空色なキモチ

□ 掌の鼓動 □

掌の鼓動 7

第七話

現在 4




 それから、郁弥は幾度となく有紗を呼び出した。
 毎日のように続く時もあったし、一週間丸々呼び出されない日もある。
 バイトの日は申し訳ない気持ちで断っても、友達でいてくれる郁弥には感謝しかなかった。
 家に帰るのがめんどくさいなら泊まってもいいと言ってくれたし、誰にそれを咎められることもなかった。何度郁弥の家に行っても家族に会うことは一度もなかったから。
 天道家以外に初めて自分の居場所を見つけたような気がしていた。
 
 郁弥と仲がいいことを知ったクラスメイトの女子は有紗を一目置くようになっていた。
 ゲームのアイテムを送らなくても妙に親しげに話してくるようになり、カラオケにも誘われるようになった。だけどバイトがあることや、郁弥と会うことを告げ、やんわりと断り続けた。
 有紗を羨望と嫉妬の眼差しで見つめながらも、いじめをすれば郁弥が黙ってないことを知っている女子達は何も言えなかった。郁弥の無言の圧力で有紗に対するいじめを制していた。

 郁弥は男子生徒にも人気があった。
 教師からは問題視される髪色も、左耳に開けられた数個のピアスも制服の着崩し方も男子生徒の憧れだった。
 郁弥は容姿に恵まれており、なにをしてもさまになる。すらっとした高身長、つきすぎていない筋肉はモデルのようできちっと制服を着ていても似合っている。たとえ黒髪にしてもそれはそれで似合う。
 そんな自分を知っているからか注目を浴びることには慣れていた。あまりしつこく迫られると苛立ちを露わにするが、普通に声をかける分には愛嬌たっぷりに応じるほどの柔軟性も備え持っている。

 そんな郁弥だから本人が言う通り女友達が多い。
 友達と括りながらもその関係の中には当然のようにセックスも伴われている。だけど郁弥の中で女友達とセフレの線引きがあり、セフレと思っているのは有紗だけだった。
 ほかのセックスを伴う女友達とはカラオケやボウリング、時には映画や遊園地などにも遊びに行ったりもしたが有紗だけはそうはしなかった。ただ、自分の思うように抱くだけ。
 有紗とはそんな関係だったからこそ自分の中でバランスが取れていたのだろう。
 郁弥にとって有紗は女友達とは格段に違う、ある意味特別な存在だった。

 身体の相性がいい、初めて有紗を抱いた時そう思った。
 今まで抱いてきた女とは違った。搾り上げられるような感覚と急速に果てそうになるのを必死で堪えてしまったくらい有紗の身体は心地よく郁弥を迎え入れた。
 最初はなんでそう感じたのか訳が分からず、その後に別の女友達とも何度も関係を持った。
 だけどやっぱり有紗とは違い、事後に虚しさのような物足りなさを感じてしまう。
 有紗を抱いた後だけ自分の心も身体も満たされたような感覚になる。
 そもそも郁弥にとってセックスは愛情を確かめる行為ではなく、ただの性器同士の交わりでお互いの快楽を求めるだけのものという認識しかなかった。
 つまり性欲だけを満たしてくれればいいだけの行為だったはずなのに、まるで自身に誂えたような有紗の身体に溺れそうになるのを認めたくなくて、ほかの女友達との関係も続けていた。

 女友達に有紗との関係を問われれば、素直に「セフレ」と言った。
 じゃあ自分は何なのか問われれば「女友達」と返す。
 女友達と言われてもセックスはしていると詰め寄られれば「そっちが望んだことだ。いやならやめる?」と意地悪く切り返す。そう言われたら相手が何も言えなくなることを郁弥はわかっていた。
 最悪すべての女友達に『関係をやめる』と言われても、郁弥は痛くもかゆくもない。
 万が一本当にそうなっても、有紗がいるから困ることはないと絶対的な自信みたいなものを持っていた。

 そうやって郁弥が特別視する有紗を女友達がよく思っていないことには気づいていた。
 だから最初から「有紗(あいつ)に近づいたらこの関係は即破棄する」と脅しめいた言葉をかけ、手出しをさせないように根回ししていた。
 助けてやると約束した手前、それだけは守ろうと心に決めていた。

 そして、郁弥の中で有紗を特別扱いするもうひとつの理由がある。
 その理由に郁弥自身は気づきつつも、心のどこかで否定し続け、認めようとはしなかった。

「りさ」

 そう優しく耳元で囁きながらも、身体は貪るように有紗を求め続ける。
 激しく突き上げて身体を揺すぶり、今日は何度中で果てたかわからないくらいにめちゃくちゃに有紗を抱いた。
 ようやく欲が治まって気だるさが押し寄せてくると、郁弥は大きく息をついた。
 汗ばんでぐったりとベッドで横たわる有紗の中から抜け出した時、ふといつもない違和感を覚える。
 手に付着する白濁色の液体を見て、避妊具が破けていることに気がついた。
 射精の度に替えてはいるが、装着する時に爪でひっかけたのかもしれない。一瞬郁弥に緊張の色が走った。

「やべ」

 有紗の膣口からどろりと自身の欲望の種が流れ出す。
 枕元にあったティッシュで拭き取り押さえると、有紗がようやく重たい瞼を開いた。

「郁くん?」

 そう呼ぶように郁弥に言われていた。
 最初のうちは名字で呼んでいたのに、名前で呼ぶように言われた。本人が望んでいるのに悪い気がして、「郁弥くん」と申し訳なさそうに呼ぶと堅苦しいといやな顔をされ、結局その呼び名に収まった。

「りさ、ピル飲んでねーよな」
「……うん」
「ゴム破けてた」

 はあっと大きなため息が郁弥の口から漏れる。
 気だるい身体を起こし上げ、自分の秘所を覗き見るとどろりとした液体が流れ出し、一瞬背筋が冷たくなった。
 郁弥のベッドが汚れてしまう。有紗が一番初めに心配したのはそれだった。
 だけど考えてみればこうして抱き合う度お互いの汗や有紗の愛液がシーツがじっとりするくらいになっていたはず。それより心配しなければならないことは妊娠の可能性の方だと今さらながら気づいた。
 先月の生理はいつ来ただろう、と記憶を辿ってみるけどなかなか思い出せない。しかも思い出したところで有紗にはどういう時に妊娠しやすいのかという知識がなかった。

「病院行くか。しかたないな」

 ちっ、と胡散臭そうな舌打ちが聞こえた。
 明らかにこの状況をめんどくさいと思っているだろう郁弥の心情がストレートに伝わってくる。

 郁くんに嫌われてしまう。
 その恐怖に身体が震えた。それだけは嫌だった。
 郁弥は圭理以外に初めてできた大切な友人。その郁弥に嫌われて突き放されたら、あの学校に通うのが苦痛になってしまう。
 高校に入学する前は孤立してもいいと思っていた。
 だけど上辺だけの友人とのつきあいはそれなりに楽しかったし、今もその延長だけど声をかけてもらえているのは郁弥の存在があるから。

 中学時代も母親の仕事のことでからかわれ、仲間外れにされていた。
 それでも中学二年の時友人ができた。その友人は有紗の母親の水商売に偏見を持たない子だった。だけどその友人が片思いをしていた男子が有紗のことを好きだと告白してきた。
 もちろん有紗は断った。だけどまわりのクラスメイトが有紗が誘惑したに決まっていると決めつけて根も葉もない噂を言い広め、その友人は有紗から離れていった。
 初めてできた友達を恋愛関係のことで失い、もう二度と同じように友人ができることはないと思っていた。

 郁弥は異性だからそういう恋愛のもつれで自分から離れていくことはないとわかっていた。
 だから安心してセフレという形でも続けていられた。
 上辺だけの友人達は有紗と郁弥を爛れた関係だと騒いでいることも知っていた。だけどそれでもいいと思っていた。今、一番大事な友達は郁弥だったから。

「だい、じょうぶ、だと思う……」

 枕元のティッシュで溢れ出す白濁液を拭って自分の前であぐらをかいている郁弥に笑いかけた。
 郁弥をめんどくさいことに巻き込みたくない。
 有紗の中では郁弥は唯一無二の友人として、ある意味崇高の域に達していたのだった。

 郁くんを失いたくない。


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Date:2014/10/10
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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