アテンダーさんに介助してもらいながら、チャペルに向かう途中何度もつんのめりそうになった。
ドレスの裾を蹴るようにして歩くのがポイントと何度も言われているのになかなかうまくいかない。
焦りと緊張が募るわたしを見たアテンダーさんが柔らかな笑みを浮かべて「大丈夫ですよ」と声をかけてくれた。
初めてのことは何でも緊張するもの。それを無理に隠そうとすると余計に空回りしてしまう。だから失敗しても気にせずに新郎の隣に行くことだけを考えて、それを目指して歩みなさいと勇気付けてくれて、とっても気が楽になったんだ。
チャペルの扉の前にたどり着き、ブーケを手渡されて一息つく。
右隣に立っている叔父が「大丈夫か?」と心配そうにわたしを見るから笑ってうなずいてみせる。
わたしより叔父の方が顔が強張っていて心配だった。わたし以上に緊張しているような気がして。
モーニングに白黒のネクタイがよく似合っていた。やっぱり叔父はかっこいい。
「あのな、雪乃」
少しだけ俯いて扉の方を向いた叔父が小さな声でわたしを呼んだ。
「何?」
「静かに、なるべく自然に私の右斜め後ろを見るんだ」
わたしを見ないようにして叔父がそう囁く。
なるべく自然にが難しい。慣れないドレス姿でどれだけ自然を装えるのか自分でもわからない。
難しい注文だなと思いながら、少しだけ振り返るように言われた方向に視線を向ける、と。
「――――っ!」
声は出していないはず。
だけどわたしの動揺は、隣にいた叔父にも少し離れた位置にいたアテンダーさんにも届いているに違いない。
そこに立っていたのは、壁越しにそっとこっちを見つめている父だった。
どうして――
どくんどくんと胸の鼓動がどんどん高鳴ってゆく。
目を逸らせずにいるわたしにたぶん父は気づいている。驚いたように目を見開いて、その後すぐに泣き出しそうな顔に変化したから。
「まだ、時間ありますよね」
叔父がアテンダーさんに声をかけると、少しだけ躊躇ったように「ええ」と返事が戻ってくる。
そっと叔父の手がわたしの背に触れたのを感じた。それに促されるように、ゆっくりとわたしの身体は父のいるほうへ向かい合わせになる。
どうしていいかわからずに戸惑いながら叔父の顔を見上げると、「さあ」と小さな声で導くようにわたしの背を優しく押した。
叔父に押されているから歩んでいるんだ、そう自分に言い聞かせる。
だけどわたしの視線は父から離れることはなくて、同じように父の視線もわたしから一瞬たりとも離れたりはしなかった。
目の前にたどり着いた時、父が小さく震えながら笑った。
「綺麗だ」
そうひと言だけ告げ、唇をこれでもかってくらいぎゅっと噛みしめた後、小さな嗚咽を漏らした。
掌で口元を覆い、声を出さないようにしているのがわかる。目頭と眉間にぎゅっとシワが寄ったその表情を見て、ふと昔のことを思い出した。
いつのことだか忘れたけど、学校の授業で父の日を題材に描いたイラストが絵画コンクールの優秀賞に選ばれた。
それを見せた時、今と同じような顔をしていたっけ。
何度も「ありがとう」と繰り返し、真っ赤な目でわたしを見て強く抱きしめてくれたあの時のこと。
これ以上泣かないでほしかった。
つられてわたしまで泣いてしまいそうだ。
こみ上げてくるものを必死で押さえようと震えるわたしの肩を叔父が宥めるようにポンポンと叩いた。
それで我に返れたわたしは、背の高い叔父を見上げる。
小さなシワが刻まれたその目尻が少しだけ濡れているように見え、胸がぎゅっと掴まれるようだった。
「雪乃が選びなさい」
「え?」
「私か、喜幸さんか」
一瞬、何のことかさっぱりわからなかったけど、わたしはすぐにその意味を理解した。
父は叔父の言葉に目を見開いている。まさかそんなふうに言われるとは思ってもいなかったのだろう。
どう見ても普通のスーツ姿の父が硬直し、強張った表情でわたしと叔父を交互に見つめている。父も確実に叔父の真意に気づいているんだ。
「大丈夫、私と喜幸さんは体型も似ている。迷うことはない」
こそっと耳元で叔父がわたしに囁いた。
ごくり、生唾を飲み込む音が自分の耳に煩いくらい響く。
迷うことはない、そうは言われても迷わざるを得なかった。
父がいなくなってから母もいなくなり、そんなわたしを陰ながら支えてくれたのは隣にいる叔父で。
だけど、わたしの心の中にいるのは――
唇をぎゅっと噛みしめ、目を閉じる。
「――お願いします」
誰の顔も見ずに俯いた状態ですうっと右手を伸ばした。
小さく躊躇うように息を吸う音が聞こえる。
わたしは顔をあげて一度だけ強く、深くうなずいた。
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