空色なキモチ

□ 掌の鼓動 □

掌の鼓動 4

第四話

現在 1




 有紗に今まで好きな異性はいなかった。
 圭理は頼れる兄みたいなもので、恋愛のそれとは違う。
 むしろ自分みたいな子どもに恋心を抱かれても圭理が困るだろう。幸いそういう思いを抱かなかった自分にほっとしていた。
 

 初めては好きな人と。
 よくそんなことを聞くが、有紗には全くそういう願望がない。
 高校一年の時、母の相手の男に犯されそうになった時点でいつかそうなるかもしれないという思いが植え付けられていた。だけど実際はそうはならなかった。
 その男は有紗のほうから迫られ、自分を誘惑してきたと美春に嘘を言った。もちろん否定した。
 男は「蛙の子は蛙だな」とバカにしたような笑みを浮かべ、逃げるように慌ただしく二人のアパートを出て行った。
 つまりあばずれの子はあばずれと言いたかったのだと美春は気づいた。

 アパートに取り残された美春と有紗は何も言葉を交わさなかった。
 おもむろに美春が携帯を取り出して誰かに電話をかけ始める。笑いながら大きな声で話し始めた。
 こんな目にあった娘に大丈夫かどうかの言葉もかけてくれなかったことに諦めの気持ちを抱き、部屋に入ろうとした。その時。

「娘に男を寝取られるなんて思ってもみなかった」

 しゅぼっとライターが灯をともす音が妙に耳障りだった。
 信じられない思いで振り返ると、美春は恨みがましい目で有紗を見つめ皮肉に口角をつり上げて笑っていた。

 娘だなんて思ったことないくせに――
 もう、この人と一緒にいたくない。

 有紗のその思いは偶然にも美春とものと一致していた。
 その翌日から美春はほとんど家に帰ってこなくなった。衣類や必要な化粧品、日常雑貨等は有紗が学校へ行っている間に運び出したらしい。
 時々帰ってきては気まぐれに家賃をおいていくこともあったが、それも高校二年になり、しばらく経った頃にはぴたりと止まった。
 家賃三万五千円と光熱費、食費、携帯料金を自分で捻出するのに必死だった。
 援助交際が一番手っ取り早く稼げるのかもしれない、そう思ったことは何度もあった。だけどそこに足を踏み入れる勇気がなかった。
 友人の中にはセックスなしの援助交際をしている子が何人かいた。
 カラオケに行って歌ったり、一緒に食事をしたりするだけでいい。時には下着を売ることもあるけどいい値段になる、とまるで自慢するような感覚で流暢に話す。
 カラオケも食事もすべて相手持ち、隣でにっこり笑っていればいいだけ。なんて楽なのだろう。
 だけど自分は需要がないだろうと思っていた。みんなみたいに話題が豊富じゃない、楽しく場を盛り上げる手段すら知らない。

 そして、それがバレた時を考えたら怖かった。
 きっと圭理は悲しむに違いない。そう思ったから。

 圭くんだけは悲しませたくない。
 その思いだけは大事にしたかったのだ。


**


 若槻郁弥から連絡がきたのはその翌日のことだった。
 昨日囲まれた仲間からは朝から無視されていた。また元の生活に戻っただけ、そんなふうに諦めた時の郁弥からのメール。うれしくてすぐに内容を確認した。

  『今日、時間あるならうちおいで』

 短い一文の中に全部が凝縮されているのがわかった。
 今日郁弥の家で抱かれる。心の中は妙に落ち着いていた。
 幸い今日の下着は持っている中では一番新しいお気に入りのものだし、丁度よかったかも。そんなふうにすら思っていた。

 初めてになんの思い入れもない、むしろ郁弥に初めてをもらってもらえるのならそれでいい。
 学年集会の時、かっこいいと思った。その思いだけで十分だったから。
 
 承諾のメールを送ると、放課後が待ち遠しいくらいになっていた。


 郁弥との待ち合わせは学校の最寄りの駅にした。
 校内や校門前での待ち合わせは目立つと思い、あえて駅のコインロッカーの陰でということで話はまとまった。

 有紗の姿を見つけてにこやかに手を挙げる郁弥。
 かっこよさにさわやかさも含めている。これでもてないわけがない。
 この人と初めてを、と思ったらありがたいとさえ思っていた。なんの思い入れもないものだけど、思い出くらいにはなるだろう、と。


 郁弥の家は学校の最寄り駅から特急で二つ目、徒歩十分圏内にあった。
 大きな門扉を構えた日本庭園で、縁側に小さな池や鹿威しまでついているのではないかと思わせるような外見だった。
 呆然と家を見上げる有紗の腕をぐいっと引いてその門扉をくぐり、家に導くのかと思いきやすうっと縁側のほうに歩んでいく。
 縁側から少しだけ中の様子が窺えた。やっぱりドラマに出てくるような掛け軸や生け花がある客間のように見える。その前を何事もなかったように通過し、連れてこられたのはこの家に比べたら小さな、倉庫のような平屋だった。

「ここ」
「え?」
「本宅に俺の居場所はない。ここが俺の部屋。あ、でも浴室もキッチンもあるから」

 居場所がない、その言葉となんだか勝ち誇ったような笑みを浮かべる郁弥の表情が一致していないように思えて少しだけ悲しくなる。
 もしかしたらこの人は自分と一緒なのかもしれない。一瞬そう思ったけど、そんな思いはすぐに消え失せた。その部屋は一人で暮らすには十分すぎるスペースの大きさだったから。
 入り口を開けると左側にトイレバス洗面所のあるスペース。その向かいには部屋の扉。
 短い廊下を進むとキッチンつきのリビング。バルコニーまでついている。郁弥がいいところの息子なんだということがすぐにわかった。

 本宅には居場所がないけど、こんなにも素敵な住まいがある。
 有紗とは違う。なぜ居場所がないのか、そんなことはどうでもよくなっていた。

「素敵な部屋ですね」
「まあ俺の持ち物じゃないけどね。シャワー浴びておいでよ。すぐに風呂も入れるから」

 背を押され、脱衣所に誘導される。
 中にバスローブがあるから着てくるように促され、ああいきなりなんだなと思いながら言うとおりにした。
 浴室はこぢんまりとした造りだったが、ひとり暮らしには十分すぎるだろう。
 ユニットバスじゃないだけいいと思う。有紗の家とは比べものにならない。
 とりあえず、いい香りのするボディソープやシャンプーで身体を丹念に洗って素早く出ると、向かいの洋室のほうから制服姿の郁弥が手招きしていた。バスローブで包んだ身体が心許なく感じ、持っていた制服を胸元に抱きしめる。

「中にいて。俺もちゃちゃっとシャワー浴びちゃうから」

 入れられた部屋の真ん中に大きなベッドが幅を利かせておいてあり、玄関側の窓はカーテンがしっかりと閉められていた。ここからしか日の光が入らないからか昼間でも電気がつけられている。ここは寝るだけの部屋にしているのだろう。
 どこにいたらいいかわからず、ベッドの足下に置かれている透明のガラスのテーブル前に腰掛けた。その上にはペットボトルの水が二本置いてある。ベッドを背に、ふかふかのグレーのラグに触れるととても心地いい。この上で眠れそうだ。
 なにもかもが自分と違いすぎる。そう思いながらラグを撫でているとすぐに郁弥が入ってきた。
 バスタオルで髪を拭い、Tシャツと黒のスラックス姿。首筋に流れ落ちる水滴が妙にきれいだと思った。しっかりと隆起した喉仏が男の人だと思わせる。制服姿の時は華奢に見えたけど、意外としっかりと筋肉がついているように見える。

「なんでそんなとこ座ってんの?」

 ぐいっと腕を掴まれて立ち上がらされると、両肩を押されてベッドに座らされた。
 有紗の左隣に郁弥が座り、大きく足を組む。
 しげしげと顔を覗き込まれた有紗はどうしたらいいかわからずに俯く。急に緊張が走り、生唾をゴクリと飲み干した。

「意外だよねー。こういうこと慣れてるようには見えないんだけど。人は見かけによらないってか。ま、どうでもいいけど」
「っ、ひゃ!」

 がばりと押し倒され、有紗の足が空をかいた。
 上から郁弥に圧し掛かられ、顔を凝視される。その目が深い闇の色を呈しているのに気づいた。
 初めての行為に対する恐怖と過度の緊張でどくんと大きく胸が高鳴るのを感じた有紗はぎゅっと目を閉じる。
 おもむろにバスローブの前をはだけさせられ、首筋に生暖かい肉厚の舌が這う感触がした。ぶるりと全身を震わせると耳元でくすっと笑う郁弥の小さな吐息がかかる。
 もどかしげに有紗のバスローブの紐を解き、下着だけの姿を晒すと決して優しいとは言い難い手つきで背に手を回され、ブラのホックを簡単に外した。
 やや強引に有紗の上半身を起こしあげ、バスローブごと下着を引きはがし、恥ずかしいと思う間もなくショーツだけの姿にされてしまう。
 目を閉じたまま硬直する有紗に構うことなく、再び乱暴に押し倒すと郁弥は首筋にキスを落としながら片手で胸を強く鷲掴みにした。
 小さな声で「痛い」と漏らす有紗の胸の先端を摘んでこねるように捻りあげると、今度は「んっ」と堪えるような嬌声が漏れ出す。それに気をよくした郁弥が反対の胸の膨らみを押し上げるようにしてその先にむしゃぶりつく。

「あっ、あっ! やっ」

 その時、有紗は母の男にされた行為を思い出していた。
 大声を出せばあの時のように抵抗できないくらい殴られる。そんな思いが押し寄せ、震え上がった。
 声を出さないようにしたかった。だけど郁弥の舌全体が包むように先の尖りを舐め込み、軽く歯を当てる刺激に堪えられなくなった有紗は恐怖のあまり涙を流しながら大きな拒絶の声をあげていた。
 喘ぎとは明らかに違う声を聞き、胸から唇を離して顔をあげる。
 郁弥には目の前の少女が行為に慣れているようにはどうしても思えなかった。

「りさ、おまえ」

 なんの乱れもない郁弥が有紗の顔を覗き込むと、大きな涙をぼろぼろと流して首を横に振るだけだった。


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Date:2014/10/07
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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