空色なキモチ

□ 掌の鼓動 □

掌の鼓動 10

第十話

現在 7




 高校三年に進級した有紗は大学に行くつもりはなかった。
 生徒会副会長というポストについている郁弥は当然大学受験するのかと思っていたけど、実際にはまだ決めていないと言っていた。
 人のことだし口出しするつもりもなかったけれど、ずいぶん悠長に構えているのには正直びっくりした。


 時は流れ、夏休みが終わった頃でも郁弥の卒業後の進路は決まっていなかった。
 大学に行くのか、就職するのかすらも決まっていない。
 就職希望の有紗は自分が勤められそうな企業をいろいろ探していたけど資格があるわけでもないし、これといって特技もないので途方に暮れていた。
 今のご時世、高卒を採用してくれるような企業は少ない。しばらくはアルバイトか派遣に登録しないと仕事は見つからないかもしれないと思っていた。
 クラスメイトはほとんどが大学か専門学校へ進学するらしい。担任は進学希望の子に気を取られ、唯一の就職希望の有紗にはほとんど声すらかけてはくれなかった。
 
 有紗と郁弥の関係はずっと続いていた。
 有紗が避妊具を用意し、郁弥の家に置いておくようになってから避妊を怠ることはなかった。しばらくは安定した関係を築いていた。
 郁弥のセックスは気分によって大きく変化する。
 機嫌のいい日は蕩けるくらい有紗を高みに引き上げる。有紗から自身を求めるように仕向け、意地悪なくらいじらしてから挿入に至ることもある。
 しかし虫の居所が悪い時は真逆だった。
 自分本位の独りよがりの行為。シャワーも浴びさせず、下着を下ろして即挿入ということもあった。まだ準備もできていない有紗の身体は悲鳴を上げ、軋むような痛みに唇を噛みしめて涙を堪えることもあった。だけど、行為を終えた後は優しくなる郁弥を知っている。この手を離したくはなかった。
 すでに郁弥は有紗の心の大部分を占めていた。有紗にとってかけがえのない存在であり、セフレでもいいと思う気持ちに揺らぎすら感じていた。
 この人がくれるのは愛ではない。そうわかっているにも関わらず自分の気持ちを抑えることはできなくなっていた。


 だいぶ秋めいた気候になり、木々の葉が少しずつ茶色みを増してきた頃のこと。
 その日はまさに機嫌の悪い日だった。
 シャワーは浴びさせてもらえたものの強引に組み敷かれ、着ているバスローブを引きちぎられるかのような勢いで脱がされた。
 赤黒く血管の浮き出た郁弥の陰茎を目の前に晒され、舐めろと命令された。
 先走り液がわずかににじみ出ているそれを後頭部を押さえ強引に咥えさせられる。青臭い白濁液が口内にじわじわと広がってゆくのも、どんどん怒長しほおばりきれずに顎が痛くなるのも辛かった。だけどそれが郁弥のものだから頑張れた。拙いだろうけど、喜んでくれているから大きくなるのだろうと思って必死に咥えて舌を這わせた。
 頭の上で郁弥の獣のような荒々しい息遣いがする。押さえ込まれた頭は自らの意志とは無関係に郁弥が動かす。びくびくと口内で震える陰茎から口腔内に射精され、喉の奥まで流し込まれる。かろうじてむせはしなかったけど、口の中いっぱいに広がる精液をどうしていいかわからずに顔をしかめていると、無言でティッシュを渡された。
 飲めと言われれば飲む覚悟もできているが、郁弥はそれをさせなかった。
 少し機嫌のよくなった郁弥が避妊具を出そうとヘッドボードから箱を取り出す。その姿に安心したのもつかの間。

「あれ、ないや」
「えっ?」

 すでにベッドに横にされていた有紗は驚きのあまり上半身を持ち上げた。
 郁弥の持っている箱の中を覗くと、本当に中は空っぽだった。
 この前ここに来たのはいつだったっけ。確か五日前くらい。まだ中には半分ほど残っていたはず。今日はまだ足りるはずだと思って買ってこなかった。

「ナマでいいよな」
「え、あ、でも、この前まだ残ってて」

 有紗の言葉に郁弥が顔をしかめた。
 その冷酷な表情にさあっと自分の全身血が引いてゆくのがわかる。

「この前っていつだよ」
「え、あの、五日くらい、前」
「そんなの残ってると思ってんの?」

 そのまま強引に押し倒され、ベッドに縫いつけられるように両手を頭の上でひとまとめに拘束されたのと同時にぐいっと挿入された。まだ少しも潤っていない有紗の秘所はギシリと悲鳴を上げる。
 言葉を発しようものなら掌で口を押さえ込まれ、拒絶の言葉が喉元でくぐもる。
 自分との行為で使うために避妊具を用意したのに、ほかの女のために使用されたことがひどく悲しくて惨めだった。
 決して安いものではない。家賃、生活費、電話代をすべて自分のアルバイト代から捻出している有紗にとっては大きな痛手だった。避妊具のために丸一日食事を我慢したのを思い出して泣けてきた。
 独りよがりなセックスも擦れるような痛みも、今郁弥がもたらすすべての行動に悲しみしかわかなかった。

「りさ、気持ちいい」

 そんなわけがない。
 有紗の膣内は全く潤っていない。郁弥だって擦れて痛いはず。
 そう思いながら、精一杯顔を逸らして長い髪で顔を隠した。
 見られたくなかった。
 泣いているのを見られるのがいやだった。もうこれ以上こんな関係を続けられない。

 事を終え、腹の上に出された郁弥の精液をティッシュで素早く拭い取り、制服に手を伸ばした。

「シャワー浴びないの?」

 顔を見ないようにしててきぱきと着替える。答える気力も失われていた。
 放り出された鞄を掴んで玄関に向かうとベッドで気だるそうに横たわっている郁弥が少し起きあがって有紗を呼び止める。

「帰るの?」
「うん」
「今日、泊まって行くって言ってたじゃん」
「急用思い出したから」

 逃げるように玄関を飛び出す有紗の背中を見た郁弥はただならぬ雰囲気を察し、あわててベッドから飛び起き脱ぎ散らかした制服を着た。

 いつもと違う有紗の態度に一抹の不安を覚えたから。


**


 郁弥の部屋を飛び出し、本宅の広い縁側を通り抜けて大きな門をくぐり出ようとした時、人にぶつかってしまった。
 
「ごめんなさい」

 この家に入ろうとしていたその人は県内でも学費も程度も高くて有名な秀英高校の制服を着ている男子生徒だった。
 銀縁眼鏡は真面目そうな雰囲気を醸し出している。その眼鏡の奥の大きな鋭い目が有紗を捕らえ、少しだけ見開かれた。自分が泣いているから驚いたのだろう、そう思ってすぐに顔を逸らし先を急ごうとしたのに後ろから腕を掴まれ、行く手を阻まれた。
 驚きのあまり振り返ると、その男の人はじっと有紗を見つめて小さく口を開いた。

「君、郁弥の」
「人の女に触んじゃねーよ」

 男の人の背後に郁弥の姿を見た。
 ずかずかと大股で近づいてきて、掴まれたままの有紗の腕を見て郁弥は嘲笑を浮かべる。
 人の女とは自分のことだろうか。まるで他人事のように聞いていた。
 ここにいる女は自分しかいないけど、郁弥の女ではない。ただのセフレだと言い聞かせるようにその言葉を頭の中から消去した。
 
「また俺の女を取ろうって魂胆? そういうみえみえな態度やめてくれる?」
「郁弥」
「大丈夫か、りさ。何かされたのか?」

 泣いている有紗をさも心配するかのように郁弥が頭を撫でる。
 掴まれた腕を解いてくれたのには感謝するが、泣いているのはほかならぬ郁弥が原因だということは口にできずにいた。

「りさ?」

 目の前の男子生徒が眉をしかめて有紗を見る。
 その見透かされるような鋭い視線が怖くて目を反らしてしまう。手で涙を拭い、小さな声で「大丈夫」とだけ告げた。

「じゃなんで泣いてる?」
「大丈夫だから、急ぐから」

 その場にいるのがいたたまれなくて走り出す有紗の背中を取り残された二人がじっと見つめていることなど知る由もなかった。


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Date:2014/10/13
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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