空色なキモチ

□ 満月の夜に見る夢は □

満月の夜に見る夢は 第7章 第97夜 恩愛

 
 翌日、事件が起きた。
 朝、高木先輩がぎりぎりで出社し話す時間もなかったのでほっとしていたのだが……昼休みのこと。


「風間さん、久しぶりに一緒にお昼ご飯行かない?」


 高木先輩プラス取り巻き三人が行く手を阻むようにわたしの席の横に立っていた。
 ああ、やっぱりこうなるんじゃないかと少しだけ思っていたけど予感が的中してしまった。
 毎日一緒に昼休みを過ごしている同期の玲奈ちゃんに目線を送るけど、眉間にしわを寄せて首を横に振っている。口が「ごめん」と動いているのがわかった。きっとヘルプに入れないってことなんだろう。手を合わせて申し訳なさそうにしている。玲奈ちゃんが悪いんじゃないのに。


「あ、はい……」


 のらりくらりとかわしていてもしょうがない。
 断る理由も見つからないし、今日は一緒にお昼に行こう。そう決めた時。


「風間さーん、お客さん。廊下で待ってるって」


 遠くから名前を呼ばれているのがわかって、声の方を振り返ると情報システム部の入り口付近の女性社員だった。同じ課の社員だということはわかるけど、人数が多いからまだ名前と顔が一致していない。

 入り口のガラス張りの自動ドアを指さされ、そっちに視線を向ける、と。


「ちょ! あれっ!」


 高木先輩の取り巻きのひとりが少し高い声をあげた。
 そして周囲がわっとどよめき出す。

 扉の向こうに立っていたのは間違いなく翔吾さんだった。


「ちょっとすみませんっ」


 高木先輩達に軽く頭を下げて慌てて立ち上がり、扉の方に向かう。
 なんで翔吾さんがここにいるのだろうか。何かの約束をしていたならわかるけど、いつもなら用があればメールで連絡してくれていたし、ここまで来ることなんてなかったのに。
 
 はやる気持ちを抑えて小走りで向かい、入り口を出ると少しだけ険しい表情をしていた翔吾さんがわたしを見て、目を丸くした後すぐににっこりと微笑んだ。

 
「メールしたのに全然返事ないから具合でも悪いのかと思って、そうじゃなさそうでよかった」


 メール? 嘘、受信してない。
 制服のベストのポケットの中に入れている携帯を確認しようとしてないことに気づいた。今日バッグの中に入れっぱなしだったんだ。
 

「今から昼なら一緒に行かないか?」

「え、なんで急に」

「あら、風間さん。よかったら一緒に、お昼お誘いしたら?」


 わたしの真後ろに高木先輩が立っていて、いつもより一オクターブくらい高い声を響かせた。
 まずい、そう思ったけどもう後の祭りだ。わたしの頭の中は真っ白でうまい返答が見つからない。


「初めましてー、風間さん、紹介してよ」


 高木先輩に肘で軽く腕をつつかれ、曖昧にうなずく。
 すると高木先輩はいまだかつて見たことのない満面の笑みを翔吾さんに向けていた。
 

「あ、えっと……」


 翔吾さんに先に高木先輩を紹介した方がいいのか、それとも逆? なんて紹介するべきなんだろうかと考えがまとまらず、戸惑ってしまう。
 すると、翔吾さんが一歩わたしのほうに近づいてきて、高木先輩達にぺこりと頭を下げた。
 元の体勢に戻った時、翔吾さんの視線がわたしを捉えて小さくうなずきかけられた。自分を先に紹介しろと教えてくれたようだ。


「営業部の雨宮さんです」

 
 引きつっていたかもしれないけどかろうじて笑みを浮かべて紹介ができたのは翔吾さんのおかげだ。
 わたしの隣に並んだ翔吾さんが自分の名を告げてお得意の営業スマイルを見せると、高木先輩の後ろにいた先輩達が小さなため息を漏らしている。高木先輩は翔吾さんに軽く会釈してみせた。
 次は先輩達を翔吾さんに紹介しないといけないんだけど、はっきり言って高木先輩以外の名前を正確に知らない。課は一緒でも係が違うと関わりもないし、係だけでも三十人近くいるこの部署じゃ全員の名前と顔はたぶん一年経っても一致しないだろう。

 ――どうしよう、そう思った時。


「え、それだけ? あっさりしすぎ」


 くくっと翔吾さんが含み笑いを漏らした。
 その低くて通る笑い声や困ったような表情に、高木先輩達もつられたように笑い出す。
 それだけって、ほかに言うことって。


「もっと先輩達に俺のことアピールしてよ。お世話になってるんだろ?」

「え、あ、ハイ」

「やだ、お世話になってるだなんて。当たり前のことをしてるだけなのにーねえ」

 
 黄色い声をあげて高木先輩達がうれしそうに身体をくねくねさせている姿を、わたしはつい呆然と見つめてしまっていた。
 翔吾さんのアピールって何? 実は料理がうまいとか、お酒を飲むとテンションがあがって笑い上戸になるとか? それはアピールとは言わないだろうし、そんなプライベートな情報を流すのもおかしな話だ。


「人数の関係上、結婚式にはご招待できなかったようで残念ですが、これからも雪乃をよろしくお願いします」


 ぽんっ、と肩に手を置かれた感触。
 一瞬にして静まる廊下。そして、目の前の高木先輩達があんぐりと口を開いている。

 あれ、今翔吾さん、結婚式とか発言してた?
 しかも、わたしのこと呼び捨てにしてなかった?


「ええええええ!? 風間さ、んの、結婚、相手って、もしかして」


 慌てふためく高木先輩達の姿に一瞬にして状況が把握できた。
 翔吾さんが爆弾発言をした。今まで隠してきたことが水の泡だ!
 思わぬところで相手がバレてしまったことに頭の中が真っ白になってしまって言葉を発することができない。お昼でも食べながら、先輩達の質問に真摯に答えようと思っていたのにーっ。
 高木先輩達の身体がわなわなと小さく震えている。顔はこわばり、少し前の和やかな雰囲気が一掃されてしまっていた。
 だけど、翔吾さんは至って冷静にそして笑顔でうなずくとわたしの身体を自分の方へ軽く引き寄せた。


「すみません。あまり時間ないんで、連れて行きますね」


 ええっ? さっき高木先輩、一緒にお昼って言ってたのに?
 それをスルーでこの状況を抜けちゃうの?
 わたしのほうを一度だけ見た翔吾さんが、クールに微笑んで「じゃ」と先輩達に会釈する。そしてわたしをぐいぐいと押して歩き始めた。
 高木先輩達がどんな顔をしてわたし達を見ているか気にはなったけど恐ろしくて振り返ることなんかできない。


「ロボットみたいな歩き方してる」

 
 頭上で翔吾さんがくつくつと笑う声を聞いて、はっと我に返った。
 そこはすでにエレベーターホールで、振り返っても高木先輩達の姿は見えない。どうしよう! 先輩達のお誘いスルーして来ちゃった!
 しかもエレベーターホールには事務管理課の女性社員が何人か待っていて、注目を浴びている。
 かああっと顔が熱くなるのを感じて、慌てて逃げるように翔吾さんを非常階段のほうへ押しやった。


「これでよかったよね」


 わたしに背中を押されている翔吾さんがぼそりとそうこぼした。
 真っ白いワイシャツの大きな背中を見つめ、その言葉の意味を考えていると、仕事中に見せるような真面目な表情の翔吾さんが振り返ってわたしを見ている。
 

「昨日、雪乃に結婚相手は誰なのか詰め寄っていた先輩達ってさっきの人達であってるよな。晴花に聞いたんだ。雪乃が言えなくて困ってるふうだったって」


 ふうっと大きなため息をついた翔吾さんが徐にこっちに向き直った。
 いきなり向かい合わせの状態になり、今まで背中を押していた手が宙ぶらりんになるのを翔吾さんの両手に掴まれた。手のひら同士が重なり、すぐに指を絡められるようにしっかりと握りしめられる。
 見上げると、少し悲しそうに目尻を下げてわたしを見つめていた。

 昨日『ユズリハ』で席を外していたわたしと三浦さんが戻り、中にいた翔吾さんと晴花さんがぴたっと話をやめた時の違和感はこの話をしていたからだったんだ……。
 晴花さんがわたしを気にかけて翔吾さんに話してくれたと聞いて本当にうれしかった。


「雪乃は俺を先輩に紹介するのが恥ずかしいのかと思った」

「ちっ、違う」

「わかってる。それも晴花に聞いた。だけどさ、人気があるとか言われても自覚ないし、そんなに女性社員に声をかけられるわけでもないから本当なのかわからないけど、雪乃が言いづらそうにしていたのは事実だろうから直接挨拶に来た。勝手なことをしてごめん。でも、相談してほしかった」


 苦笑いを向ける翔吾さんにわたしはどんな顔をしていいかわからなかった。
 高木先輩達に自分の相手が翔吾さんだということを隠したかったわけではない。だけど知られた時の反応が怖かった。結果的には隠していたのと同じだ。翔吾さんの誤解だって自分が蒔いた種だ。


「ごめんなさい」

「謝るようなことじゃないよ」

「でも。謝りたいの。ごめんなさい」

「そっか、じゃ謝罪の気持ちを態度で示してもらおうかな」


 口角をきゅっとあげた翔吾さんの顔がずいっと近づけられる。
 びっくりして身を引くと、背中に非常階段の扉が当たった。逃げ場はない。自分の唇を指さして瞼を閉じる翔吾さんがキスをねだっているのは一目瞭然。
 ここ、社内! そう言おうとしても、すでに目を閉じている翔吾さんは無敵だ。
 その状況のまま口元だけで笑みを浮かべ、「早く」とからかうような口調で急かす翔吾さんが恨めしい。社内じゃなくても家でも自らキスするなんて恥ずかしいのに。
 にじり寄るようにお互いの間隔を狭めてくる翔吾さんの手はいつの間にか扉に付かれている。完全に囲われてしまっていた。


「こんなところ誰も来ないって。大丈夫」

「そ、そういう問題じゃ」

「じゃ、どういう問題? 俺にキスするのいや?」


 そうじゃないのにー!
 瞼を開き、残念そうに肩を落とす翔吾さん。肩だけじゃなく頭までうなだれるようにしている。その顔を見上げると、目が潤んでいるようにまで見えてしまった。うぅ、絶対演技だってわかっているのに。


「してくれないの? 雪乃」


 そんな捨て犬のような目で見つめられたら断りきれない。
 家に帰れば好きなだけできるのに、と言っても一方的に翔吾さんがしてくるだけなんだけど。
 たまには翔吾さんの思いに応えたい。
 手を伸ばして、翔吾さんの頬に触れようとすると身を屈めて近づいてくれた。なんとなくニマニマしているように見えるのは気のせいだろうか。両手で頬を包み、少しだけ背伸びをして唇を寄せてそっと触れさせる。その間約一秒くらい。だけど瞼を閉じたまま満足そうに微笑む翔吾さんを見たら、なんでこんなことで頑なに拒絶していたのか不思議になるくらいわたしもうれしくなってしまう。


「早く結婚したい」


 頭を優しく撫でられ、そんなふうに言うものだから胸が苦しくなるくらいこみ上げてくるものを感じてしまった。


「一緒に暮らしてるのに?」

「名実ともに雪乃を俺だけのものにしたい」


 もうすぐそうなるのに。
 あふれんばかりの翔吾さんの思いがうれしくて、自らその胸に顔を埋めてしまう。

 もう離れない。離さないで。

 わたしの思いが通じたかのように、翔吾さんの腕が背に回されて優しく抱き寄せられた。


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Date:2014/03/11
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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