空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第2章 第31夜 翔吾side

 
 仕事を終えて、雪乃が待っている自宅に急ぐと、鍵が閉まっていた。

 家の中にいるはずなのに……もしかして用心のために鍵をかけているのかもしれないと思ったらうれしくなった。
 あんまり危機管理能力が高くなさそうだったから少し心配していたんだ。
 だけどこうして中にいても鍵をかける習慣があるのなら安心できる。


 部屋の前でインターホンを押す。

 少し待つけど反応はなかった。
 

 風呂でも入ってるのかな? あと三十分くらいで着くと言っておいたけどまあいいか。
 準備いいじゃないか。そう思ったらうれしくて、コートのポケットから鍵を出して開けた。


 扉を開けると、真っ暗だった。
 うちの玄関は一歩入るとセンサーで廊下の電気がつくようになっている。
 玄関が暗いのはわかるけど、なぜつきあたりのリビングの扉から光が見えないんだ。

 
 一歩玄関に入ると、チャリッと音がした。
 何かを踏んだようで、足元に視線を落とすと……鍵。

 内扉の郵便受けが開いていた。
 外から鍵を閉めて、扉の郵便受けから鍵を……入れた?

 胸の奥のほうがザワッとして背筋がひやりとする。


「雪乃!」


 真っ暗なリビングに駆け込んで電気をつけた。
 部屋はまだわずかに暖かいけど、エアコンを切って少し時間が経っているようだった。

 
 キッチンの三角コーナーに肉じゃがのようなものが捨ててあった。
 そこからいい香りが漂っている。


「雪乃……」


 俺の口からは彼女の名前しか出てこなかった。
 慌ててポケットから携帯を出してコールするけど出ない。
 何度かけても呼び出し音は鳴るのに一向に出てくれない。


 どうして?
 さっきまで家で待ってるってうれしそうに電話に出てくれていたのに――


 俺は雪乃の家を知らなかった。雪乃の家の電話番号を知らなかった。
 彼女に関して何も知らない……知っているのは彼女の――だけ。


 しばらくかけ続けると、電源が切られたであろうガイダンスが流れ出した。


 雪乃が俺を、拒絶した。





 それでも翌日仕事へは行かないといけない。いや、仕事という共通点があってよかった。
 職場で雪乃を捕まえて、理由を問い詰めるつもりでいた。

 だけど彼女は出社してこなかった。
 始業前に会社にかかってきた無言の電話。あれは雪乃に違いない。
 俺が名前を呼ぶとすぐに切った、それが証拠。

 彼女の同期の水上さんが係長に雪乃の休みを告げていた。
 席に戻ろうとする水上さんを引き止めて休憩室に呼び出す。
 水上さんが通勤途中に彼女から電話があって仕事を休むことを係長に伝えてほしいと言われたそうだ。
 
 理由はすぐにわかった。
 俺が会社の電話に出たから、水上さんに伝言を頼んだのだろう。
 
 頭から冷水を浴びせられたような気持ちになった。


 なんで急に雪乃がこんなにも俺を避けるのかわからなかった。
 

 昨日帰るまではあんなにしあわせだったのに。
 家で待つ雪乃に逢えるのが楽しみで走って帰宅したのに……。


 その日の昼、水上さんにメールをして会社帰り雪乃の家に連れて行ってほしいことを告げた。
 社内で声をかけないよう、メールで交渉した。

 案の定、水上さんは『なぜ?』と理由を聞いてきた。
 雪乃の電話番号を聞き出した時は、仕事のことで早急に伝えたいことがあると誤魔化して真意は伝えていなかったことを思い出す。

 社内では公表しないという雪乃との約束を守りたかったが、しょうがない。
 メールで水上さんに本心を伝えることを決意した。


  『風間雪乃が好きなんだ』


 そのメールを送信した途端、返信が止まった。
 水上さんの席のほうに視線を落とすと、驚いたような表情で俺を見ていた。
 なぜかその目は信じられないと物語っているように見え、不思議な感覚だった。


 会社帰り、駅前で水上さんと待ち合わせて雪乃の家へ向かう。
 水上さんは最初はあまり口を開かなかったが、電車の中で急にぽつりと零した。


「雪乃の、どこが好きなんですか?」


 俺の様子を伺うように、上目遣いで見つめられて少し考えた。
 どこが……深く考えたことなかった気がする。
 いつの間にか雪乃は俺の心の中にいた。
 地味だけど一生懸命な姿も、お茶を淹れる時に見せる笑顔もかわいいと思っていた。

 
 雪乃がすること全てが好きだった。


 誰もやらないであろう休憩室の机の上の一輪挿しの水を雪乃が替えていること、俺は知っていた。
 枯れてしまえばどこからか花を持ってきて挿している、そんな姿も見ていた。
 仕事を終えた後、何気なくデスクを拭いたりコピー機の紙を補充したりしているのも知っていた。
 誰が頼むわけでもなく、だけど誰もやろうとしない雑用を雪乃は人知れずそっとこなしていた。

 自分が吸わないタバコの灰皿を片付けていることも知っている。
 よく手を滑らせて零していることも……その汚水を雑巾やモップを使わず、ポケットティッシュで拭って終わらせる時々横着な面があることも……。

 こんなにも俺は雪乃を見ていた。


「風間雪乃の全てが好きだ」


 恥ずかしげもなくそう伝えた後、やっぱり恥ずかしくなって頭をガリガリとかき乱して遠くに視線を逸らした。

 そんな俺を水上さんはどんな顔で見ていたのだろうか。
 痛い男だと思われたかもしれない。いや、それならそれで構わなかった。
 意地っ張りな部分も、素直じゃないところも、『結構です』という拒絶の口癖すら愛しい。

 それから水上さんは雪乃の家に着くまでひと言も言葉を発しなかった。



 とりあえず雪乃に警戒されないよう水上さんにインターホンを押してもらった。
 俺は扉の後ろに隠れて、雪乃と水上さんが話すのを聞いていた。


「雪乃っ? どうし……」


 水上さんが急に大声を上げて、玄関のほうに駆け込む姿を見た。

 慌てて俺もその後を追うように玄関に飛び込むと、雪乃は水上さんに凭れかかって意識を失っていた。
 雪乃の身体を水上さんから奪うように抱き上げると、苦しそうな息づかいを繰り返す。
 ぐんにゃリとしたその身体は熱くて相当熱がありそうだとすぐにわかった。

 そのまま雪乃の家に上がりこみ、寝室へ運んでベッドにそっとその身体を横たえる。
 額に手を当ててみるとやっぱり熱い。


 申し訳ないと思いながら、俺は水上さんにお金を渡して薬局とスーパーへ買い物を依頼した。
 本来なら俺が買いに出て、水上さんに雪乃の傍にいてもらうべきなんだろう。だけどもう俺は雪乃から少しも離れたくなかったんだ。

 それを察してくれたのか、水上さんは何も言わずに買い物を引き受けてくれた。


 買い物から戻って来た水上さんにお礼を伝えて帰ってもらった。
 あとは俺が看病するからと伝えると少し躊躇った様子を見せたが、大丈夫と伝える。
 

 熱を発する身体を蒸しタオルで清め、更衣した後に首に冷却シートを貼りつける。
 首とか腋とかの太い動脈を冷やした方が効果があると前に話していたのを覚えていたから。
 時折寒そうに身体をすくめる雪乃のベッドにもぐり込んで抱き込んだ。

 
 大丈夫、俺がついてるから。
 ずっとこうして暖めてあげる。


 暖かい雪乃の身体から伝わる温もりに安心して、いつの間にか俺も深い眠りについていた。

 

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Date:2013/02/08
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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