空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第7章 第104夜 恩愛

 
 叔父の着ていたモーニングに着替えた父が慌てた様子でチャペルの前に戻ってくる。
 そして叔父は父が着ていたスーツを身に着けていた。こっそりと中に入っていく叔父が一度こちらを振り返って軽く会釈した。

 あんな普通のスーツで入りづらいだろうに、それを厭わずに父に自分のモーニングを貸した。
 もしかしたらわたしとヴァージンロードを歩くことを楽しみにしてくれていたかもしれない。打ち合わせでは緊張しながらも何度も練習を繰り返してくれた叔父。それなのに。

 ごめんなさい、心の中でそう謝ることしかできなかった。

 わたしの中で、叔父はもうひとりの父であることは変わりない。
 大好きな、第二の父。
 いつかちゃんと言葉にして伝えられたらいいな。

 
 簡単にエスコートの仕方を叔父から習った父が小さく咳払いをしてわたしの隣に立つ。
 緊張しているのか首を左右に振り、肩の上下運動をしながら身なりを整えた後、左肘をクッとわたしのほうへ出すようにした。
 そこに軽く右手を添えようとして一度手を引く。
 わたしの顔を覗き込もうとした父の気配がわかって、その手を自分の胸の辺りに添えてみせた。


「もう大丈夫なんですか?」


 傍に人がいる。心の病というのも気が引けてジェスチャーで示してみせるとすぐに通じたようで、父はうん、と一度だけうなずいた。


「今は穏やかな生活をしている」


 扉のほうを向いたまま父がそうぼそりとつぶやくように発した。
 よかった、と言いたかった。言えばよかったのかもしれない。だけどわたしはその言葉を静かに飲み込んでいた。
 そしてその腕に右手を伸ばす。そっと触れた父の腕が小さく揺れたのに気づいた。やっぱり緊張しているのだろう。

 父は弱い人間だった。そして母も、わたしも。
 そして弱っていた父に全く気づかなかった。その苦しみは計り知れない。
 それに気づきもしなかったわたし達にもきっと非はあったのだろう。
 今だからそう思える気がして、父の腕を少し強く掴んだわたしの手がかすかに震えた。
 それに気づいた父が再びこちらを見て、わたしの右手の上に自分の手を重ねてきた。そしてぎゅっときつく握りしめられて息を呑む。
 

「私と歩むことを選んでくれてありがとう」


 前に向き直った父が小さな声でそうつぶやいた。
 わたしも前を向いて軽く息を吐き、同じように小さな声で返す。


「これで許されたと……思わないでください」


 冷たい言葉かもしれない。
 だけど、母のことを思うとやっぱりこうとしか言えない自分がいた。
 本当にかわいくないと思う。よそよそしい敬語も使いたくはないのに素直になれない。


「わかっている。それでも、父親として歩けることがうれしい」


 父の腕が小さく震えているのに気がついた。
 見ると、涙を堪えて唇を噛みしめて俯いている。


「もう泣かないで。恥ずかしい」

「ごめんな。うれしくて……」


 介添えの人にハンカチをもらって涙を拭う父を見て思った。
 この人はこんなに小さい人だったろうか。
 まるでそびえたつ山のように大きな父だと思っていたのに、隣に立ってみて普通の人だと思った。

 わたしは父に期待しすぎていたのかもしれない。
 大きな憧れを抱きすぎて、完璧な姿を求めすぎていた。それが覆されて憎しみしか抱けなくなっていたのかもしれない。ふとそう思った。
 この人だってただの、ひとりの人間に過ぎないのに。

 叔母に送られた母の遺書には父への恨みごとはひと言も記されてはいなかったと聞いた。
 それが母の、父に対する最後の愛だった。
 母はわたしにも、それを望んでいたのかもしれない。
 
 もちろん何もかもを許すつもりはない。
 だけど、恨んだりはしていない。


「お父さん」


 わたしが呼ぶと、父が驚いたようにこっちを見たのを気配で感じた。
 だけどわたしは目を合わさず、扉のほうだけを向いて。


「わたし、翔吾さんに一生添い遂げます。母ができなかった分、その夢を叶えます」

「――ああ」

「幸せになるから……もう、心配しないで」


 父が小さな嗚咽を漏らす。
 それは切なく響き、泣き止むまでにしばらく時間を要したのだった。
 その間、父は何度も何度もうなずいて、噛みしめるようにわたしの言葉を受け止めていたのだろう。

 残りの人生を新たな家族と共に悔いなく過ごして欲しい。そう願わずにはいられなかった。


 
***



 その後の披露宴は滞りなく行われた。
 叔父は戻ってきたモーニングに着替え直し、親族席に収まった。
 同じ席にいる山部のおじいちゃんとクマさんと楽しそうに笑いあっている姿がよく見えた。

 一方父はモーニングを借りることができ、雨宮家の親族席に座ることを許された。
 座席表には名前はないが、急遽一名増えるかもしれないということは手配済みだったようで、少し席を詰めて座ることが可能だったようだ。
 元々その席は翔吾さんのご両親と、お姉さんとみゅうちゃんだけの席だったから広く開いていたことは確かだった。
 教会式に参列していた雨宮家の親族に冷ややかな目で見られて肩身の狭い思いをするんじゃないかと思ったが、それは杞憂に終わった。
 何かに吹っ切れたように、父は堂々と妻である翔吾さんのお姉さんの隣で笑顔を浮かべていたから。

 正直、そんなふたりの姿を凝視することはまだできない。
 だけどわたしは、今誰よりも幸せだから。
 隣に座る翔吾さんに笑いかけると、最高の笑みを返してくれる。それで十分なの。
 

 ケーキカットやキャンドルサービスでたくさん写真を撮られて、笑顔が引きつってないか心配だった。
 翔吾さんは終始満面の笑みで、すごいなあって思わざるを得ない。
 

「なあ、雨宮。風間の親族席にいる人、ウチの会長に似てないかって部長達がこそこそ話してたけど。正直オレみたいなヒラは会長の顔もよくわからないんだけどな」


 ぼそりと斉木さんに聞かれ、「他人の空似っす」と誤魔化す翔吾さんがおかしかった。
 隣にいた三浦さんはクマさんを知っているから状況を飲み込めているようで(前もってクマさんが話していたのかもだけど)余計な心配するなと斉木さんを黙らせているのがさらにおかしくって。
 テーブルから離れる時にはふたりで持っているキャンドルが震えてしまうくらいお互い必死に笑いを堪えたのだった。


 たくさんの人に祝福してもらって幸せな挙式だった。
 これもみんな翔吾さんのおかげ。
 翔吾さんが父を呼んでくれたのは本人に聞くまでもなかった。
 集合写真を撮る時に隣に立った叔父にお礼を告げようとすると手で制されて、「それは翔吾くんに」と教えられたから。

 父に幸せな姿を見せることができてよかった。素直にそう思うことができたのがまたうれしかった。
 きっと母も天国で見ていてくれているはずだよね。

 素敵な人を見つけたねって、きっと祝福してくれているはずだから。

 
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Date:2014/03/22
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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