。
 だけど今日はチャイムと同時に席を立った。


 さっさと着替えを済ませて足早に退社する。
 正門の前に雨宮翔吾の姿はない。まだ営業から戻ってきていないから。

 
 冷たい風を切りながらいつもより早足で駅に向かい、電車に乗り込む。
 なぜかそこまで緊張が収まらなかった。
 万が一にでも見つかったら嫌だなって気持ちがあって焦っていた。


 電車の窓に自分の姿が写る。

 地味なグレーのトレンチコートに黒のボトムス、足元は歩きやすいよう運動靴だ。
 鞄だって地味な茶色のA四サイズのファイルが入るトートバッグ。
 
 女を捨ててると思われてもしょうがない格好。実際捨てていないと言ったら嘘になる。


 目の前の席が空いた。
 優先する人がいないか周りを見回す。幸い若い人だらけの車両に安心して空席に腰掛けた。
 ポケットから携帯を取り出して、ネット小説を読み始める。

 これが、唯一の楽しみ。

 こうやって小説を読んでいる間は現実を忘れられる。


 ネット小説は楽しい。
 ハッピーエンドとタグのつけられたものしか読まないから。
 絶対に主人公が幸せになる。それを読んでいるのが楽しい。

 自分のことじゃないのに、自分のことのように……。



 携帯が震える。

 着信と表示されたけど、知らない番号の羅列。
 登録している人なら名前が出るはずだから知らない人だ。
 どっちにしろ電車の中だから出るはずもない。

 だけど小説を読むのに何度も表示される見知らぬ番号はかなりうざったい。

 ゆっくりじっくり読みたいのに……その気がそがれる。
 せっかくの自由時間なのに。


 電車を下りても震え続ける携帯電話。
 意を決して通話ボタンを押して出てみる。


『――――風間さん?』


 低めのバリトンボイス? 雨宮翔吾?
 なんでわたしの携帯の番号を……?


『今日十七時半、正門前。約束したよね?』

 
 少し怒ったような声が聞こえてくる。
 腕時計を見ると、十七時五十分をさしていた。


『風間さん? 聞いてるの?』


 いや、聞いている前に自分の番号をなぜ知っているのか知りたい。
 でも聞くのも変な感じだ。


『風間さん。約束忘れたの? それともすっぽかしたの、かな?』

「約束した覚え、ないです。それでは失礼します」

『待って! 切るなよ』

 
 慌てたような雨宮翔吾の声。
 初めて命令口調で指示されて一瞬たじろいでしまう。
 しょうがないから駅のホームのベンチに腰をかけて、聞こえないよう通話口を手で押さえてから小さくため息をひとつ漏らした。


『風間さん。俺怒ってるんだけど?』

「……はあ?」

『こんなふうにすっぽかされたの、生まれて初めてだ』


 小さく舌打ちの音が聞こえてきた。
 ああ、イケメンは約束をすっぽかされたりはしないでしょうね。
 どうせすっぽかす方なんでしょうけど……。

 生まれて初めてすっぽかされたのがこんな地味な女で腹が立つってわけか。


 そもそもすっぽかしてなんかいない。約束なんかしていないのだから。
 ただわたしは今日早く帰ってきただけ。それだけの理由。

 あーこの微妙な沈黙が嫌だ。


「あの……他の方誘っていかれたらどうですか? 自分は飲めませんし楽しくもないでしょう?」

『楽しいとか楽しくないとかで誘ったわけじゃないんだけど?』


 じゃあなおさら意味がわからないのですが?
 ご立腹の様子が伺える声を右から左に聞き流したいところだけど……。


『風間さん、俺のこと嫌いなの?』


 さっき聞かれたのと全く同じ質問だ。
 わたしは自分のボブカットの毛先を指で梳いて見つめた。
 すごいうねり……まとまらないし最悪だ。


『俺、楽しみにしてたんだけど……』

「?」

 
 楽しみ? 何が?
 あー、わたしを飲みに誘ってよろこんで舞い上がる姿を見てバカにする楽しみってやつ?


「あの……からかうなら他の人にしてもらえませんか?」

『は?』

「さっきも言いましたが仕事以外に話しかけるの今後一切お断りしたいです」

『ちょ……』


 何か言いたそうな感じ。
 でもわたしだって言う権利はあると思う。


「なんでこの番号をご存知で? 教えた覚えはまったくないのですが?」

『……それは』

「おおよそ女子社員にでも聞いたんでしょうけど、個人情報ですよ?」

『風間さんだって俺の番号知ってるだろ? お互い様』


 むっとしたのがすぐにわかるようなトーンで噛み付いてきた。


「知りませんよ。雨宮さんの番号」

『は? さっきの……』

「資料室のゴミ箱に捨てておきました。万が一拾われてもばれない程度に細かく切りましたので、ご安心を」

『……』

「それではお疲れ様でした」


 通話をオフにする。
 はー! すっきりしたあ!


 全く人の携帯番号をリークするなんて誰よ?
 もう職場の人間誰も信用ならない。




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Date:2012/12/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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