空色なキモチ

□ ○○の日 □

6月12日 恋人の日

6月12日 恋人の日

I heard a sound falling in love

《幼馴染・中学生》




 梅雨の時期が近づいて湿気が増し、じめじめする季節になってきた。

 夏服のセーラー服は生地が薄めで白だから色の濃い下着は透ける心配があるので学校に行く時は白か薄いピンクのブラを付けるようにしている。そもそも濃い色のブラなんて数枚しか持っていない。
 キャミソールも着るからそんなに気にしなくても大丈夫だってお母さんは言ってたけど、セーラー服の襟の下にブラの線がくっきり見えていたりしたら恥ずかしいから。

 思えばブラをつけるようになったのはつい最近のこと。
 小六の夏くらいから体育の日はスポーツブラをつけていたけど、それ以外の日はつけてなかった。必要性も感じなかったから。
 だけどその年の秋くらいから急に胸が痛くなるような感覚とともにわずかに膨らみ出した。そして生理が来たのと同時にお母さんにつれられてブラを買いに行ったんだっけ。

 ブラをつけてるのを知られるのがいやだ。
 冬に比べて涼しげなセーラー服は何となく心許なくて気恥ずかしい。

「おっす」
 
 家を出たとたん、背後から声をかけられて振り返ると幼馴染の直樹だった。
 男子は学ランがないだけで、夏の制服はワイシャツとスラックス。
 開襟シャツの襟元からくっきりと喉仏が見える。冬服の時は気づかなかったけど、こんなに出っ張ってたっけ。
 そういえば、いつの間にか直樹の声はかなり低くなってる。
 小六の頃、急に声が出づらくなったって言ってて苦しそうだった。あれは変声期だってお母さんが教えてくれた。わたしにはないものだから不思議だった。
 だけど考えてみたら、直樹にはブラが必要ないのと同じようなものなのかもしれない。

「なに?」

 怪訝な顔をして直樹がわたしを見下ろす。
 じっと直樹の喉仏を見つめてたみたい。無意識だったけどその視線がうっとおしかったようだ。

「なんでもない」
「へんなやつ。ジロジロ見たりして」

 ふん、と顔を背け先を歩いていく直樹。

 あのキスの日からずっとこんな感じ。
 挨拶程度はしてくれるけど、あんまり話してくれなくなった。


 あの日の夜。
 制服姿の美百合ちゃんが本当に直樹の家に来ていた。
 わたしは自分の家の庭から直樹の家の玄関の方を息を詰めて伺っていた。こんなことしてはいけないと思ったけどなんとなく気になってしまって。

 美百合ちゃんは門扉の辺りで直樹と話すこと約三分くらいですぐに帰っていった。
 直樹はさっさと家に入ってしまうし、美百合ちゃんも直樹の家の門からすぐに離れて歩き出していた。


 翌日、美百合ちゃんに思い切って聞いてみた。
 ほかの子に聞かれないように、トイレに向かう美百合ちゃんをこっそり追いかけて。

「――昨日の夜、直樹に何か用があったの?」

 大きな目を何度かしばたかせて首を傾げた美百合ちゃん。
 最初はなんのことって感じだったけど、すぐに状況を理解したようでにっこりと微笑まれた。

「直樹くんの忘れ物を届けただけ」

 嘘! 咄嗟にそう思った。
 だって美百合ちゃんが直樹に何かを渡しているふうには見えなかったから。
 だけどそれ以上深く聞くことはできず、真実は闇の中だった。


**


 その日の六時間目は来週行われる球技大会の競技決めだった。
 うちの中学は毎年六月十二日に球技大会の日と決められているらしい。

「ねー、球技大会の日って恋人の日なんだってよー」
「え? マジ?」
「うん。でね、うちの学校のジンクスがあるんだって。お姉ちゃんから聞いたんだけど、好きな相手にはちまき交換を申し出て受け入れてもらえたら恋人になれるらしいよ」

 窓際の方で誰かがそんなことを言い出して、聞きつけた子達が一斉に集まりだす。
 その話をこっそり聞いてて(話に参加する気にもならなかった)当たり前だよなあって思っちゃった。
 だってはちまき交換を申し出ることで、『あなたが好きです』って気持ちダダ漏れだし、それで受け入れてもらえなきゃ断られたってことじゃない。それを疑問にも思わないのかな。

 好きな相手かあ……。

 ふと窓際の集団から目を逸らして教卓の方を見ると直樹が黒板に名前を書いている。
 どうやらバレーボールに出るらしい。背が高いからいいよな。わたしなんて小さいからバレーボールもバスケットも向いてないし、卓球かドッジボールくらいしか選べない。 
 結局小学校時代からの親友、ちび仲間の鈴花とペアで卓球に出ることに決まった。


 その日の帰り、鈴花とはちまき交換のジンクスについて話しながら帰った。
 やっぱりわたしと同じ事を考えてたみたいで、ふたりで大笑いしてたんだけど。

「でも、実際そんなことあったらうれしいよねえ」
「まあね。うまくいけばね」
「瑠璃は? 直樹くんと」
「えっ? な、んで」
 
 にまあっと笑みを浮かべた鈴花がわたしの動揺を見抜くかのように顔を覗き込んできた。

「最近ちょっとふたりおかしいもん。よそよそしいってか」
「そっ、そんなことないもん」
「どもるのが怪しいんだよー。瑠璃は正直ものだねえ」

 違うもん、そんなんじゃない。
 心の中でそう否定しながら唇を尖らせて精一杯の抵抗をするしかなかった。


***


 球技大会の日。
 いつもはおろしている肩を覆うくらいまである髪をふたつの三つ編みにして登校した。

 わたしの後ろを直樹が歩いているのが分かる。
 前までだったら並んで歩いていたのに、最近はこうして前を歩いたり歩かれたり。さすがに女子と登校してると、からかわれるかもしれないとか思ってるのかも。
 本音を言えば透けブラが気になるから後ろはあまり歩いてほしくないけど。

 このままずっとこんな調子なのかな。
 わたしのせいじゃないはずなのに、なんでこんなふうに直樹に避けられるんだろうな。

 ――ちょっと、寂しいな。



 更衣室で体操着に着替えて教室に戻るとはちまきが配られた。
 わたし達A組は赤だった。A組が赤、B組が青、C組が黄色で全学年共通。
 混ざってしまっても間違わないようはちまきの端っこに名前を書くように言われ、目立たないよう小さく『Ruri』とだけ記した。

「猫耳はちまきにしよう」

 鈴花が自分のはちまきを器用に結び出した。
 見ているとあっという間にはちまきに二つの耳みたいな三角の拳ができあがった。それを微調整して猫の耳のような形に変化させてゆく。

「ほら、こうやって」

 ショートヘアの鈴花の頭に赤い猫の耳が飾られ、みんながわあっと集まりだした。

「かわいい! やり方教えて」
「簡単だよ。昨日ネットで調べたの。こうやって大きく作るのがコツなんだよ」

 わたしのはちまきをさっと取り上げた鈴花がみんなに見えるようにやり方を説明しだした。
 みんなはわたしのはちまきを見ながら自身のものを同じように変化させ、うれしそうに頭に着ける。わたしも鈴花に猫耳になったはちまきを渡されて着けたけど何となく恥ずかしい。でも鈴花が着けているのはすごくかわいいなって思った。わたしもああいう風に見えていたらいいのにって思うくらい。
 わたし達一年の学年ジャージはえんじ色なので赤いはちまきにあっているなと思いながら猫耳のみんなを眺めていた。


**


 わたしと鈴花の卓球ペアは一回戦敗退してしまった。
 ふたりとも運動音痴だし、しょうがないよねって言いながらもクラスメイトに声援を送ってもらっていたのに申し訳ない気持ちになる。
 だけどそんなの気にしなくていいよと言わんばかりに男子も女子シングルの子も頑張ってくれて順調に勝ち進んでくれた。
 うちの学校には体育館がふたつあって、第二体育館が少し小さい。そこで卓球とバスケットボール、第一体育館でバレーボールの試合が行われ、校庭ではテニスやソフトボール、ドッジボールの試合が行われている。

 午前中に卓球の試合がすべて終わり、A組は二位だった。
 ずっと座って応援していたからお尻が痛くなって何度か外に出て空気を吸ったり、第一体育館の試合を覗いたりしていた。
 クラスメイトはあちこちに分散され、だいたいが自分の出る競技の試合を応援しているみたい。すれ違うたび「そっちはどう?」って質問が飛び交う。

 教室でお昼を食べ、試合を終えた卓球組は好きな競技の応援に回ることになっていた。
 鈴花とわたしは午前中ずっと体育館にいたから午後は校庭の競技を見に行こうかと話しながら向かっている途中、教室に水筒を忘れたことに気がついた。

「ごめん、先向かってて」
「おっけー! 昇降口の前にいるね」

 鈴花と別れ、走って教室に戻る。
 十三時からソフトボールの試合と、十三時半からテニスの決勝があるから最初ソフトの応援に行くんだろうな。ソフトにはクラスで一番人気の男子が出るから応援スペース座る場所なくなっちゃうかも。
 あわてて教室の後ろの扉から入ると、そこにはまさかの直樹が立っていた。向こうは教室から出ようとしていたみたいで寸前のところでぶつからずにすんだ。

「あっぶね」
「ごっ、ごめん」

 直樹のはちまきは首もとでネクタイのように結ばれている。
 男子はこういう結び方の子が多かったなと思いながらそれを見つめてしまっていた。同時に視界に入る直樹の喉元。

「何?」

 あからさまに嫌そうな表情を向けられて、すぐに視線を逸らした。

「なんでもない」

 少し見てただけなのに、なんでそんなに機嫌が悪くなるのかな。 
 直樹の横を通り過ぎて自分の席に向かい、水筒を取り出す。
 早くここから立ち去りたい気持ちになる。こんな直樹と一緒にいるだけで息がつまりそう。

「午後は応援に回るんだろ」
「うん。これからソフトの応援に行くの」

 水筒のひもを肩に掛けながらそう伝えると直樹の顔が一瞬険しくなった。
 なんでそんな顔をするんだろう。わたし、なにか悪いこと言った?
 その目で射るように見つめられているのが嫌で黒板の上の時計を見ると、すでにあと十分で試合が始まる時間になっていた。急がないと待ってる鈴花に悪い。

 直樹が立っている教室の後ろの扉じゃなく、前から出ようとした時。

「そのはちまき!」

 大きな声が聞こえて、直樹を見ると険しい顔のまま大股でこっちに近づいてきていた。
 どすどすという足音が直樹の怒りを表しているようで、少しひるんでしまう。

「猫耳ってか赤鬼だよな!」

 いきなりそう言われてかちんときた。
 赤鬼って、角は赤くないし。赤いのは肌でしょう。
 そう言い返そうと思ったのに、わたしの口からはいつものように言葉が出てくれなかった。

「張り切って三つ編みにしたくせに一回戦負けかよ」

 なんで知ってるの? という言葉をぐっと飲み込む。
 誰かが試合の内訳を話したのかもしれない。それか、見に来ていた?
 ……まさかね。
 
「まあ、運動音痴のおまえが勝てるわけないとは思ってたけどな。だいたいその頭もはちまきも似合ってないし。かわいい子がすればそれなりに見えるだろうけどさ」

 ばかにするような口調で一気にまくし立てられた上に、はちまきの結び目を引っ張られてあっという間に取らあげられた。

「やだ! 返して」
「俺がしたほうが似合うんじゃね? ほら」
「……じわる」
「え?」
「直樹の意地悪!」

 きっ、と顔をあげて睨みあげると直樹はわたしを見て小さな声をあげた。
 直樹の顔がぼやけてよく見えない。
 自分が泣いていることに全然気づいていなかった。
 わたしのはちまきがあてがわれた直樹の頭の上のその赤色だけははっきりと見える。

「な、泣くことないだろ」

 狼狽えながら顔を背ける直樹がわたしよりも猫耳はちまきが似合ってることは正しい。
 それは認めるよ。わたしは最初から似合わないと思ってたし、ちゃんと自覚もしてるもん。
 だけど悔しくて、なぜだかすごく悲しかった。
 
「似合わなくたってあんたに迷惑かけてない! わたしのこと嫌いならかまわなきゃいいじゃない!」

 居たたまれなくなり、捨てぜりふを吐いて教室を飛び出した。

「おい、これ返すって」
「もういい! あんたがつけてればいいでしょ!」

 直樹がついてきているのがわかって振り払うように大股で先を急ぐと、後ろから肩を掴まれた。
 後ろにぐらっと身体が傾いて、転びそうになるのを寸でで堪える。直樹にぶつかるのもいやだったから必死で両手をばたつかせてバランスをとっちゃった。
 
「なに……っ」

 振り返ろうとした時、目の前に赤いものがふわりと舞った。
 小さく「あっ」と声をあげた時にはすでにわたしの目元は覆われ、瞬時に涙が吸い込まれてゆく。

 それがはちまきだってすぐにわかった。
 あっという間に目隠しのようにされて後頭部の辺りで緩く結ばれる感触。
 なんでこんなことするんだろう。前が全然見えなくてはちまきの結び目に手を伸ばす。

「なにすんの、見えない」
「おまえは――」

 ささやき声とともに漏れる微かな吐息が耳をかすめ、背筋がぞくりとした。
 わたしの横を通り過ぎていく大きな気配。
 ふわりと風がうなじの辺りをそよめき、くすぐってゆく。
 キュッと靴の音が鳴るのとほぼ同時に走り去って行く大きな足音。

 ――俺だけ見てればいいんだよ

 間違いなく、そう聞こえた。

 震える手で目元を覆われたはちまきをはずす。
 目の前には誰もいない廊下。
 開いた窓から入り込む風が、クリーム色のカーテンをはたはたとたなびかせていた。

「どういう、こと?」

 ――もしかして。

 ポケットに入れてた球技大会のしおりを見ると、『十三時~一年男子バレーボール決勝』の文字。
 これって、直樹が出る試合なのかも。
 ふと握りしめたはちまきを見ると、猫耳じゃない。

「瑠璃ー! 時間時間!」

 廊下の向こうから鈴花が走ってこっちに向かってくる。
 あまりにも待たせすぎて迎えに来たんだ。

「ごめん、鈴花! わたし――」
「えっ? あっー?」

 三つ編みをほどきながら鈴花の手を掴んで走った。

 
**


 息を弾ませてたどり着いた第一体育館は思ったより観客が多かった。
 入り口付近に立ちはだかっている二年生の女子達に遮られて中の様子が伺えない。だけど中の熱気は扉口にも伝わってくる、すごい盛り上がりようだった。
 いきなり走りだしたわたしに何も言わずについてきてくれた鈴花と目を見合わせてうなずきあう。
 
「すみません、中に入り――」
「ねー、あの赤い猫耳はちまきの背の高い一年男子、かわいくない?」

 入りたい、そう告げようとした時に聞こえてきた。
 
「うん、あの子頑張ってるね。どんなボールでも食いついてる」
「バレー部の子なのかな?」
「あのっ、すみません! 通してください」

 先輩達の間をかき分け、中に入ろうとするとあからさまに嫌そうな顔を向けられた。
 だけど、中が見たい。その一心で頭を下げながら進んでいく。

 わあっ! という歓声が耳いっぱいに入り込んできた。
 喜び合っているのはうちのクラスの男子達。
 その中でひとりだけ猫耳はちまきを結んだ直樹がボールを拾い上げ、サービスゾーンに向かって走っていく。

「直樹ー決めてけよ!」
「わかってる!」

 真剣な眼差しで相手コートを睨む直樹。

「なんで直樹くんがあのはちまき……」

 不思議そうに首を傾げる鈴花に答える余裕もなく、わたしは息を詰めてそのサーブを見つめていた。

 ばん! といい音を立てて直樹が打ったサーブが相手コートめがけて飛んでゆく。
 大きく弧を描いたボールはそのまま吸い込まれるように、勢いよく相手側のコートへ落ちた。

「やった!」

 思わず声を上げてしまっていた。
 わたしの声なんか多くの声援に吸い込まれ、すぐに消えてゆく。
 だけど直樹は驚いた目でこっちを見つめていた。
 そしてすぐにニッと笑みを浮かべ、舌をぺろっと出し、親指を下に向けるようなジェスチャーをしてみせた。それを見たギャラリーが一斉に笑い声をあげる。

「あの子招き猫ポーズしてる! かわいいっ」
「こっち向かってやってたよね」

 後ろに立っている先輩達の笑い声がとても楽しそうに聞こえた。
 違う、招き猫じゃない。直樹はわたしを挑発しようとしているだけなのに。

 ばかみたい。なにやってんの。
 そう思いながらも直樹の名が刻まれたはちまきをぎゅっと握りしめて、わたしは笑いを止めることができなかった。

 だって、今……確かに、わたしの中でなにかが動きだしたから。

 どきどきと加速する鼓動を感じながら、シャッターを切るように直樹の姿だけを瞳いっぱいに映し出していた。 


 【おわり】





 恋人の日
 全国額縁組合連合会が1988年から実施。
 ブラジル・サンパウロ地方では、縁結びの聖人アントニウスが歿した前日の6月12日を「恋人の日」として、恋人同士が写真立てに写真を入れ交換しあう風習があることから(今日は何の日~毎日が記念日~より一部抜粋)


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Date:2014/06/12
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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