空色なキモチ

□ 約束 □

約束 おまけ

 
 薄暗い野原のような場所、小さな白い花が僕の足をくすぐる。
 白くて裾の長い布のような服を着ていた。これは僕の服ではない。まるで女の子のワンピースみたいだ。その裾を引きずるように歩む。

 目の前には橋が見える。その先には顎に白い髭を蓄えたご老体の姿。
 僕が今着ている服と似たようなものを着ている。あれが僕を迎えに来た神様代行だろう。

『もういいのか? おまえはあの子の身体を乗っ取って地上で生きていこうとしていたのではないのか?』

 小さな声、かつ髭に遮られ聞き取りづらいはずなのに橋の向こうから問われているにも関わらずそれはすんなりと僕の耳に入ってきた。

「はい、お時間をいただきありがとうございました。もう悔いはありません」
『だがの、おまえは地上に残るために……』
「すみません。僕は嘘をつきました」

 神様代行に頭を下げる。次に頭を上げた時には眇めた目で僕を見つめていた。
 神様への嘘は詐偽罪にあたるはず。このまま地獄へつき渡されるはずだ。

 その覚悟はできている。
 すうっと大きく息を吸い込み、神様代行を見据えた。
 正直怖くないわけじゃない。だけど僕の選択は間違っていないから。

「僕は、彩夏の身体を乗っ取るために成仏を待ってもらっていました。だけど――」
『最初からそのつもりはなかったということだろう。神様もそんなのお見通しじゃ』

 髭を撫でながらしわくちゃの瞼を細めて僕を見る神様代行は、呆れたように笑みを浮かべた。



**



 八年前、僕がこの三途の川にたどり着いた時。
 今目の前にいる神様代行とは別のご老体と話をした。

 彩夏が十五歳の誕生日を迎えるその日、僕は彼女の身体を乗っ取りに行く――

『そんなにもあの娘が憎いのか? 身体を乗っ取りたいと願うほど――』

 僕は躊躇うこともせずにうなずいた。
 自分の気持ちに背き、神をも欺く重大な嘘だった。

『八年後、おまえの代わりに成仏するあの娘を迎えに来よう』

 そう言い残して、神様代行は僕の目の前から消えていった。


 最初のうちは罪悪感に苛まれた。神様に嘘をつくという行為はそれだけで重罪あたる。
 その罰がどんなものかは口に出して説明などできないと神様代行に脅された。
 だけど僕は本当のことを言わなかった。

 そのご老体から神様に僕の意思が伝えられ、成仏するまでの期限の延長が認められた。
 彩夏が十五歳になる日、僕はあの子の身体を乗っ取る。それまで神様から与えられた仕事を精一杯こなした。仕事は僕のように突然亡くなった人をこの橋まで送ること。そしてそれを神妙に見送ること。地上で言うなら交通整理。

 時々地上の彩夏を様子を伺いながら。

 弟の直人が彩夏の家庭教師になってほっとしたのもつかの間、あの子は弟を拒絶し続ける。
 僕よりも気持ちの優しい弟。彩夏を任せるには申し分のないできた弟。それなのにあの子の心は僕を求め続けていた。

 直人と入れ替わるわけにはいかない。弟には何の関係もないこと。 

 そのまま成仏していれば、天国にいる両親にも彩菜にも逢えたはず。
 だけど僕は彩夏とわずかな時間を過ごすためだけに神様を欺いてまでここに留まり続けている。

 ただ、あの子の呪縛を取り除くためだけに。そしてひとつの約束を交わすためだけに。

 十五歳になった彩夏には彩菜に逢いに行くと嘘をついた。
 もう二度と逢うことのない妹、そして両親。僕はいくつもの嘘を重ねてここまで来てしまった。

「せっかく迎えに来てくださったのに、申し訳ございませんでした。本当にありがとうございました」

 橋の向こうの神様代行に深々と頭を下げる。
 この橋の向こうにはふたつの扉がある。天国への扉、そしてもうひとつは地獄への。

 ゆっくりと橋を渡り、神様代行と扉の前に立つ。
 ここで神様代行とはお別れだ。何となくその表情は悲しげだった。そして、天国への扉が開かれる。
 その先にはまばゆい光に照らされた大きな虹が見えた。そっちへ行きたい、そう思いながら固唾を呑んで扉の向こうへ入ってゆく神様代行を見送った。

『何をしている、早く入るのだ。この扉が開いている時間はわずかだぞ』

 大きな手が僕のほうに差し出される。
 だって、僕は嘘をついて天国に行けるはずがない。それなのに。

『さっき言ったはずだ。神様は何もかもお見通し。おまえが地上のあの子を見つめるその眼差しに何の迷いもなかった。あの子を愛おしむ気持ちに免じてこちらへ導くよう申し使っておる。さあ、早く』

 いきなり強い風に吹きつけられ、吸い込まれるようにその先の光に包まれると、僕が通り過ぎたはずの扉が消えた。
 そこはすでに雲の上。

『あの虹の橋を越え、神の御前を目指すのだ。そうすれば、待っている家族に逢える』

 ――先はまだまだ長い。
 神様代行はそう言い残し、消えて行った。


 ありがとう、神様。

 そして、地上のふたり。
 いつまでも見守っている。誰よりも幸せになって――



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Date:2014/09/09
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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