空色なキモチ

□ 哀恋歌 □

哀恋歌 中篇

 
 その夏、僕は彼女を花火大会に誘った。

 僕の他にも彼女を花火大会に誘う男はいただろう。
 断られるのを覚悟でわざと花火大会の三日前に誘った。こんな間際に誘ったから断られたとしても他に行く相手がすでに決まってしまっているからだと自分を慰める材料がほしかっただけ。そんな臆病な自分がおかしかった。

 だけど意に反して彼女は承諾のメールを送ってきたのだった。
 あり得ない、そう思った。他に誘われてないのか尋ねると、「誘われてない」とだけ返事が来た。
 信じられない思いで、だけど僕のテンションはマックスまで上昇していたのだった。


 なかなか彼女にメイクをする機会がなかったので、その花火大会の日にさせてくれないか願い出ると、二つ返事で了承を得た。
 彼女の清楚な服装のイメージに合わせ、姉からメイク道具をたくさん借りた。
 姉にはさんざん勘ぐられたが「とうとうあんたにも春が来たか」と揶揄するような表情をされたのだった。

 
 花火大会の日、彼女はなんと浴衣で僕のアパートに来た。
 紺色の浴衣の裾のほうに大きな牡丹柄。赤い帯に長い黒髪をアップにして、相当色っぽかった。しかもノーメイク。それでも男の視線を引くには十分すぎるくらいかわいかった。
 いつもの山盛りメイクよりずっといいから化粧なんかする必要もないと思ってそう伝えたけど、してほしいと言われ部屋に招き入れた。露わになっているうなじがきれいでそこばかりに目を向けてしまう。

 狭い僕の部屋が一瞬で華やいだような感じだった。
 今日は気合を入れて掃除をした。ザブトンのカバーも買い換えて、ガラにもなく花瓶にヒマワリを飾ってみた。
 彼女はそれをうれしそうに見つめていた。そんな彼女に音も立てず猫が忍び寄るのを見た。
 彼女の浴衣が猫の毛だらけになってしまう思い、慌てて猫を呼び止める。すると、その呼び名に反応した彼女が僕を見た。しまったと思ったけど遅かった。
 すでに彼女には猫の名前がばれていて驚いた表情をしている。だけどすぐにそれは笑顔に変わった。

 そして僕は耳を疑った。彼女が「うれしい」と言ったのだ。
 なぜうれしいのか問うた。気持ち悪くないか尋ねたのにうれしいの一点張りで。彼女は潤んだ目を僕に向けた。

 そんな目をしないでくれ、そうじゃないと僕は――

 この気持ちはずっと彼女に伝えるつもりはなかった。僕の独りよがりな淡い恋心。
 受け入れてもらえるだなんて思っていない。僕みたいな男が君を好きだなんて迷惑だろう。

 だけど気づいた時には僕は思いのたけを全てをぶちまけていた。
 彼女は泣き出しそうな表情をして、無言でずっとそれを聞いていてくれた。

 そして、うれしいと同じように言った。
 ただ違うのは堪えるような震えた涙声だったこと。

 その日、僕は初めて口づけをした。
 彼女の唇はとっても柔らかくて気持ちよかった。ただ触れるだけのぎこちない口づけは小学生でもできるものだったと思う。だけど彼女は涙目でにっこりと微笑むのだった。

 いつの間にか花火大会は始まっていて土手まで行くことはできなかったけど、僕のアパートの窓を開け放ち、そこでふたり、手を繋いで見た。
 僕のアパートより背の高いマンションや家に隠れてよく見えなかったけど、彼女とふたりだったからそれで満足だった。
 
 僕らは花火を見ながらふたりの永遠の幸せを誓いあったのだった。


**


 僕は彼女につりあう男になりたくて、おしゃれに力を入れた。
 ファッション誌を買い込み、友人に洋服を見立ててもらったりして眼鏡もコンタクトに変えた。
 そんな僕を彼女はどんな目で見ていたのだろうか。そんなことに気づかないくらい僕は自分磨きに必死だったんだ。
 
 バイトをしてお金をため、彼女に指輪をプレゼントした。
 その時の彼女はうれしそうな表情を見せてくれたけど、なぜか寂しそうで泣き出しそうな目をしていたんだ。


 なかなか会えない日もあったが、毎日のメールと寝る前のおやすみのコールは欠かさなかった。
 彼女は僕が教えたナチュラルメイクをするようになってさらにモテるようになっていたが、全く見向きもしない彼女を見て僕は悦に浸っていた。
 かわいい彼女を褒めちぎる僕はまわりから見たら滑稽だったろう。彼女は困った顔で微笑む。
 僕は彼女にぞっこんなんだ。もちろん逆も然りだと。
 
 あの時なぜそう思ったのだろうか。今思うと不思議でならない。



 年が明けて僕らの関係はさらに親密なものになった。
 初めては僕の部屋だった。彼女は初めてではなかったと思う。僕の拙い抱擁をどう感じたのだろうか。
 怖くて聞けなかったけど、僕の腕の中で眠る彼女の幸せそうな表情とその左手の薬指で光る指輪を見て幸せな気持ちでいっぱいだった。
 
 もっともっと頑張って彼女につりあう男になりたい。そう思った。



 二年生に進級し、バイトに明け暮れ講義をサボることもままあった。
 彼女から何度も心配メールが来たけれど、大丈夫とだけ返し、次のデートプランを考えるのに余念がなかった。
 いつか旅行も連れて行ってあげたい、そんなことも考えていた。



 いつからだろう。彼女からのメールが来なくなったのは。
 毎日来ていたメールが二日おきになり、三日おきになり、一週間おきになった。おやすみのコールをしても取らない日が続く。
 さすがに心配になり、電話をしても繋がらない。
 そんな時、僕は見てしまったのだ。

 大学の最寄り駅で見知らぬ男と幸せそうに笑いあう彼女の姿を――

 その手は自然に彼女の肩を抱いていて、お似合いのカップルにしか見えなかった。
 僕らよりかなり年上そうなスーツのよく似合う男。彼女を見る目に愛情がこめられているのがわかった。そしてさらに僕は打ちのめされた。

 彼女の指には、ずっとはめられていたはずの指輪がなかったから。

 それから僕は彼女に連絡をしなくなった。確認するのが怖かったのだ。
 「あの男は誰?」そう問い詰めてしまいそうで。
 彼女の口から「好きな人」と告げられたら、僕は立ち直れない気がしたんだ。

 そして彼女からも連絡が途絶えた。


**


 僕らが知り合って一年が過ぎた初夏。
 ずっと音信不通の彼女から急に呼び出された。

 雨が降ってほしい、あの出逢いの時のように。
 そうすればあの時の気持ちを取り戻してくれるのではないか。そう願ったのにその日は快晴で。

 出逢ったあの場所に現れた彼女は少し痩せたように見えた。
 その表情には笑みはなく、冷めた目で僕を見た。やっぱりその左手の薬指には僕があげた指輪の存在はなかった。
 いつからつけなくなったのだろう。それすらわからないくらいに僕は彼女を見ていなかった。彼女が僕を好きでいてくれることだけに満足し、彼女自身を見ていなかったのだ。
 僕は思い余って彼女の手を取った。だけど彼女は寂しそうな目で僕を見た。

「終わりにしよう」
 
 そう彼女が震えた声で言った。


 終わりたくない――
 そんな言葉が喉元までこみ上げた。
 だけどそれは声になってはくれなかった。そのかわりにせき止めていた感情みたいなものが喉元を強く圧迫してゆく。
 苦しい、苦しい。僕は握ったその手に力をこめた。だけど彼女は握り返してはこなかった。

 いつも僕の手をうれしそうに握り、力をこめると同じように返してきた彼女。そんな思い出ばかりが溢れ出す。

 ほかに好きな人ができたの? 
 僕が尋ねても何の答えも返って来なかった。

 彼女が僕の手を離して歩き出そうとする。その手を強く引いて抱き寄せたかった。
 だけど彼女の気持ちはとうに僕から離れていた。僕は何をやっていたんだろう。こんな悲しい顔をさせたくなかった。彼女の頬は涙で濡れていた。

「まっ――」

 僕の口から出たのはそれだけで。
 彼女は振り返りもせずに歩いて行った。

 待って、そう引き止めることすらできない僕はすごくかっこ悪くて。
 彼女の姿が見えなくなってもずっとその場に立ち尽くすことしかできなかった。
 
 そしてその後すぐに降ってきた大雨が僕をあざ笑うかのように濡らしていった。
 心の中もどしゃ降りだった。


 彼女と男の姿を見た時、こんな日がいつか来るとわかっていたのに。
 それでも心のどこかでそんな日は来ないはずだ、来ないでくれと祈り続けることしかできなかった。

 永遠だと信じていた僕らの絆は、儚い花火のように脆く崩れ去った。

 
 アパートに帰ると悲しげに鳴く猫が僕を迎えてくれた。
 彼女に会えなくなった事実を悟ったのだろうか。寂しいと訴えているのだろうか。いつもよりその鳴き声が悲しげに聞こえた。

 なにもする気が起きなくて、布団にもぐり込み猫を抱いて泣いた。


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Date:2014/02/09
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Thema:オリジナル小説
Janre:小説・文学

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