第十七話過去 3【郁弥と莉彩】
郁弥はどんどん身長が伸び、見た目は細身だけど適度に筋肉がついて男っぽくなっていく。
それに加え、美しい葉子似の切れ長で涼しげな瞳がチャームポイントで笑うととてもかわいく中性的な魅力があっていつしか女子生徒から何度も告白されるようになっていた。
しかし恋愛には疎く、女子と話すのが苦手で告白はすべて断り続けていた。
それよりもバスケが楽しくてしょうがなかった。
中二の夏の終わりには三年生の引退に伴い、主将に任命されて何度も試合に出るようなり、他校の女子生徒からの黄色い声援を浴びることが多くなった。
なんで女子はあんなにも騒ぎまくるのだろうか。
まわりのメンバーにはうらやましいだのうれしいだろだの言われるが全くもって逆で、ちょっと黙ってろと大声で怒鳴りたいくらいだった。
そんな郁弥は周りの女子からもバスケ部員からも『硬派』と呼ばれていた。
軟派よりはいいか、とあまり深く意味を考えようともせずはいはいと軽く受け流すだけ。
自分のことを好きだと言ってくれている女の子達だって所詮本気なんかじゃない。自分のことを何も知らないくせに『好き』だなんて言葉にする時点でそんなの本気じゃないと思っている。そんな上辺だけの思いは必要ないと冷たくあしらっていた。
しかし、中学三年になった郁弥に転機が訪れた。
クラス替えで隣の席になった女子に気を取られるようになる。
茶色の長い髪がさらさらと風になびき、白い首筋が妙に色っぽかったのが印象深い。
彼女の名前は
渡辺莉彩。
郁弥の通う中学校は生徒数が多くて一学年六クラスあり、同じクラスにならなければ顔を合わせることもなかっただろう。
莉彩は活発な生徒で運動神経も良く、男女問わず人気があり、学年で一位二位を争うほど勉強もできた。まさに同性にも憧れられる女子といえる。
とにかく目立つ生徒で、髪が茶色いのは染めているのかと生徒指導の先生に目を付けられていたが本人は『地毛』だと言い張っていた。
郁弥が教科書を忘れるとすぐに見せてくれたし、宿題をやってこなくても写させてくれた。
急速に仲良くなった二人はいつしか公認カップル扱いを受けるようになった。友達にはうらやましがられ、お似合いだと囃し立てられる。
いつもだったらこうして冷やかされることに苛立ちを感じ、スルーという拒絶の意を露わにしていた。
そしてそれでも続くようならその相手の女子にも関わらないようにしていたくらいだった。だけど莉彩とだけは噂になることがうれしく感じ、郁弥は満更でもなかった。
莉彩は何度も郁弥の試合を見に来た。
男子バスケ部のマネージャーとも仲がいいようで選手席に近寄り、郁弥にフェイスタオルを渡したりと噂が肯定とも取れる態度を示していた。
中三の夏休みに入る終業式の日。
郁弥から告白をして、二人はようやくつきあうようになった。
夏休みは受験勉強の合間に二人でプールや映画に行き、とても楽しく有意義な時間を過ごした。
初めてのキスは映画の終わり、テロップが流れている時だった。
オレンジジュースを飲んでいた莉彩の唇は柔らかくて甘く、忘れられないいい思い出になった。
しかし、二人は中学三年の大事な時期で、遊んでばかりはいられない。
受験勉強は主に図書館でしていたけど、混んでいる時は郁弥の別宅ですることもあった。
その時、郁弥は莉彩が秀英高を希望していることを知った。
莉彩は秀英を中学受験したけど不合格だったこと、だから高校には絶対に行きたいと生き生きと話す。そんな莉彩を郁弥はどこか上の空で見つめていた。
秀英高校は自分には絶対に無理だ。たとえ受験するだけの頭脳があったとしても学費が高い。そして実際そんな頭脳もない。自分が受けてもただの記念受験にしか成り得ない。
「どうしてそんなに秀英に行きたいの?」
「え? だって制服かわいいし、秀英大に進むには手っ取り早いから」
莉彩は自分の夢を語り出した。
幼い頃から英語を習っていた理彩は日常会話はでき、ゆくゆくは通訳になりたいと教えてくれた。そのため英文科の質が高い秀英大に進学し、自分が納得できるカリキュラムで学びたいと瞳を輝かせる。
夢を追いかけている莉彩がうらやましく、そして自分にはその夢がないことに愕然とした。
自分はどうなりたいのだろうか、全く先が見えない。
高校に入ってもバスケは続けたい。そのくらいの夢しか見つけられず、く情けなく感じていた。
大学は、その後は――
莉彩に比べたら何もない自分。
こんな自分が相手で莉彩は本当にいいのだろうか。
そんな一抹の不安を抱きながら勉強をしても全く身に入らなかった。
それから二人は図書館に行く回数が減り、常に郁弥の家で勉強をするようになっていた。
莉彩は塾にも通っているため毎日は無理だったけど週に二、三回は通うようになり、少しずつ二人の仲も深まっていった。
最初はキスだけ、しかも唇を擦りあわせる程度だった。
少しずつ探るような深い口づけに変わり、繰り返しているうちにそれだけでは物足りなくなった二人は徐々に制服の上から互いの身体に触れ合うようになっていた。
そして制服の隙間に手を伸ばし、素肌に触れるまでそう時間はかからなかった。
「郁くん、いいよ」
最初にそう言ったのは莉彩の方だった。
もちろん郁弥だって興味がないわけではない。いつでも莉彩に触れたかったし、ひとりの時は莉彩を思いながら自慰をした。
部活の仲間と冗談混じりに小遣いを出し合って避妊具を買い、分けたのを思い出した。
保健体育の授業でそれの必要性、装着法も学んだ。いつ拓弥が部屋に来てもばれないように机の引き出しの奥に隠していた。
「準備いいね。郁くんもしかして経験あり?」
「違うよ、これは」
「説明しなくていいよ。ね、シャワー借りていい?」
浴室へ向かっていく莉彩の後ろ姿を見て、この状況に慣れているような気がしてならなかった。
経験あり、と聞かれて否定したから郁弥が初めてだということはわかっているはず。だけどなるべくならリードしたいという気持ちがあった。今まで本やDVDで知った知識を総動員させて何とか乗り越えられるものなのだろうか。そんなことを考えていたら莉彩が戻って来てしまった。
白くて華奢な莉彩の体幹にはバスタオルが巻かれ、肩口にもタオルがかけられている。頬は真っ赤に染まり「見ないで」と恥ずかしそうに目を背けた。
そんな莉彩がかわいくて、でも凝視することは躊躇われ、すぐに浴室へ向かった。
シャワーを浴びながらも胸の鼓動をうるさいくらいに感じ、寝室に戻ると再加速したようだった。
自分のベッドに寝そべって背中を向ける莉彩。掛け布団から見えるのは莉彩の茶色い髪だけ。
ベッドサイドに腰をかけるとギシリと小さく軋み、身体が少しだけ沈む。
莉彩の後頭部をそっと撫でるとびくりと震えるように身をすくめたのがわかった。莉彩の緊張がダイレクトに伝わってくる。
慣れているわけがない。
きっと自分をリラックスさせるために緊張していない振りをしてくれたのだろう。そう思ったら急に愛しさがこみ上げてきた。
肩をベッドに押し倒すようにして仰向けにし、唇を重ねようとすると莉彩がぎゅっと眉間にしわを寄せて目を瞑った。
「優しく、して」
初めてだからそんな余裕があるとも思えない。
だけど、郁弥はうんと力強くうなずいていた。
莉彩を大事にしたい。優しくしたい。その気持ちは溢れんばかりだったから。
初めて自分を欲してくれた人。初めて心から欲した初恋の相手。
二人の身も心も結ばれた中学三年生の夏の終わりの出来事だった。
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