空色なキモチ

□ 掌の鼓動 □

掌の鼓動 3

第三話

プロローグ 3

【有紗と郁弥】




 高校二年生になった有紗は、相変わらずひとりのことが多かった。
 友人は数人いるものの、その中で疎外感を決して拭うことはできなかった。
 いわゆる上辺だけのつきあい。友達とも呼べそうもないその位置づけが一番しっくりととくるものだった。

 友人達は有紗の母親が水商売をしていることを知っていた。
 どこから知られたのかは不明だったが、有紗に直接「キャバクラで働いているんだって?」と心ない質問をぶつけるクラスメイトもいたくらいだ。それもおもしろおかしく人がいっぱいいるところでわざと聞く。嫌がらせ以外のなにものでもない。
 キャバクラではなくスナックだと一度は説明したが信じてはもらえず、その後は何を聞かれても諦め、曖昧に聞き流す程度になった。

 友人とつき合っていくために携帯電話は必須だった。
 メールやチャット、LINE等でコミュニケーションを図ることが多い。
 上辺だけとはいえ、幼い頃から学校ではひとりだった有紗はその繋がりがうれしかった。バイトをはじめ、自分で携帯電話を購入して通話料も捻出している。もちろん小遣いなど与えられたことのない有紗にとって初めて自由に使えるお金だった。
 バイト先は天道産婦人科病院の看護助手で、理平も朋美も快く了承した。
 学校から帰ってきた後、週三回シーツ交換や洗濯、掃除なども積極的に行っている。


**


「有紗、昨日コイン送ってくれなかったじゃーん」
「ごめん。忙しくて」
「コイン送るのなんて指一本でしょ、ちゃんとしてよね」

 ふんっと友人面した女子生徒が有紗の元を去ってゆく。
 コインというのは携帯ゲームの必須アイテムで、それがあるとゲームをプレイすることができる。時間で送れる回数が決まっており、その時間が来たら必ず送ってほしいとたくさんの上辺だけの友人から依頼されていた。
 ゲームにはランキングというものもあり、週に一度上位三位までにコインや魔法の鍵などが贈呈される。その三位までに入りたくて友人同士は躍起になって競り合っているのだった。
 有紗は元々ゲームに興味がなかったが、友人に「やってみなよ」と誘われて何の気なしにはじめた。そのゲームは単純なものの時間潰しには丁度よく、手先が器用な有紗にとっては容易いものだった。
 そして有紗が何週か続けてランキング一位になると、当然周りの友人達は面白くない。プレイをやめるよう有紗を促しはじめた。だけどコインは送り続けるように念を押し、有紗はゲームをやめた。コインを送るためだけに毎日ゲームは起動させてはいるがプレイスタートのボタンを押すことはなくなった。

 昼食時に友人達と一緒にご飯を食べていても有紗はほとんど口を開くことはなく、話を聞いて曖昧な相槌を打つだけの存在だった。
 毎日自分で弁当を作り、家でもひとりで夕食を食べている。
 美春はほとんど家に帰ってくることもなくなった。どこかの男と同棲しているのかもしれない。
 家に帰ってこられても会話もなく、邪魔者扱いをされた上、男を引きずり込んでは休みでも夜でも関係なく家を出される羽目になるのだからいないほうがいいとさえ思うようになっていた。


 幼少時代、有紗へ暴力を振るっていたのは美春ではなく連れてきた男だった。
 美春が見ていない間に暴力を振るい、泣き声をあげようものなら口を塞いで殴り続けた。しかも洋服に隠れている部分ばかり攻撃する。 
 有紗の育児を放棄していた美春はその身体を見る機会がほとんどなく、全く気づいていなかった。
 天道夫妻に有紗への虐待のことで二度注意された美春はさすがに引きずり込んでいた男を疑った。そしてその男とは自然に消滅し、美春は別の男を連れ込むようになっていた。別の男は有紗を殴ったりはせず、ただ無関心だった。


 しばらくは美春の勤め先に生活費をもらいに行っていたものの、だんだん出し渋るようになっていた。
 そしてその金額も徐々に減り、家賃も捻出できないほどになっていく。有紗が訪れる度、苦虫を噛み潰したような表情を見せる美春にまるで自分が借金取りになったような気がしていた。
 店の客は有紗を見て「ここで働けばいい」とへらへらと笑いながら酒を勧めた。上玉の嬢ちゃんだから人気も出るに違いない。すぐにナンバーワンホステスになれると。
 美春はすでに三十五歳を迎えており、じきに四十に手が届きそうな年齢になっていた。
 十六歳の有紗は若くて美しい、それと比べられることに苛立ちを隠せずにバックヤードに押し込めて「ここに来るな」と冷たく言い放った。

 それから有紗は自分の稼いだ給料で家賃も捻出しなければならなくなった。
 看護助手のバイトだけでは賄えなくなる可能性もある。バイト時間を増やしてもらいたかったが、学生のうちは勉学に励むように週三回までと決めたのは院長の理平だったから願い出ることもできない。それに家賃が払えないとなればきっと出してくれるに違いない、そういう人達だったから心配をかけることもできなかった。圭理に相談しても同じだろう。

 いろいろ悩んでいるうちに、有紗はゲームのアイテムを友人に送るのをすっかり忘れてしまっていた。

「最近つきあい悪いし、なんなの?」

 放課後裏庭に呼び出され、囲まれた時初めてその状況を理解したのだった。
 ただゲームのアイテムを送りあうだけのつきあいを怠ったと上辺だけの友人に罵られ、必死に謝った。だけど、友人達は納得しなかった。

「あんたなんか、うちらが仲間に入れてあげなければとっくにぼっちなんだよ? わかってるの?」
「ごめんなさい! ごめ、」
「謝れば許されると思ってるんだ。うちらの友情も安いもんだよね」

 まるでおもちゃを弄ぶかのように囲まれた友人達に突き飛ばされた有紗は謝ることしかできない。
 友情、そんなもの最初からないのに――
 そう思いながらも口にすることはできなかった。それだけの繋がりでも有紗にとっては初めて与えられたものだったから。
 圭理以外に初めてできた友人。そのことを一番喜んでくれたのは圭理だった。
 たとえその繋がりがただの利用だとわかっていても、そのことを圭理に話す勇気はなかった。
 いつでも有紗のことを一番に心配し、かわいがってくれる圭理を悲しませることだけは避けたかった。

「ねえ、そのくらいにしておいたら?」

 急に聞こえてきたのは男の声だった。
 きゃあっとわき上がる黄色い声。その視線の先にいたのは全体集会などでいつも壇上にあがる男子生徒の姿。
 たしか、生徒会の副会長だった気がする。そのくらいの記憶しかなかった有紗はなぜその人が止めに入ってくれるのか理解不能だった。
 まるで蜘蛛の子を散らすように去ってゆく上辺だけの友人達。その場に取り残された有紗は呆然と立ち尽くしていていた。

「大丈夫?」

 声をかけられ、曖昧にうなずくと怪訝な顔で見つめられた。
 細い一重瞼を更に細め、眉間にしわを寄せたその表情にびくんと有紗の身体が恐怖に反応した。
 人気のある副会長だということは知っていた。そして密かにかっこいいとも思っていた。着崩した制服姿に茶色に染められたふわっとしたショートヘアは真面目そうな風貌ではない。
 目立つ存在のこの人とまともに接することなんてないだろうと思っていたのに、こんなふうに話す機会ができるなんて思ってもみなかった。
 じっと見つめられて視線を逸らすことができない。なぜだか胸の辺りがドキドキして苦しい。
 目を眇めて首を傾げられ、質問されていたことを思い出した。

「あっ、はい。ありがとうございました」
「なに、あんたいじめられてんの?」
「えっ、あっ、ちがい、ます」

 しどろもどろにそう答えることしかできなかった。
 友人達にとっても目の前の副会長は憧れの存在だろう。その人に悪く思われるのは不本意に違いない。

「どう見てもいじめられてるようにしか見えなかった。おしくらまんじゅうでもしてたとでも言うわけ?」

 一瞬きょとんとし、すぐに腹を抱えて笑い出す副会長。
 それ以上いい言い訳が思い浮かばず俯く有紗を見て、笑いを止めた副会長が名前を聞いてきた。
 おずおずと名を告げると、ふうんと小さな声を上げて鼻白ませた。その表情に妙な色気を感じ、どきっとしてしまう。

「あ、りさか。俺、若槻郁弥(わかつきふみや)。同じ学年か」

 襟元で結ばれたリボンの色で学年を知られたことがわかった。
 この高校は学年ごとに男子はネクタイ、女子はリボンの色が違う。今の三年生の色は紺、二年はえんじ、一年は緑になっていて三年間同じ色を使用する。
 男の人に名前を呼び捨てにされたのは圭理以外初めてだった。理平ですら有紗ちゃんと呼ぶ。
 高いところから見下ろされるようにして少しだけ後ずさると、にいっと郁弥の口角がつり上がる。そしてからかうように頭をぽんぽんっとされた。

「なんか困ったことあったら、俺んとこ来いよ」
「え?」
「今みたいに助けてやることくらいはできるかも、よ」

 満足げに微笑む郁弥。
 もしかして、この人は本当の友達になってくれるかもしれない、そんな思いが急にわき上がった。この人は圭理みたいに優しい人かも。

 そう思ったら、郁弥のブレザーの袖をぎゅっと握りしめていた。

「あっ、あのっ」
「ん?」
「とっ、友達にっ、なっ」

 そこまで言い掛けて有紗の口の動きが止まった。
 なにいきなり大胆な行動にでているんだろうか。
 一度優しくされただけでいきなり友達になってもらおうとか図々しすぎる。なんで一瞬でもそんな申し出をしようと思ったのか訳が分からなくなっていた。
 細い瞼をこれでもかと開いた郁弥が目をしばたかせて有紗を見る。
 押し寄せる後悔をどうにもできず、俯く有紗の頭に何かがぽんと乗せられる感触がした。

「女友達、いっぱいいるんだよねー」

 くしゃくしゃと髪をかき乱され、そうだろうなと諦めた有紗は小さく肩を落として力なくうなずく。
 自分の起こしたアクションが不審がられなかっただけでもよしとしないといけない。おとなしく引き下がろうとした時。

「セフレならいいけど」

 頭の上でそう聞こえた。
 弾かれたように顔を上げると、口角をあげた郁弥が揶揄るような表情で見下ろしていた。
 郁弥の妙な色気を感じた有紗の胸はきゅっと締め付けられるように苦しくなる。まるで陶器の人形を見ているかのような気持ちになっていた。美しいけどどこか冷ややかで、無機質のような目の前の郁弥に引きつけられる。

 セフレ、もちろんセックスフレンドだということは有紗にもわかっている。それがわからないほど子どもでもない。
 家で美春が連れ込んだ男としていたのも知っているし、どういうことかもわかっている。
 美春が様々な男と布団で絡み合い、泣き出さんばかりの喘ぎ声をあげていたことも。

 急に一年前の記憶が甦る。

 美春が連れ込んだ男がアパートに居座ったことがあった。
 その男はこともあろうか美春が仕事でいない時、別部屋で眠る有紗に手を出そうとしたのだ。
 いきなり身体に圧し掛かる重みを感じ、何が起きているのかわからずに怖くて声をあげることもできずただ身を堅くして震えていた。酒臭い男が有紗のパジャマのボタンを外し、ブラトップの中に手を入れてその先端を擦りあげるようにつまみ上げた時、ようやく大きな声ををあげることができたのだった。
 急に暴れ出した有紗を上から押さえつけ、大きな手で何度も頬を叩いたその男は乱暴にパジャマの前を引き裂いた。
 頭がくらくらして再び振り上げられる大きな掌が視界に入り、恐怖に慄いた有紗はぐったりとして抵抗をやめた。
 
 助けて、圭くん――

 心の中でそうつぶやいた時、玄関の扉が開いた音がした。
 その音に驚いた男がそっちに気を取られた隙に、有紗はその男を突き飛ばして逃げた。ただひたすら前を向いて。
 酒に酔って頬を染めた美春が怪訝な顔で自分を見つめたのが忘れられない。
 あれから美春は有紗を真正面から凝視しなくなった。


「有紗?」

 目の前で掌がひらひらと振られ、我に返る。
 郁弥が訝ったような表情で有紗を見下ろし、首を傾げていた。
 闇に葬りたい思い出したくもない過去を振り払うように有紗は首を横に何度も振る。

「そんなに驚いちゃった? 冗談」
「冗、談?」
「そ、冗談。そんなに驚かすつもりじゃなかったんだけど、ね」

 くくっと笑いをこらえるようにした郁弥が再び有紗の頭を撫でて笑みを浮かべる。
 その手はとっても暖かく感じた。

「いい、です」
「え?」
「それでいいです」

 キッと顔をあげた有紗は淀みない目で郁弥の顔を見上げていた。
 今度は郁弥が驚く番だった。
 目の前の小さな童顔タイプのかわいい部類に入る女がセフレでもいいと言っている事実を受け止めるのは一瞬躊躇われた。これだけかわいければ引く手あまただろうと。
 自分がからかっていると思ったのに逆にからかわれた気がした。だけど有紗の目は冗談を言っているふうには見えなかった。

 この女を泣かせて自分の思い通りにしたい。
 そんな嗜虐心が沸々とわき上がるのを感じ、背筋の辺りがぞくぞくするのを楽しむように郁弥がほくそ笑んだ。

「ふーん、おもしろいじゃん。アドレス交換しよっか。LINEも」

 不適な笑みを浮かべたまま郁弥は自分の制服のブレザーからスマホを取り出して有紗に向ける。
 つられるように有紗も自分のブレザーからスマホを取り出してアドレス交換に応じた。
 有紗の携帯に圭理以外の男のアドレスが入るのは初めてのことだった。
 今までにも何人かの男子生徒からアドレスを聞かれることはあったけどLINEのIDすら教えてこなかった。周りの女子が間に入ってそれを阻止していたから。
 クラス全員でIDを交換しあい、グループを作って試験中助け合おうという申し出もあったが有紗は教えなくていいとさらっとかわされていた。自分は邪魔になるんだと、積極的に交換しようと思わなくなった。

「なあ、りさって呼んでいい?」

 急にそう聞かれ、不思議な感覚がした。
 今までは『有紗』か『有紗ちゃん』としか呼ばれたことがなかった。 
 初めての呼び名だったからだろう。
 そう思って、あまり深く考えずにうなずいていた。
 
 そしてこの男の出現も、有紗の運命を大きく左右させていくことになる。


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Date:2014/10/06
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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