夜中、翔吾さんがベッドから下りて目が覚めた。
部屋はカーテンが少し開いていて月の光のみが照らしてくれている。
「あ、起こしちゃった? 水飲む?」
裸のままの翔吾さんが振り返る。
月の光の逆光になっていてよく見えなかったけど、締まった身体つきのシルエットがやけに美しかった。
うん、とうなずいて布団を被るように顔を隠すとくすっと笑い声が聞こえた。
水のペットボトルを持ってきてくれた翔吾さんが布団にもぐり込んできてわたしに抱きついた。
その身体はすでにひんやりしている。
「雪乃、ちょっとだけ話してもいい?」
「……うん?」
わたしを小脇に抱えてじっと目を見つめられた。
翔吾さんの手がわたしの左頬を優しく何度も撫でる。
「さっき、避妊しなかったんだ」
「――え?」
聞き間違いかと思って聞き返す。
避妊しなかった……って、避妊具を使わなかったってこと……?
「どうし……」
「持ってなかったのもあるし、しなくていいかなとも思った」
わたしの言葉を遮るように重ねて告げられた。
翔吾さんの目は迷いがなかった。間違ったことはしていないと言いたそうな目だ。
だけどわたしは戸惑っている、全くそんなこと考えもしなかったから。
「もし、子どもができてたらすぐに雨宮雪乃になって」
「…………え?」
「あ、いや。できてなくてもいつかはそうなってほしいんだけど、な」
……雨宮雪乃。
自分の名前の上につけられたその姓は聞き慣れておらず、なんとなくしっくりこなかった。
その違和感を覚える名前になってほしいと……。
「それって……」
「うん、俺と結婚してください」
はにかむような表情……なにこれ? 萌える。
だけど声は低音バリトンだから不自然だよ……なにこのシチュエーション。
結婚って……。
「け! けっこんっ?」
今、その意味を理解した。
間違っていなければ結婚って入籍してわたしが翔吾さんの妻になるってこと……?
「なんでそんなに驚くの? 子どもができてなかったとしても俺はすぐに結婚したいけど、雪乃はまだ心の準備できてないだろ?」
うんうんと激しくうなずく。
いきなり言われて心の準備どころじゃない! 驚きの方が勝ってる。
じゃ、あの微唾んだ時に聞こえたあの戯言は……空耳じゃなくて本当に言ってたの?
翔吾さんが目を細めて優しい笑顔をわたしに向ける。
まるで子どもをあやすようなそんな優しい視線。
「うん、だからね。雪乃がいいって言うまで待つつもり。その覚悟はできてるからいつかお母さんに会わせて」
再びギュウッと抱きしめられて胸が圧迫される。
うれしい、でも苦しくも感じるのはきっと強く抱きしめられているせいだよね。
その胸に頭をうずめるように小さくうなずいて、わたしは目を閉じた。
「これからは、俺の言うことだけ信じて。他のやつの言うことなんかに振り回されたりしないで」
もう一度、翔吾さんの胸でうなずく。
優しい手がわたしの頭全体を撫でる。あやすように、なだめるようにそっと、ずっと。
「もし迷ったらちゃんと話して。俺から離れないって約束して」
愛の結晶……宿っているといいなって、心のどこかで願ってしまう自分がいた。
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