空色なキモチ

□ ○○の日 □

8月 9日 ハグの日

8月9日 ハグの日

We encountered an incident in an amusement park

《幼馴染・中学生》




 カーテンの隙間からまぶしい日差しが射し込んできている。
 それだけでなく、その日差しの暑さで目が覚めた。
 
 枕元の時計を見るとまだ六時前。
 ぐーっと伸びをしてからもそもそとベッドを抜け出した。
 クーラーのタイマーをかけているから室内はとても快適な温度を保っている。まさか暑さでも目覚まし時計でもなく、日差しに起こされるとは思わなかった。
 ゆうべきちんとカーテンを閉めずに寝てしまった自分が悪いけど。

 
 今日は直樹と遊園地、T-Bランドへ行く。
 この前のお祭りの時、直樹の知り合いのお兄さんが抽選であてた一日パスポートをもらったから。
 T-Bランドは全国から人が集まってくる人気遊園地でアトラクションも多いし、時間で開催されるパレードも見もの。
 特に夜のパレードはピッカピカのキッラキラな電飾で飾られたフロート車にキャラクター達が乗って踊っているのがとってもかわいい。
 だけど今日は直樹とふたりだから十九時までにランドを出ないといけない。そういう約束でふたりだけで行く許可をお互いの親からもらうことができたから。
 夜のパレードは確か二十時からだから見ることはできない。すごく残念。
 最初はヒロくんとハルくんが一緒に行ってやるから遅くなっても大丈夫だろうって説得してくれたんだけど、なぜかその話は立ち消えになっていた。
 いつの間にそういうことになったのかわからないけど、直樹に「兄貴達は無理だから」って言われてしまってしょんぼり。
 

 家を出ると直樹がすでに自分家の前に立っていた。
 黒のポロシャツにベージュのパンツ、紺のスニーカーで、いつも通りのラフな格好……なんだけどっ。偶然にもわたしも動きやすさ重視して黒のポロシャツにベージュのショートパンツ、白のソックスに薄い紺のスニーカ-で。
 しかも直樹がしょっているワンショルダーバッグはコットンタイプのカーキ色。わたしのしょってるリュックも同じようなコットンタイプのカーキ色。
 わたしの姿を見た直樹が唖然としてる。うん、気持ちはわかる。だってこれじゃまるでペアルックだもん。

「……」

 お互い目を逸らして無言になってしまう。

「えっと、わたし着替え――」
「行くぞ」

 直樹の声とかぶってしまった。 
 着替えてこようかなって言おうとしたのに直樹はどんどん先を歩いて行ってしまう。 
 マジでこの格好のまま行くのぉー?
 あたふたしながらその場に立ち尽くしていると、直樹が振り返って「置いて行くぞ」と追い打ちをかけてきた。置いて行かれたら困る! だって直樹がチケットを持ってるんだもん。

「待ってよー!」

 追いかけると、なぜかその背中が波打つように揺れている。
 あれ? 笑いをこらえているように見えるのは気のせいなのかなあ。


**

 
 電車内はさほど混んではいなくて座ることができた。
 直樹はスマホでゲームをやっているけど、わたしは電車内で本を読んだり携帯をいじったりしていると酔うタイプなのでできない。
 見るともなしに向かいの窓の外を眺め、ぼーっとしていた。
 すると、向かいの席に座っている大人のカップルらしきふたりがくすくす笑っている。しかもこっちを見て。
 違うんです! ペアルックじゃないんですーって言いたかったけどそんな言い訳するのもおかしいし……あの好奇な視線に耐えるしかない。
 やっぱり着替えてくればよかったなあ。しょっていたリュックを胸にぎゅっと抱きしめてポロシャツだけでも隠そうとするけど肩とか袖はどうしても丸見えだし。
 

「……り、瑠璃?」
「え?」
「ぼーっとしてるけど大丈夫か」
「ん、大丈夫」

 なんで直樹はそんなに平然としてられるんだろう。恥ずかしくないのかな。
 ちらっと様子を窺うと、また平然とゲームをし始めている。
 向かいの席に座っていた大人のカップルはいつの間にか下車していたようで、今度はお年寄りのご夫婦がにっこりと笑みを浮かべてこっちを見ていたのだった。
 

 
 T-Bランドの最寄りの駅からとっても混んでいた。
 子供連れの家族が大半を占めているように見えたけど、わたし達より年上のカップルや男女数人のグループも多い。それに強い日差しに照りつけられてかなり暑い。

「俺ツイントルネードコースター乗りたい」
「いいよ」

 ジェットコースター好きの直樹ならそういうと思っていた。
 人混みをすり抜けるようにして園内を移動し、ジェットコースターの列に近づく、と。
 
「えー! 一時間待ちだってよ」
「あったりまえだろ? これはここで一番人気のアトラクションだぞ」
「でもーこの暑い中一時間も……」

 何度もUの字に曲がりくねるように置かれたパーテーションポールに沿って並ぶ行列の先に木陰は見当たらない。
 この前のカップル限定抽選会なんて目じゃないくらいの行列。日傘をさしている人、帽子をかぶっている人の姿もちらほらある。
 リュックの中から帽子を出そうとして入ってないのに気がついた。

「あれ、帽子持ってきたはずなのに」

 折りたためるタイプのおしゃれなストローハットを入れておいたはずだった。
 だけど入っているのは凍らせて持ってきた清涼飲料水のペットボトルとタオルとポーチだけ。 
 おかしいな。朝ちゃんと入れたはずなのに。 
 それでも諦められずにリュックをがさがさとまさぐっていると、目の前に直樹の紺色のキャップが差し出された。

「これで我慢しろ」
「え、でも」

 躊躇していると、ぽすんとそれが深くかぶせられて一瞬視界が遮られる。
 そんなわたしを置いて、直樹はすたすたと列の最後尾のほうへ歩いて行く。
 わたしがこの帽子をかぶっちゃったら直樹が暑いのに。
 申し訳ない気持ちでついていくと、急に直樹が立ち止まってぶつかりそうになった。

「どうしたの? なお――」
「わあー、偶然」

 聞き覚えのある女の子の声。
 直樹の背後から覗き込むと、列の途中に並んでいたのは美百合ちゃんだった。
 ネイビーのワンピースは白い大きな襟が爽やかでかわいらしい。ミニの丈が細い足を美しく見せつけている。靴はベージュのローヒールでさらに足が長く見えるし、いつも三つ編みにしている栗色の長い髪は下ろされていてすごく大人っぽい。ワンピースと同色の帽子がまた清楚な感じを醸し出していた。
 自分の子供っぽい格好を見て恥ずかしくなってしまう。このまま隠れていたいくらいだった。 

「あれ、もしかして後ろにいるのって瑠璃ちゃん?」

 だけどひょいっと覗き込まれてすぐにわたしだってバレてしまっていた。
 目を丸くした美百合ちゃんがわたしを見ている。
 美百合ちゃんの隣に立っていたのは同じクラスの藤崎雄吾くんだった。
 藤崎くんは白シャツにベージュのクロップドパンツでラフな恰好だけど首や腕にアクセサリーをつけていて制服姿より断然大人っぽく見える。
 ふたりともとてもわたしと同い年には見えなかった。直樹は背が高いからそれらしく見えるけど。

「なに、おまえらペアルックなの?」
「ち、違うよ! たまたまかぶっちゃっただけで」

 慌てて弁解してしまう。
 さっき電車の中で弁解できなかった分弾みがついてしまったのか、思ったよりオーバーリアクションで否定してた。

「ねえ、よかったら四人で回らない?」
「え?」

 美百合ちゃんの思わぬ提案に、わたしと直樹の声がハモる。
 
「大勢のほうが楽しいし、ね、雄吾」
「全然構わねーよ。な、直樹」
「瑠璃ちゃん、いいよね」

 美百合ちゃんに詰め寄られてうなずくと「やったあ」とかわいらしい声を上げて喜んでいる。
 ちらっと直樹のほうを見ると、なんとなくむっとした表情でわたしを見ていた。
 だって断る理由なんかなかったし、そういう雰囲気じゃなかったから。
 直樹にそう伝えるわけにもいかず、かといって謝るのもおかしいから黙ってしまった。

 美百合ちゃんに手を引かれ、自分達が並んでいた場所にわたしと直樹を入れてくれた。
 これで待ち時間が少なくなる、ラッキーと思ったけど直樹はあまりうれしそうじゃない。学校では藤崎くんと仲良さそうなのに、今日はなんだか機嫌悪そうに見える。

「瑠璃ちゃんと直樹くん、デートだったの? もしかしてお邪魔しちゃった?」
「え、違うよ。たまたまチケットもらったから一緒に来ただけで……美百合ちゃんと藤崎くんこそ」
「違うよー。私達も幼馴染なんだ。瑠璃ちゃん知らなかった?」
「そうなの?」
「ここにふたりで来た理由も瑠璃ちゃん達と全く一緒でびっくりした。本当は別の人を誘ってたんだけど断られちゃったから、しかたなく雄吾が代役で」
「おい、みゆ。聞こえてんぞー」

 むっとした藤崎くんがわたし達の会話に割って入ってくる。
 みゆって呼び方が親しげで本当に幼馴染だったんだって思った。もちろん疑ってたわけじゃないけど。
 美百合ちゃんってクラスメイトと積極的に話そうとはしないし、教室でも藤崎くんと話してる姿を見たことなかったからいまいち信じられなかった。
 それにしてもクラスで一番人気の美百合ちゃんの誘いを断ったって誰だろう。もしかしてクラスの誰かではないのかな……それとも――
 ニッと笑みを浮かべた藤崎くんがわたしと美百合ちゃんの間に入り込んできた。

「おれのこと知ってる? 同じクラスなんだけど」
「え、あ、もちろん」
「本当? よかった。しゃべったことないし知られてないと思ってた」

 心底ほっとしたような表情を浮かべる藤崎くんに思わず笑ってしまった。
 球技大会の時、直樹と一緒にバレーボールに出てたのを覚えている。背も直樹ほどじゃないけど高いし、クラスでも目立つほうだと思う。

「瑠璃ちゃんって呼んでもいい? おれも『雄吾』でいいから」
「う、うん」
「よっしゃ」

 小さくガッツポーズをする雄吾くん。
 直樹以外の同級生の男子に名前で呼ばれることなんてないからちょっとだけドキッとしてしまったけど。

 いつの間にか直樹の隣に美百合ちゃんがいて、わたしと雄吾くんが並んで歩くようになっていた。
 話しているうちに思ったより早く順番が来たジェットコースターでも雄吾くんに「隣座んなよ」と言われ、断る理由もなく座る。
 必然的に直樹と美百合ちゃんが隣同士に座っているはず。ふたりの前に座ったわたしにはその姿は見えなかったけど。
 
「瑠璃ちゃん、ジェットコースター平気なの?」
「うん、たぶん……」

 わたしと雄吾くんが一番前の席。目の前を遮るものがないから少し怖いかも。
 でも安全バーが下りてきてしまって今更席をかえてもらうわけにもいかない。目を瞑ってれば平気かなと思った時、右手が優しく握りしめられた。

「大丈夫、こうしててあげるから」
「……うん」

 緊張のあまり手に力が入ってしまう。
 そのせいでわたしが握り返したと思ったのか、雄吾くんの手にも緩い力がこめられる。
 どうしよう、直樹に見られたくないなって思った瞬間にがたんと動き出した。
 前に乗ったことあったはずなのに、記憶より高速でハードに回転するジェットコースターに我を忘れて叫び声をあげていた。


 ジェットコースターを降りてからも、自然にわたしの隣には雄吾くんが歩いている。
 そしてわたしと雄吾くんの前を歩く直樹の隣には美百合ちゃん。
 美百合ちゃんも女の子にしては身長あるほうだし、直樹とお似合いのカップルみたいに見える。わたしだけ小さいからまるで高校生に連れられた小学生みたいになってるように思えた。それなのに直樹とペアルックのようになっているから余計恥ずかしくて離れて歩きたい心境になってしまう。
 それになんだかさっきから胃の辺りが少しだけムカムカするような感じが続いていた。

「どうしたの、疲れた?」

 雄吾くんが心配してわたしの様子を窺ってくれている。
 歩くペースが落ちてるからだろう。直樹と美百合ちゃんが振り返って立ち止まっていた。

「大丈夫。ごめんね」
「ちょっと早いけどご飯にしようか。私T-Bバーガー食べたいんだ」

 T-Bバーガーっすか!?
 バンズにキャラの絵が入ったハンバーガーなんだけど、今そういうの食べたい心境じゃない。
 いつもの体調なら食べたいしむしろ好きなんだけどな。だけど違うものを提案する気力もなかった。

 
 暑いから店内で涼を取っている親子連れがかなりいて、空席は見当たらなかった。
 だけど雄吾くんが機転を利かせて室外だけどパラソルの上に木陰がかかっている比較的涼しそうな席をキープしてくれていた。その中でも一番日陰の多い席をわたしに勧めてくれる。

「瑠璃ちゃん、ここ座んなよ。食べ物買ってきてあげるから」
「ありがとう、雄吾くん」
「雄吾めっちゃ瑠璃ちゃんに親切。私には全然優しくないのに」
「ったりめーだろ。基本女の子には優しいんだ。みゆに優しくしたって意味ねーし」

 三人がお店に向かっていくのを見送る。
 すると直樹がこっちを振り返ったのに気づいた。だけどすぐに前を向き直って歩いて行ってしまう。

 心配してくれるはず、ないよね。
 さっきからずっと不機嫌だし、たぶん美百合ちゃんや雄吾くんは気づいていないけど(それが救い)空気読んでほしいなあ、直樹って言いたいくらいわたしに向ける視線が冷やか。
 美百合ちゃんと雄吾くんは言い合いは多いけど、本気じゃなくて楽しんでいる感じ。
 わたしと直樹も小学校まではあんな感じだったと思うのにな。最近じゃなんだかうまく話せないし普通に接することができなくなってる。
 直樹はどう感じてるんだろう。
 できれば美百合ちゃんと雄吾くんみたいにずっと仲良くしていきたいのに、無理なのかな。


「いっただっきまーす!」

 丸いテーブルでわたしの真正面は直樹。美百合ちゃんと雄吾くんも向き合う形で座っている。
 わたしの左隣の美百合ちゃんがしきりに直樹に声をかけ、右隣の雄吾くんがわたしに話しかけながら自分のハンバーガーを食べている。
 これおいしいよってポテトを勧めてくれたりするんだけど、今はあまりほしくないかも。
 買ってきてもらったチーズバーガーもあまり喉を通らずに、オレンジジュースばっかり飲んじゃった。

「瑠璃ちゃんもうごちそうさま?」

 結局食べ物は半分以上残してしまっていた。
 基本残すのは好きじゃない。だけど胃のムカムカが収まらない。かといって持って帰っても途中でだめになってしまうくらい暑い気候。

「しょうがねーな」
「おれが食べてあげるよ!」

 すうっと手が伸びてきて、わたしの食べ残しのチーズバーガーを手にしたのは雄吾くん。
 何の躊躇いも感じさせずそれに噛りついた彼を見て、わたし達三人は唖然としてしまう。
 同じようにしようとした直樹の手はその場で所在無げに握りしめられ、すぐに元いた場所に戻ってゆく。

「なに?」

 もぐもぐと口を動かした状態で雄吾くんがわたし達三人を見てる。
 美百合ちゃんは呆れたように首を傾げながら苦笑いしてて、直樹は頬杖をついて残りのポテトを食べ始めた。

「ん? ダメだった? 残すのもったいねーじゃん」

 ニコニコと屈託のない笑顔で見つめられて、何も言うことができなかった。
 
 だんだん、胃の辺りのムカムカがモヤモヤに変化して広がっていく。
 なんでだろう。よくわからない。


**


 そのあと乗ったアトラクションも、わたしは雄吾くんと隣同士だった。
 丸いゴンドラに乗ってくるくる回るのも、移動のために園内を走るバスに乗るのも、ふたりでこぎながら進んでいく乗り物も。
 まるで雄吾くんとT-Bランドに遊びにに来たみたいな心境になっていた。
 雄吾くんは話が面白いし、わたしを気遣って荷物を持ってくれたり手を貸してくれたりする。
 とっても優しくて楽しかったけど――


 少し日差しの強さが落ち着いてきたと感じたのは十七時を過ぎていた。
 日焼け止めを塗ってきたけどじりじりと照りつけられた腕や脚は少しだけひりひりしている。
 暗くなると混みだす観覧車に乗ろうと提案したのは雄吾くんだった。
 すぐに同調する美百合ちゃん。観覧車なら座ってるだけだからいいやと思ってわたしもうなずいた。
 それに観覧車には四人で乗るものだと思っていた。
 大きい観覧車だし、乗っている時間も長い。四人で乗れるスペースは十分にある。
 数年前に直樹親子とわたしとお母さんで乗った時全然余裕だったから。その頃より育っているけど乗れるはず。

 それなのに、もうすぐ順番という時。

「ねえ、ふたりずつ乗ろっか」

 そう言い出したのは直樹と並んで前に立っている美百合ちゃんだった。
 
「でも、後ろ混んでるし……」
「すぐに次のがくるし。ふたりずつ乗っても大丈夫ですよね?」

 美百合ちゃんがスタッフの男の人に声をかけると「大丈夫ですよ」とにっこり笑顔を返された。
 わたしの意見なんてすぐに打ち消されてしまう。
 このままだとわたしは雄吾くんと、美百合ちゃんは直樹と乗ることになる。
 やっぱり美百合ちゃんは直樹のことが好きなんだって確信した。
 美百合ちゃんが誘った相手が直樹だとしたら……だから今日ずっと直樹と一緒に歩いていて、観覧車も――

「はい、どうぞ」

 スタッフの人がそう言ってゲートを開けた時、ぐいっと強い力で右腕を引かれた。
 あっ、と声を上げる間もなく背中を押され、ゴンドラの中に押し込められる。

「閉めてください!」

 背後でそう聞こえ、大きな音とともに閉まった扉の風圧がわたしの髪をなびかせて頬をくすぐる。
 はあ、と忌々しそうに大きなため息をつき、あからさまにむっとした表情の直樹が腕組をしてわたしの目の前に座った。
 
「おい」
「え?」
「楽しかったか」

 吐き捨てるように尋ねられておずおずと直樹を見上げると、やっぱり怒りの感情をあらわにしている。
 直樹が怒っているのはわたしのせいなのかもと思ったら自然に小さな声しか出なかった。

「まあ……それなりに? なお――」
「俺は全っ然楽しくなかった」

 直樹は? と尋ねる間もなくかき消された。
 『全』と『然』の間に力いっぱい込められた小さな『つ』の存在が直樹の思いを強調させる。
 本当に楽しくなかったんだなってひしひしと伝わってきた。確かに美百合ちゃんの隣に立ってる直樹はニコリともしていなかった気がする。
 ふん、と鼻でため息を吐いた直樹が硬い背もたれに寄りかかって足を大きく組んだ。

「わたしの、せい?」

 口を衝いて出たわたしの言葉に直樹が目を丸くする。
 
「違う」
「でも――」
「俺のせいだから」

 今度はわたしが目を丸くする番だった。
 なんで直樹のせいなのかわからなくて。

「俺がちゃんと断るべきだった。それなのにひとりでイライラして瑠璃のせいにしようとしてた。おまえなんも悪くないのに」
「直樹……」
「でも、瑠璃が楽しかったならいい」
「……」

 直樹が無理して笑うから、なんでかわからないけど涙が出そうだった。

「……のしかった、けど」

 鼻の奥がツンとする。
 気を張ってないと涙が流れちゃいそうで、一生懸命言葉を繋ぐけどたどたどしくなってしまった。

「瑠璃?」
「楽しかったけど、雄吾くんと来たみたいだった。違うのに……わたし、直樹と来たのに」

 直樹の帽子を深くかぶりなおすと、鍔の部分が顔を隠してくれる。
 それ以上何も言えなくて、しばらく無言の時間が続いた。
 夕日が差し込んできたゴンドラはまだまだ暑くて、中が淡いオレンジ色に染まってゆく。

「見ろよ。もうすぐてっぺん」

 せっかく観覧車に乗ったのに足元しか見ていなかった。
 ふと顔を上げると、うちのほうの高いビルや橋が小さく見えた。
 下はT-Bランドのジェットコースターや色とりどりのお店の屋根、それにパレード待ちの人だかり。
 遠くの山のほうは夕日の赤っぽい空の上がグラデーションのようにオレンジに、そして山吹色になり、淡いブルーになっている。

「すごい、きれいだね」
「うん」
「もうすぐ夕方のパレードはじまるね」
「ああ、体調は? もう大丈夫か?」

 聞かれて胃のムカムカが消えていたことに気づく。
 さっきまでずっと変な感じだったのに。

「治った、みたい」
「じゃ、降りたら走れるな」

 クッと口角をあげた直樹が意地悪そうな笑みを浮かべた。


**


「ここまでくれば平気だろう」

 申告通り、観覧車を降りた後わたしの手を引いた直樹は勢いよく走りだした。
 人混みの中をすり抜けたかったけど、パレード待ちの行列は半端ない。 
 何度も「すみません」と「通してください」と言いながら、直樹はわたしを守るように肩を抱いてくれた。

 大きな木に凭れ、息を整えているとパレードが始まりだして盛大な音楽が流れ出す。
 わたし達が凭れかかっていた木の上のほうにスピーカーがついていたようで、その大きさに飛び上るほどびっくりしてしまう。
 同時に歓声が渦を巻き、一気に周りのテンションがヒートアップするとそれを待っていたかのように巨大なフロート車が姿を現した。てっぺんに立っているお姫様と王子様がまるで羽が生えているかのようにひらひらと舞うようなダンスを披露する。
 そしてフロート車のサイドから水がばあーっとまき散らされると、さらなる歓声が響き渡った。
 濡れて楽しむ水と音楽のスペシャルパレードは日中しか開催されていない。暑い日差しを緩和する意味もあるようで大人気だった。
 濡れたくない人はかっぱを着用しているけど、多くの人は自ら濡れに可能な限りフロート車に近づいて行っている。
 
「わー! 前のほうすごいよ」
 
 わたし達の位置には全然水は届かないし、目の前の人だかりがすごいから近づきようもなかった。
 
「もちょっと近くで見たかった」

 それでも少しでも近寄ろうとして近づこうとした時、ぐらりと身体が傾く。
 何かに躓き転びそうになったわたしは思い切り直樹の胸にダイブし、抱きついてしまっていた。

「あっぶね、この間からよく転びそうになるよな」

 確かに……この前のお祭りの時も転びそうになって直樹に助けられたんだっけ。 
 抱きついたまま固まってしまったわたしは、どくんどくんと鼓動を刻む直樹の胸の音を聞いていた。
  
 ――離れたくない。

 そう思った時、わたしの身体が直樹の腕に包み込まれた。
 ぽんぽんと優しく背中を叩かれ、かぶっていキャップが奪われる。
 恥ずかしくて顔を上げることができずにそのままの姿勢でいると、小さく鼻で笑う声が頭上から聞こえてきた。

「また、来ような」
「……うん」
「今日がハグの日だって瑠璃が知ってるとは思わなかった」
「えっ、なにそれ?」

 がばっと顔を上げると、すごく大人びた表情の直樹が笑っていた。

「今度はふたりで、な」


 【おわり】





 ハグの日
 広島市の「ハグの会」が2007年に制定。
 「は(8)ぐ(9)」の語呂合せ。(今日は何の日~毎日が記念日~より一部抜粋)


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Date:2014/08/09
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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