空色なキモチ

□ 掌の鼓動 □

掌の鼓動 23

第二十三話

現在 14




 病院の楓の木の葉がほぼなくなり、確実に師走が近づいていることを物語っている。
 外は冷たい木枯らしが吹き、窓には室温と外の温度差を知らしめる結露を見るようになっていた。
 入院中の妊産婦の夕食の下膳を終え、夜食の準備をすませて帰ろうとしている有紗に圭理が声をかけた。

「お疲れさま。うちに寄ってかないか。ちょっと話もあるし」

 圭理のマンションは天道産婦人科病院から有紗のアパートの前を通過し、数軒どなりにある。
 まるで時空がずれたかのように有紗の古いアパートと圭理のきれいなマンションが並んでいる。

 最近有紗がこことは別に書店のアルバイトをしていることを知った。
 内緒にしているようだけど看護師がたまたまその書店に寄った時、有紗が働いているのを見つけたと話してくれた。有紗には声をかけずに帰ってきたけど、高校生がバイトの掛け持ちをして大丈夫なのかと心配をして圭理に教えてくれたのだった。
 別に内緒にしていることを怒っているわけではない。
 書店のバイトをしながらでもここでもちゃんと働いてくれているし、サボることも手を抜こうとすることもない。いつも一生懸命に働いている有紗には助かっている。入院中の妊産婦にも慕われているし感謝しているくらいだ。
 だからこそ、気がかりでならない。
 そんなに働いて身体を壊さないか。金に困っているんじゃないだろうか。
 それを聞くまでもないけれど、ひとりで生活する分には問題ないと言っていた。もちろん有紗の言うことの全てを真に受けているわけではない。
 有紗が負担に思わないよう今は食事の面くらいでしか援助ができていないことが圭理には歯痒く、それは積年の思いだった。

 それとも、もしかして大学に進学したいのかもしれない。
 前に進路を聞いた時には、高校を卒業したら就職したいと話していた。勉強は好きではないからと舌を出しておどける有紗だったけど、成績がいいのはなんとなくわかっている。
 もちろん通知表や試験の結果を見ているわけではない。テスト前に勉強をする有紗のノートや教科書の無数のラインを見て感じていたし、今の高校は有紗のレベルにはあっていないこともわかっていた。
 有紗は高校受験の前日に酷いインフルエンザに罹患し、第一希望の学校の試験を受けることができなかった。そのため一度は中卒で働くと言い出したのを説得して二次募集の学校を受けさせたのは圭理だ。 
 もし大学を希望するのであれば奨学金制度を利用してもいいし、有紗さえ納得するのであれば自分が負担しても構わないと思っていた。 


**


 一緒に近くのスーパーに寄って鍋の具材を購入し、有紗は一度家に戻り、私服に着替えて圭理の家にやってきた。
 耳までマフラーを巻いているけど外した時には頬も耳も真っ赤だった。暖かそうなコーデュロイの茶色のパンツを履いているが、もう何年も同じものを着ている。
 一緒に手早く調理し、キッチンテーブルに向き合って座り、鍋のふたを開けるとうれしそうな顔で有紗がその中を覗き込んだ。

「卒業後の進路は決めているのか?」

 急に問いかけられ、目をぱちくりした有紗が曖昧に首を傾げて目を逸らす。まだ決めかねているというのがすぐにわかった。

「大学に行きたいのなら応援する」
「え?」
「学費のことは心配しないでいいから勉強を頑張れ」

 そう告げると、なぜか有紗は寂しそうな顔をして瞼を伏せた。
 やはり人に頼ることはしたくないのかもしれない。だから隠れてバイトまでしているのだろう。
 無理をしてほしくなくて申し出たことだけど、有紗にとってはあまりうれしくないことだったのだろう。逆に気を遣わせてもっと働こうという気を起こさせてしまったらどうしよう。逆効果だったかもしれないと圭理は反省していた。

「心配してもらってごめんね。でも大学には行かないの……少しでも早く働きたいから」
「そう、なのか。就職先は?」
「……まだ。しばらくは派遣に登録してみようかと思ってる」
「それならうちで働けばいい」

 目を丸くして戸惑う有紗を畳みかけるように圭理が言葉を重ねた。
 じゃあなぜバイトを掛け持ちしているのかと聞きたい気持ちもあったけど、今はこっちの話を優先させたかった。

「もちろん正社員として雇う。仕事もほぼ毎日になるだろう。事務系の仕事も兼任してもらえると助かる」
「ちょ、圭くん」
「もしこの仕事に興味がわいたらいずれ看護学校へ行けばいい。だめか? いい話だと思うけど」

 有紗の視線が泳ぎ出す。 
 もう一押しだと睨んだ圭理はさらに言葉を続けた。

「有紗なら母さんや看護師達も気心知れてるし喜ぶと思う」
「でも、そんな大事なこと圭くんの一存で決めちゃ」
「大丈夫だって。有紗ならいいって親父、じゃない院長も許可するはず。オレに任せておけばいい。だから、あんまり無理はするな」

 でも、と繰り返す有紗の反応を見て、きっと悪くない方向へ話は進むはずだろうと圭理は思っていた。
 有紗が自分の病院でずっと働いてくれるならそれは願ってもないことだった。
 

**


 なんだか話がおかしな方向へと有紗は思っていた。
 高校を卒業したらこの町を出るつもりだということを言いそびれてしまった。
 圭理や天道家の人にこれ以上迷惑をかけないためにそうしようと決意したはずだったけど、もし自分を必要としてくれるのなら申し出を受け入れるべきだと思う。今までの恩返しもしないでいきなりいなくなるのは不義理なのかもしれない、と。
 
 恩返しをしたあとにこの町を去るのでも遅くはない。

 そうすれば、少しでも長い間郁弥のそばにいられるかもしれない。
 郁弥が自分を必要としてくれる限り、その願いに応えたかった。


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Date:2014/10/27
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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