空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第7章 第100夜 恩愛

 
 感情を含まないように淡々と話す翔吾さんの口元を見ながら、その話をすべて聞き終えた時には目の周りが熱く、じわりと湿り気を帯びていた。
 かろうじて涙が頬を伝い、流れ落ちなかったのは翔吾さんがその都度優しく拭い続けてくれたおかげだと思う。

 なんの言葉も出なかった。
 父に対する期待とか、うれしいとか、悲しいとかそんな感情はどこかへ置き去りにしてきていた。だから何を聞かされても驚くつもりも感情を露わにすることもないと思っていたのに。


「雪乃はちゃんと愛されていたんだ。そして今も」


 宥めるように優しいトーンで翔吾さんが言うものだから、再び涙が溢れ出していた。

 父がいなくなって、母もいなくなった。 
 わたしは誰にも愛されず、必要とされず一生生きていくのだと思っていた。
 だけどそんなわたしをこの人が受け止めてくれた。
 必要だと言い続け、愛していると言ってくれた。
 それで十分だと思っていた。それなのに、やっぱりわたしは両親の愛をこんなにも欲していたのだと気づかされた。
 
 翔吾さんのお姉さん、そして父のしたことを許せるほどわたしはできた人間ではない。
 それでもその愛が少しでもわたし達に向いていたと知ったことによって、胸の辺りが熱くなるような言いようのない思いがこみ上げてきた。


「しょ、ごさん、わたし」

「うん」

「わたし、涙が」

「うん、わかってる」


 止め処なく流れ落ちる涙を押さえることができない。
 そんなわたしを抱き込むようにして、ソファの背もたれに寄りかかった翔吾さんが両手で涙を拭い続けてくれている。
 優しくて暖かな翔吾さんの手に縋るように自らの頬を擦り寄せた。


「ごめんね、雪乃。俺は最低だ」


 ふと見上げると、とても切なそうな眼差しの翔吾さんがわたしをじっと見据え、瞼を伏せた。
 なんで翔吾さんが最低なのかわたしにはさっぱりわからない。
 わたしをどん底から救ってくれて、壊れものを扱うように優しく包み込むような愛をくれる彼が最低なんてことはあり得ないのに。


「あの人と、姉貴が巡り会わなかったら俺と雪乃も逢えていなかった。そう考えたら、ごめん」


 小さな呻き声がわたしの喉元でくぐもる。
 言葉にしてちゃんと伝えたいことがあるのにうまく形になってくれない。ただただ苦しい。


「でも、もう雪乃なしの人生なんて考えられないんだ。ごめん。雪乃にもお母さんにも悪いはと思う。だけど、何をううん、誰を犠牲にしても雪乃だけは俺の――」


 翔吾さんの深くて強い思いが痛いほど伝わってきたからこそ、それ以上言わせたくなかった。
 わたしも同じ気持ちだったから。
 両手を伸ばして翔吾さんの頬を包むと、躊躇いながらもゆっくりと顔が近づいてくる。
 わたしも必死に首を伸ばして、その唇を塞いだ。

 母には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 この気持ちは一生続くのかもしれない。そんな拭い去れない後ろめたさのような思いを一生伴ったとしても、わたしは翔吾さんと一緒にいたい。この人がほしい。
 それだけでもうなにもいらないとさえ思えた。そう思えるようになったことがうれしくもあり、幸せだと感じた。


 涙でグシャグシャになった顔を洗いたいと言うと、一緒に風呂に入ろうと腕をぐいぐい引かれる。
 恥ずかしいからいやだとごねても、駄々っ子みたいに受け入れようとしない翔吾さんを必死に宥めたけどダメで。結局電気を消して入るという妥協案を提示して渋々納得させた。


「もうさ、何度も雪乃の裸見てるのに。まだ風呂はダメなの?」

「まだって! だってまだ入籍もしてないし」

「もう親公認の仲なのにさ、ツレないね。雪乃ちゃん」

「それとこれとは話は別っ、て! どこさわってるんですかー!」

 
 バスタブの中で後ろから抱きしめるようにして、翔吾さんの両方の手がそっとわたしの胸を包み、その指先が不埒に動き出してすでに堅くなっている先端をこね出した。同時に耳朶を食まれ、ぬめっとした舌が中を探るように触れてぞくりと身体が跳ね上がる。


「あっ、あっ。やだ、ん!」


 ちゅっというリップ音が大きく聞こえ、背筋を突き抜けるようなぞくぞくとした刺激が全身を支配する。 
 わたしが身悶える度にバスタブの湯が高い音を立ててしぶきをあげた。
 そんな姿を晒しているだけで十分恥ずかしいのに、翔吾さんはその手を緩めてはくれない。容赦なく、そしてさらに何度も耳から首筋を舐めあげられ、わたしは淫らな声をあげながら震え上がり、翔吾さんに全身を預けるように凭れ掛かってしまう。
 わたしの喘ぎ声が浴室全体に反響して煩いくらいに感じたけど押さえられなくて、羞恥でおかしくなりそうだ。頭も身体もぼんやりしてふわふわと浮いているかのよう。


「おねがっ、い! もっ、やっ、あっ! ああっ」

「耳、弱いよねぇ。そんな声出されたらもっといじめたくなっちゃう」

「――っ! あっ、んっ!」


 ちょっと前まで胸を弄んでいたその手はいつの間にかわたしの恥丘のあたりの茂みを撫でまわしながら、指の腹でその先の花芯を軽くはじいた。
 いつもよりさらに低いバリトンボイスが耳元をくすぐった刺激も手伝って、わたしは軽く達してしまった。
 酸素を求めて喘ぐ呼吸の音までもが浴室に響いている。のぼせてしまったんじゃないか思うくらい身体中が熱い。


「いじめすぎちゃった?」


 満足そうな翔吾さんの笑い声が皮を一枚被せられたような感じでぼんやりと耳に届いた。
 息も絶え絶えなわたしを後ろから抱き寄せ、身をよじりながら立ち上がり軽々しく横抱きにする。
 危なくないよう抱きついてと言われ、身体がしんどいわたしはそれに従うことしかできなかった。
 少しでも早く涼しくなりたいのに、翔吾さんの身体から発せられる熱気がさらにわたしを上気させる。だけど落とされたら困るから必死に首元に抱きついた。
 そのままわたしは寝室に運ばれ、なぜかベッドの上に準備してあった大きなバスタオルの上にそっと降ろされてふわりと身を包まれる。


「最初からこのつもりで?」


 恨みがましい目で翔吾さんを睨みつけると、悪戯っ子のような表情をして笑っている。
 うんともすんとも言わず、ただ意味深な笑みを浮かべるだけ。


「今、水持ってくるからね。いっぱい飲んで、で、その後はもちろん」

「却下」


 そう冷たくあしらうと、翔吾さんは本当に悲しそうに顔をしかめた。
 うぅーっと小さくうなり声をあげて、腰にタオルを巻いただけの姿の翔吾さんが寝室から消えてゆく。


「お預け喰らうなんて思わなかった。くそー」


 その声がどんどん遠ざかって聞こえていく。
 だるい身体をよじり、枕に顔をうずめて笑いを堪えるのに必死だった。
 
 そうは言ったけど、わたしの身体は翔吾さんがほしいと訴えているかのように秘所が疼いていた。まるで物足りないと言っているかのように。
 そんな自分が淫乱のように思えて、それを知られるのが恥ずかしかったんだ。

 水を持ってきた翔吾さんは口移しでわたしに水を飲ませ、甲斐甲斐しく髪にドライヤーをあててくれた。
 タオルに包まれ寝そべった状態のわたしの髪を乾かすのは大変だと思ったのに、ベッドサイドに腰をかけて指で優しく髪を梳きながら丁寧に乾かしてくれる。
 その間翔吾さんの裸の胸を見ないようにずっと目を閉じていた。程良くついた筋肉を見せつけられて、手を伸ばしたくなるのを必死で堪えていた自分はやっぱりいやらしいと思ったから。

 頑張ったからご褒美がほしいと言う翔吾さんを宥め、もう少しだけ話がしたいと伝えると、わたしの顔を覗き込むようにしてうなずいてくれた。
 本当は翔吾さんがほしいままに与えてくれる快楽を伴う衝動に流されたかった。
 身体中を疼かせる熱はまだ冷めていない。
 だけどこのままだと、これ以上乱されて今日中にまともな思考に戻るのは難しいと思ったから。

 手早くTシャツと短パンに着替えた翔吾さんがわたしの左横へ寝そべって、わたしにだけに毛布をかけてこっちを向いた。
 右手で頬杖をつくようにして優しい笑みを浮かべている。
 そんなにうれしそうな表情をされると聞きづらい、けど、やっぱり確認したいことだった。


「あの、翔吾さん。ずっと気になっていたことがあるの」


 それは母の自殺の真実をなぜ翔吾さんが知っていたのか、叔母から聞いたことなのか。それとも他に理由があるのか。
 もしかして父が知っていたことなのか、ずっとそのことが知りたかった。
 翔吾さんのご両親に挨拶に行った時、思わぬところでその事実を知られていたことに驚きのあまりなぜそのことを知っているのか深く追求することができずにいた。
 それからもずっとわたしの中で、『なぜ?』という思いをかき消すことができず、だけど聞くきっかけもないまま時が過ぎ、聞き質すこともできなかった。

 父の話が出た今日、聞けるのは今しかないと思ったんだ。


「そのことか……」


 きゅっと唇を結んだ翔吾さんが小さくうなずいて、ぽんぽんとわたしの頭を撫でた。
 そして、その理由を教えてくれた。


「雪乃が記憶を失っていた時、教えてくれた」

「――えっ?」

「憶えてなくても無理はない。事故の記憶もその後の記憶も少しあやふやになっていることはわかっているだろう。そんな不安な顔しないでくれ」


 そんな表情をしている自覚はなかったけど、翔吾さんから見たらそう見えたのだろう。
 そうは言われても、不安にならないわけがない。自分の言動を憶えていない、しかも無意識に母のことを話していただなんて。
 自分が何を言ったのかわからない。他にも何か言ったのではないか、変な行動を起こしたんじゃないか怖くてそれ以上聞くことができなかった。
 

「だから、そんな顔しないで」

「でも、わたし……何か迷惑をかけたんじゃ」

「迷惑なんてかけてない。雪乃の心の奥に押し込められていた誰にも語られていない部分に触れられたみたいでよかったっていうか……ほら、ジョハリの窓ってあるだろう。自分も他人にも知らない自己の領域って。雪乃のその部分に直接触れられたみたいで。だから俺としては得した気持ちだったかも」

「聞いたことあるけど、それって心理学のですよね? 翔吾さんは経営学部じゃ」

「真奈美が心理学部だったんだ。少し聞きかじっただけ。これからもっともっと俺の知らない雪乃を知りたい。もちろん俺のことももっと知ってほしい。これからゆっくり教えてもらうから覚悟していてね。話はもう、いいかな?」

「え? あっ」


 毛布の端からからするりと入ってきた翔吾さんの手がわたしを包んでいたタオルを音も立てずに捲りあげている。
 下着を着けていなかったわたしは有無を言わさず一糸纏わぬ姿にされ、至るところにキスの雨が降り注いでくる。あっという間に潤され、お尻のほうまで伝う生ぬるい液体を感じる。身体は正直だ。恥ずかしいと思いながらも貪欲に快感を拾い続ける。

 全く乱れないまま翔吾さんはわたしを高みに持ち上げ、悦楽の波に飲み込ませてほくそ笑む。
 こんなのずるいと思いながらも抵抗できないわたしは翔吾さんの熱杭に最奥を穿たれ、声が嗄れるまで喘ぎ続けた。

 わたしの中にいる時は翔吾さんも掠れた艶のある吐息を漏らしてくれる。
 気持ちよくなってくれてとってもうれしい。ただ、声を出さないよう我慢しているような姿はちょっと物足りない。

 いつかわたしが翔吾さんを、いつものわたしのように乱してみたい。
 わたしの知らない翔吾さんをもっともっと知りたいから。
 

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Date:2014/03/14
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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